No.36 雷切×古刀
天下無双を言い訳にして、殺しを続ける目の前の存在……いや、目的があるだけマシかもしれない。俺は、何の理由も無しにただ、依頼を受けて、人を殺していたんだから。
目の前の松尚を見て、そう思った翔に対して、松尚は尋ねる。
「今度は邪魔は入らないだろうね?」
「多分な」
そう返答した翔は鞘に収めたばかりの刀身をもう一度、抜いた。
「……殺してきた人々の事、考えた事あるか?」
その刀身を眺めながら、松尚へと翔は尋ねた。
唐突な質問に対して、思案する松尚だったが、すぐに答えを紡ぐ。
「僕にとって、通過点。考えた事なんてないよ」
予想通りの回答に翔は右手に持った刀を強く握り締め、その眼を松尚へと向ける。そして、千里眼を使って、松尚の心、過去を視た。
翔の眼に映ったのは何本も墓標の立ち並ぶ広い空間であった。
周りには血のように紅い、彼岸花が咲いている。しかし、その空間はまだ、墓標で埋まりきってはいなかった。
「天下無双……空間を墓標で埋め尽くせば、なれると思ってるのか……?」
「千里眼、か……そうだ。空間が墓標で埋まれば、僕は天下無双になれる。だから、君にはその墓標となってもらうよ」
淡々と答えた松尚を千里眼で視ながら、翔は質問を紡いでいく。
「天下無双ってなんだ……?」
その質問に眉をピクリと動かした松尚の様子を翔は見逃さなかった。
天下無双。それは何人の屍、何本の墓標を立てればなれるものなのか……こいつも分かってはいないんだ……だから、広い空間には終わりがなく、何本の墓標を立てようと、埋まっていかない。果てがない――――無限地獄。
殺しても、殺しても、キリが無いその地獄から、俺は抜け出した。
翔が頭の中で思考を巡らせている間に、松尚も答えがまとまったようで口を開く。
「最強。天下に双人と無い者の事だよ」
「誰を殺せば、空間は埋まって、天下無双になる……?」
翔のその尋ね掛けに対して、松尚はさっきよりも間を空けて、答える。
「それが分からないから、僕はこの雷切で斬り続けてるんだよ。さあ、そろそろ始めようか?」
そう促された翔は古刀の切っ先を松尚へと向ける。そして、その頭の中を過ぎる龍雅の血だらけの姿。
「俺は、龍雅が傷つけられた憎しみから、お前と戦おうと思った……けど、本当は違うのかもな……」
目の前のこいつは……まるで、俺の過去、亡霊だ。天下無双になるために殺しをする。それは目的でも何でもないんだ。こいつはただ、俺と同じように理由も無く、人を殺してる。だから――
翔は松尚に向けて、疾走した。
「――お前を断ち切る! 松尚!」
両手で握った刀を下に向ける翔。
そんな翔が、松尚の間合いに入った時、松尚は自らの刀を引き抜いて、居合いで翔を斬ろうとした。しかし、翔はその放たれた刀を自らの刀を上に振り上げて、防いだ。
刀と刀が接触する音が響き渡るのと同時に、二人は後方へと退く。
千里眼だけに、頼るのはやめたか……少し、厄介かもしれないな……
今の動きでそう感じ取った松尚は、にやりと、その口元を歪める。
それに対して、翔は自らの動きを否定していた。
違う! これじゃ、駄目なんだ……まだ、俺は千里眼に頼ってる……もっと、もっと五感を使うんだ……
息を吐き出す翔。
その眼に映ったのは何故か、広い空間にあった彼岸花の姿であった。
彼岸花……なんで、彼岸花が咲いてるんだ……?
