No.35 血戦
2011年11月24日
俺は唯の古刀が入った細長い袋の紐を肩から提げる。そして、目の前にある山を見上げ、視線を下へと落とすと同時に俺の目が捉えたのは、何人もの自衛隊の隊員たちだった。
俺が山の頂へと登るべく、その自衛隊の隊員たちに近づいた時、
「右手を出してください」
と、その中の一人が言った。
俺はその言葉に従って、俺は右手を隊員たちへと出した。
それと同時に、隊員たちの中の一人がその手に持っていた機械で右手の掌にレーザーのようなものを当てた。
「一宮翔さんですね? 頂へと案内します」
そう言って、俺を先導し始めた隊員の中の一人の男。
あのレーザーのようなものは指紋を調べる機械だったようだ。
俺は隊員についていきながら、淡々と、山の頂を目指す。そして、頂に着くのと同時に俺の目の前には何十人ものの人がいた。
皆……殺し屋……
その中には、何人か顔を見た事のある人物も紛れ込んでいた。
時刻は午後の七時。
それから、俺は日付の変更する時刻まで、待たされる事となった。
◇
2011年11月25日
日付変更と共に、時計をじっと見つめていたPersonaはその目を目の前にいる人々へと向ける。
その人々は翔以外、全員、日本の殺し屋。
その面子を確かめた後で、Personaは横の人物から手渡された紙に目を落とした。
日本中の殺し屋全員は、来ていないようだが、二位の龍雅以外の一位から十位までの奴らは……全員、来ているなら、別にいいか……
溜息を吐いたPersonaはもう一度、殺し屋たちの方へと視線を移す。
『メールどおり、お前たちには俺のDOLLと殺し合いをしてもらう。そのために、場所を移動する』
その瞬間に殺し屋たちを取り囲むように自衛隊隊員たちが森の中から現れる。そして、次の瞬間――――Personaの脳天を一発の銃弾が銃声と共に貫いた。
倒れ掛かる身体をバランスを取って、留まったPersonaは自らの仮面を銃弾の飛んできた右横へと向けた。
『俺は死なないんだよ――――黒原輝次』
そのPersonaの眼の先にいたのはスナイパーライフルを構えた一人の男であった。黒原と呼ばれた男は現在の殺し屋の順位の松尚、龍雅に次ぐ、第三位。
そして、Personaの何ともない姿を見ても、黒原は眉一つ、動かそうとはしない。だが、その場にいた殺し屋の三分の二が、Personaが死なないと言う事実に驚いていた。
『抵抗はしない方が懸命だぞ? 俺のDOLLに勝てば、終わる話なんだしな』
その一言を聞いた後、黒原はPersonaに向けていたスナイパーライフルを下ろした。
『まずはルールの説明から入ろう。お前たちには今から車に乗って、ある場所へと向かってもらう。その場所に着いたら、俺の仮面を身体の見える場所に付けた、俺のDOLLを殺して、この鍵を手に入れればいいだけだ』
殺し屋たちにその鍵を見せ付けるPersona。
その形は「F」をひっくり返し、上に輪をつけた単純な形であった。
『この鍵は全部で七つある。それを全て、お前らが集める事ができたなら、お前らの勝ち。約束どおり、殺人ウイルス――Deicidaのワクチンをやろう。集められなかった場合――お前らは全員、死亡だ』
その説明に反応するものは居らず、その場にいた全員が、その後のPersonaの指示に従って、下山し、何台もの車へと乗り込んでいった。そして、携帯電話などの通信機器を全て、取り上げられた。
しかし、大人しく従う殺し屋たちに、理由がある事をPersonaは未だ、知らない。
◇
乗せられた車の中は窓は黒いもので覆われ、前の座席との間にも、同様の黒いものが覆っており、外界の情報を完全に遮断していた。
車の中を照らすのは天井に一つだけ点けられたライトだけだった。
今から一体、どこへと連れて行かれるのか。俺は自らの眼――千里眼を使って、視た。
その眼に映ったのは、“人のいない”都市であった。
人がいない……なんでだ……?
疑問に思った俺だったが、すぐにその疑問の答えへと、辿り着く。
権力を使って、無人に……ハハ……
俺はPersonaの必死さに笑いがこみ上げてきた。
お前の手の上で……上手に踊ってやるよ……
俺は昨日、Doubtのところへと行った時に聞かされた、ある話を思い出しながら、不敵な笑みを浮かべた。
すると、俺の意識はいつの間にか、闇に呑まれた。
そして、車がその動きを止め、ドアが開かれるのと同時に、俺はその眩しさに目を覚ました。
朝か……?