まるで血のように紅く咲いている彼岸花は不吉で、忌み嫌われている花として、死人花と言う異名も存在する。
広い空間に立ち並ぶ墓標を囲む紅い花……これは死んだ人の血を現しているのか? いや、血じゃない。こいつは、本当は――
「――気付いてるんじゃないのか……? 天下無双なんて、ただの血を垂れ流すだけの行為だって……」
その言葉を聞いた瞬間に松尚の感情は揺れ動いた。それを翔は千里眼で視ていた。
「やめろよ……これ以上、人を殺しても、お前の心は――彼岸花のように紅いの血が、包み込むだけだぞ?」
「……君に何が分かると言うんだ。僕は君とは違う。中途半端に殺し屋を辞めたりなんかしない」
噛み合っていない会話が、松尚の動揺を物語っていた。
「君は人間と人形が殆ど変わりない事を知らない。そこに横たわっている人形。彼は、全国大会行くレベルの高校のバスケ部のレギュラーだった。だが、事故によってその両脚を失くし、絶望した彼に希望を与えたのが、Persona」
淡々と、翔の壊した人形について、話を紡いでいく松尚。
「彼だって、元は人間だったんだ。それを君は殺した。また、君は人間を殺したんだ」
それを聞いていた翔は、おねしょした子供が話を逸らしているような姿に見えた。
刀を握りなおす翔は、動揺している松尚へと疾走した。
交じり合う刃と刃。先程と同じに見えるが、確実に翔の方が押していた。
「人形は人形。ただのPersonaの命令をきく、大量殺人鬼だ!」
「なら、君はどうだい!? Personaの命令はきかなくとも、殺人鬼だ!」
「それは、てめえもだろうが!!」
翔の力が上回った時、松尚の刀は弾かれ、松尚は後方へと下がった。しかし、翔は間を与える事無く、その身を松尚へと近づける。
「僕は、君を殺して、天下無双にまで上りつめる! そして、彼女も殺す!」
千里眼で松尚の発した「彼女」が唯であると知った翔は、その怒りを露にする。
「唯は、殺させねえ!」
翔の太刀を防ぎながら、松尚は翔の刀を弾いた。
後方へと下がる翔を追わずに松尚はその場で笑った。
「クハハハハハッ!!」
「……何がおかしい!?」
声を荒げる翔に対して、松尚は口歪めたまま、告げる。
「君は知らないのか……? 楽園の鍵を」
楽園の鍵……?
心中で言葉を繰り返した翔のその表情から、知らない事を知った松尚は説明し始める。
「Personaの目的は楽園に復讐をする事。その為には楽園とこの世を繋げなければならない。楽園とこの世を繋げる鍵。それが、中森唯と言う存在だよ。そして、鍵として使用された彼女は――――」
その笑みをより一層、悪魔的に濃くしながら、松尚は告げた。
「――――消えてしまう」
翔の思考回路が停止した。
それを見ながら、松尚は嗤う。
「僕も悲しい。僕は彼女を愛していたからね。けど、目覚めない彼女を待っていると、何だか少し、冷めてしまった」
その話も今の翔の耳には届いていなかった。
唯が……消える……? そんな……そんな事……――
「――嘘……だろ……?」
「その千里眼で確かめれば、確実だよ」
その言葉で千里眼を使わずとも、真実だと分かった翔に絶望感が襲う。
彼はその動きを完全に静止させたが、周りの時は動き続ける。流れ行く雲。常時、吹き続ける風。
それが彼の時を動かし始めた。
「……これから、俺がやる事は……ただの怒りに任せた……八つ当たりだ……まだ、正気がある内に逃げるなら逃げろ……」
その忠告のような翔の発言に応じる事無く、松尚はその場に立ち続けた。
「もう一度言う……これはただ、怒りに任せた八つ当たり……」
瞬間、その眼を大きく見開いた翔が松尚へと疾走した瞬間に二人の距離は一メートル未満になっており、二つの刀が接し合って、金属音を発した。
速い……!?
そう驚いた松尚だったが、次の瞬間にはそれは、喜びへと変わった。
目の前の存在を倒せば、天下無双になれるかもしれない……!
「これが怒りに任せた八つ当たり? 生温いね!」
翔の刀を振る払うのと同時に、翔の頬に一筋の切傷がついた。しかし、翔は後方へと下がる事無く、松尚との間合いを詰めて、その刀を振るっていく。その度に、松尚の雷切が唯の古刀を防いでいく。
そして、翔は初めて、松尚の右腕に切傷を与えた。それはあくまで切傷であり、松尚に何ら影響は無い。
「君を斬って、僕は天下無双に成り上がる!!」
その決意の方向と共に振るわれた太刀は、翔の右腕に傷を与えた。
切傷よりも深く、抉られるとまではいかなかった傷は、翔を一歩退かせると見ていた松尚であったが、その予想は大きく外れた。
傷を与えられても尚、翔が松尚との間合いを三メートル以上、開ける事は無かった。
少しの驚きが松尚へと走った時、翔はその揺らぎを見逃しはしなかった。
翔は自らの刀を左下から右上に振り上げ、松尚の腹から胸までに斜めの傷を与える。
斬られた服から露になる肌色は、一瞬にして血に染まっていく。
傷はそこまで深くは無いが、刀傷は血を垂れ流しにする。
後方へと下がる松尚。しかし、休む暇を与えんとばかりに翔は間合いを詰めて、自らの刀を振るった。
交じり合う刃と刃が「ジリジリ」と音を立てる。
「君が今、僕に行っている事は怒りに任せた復讐と同じだ! 一度、殺しの快楽を知った者は、殺しから抜け出す事はできないんだよ!」
奥歯を噛み締める翔も今、自分が行っている事が、間違っている事だと分かっていた。
「俺は殺しから降りる!」
「人形はその殺しには入らないって言うのか!?」
翔の刀は雷切によって弾き返され、翔は自らの身を後方へと退く事を余儀なくされる。
“彼だって、元は人間だったんだ。それを君は殺した。また、君は人間を殺したんだ”
松尚の言葉が胸に突き刺さる。
感情がある……元は人間……だけど、犬塚さんを殺して、暴力団を滅亡まで追い込んだ……――――どうやって、分かり合えばいいって言うんだ……!