そう思いながら、車から降りる俺の目の前に広がっていたのは――千里眼で視たものと同様の、人のいない都市だった。
こうしてその光景を目の前にしてみると、とても不気味な景色だった。
普通は人で賑わっているはずの都市に全く人がいない光景は、まるで異世界にでも来たかのような感覚であった。
だが、此処は異世界なんかではない。
正真正銘、此処は現代の日本の都市。千里眼で視たのだから間違いない。
車のドアを開けた人物は淡々と、車の運転席へと戻り、車を発進させて、どこかへと行ってしまった。
さて……まずはここが日本のどこなのか、人形がどこにいるのか、確認していくかな。
そう思って、千里眼を再度、発動させようとした時、俺は目の前の大きな道路から此方へと近づいてくる人物に気付いた。
殺し屋か……それとも、人形か……
俺は千里眼を使って、その存在の正体を確かめた。そして、俺の眼に映ったのは、肩に付けたPersonaの仮面だった。
その人形は俺が先日、殺した殺人快楽の人形と共に、俺をボコボコにした人形だった。
あの時のあまり、思い出したくない記憶が蘇る。
殺人快楽に呑まれた日。人形の血を見て、笑う俺。
もう、あんな風にはならないと、自分に言い聞かせるように龍雅に誓った。
「お前は大当たりだった」
人形との距離が二十メートルを切った時、人形はそう呟いた。
俺は肩から提げた細長い袋から鞘に収まった刀を取り出す。細長い袋をポケットへと押し込んで、鞘を左手で持った。
「まずは、一つ」
そう呟いた俺は刀の柄を右手で握って、構えた。
◇
Personaはまだ、世間に大貴を捕まえた事を公表していない。つまり、Personaはまだ、戦自を自分の思うがままに使うことができる。
翔を乗せた車を運転していたのも、戦自の人間。この都市を無人にしたのも、戦自の人間。
戦自を大いに活用して、血戦の戦場を作り上げたPersonaはとても、満足していた。その余裕がどんな結果を招く事も知らずに。
Personaが余裕な原因の一つである人形――DOLL。彼はPersonaによって、初めて、人間の死体無しに創られた人形。
そんな彼は後頭部にPersonaの仮面を付けて、ビルの間を淡々と、歩いていた。
その後頭部に向けて、スナイパーライフルを構え、屋上から、スコープを覗きながら狙いを定めている人物。
それは殺し屋の順位で、第三位である黒原輝次だった。
黒原はビル風などの影響を考えながら、慎重に標的を見つめる。
そして、次の瞬間、黒原は指を掛けていた引き金を引いた。
射出された銃弾はすんなりと、DOLLの脳天を撃ち抜いた。だが、DOLLは地面に倒れる事無く、銃弾の飛んできた方向――十七階建てのビルの屋上にいる黒原へと目を向けた。
「見つけたぞ」
DOLLがそう呟いた刹那――黒原は自らの目の前に、飛んできたDOLLを見た。
そう。DOLLは十七階もの高さのビルをただの脚力だけで、地面から屋上まで飛んできたのだった。
「我の脳天をこの距離から撃ち抜くとは、やはり、慣れておるな……」
後ろへと退きながら言葉を失っている黒原にDOLLは淡々と言葉を紡いでいく。
「我の脳天を撃ち抜いた褒美に――――貴様を食ろうてやろうぞ」
その言葉と共に自分へと向けられる鋭い殺気に黒原は驚愕で固まっていた身体を動かして、スナイパーライフルを投げ、ホルスターから銃を引き抜いた。だが、もはや、初動の差が大きすぎていた。
銃を握り締めた右腕がDOLLへと向けられるその前に、黒原の右腕は黒原の身体に存在し得なかった。
右手のあった場所からは大量の血がどろどろと、屋上の地面へと垂れ流れ、黒原の右腕は笑みを浮かべたDOLLによって、銜えられていた。
そのまま、その右腕は肘までDOLLによって噛み千切られ、「バキバキ」と言う骨の砕け散る音が響いた。
そして、最終的にDOLLは口からそれらを吐き出し、残った右腕を放り投げて、言葉を紡ぐ。
「下種の味しかせぬな。だが、ここで殺すのは少々、面白味がない」
DOLLは思案する素振りを見せてから、にやりとその口元を歪めてみせた。
「そうじゃ。貴様が我を傷つけた時点で、貴様の勝ちとし、この鍵を渡してやろうぞ」
左ポケットから、鍵を取り出して、黒原に見せ付けるDOLL。その瞬間、DOLLは黒原へと疾走し、黒原の腹へとその右腕を突っ込んだ。そして、その右腕は腹の中の何かを掴み、そのまま、引き抜かれた。
大量に散乱する血液と共に、黒原の腸がその姿を現す。
口からも大量に血を吐き出した黒原は、その場に倒れこんだ。
「なんじゃ。もう終わりか?」
つまらなさそうに「面白くない」と右手に持った腸を地面に投げたDOLL。それと同時に左手に握った鍵をもう一度、ポケットの中へと押し込んだ。
血戦に来た殺し屋はあと百十二名。
◇
人形の女の子――吏夜は五人もの殺し屋に取り囲まれていた。その五人に共通している事は、経験の少なさだった。