「そして、君は今、僕を殺そうとしてる。嘘っぱちじゃないか! 殺しを降りるって言うのは!」
ご尤もな松尚の言葉が、翔を追い込んでいく。
そんな翔の頭の中を過ぎったのは、翔に微笑みながら、自らの腹に刃を突き立てた唯の姿であった。
「違う……」
「違う? 何が違うと言うんだ!」
翔の発言を嘲笑う松尚。
「俺は彼女の為に、消させない為に……俺の世界を守るために! この刃を振るってんだ!!」
その為なら、どんなにこの手が汚れたっていい!
“あなた――“誰かのために”を言い訳にしてる?”
“誰かの為にを言い訳にしない人間なんて、人間じゃないからさぁ。人間は誰だって弱い。だから、その理由を他人に押し付けて、自分は逃げようとしてしまう。なら、押し付けられた人間はどうするのかぁ。重いからって払い除けたりはしないしぃ、重荷だとも思わない。人間とは助け合って生きる。そういうモンなんだよぉ?”
人形の女――麻奈と情報屋――Doubtの言葉が同時に、翔の頭に過ぎる。
ごめん、唯……お前に背負わせてしまうかもしれない……
両手で握り締めた刀を松尚へと向けたまま、翔は松尚との間合いを詰め、刀を振るう。
それを雷切で防いだ松尚を視た瞬間にまたもや、翔の眼に彼岸花の姿が映った。その刹那、翔は彼岸花のもう一つの異名を千里眼で視た。
“捨子花”
「お前……親に捨てられたのか……?」
瞬間、松尚はその目を大きく見開かせ、その心は大きな動揺を見せた。
そう。彼は赤ちゃんの頃に親に捨てられ、剣道をしている今の父親のところに引き取られたのだった。
「そして、お前は……人を否定するようになったのか……? だから、人を殺すのか? 天下無双を理由にして、殺していくのか……?」
「黙れ……」
松尚のその言葉を聞きながらも、翔は話を続ける。
「違う……お前はただ、人に認めてもらいたいだけなんじゃないのか? 生まれた瞬間に、親に否定されたか――――」
「――黙れ!!」
翔の言葉を遮るように放たれた言葉と共に、松尚は雷切を携えて、翔の方へと疾走した。
今のこいつには、怒りで何も見えていない……
翔は刀を左脇腹において、その体勢を低く、構えた。
そして、疾走してくる松尚に合わせ、翔はその刀を振るった。
◇
ただ、人を斬る。それだけに人生の全てを注ぎ込んできた。
強い者を、悪い者を、優しい者を、怖い者を、面白い者を。
松尚の広い空間に何本も立ち並ぶ墓標。それに纏わりつく彼岸花。
親は何故、自分を捨てたのか。刀を統べれば、分かるものだと思っていた。
天下無双になれば、分かるものだと思っていた。
天下無双になれば、認めてくれると思っていた。
天下無双になれば、存在していいと思っていた。
天下無双になれば、全て解決すると思っていた。
全ては“我”の為、他人を考える事などなかった。だが、目の前の男は、“誰か”の為、刀を振るっている。
松尚の空間の彼岸花がより一層、その数を増やした。
――――ただ、人を斬る。
◇
某ファーストフード店
その五階にある一室で、机に足を置き、棒付きの飴玉を口に銜えながら、笑みを浮かべている人物――情報屋のDoubt。
そんな彼の目の前にある扉が開き、入ってきたのは――“Persona”と鎌を持った“首斬り”の姿であった。
「そろそろ、来る頃だと思っていたよぉ? Personaと首斬りぃ。だけど、この場所を荒らされるのは僕としてはちょっと嫌なんだよねぇ……場所を移してもいいかなぁ?」
『俺はどこだっていい。お前を――――殺せるのなら』