「この女の子……仮面付けてるし、やっぱ、あの仮面の奴の言ってた敵だろ……?」
「けど……震えてるよ……」
話す二人の男と、それを聞いている二人の女と一人の男。その五人の中心で、震えている少女。
その震えは決して、五人に取り囲まれた恐怖から来るものではなかった。
『だから、人を殺すのはもう、やめてくれ……』
大貴に言われた言葉とPersonaの命令。
彼女は人間と人形の間で揺れ動いていた。
人を殺さなくても……友達はできる……けど、Persona様の命令は絶対……
吏夜の頭の中で繰り返される大貴の言葉。しかし、それをPersonaの命令が呑みこんだ。
少女は苦笑いをした。
「やっぱり……私はこれでしか、生きられないの……」
吏夜の震えが止まるのと同時にさっき話していた殺し屋の男の一人が、吏夜の拳によって、遥か後方へと吹き飛ばされた。
それと同時に身構え、四人とも、銃をその手に取った殺し屋たちは、目の前にいる仮面を付けた吏夜に向けて、その引き金を引いた。
身体を射抜いていく銃弾。
彼女はそれでも、殺し屋たちの目の前に立ち続けていた。
「な、ななな、何だよ、これ!! 死なないなんて……ば、化けもんじゃねえかよっ!!」
人形と言う存在を初めて目の当たりにした殺し屋たちは恐怖から、一様に持っていた銃を捨てて、その場から逃げようとした。しかし、吏夜はそんな殺し屋たちを逃しはしなかった。
四人の人物が周りに倒れて、血を地面に伝わらせている中、彼女は泣きながら――笑っていた。
あと百七名。
◇
疾走してくる人形。それに対して、翔は勢いよく刀身を鞘から放ち、その腹を斬り裂いた。しかし、人形――隆はそれだけで、倒れるようなものではない。
何としてでも一撃を与えようと、腹を斬られようと、疾走と振りかぶる右腕を止めようとはしなかった。
翔も人形がそんな事では倒せないと言う事を理解していたため、その攻撃を受ける前に隆の右腕を斬り落とし、隆の身体を後方へと蹴り飛ばした。
「俺をてめえにとっての大はずれにしてやる」
その言葉と共に、翔は鞘を手放し、両手で刀を握る。しかし、その眼はさっきから、全然、光を発してはいなかった。
「何故、千里眼を使わない?」
そう問われて、翔は淡々と、答えた。
「麻奈に剣道を習ったときの事を思い出した……そのときの俺は千里眼を持ってなかった。だから、相手の些細な動きに注意して、予想して、戦ってた。五感を使って俺は――――戦いを感じていたんだ……」
眼がなくったって、耳が教えてくれる。耳がなくったって眼が教えてくれる。眼と耳がなくったって、鼻が教えてくれる。
相手の動きを確実にするのが千里眼なだけであって、なくても戦える。
翔は刀をより一層、強く握り締める。
「Doubt、麻奈との戦いでそう学んだ……そして、それがなきゃ、俺は“あいつ”には多分、勝てない」
翔の頭の中に浮かぶ龍雅が血だらけで墓に寄り掛かっている姿。
翔はその目をゆっくりと閉ざした。
「来いよ」
翔のその挑発の声と共に、腹と右腕を元に戻した隆は地面を蹴った。
翔へと振るわれようとする拳。それを翔は目を瞑ったまま、隆の腕を斬りおとし、その首を宙へと舞い上がらせた。その後、刀を心臓へと突き刺し、抜いて、大量の返り血を浴びながら、その両足を切断した。
地面へと隆の身体が倒れるのと共に翔はその目を開けた。
気分が悪い……
翔がそう思ったのは、自らに飛び散ってきた返り血の暖かさと、目の前に横たわる隆の存在だった。
“人間と人形の違いってぇ……一体、何なんだろうねぇ……?”
あんたのせいで……目の前の人形を殺るのに変な感情が纏わりついてくる……
段々とその身体を元に戻していく隆を見ながら、それが人間でない事を再確認する。しかし、翔に纏わりつく感情が消える事はない。
こいつらは……人形だ。人を何人も殺してきた――
と思案を巡らせていた翔だったが、それを止めた。
俺も……人を沢山、殺してきたのか……そして、世界にだって、戦争で人を沢山殺してきた人物がいる……
翔から自らを嘲笑うような笑みが零れた。
なんだよ……人間も人形も、変わらねえじゃねえかよ……
完全に回復した人形が翔の方を見る。
だからって、壊さない理由にはならない!
その刀をもう一度、握りなおした翔は人形に向けて、何度も、何度もその刀を振るい、隆はその度に回復を繰り返していく。そして、人形の回復は底を尽きた。
翔は刀に付いた血を振り払い、地面に落ちた鞘を手にとって、その刀身を収めた。そして、人形の服を探って、鍵を見つけ出した翔はそれをポケットの中へと入れた。
鍵はあと、何個手に入れりゃあいいんだ……?
千里眼を発動させた翔の目に映ったのは、後ろから翔へと近づいてくる人物の姿であった。
その人物が翔の目の前にまで来たとき、翔はその口を開いた。
「てめえから出向いてくれるなんて、探す手間が省けた」
「それはどうも」
翔の言葉に応じた人物はその手に鞘に収まった刀を持った人物――松尚司であった。