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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
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No.33  埋まらない空間

「まあ、名前など、我にとってはどうでも良い。貴様の好きに名づけろ。それで、我は何をすればいいのだ?」

『とりあえず、服を着てもらおうか?』

 男はそうPersona(ペルソナ)に言われ、初めて自分が裸であった事に気付いたが、特に急ぎもせずに白衣を着た男から手渡されたTシャツとズボンを履いた。

「貴様は何故、そのような仮面を付けておる?」

『自分自身を隠す為……とでも言っておこうか? お前は俺から呼ばれるまで、好きに過ごしておけばいい。だが、一週間も好きにして良い時間は、無いだろうがな……』

 部屋から去ろうとPersona(ペルソナ)が後ろに振り返ったその刹那――――人形の右腕がPersona(ペルソナ)の腹を貫いた。

 そして、何の感情も映していないその顔で、Persona(ペルソナ)の腹から右腕を引き抜く人形。

Persona(ペルソナ)様――!?」

 すぐさま、Persona(ペルソナ)に向けて走ろうとした白衣を着た男性であったが、それをPersona(ペルソナ)は右手で止めた。

『大丈夫だ……』

「好きに過ごしていいと言ったのは、貴様だ」

 その右手に付いたPersona(ペルソナ)の血を舐める人形。

 そんな人形の様子を見ながら、Persona(ペルソナ)は、仮面の内で笑った。

 怪物……こいつは、怪物だ……

『俺の指示があるまで、人を傷つけるな。いいな?』

「注文の多い野郎だ」

 溜息を吐く人形の姿を一瞥し、Persona(ペルソナ)は腹の傷を残したまま、その部屋を後にした。

「腹を貫かれても、倒れもせぬとは……面白い奴じゃ」

 人形は白衣を着た男性の背中を見ながら、笑みを浮かべてみせた。


 ◇


 松尚(まつのぶ)(つかさ)、幼少の頃


 剣道をしていた父親の影響からか、五歳にして彼は家に飾られてある真剣を持って、遊んでは母親に叱られていた。

 そんな息子の姿を見かねた父親は、彼に剣道の道場へと通わせる事を決意した。しかし、彼は剣道に興味を持つ事は無かった。

 声を張り上げ、その心を無にして、臨む剣道は彼には合っていなかったのだった。

 “全ては刀が教えてくれる”

 彼は母親に何度叱られようともその刀を庭で振り続けた。

 重い刀を両手で持って、無造作に振る。

 父親はその姿を眺めていたが、とても才能などあるとは思えなかった。

 しかし、年齢と共に体が大きくなるにつれて、刀を片手で握れるようになってきた彼は、その刀を意のままに操っていた。いや、刀に操られていた。

 そして、彼が十二歳になった時、父親は彼に決闘を申込んだ。竹刀同士の決闘。

 父親は防具を付けたが、彼はそれを拒んだ。だが、父親は――彼に完膚なきまでに負かされる事となった。

 それから、彼は刀を扱う事に没頭した。没頭した挙句に彼は人を斬りたくなり、その身を闇に投じる事となった。その歳、十五の時であった。

 彼は殺し屋になったが、首斬りと同様に、集団の殺しの依頼しか受け付けなかった。


 ◆


「あぁん? なんだ、てめえは?」

 黒いスーツをその身に纏った男が大勢のいる場所へと、松尚は細い袋を持って、その身を投じた。

 細長い袋から、瞬時にその鞘に収められた刀を取り出した松尚は、疑問符を投げかけながら、近づいてくる男に向けて、その刀を右手で握り、振るった。

 居合い斬りによって、腹から胸を斜めに斬り裂いた後、その刃を男の右腹へと突き刺して、そのまま抜くのではなく、松尚は刀を左に動かした。

 瞬間、スーツを着た男の腹からは大量の血と臓物が地面に垂れ落ちた。

 その真紅の物体を見て、男たちは松尚が敵であると、気付いた。一気に銃を手に取る二十名余りの男たち。だが、その中の四名は既に、その銃を握った腕を失っていた。

 銃を握ったままの手が手首から地面に落ち、真紅の液体を広がらせていく。

 間を空ける事なく、松尚はその四人の腹を一斉に斬り、血と贓物を吐き出させ、地面にはもう、五人もの人物が横たわっている状況となった。

 目の前の真紅に染まっていく光景に、その場にいる全員が驚き、銃の引き金を引こうとした。しかし、松尚はもう、そんな男たちの目線の先にはいなかった。

 そっと、後ろを振り向いた一人の男。その眼に映ったのは、刀の血を振り払い、刀身を鞘にしまおうとする松尚の姿であった。

 その刹那、二十名の男たちが一斉にその腹から大量の血と贓物を流しだして、倒れた瞬間には、松尚の刀身はその鞘に収まった。

 地面に広がる真紅の色とその色が発する異様なにおい。

 それを気にする事も無く、松尚はその風景を悲しい目で眺めた。

 何個、墓標を立てようとも、広い空間は一向に埋まって行きはしない……何人斬ろうとも、何十人斬ろうとも、何百人斬ろうとも、何千人斬ろうとも――――埋められない。

 地を伝っていく赤い液体を松尚は、足で止めようと試みたが、それが止まる事はなかった。

 満足する相手がいない……それが斬っても、斬っても、埋まらない理由……なのか……?

 空を仰ぎ見ようとした彼の眼に映るのは、人間の作り出した天井であった。

 臓物がその腹から零れ落ちようとも、眼を刀で()()こうとも、頭をかち割り、脳みそが垂れ落ちようとも、何も感じない……僕は……何だ……?

 松尚は自分の存在が分からなかった。

 いっその事、戦国時代にでも生まれればよかったのにな……

 自分を嘲笑いながら、鞘から刀を抜いて、自らの左腕に少しだけ、傷をつける。

 そこからは紛れも無く、血が零れ落ちた。

 血が出る……ただの人間……違う。僕が知りたいのは、そんな事じゃない……

 “何の目的で自分が生まれてきたのか”

 いや……もう考えるのはやめにしよう。考えれば、考えるほど分からなくなる事だってある。だから、僕はただ――……そうだ! 天下無双を目指そう! このご時世で天下を目指そう。それが目的。天下人になれば、てっぺんを見れば、自分の存在も分かるはずだ。

 松尚はその広い空間から出て、山を下った。その道中に見つけた彼岸花(しびとばな)を片っ端から切っていきながら。


 ◇


 2011年7月24日


「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 逃げ出そうとする三人の男たちに向けて、刀を持った女――(ゆい)はその刀を振るった。

 男たちから真紅の血が(ほとばし)るが、辛うじて、死んではいなかった。

 唯はそのまま、止めを刺さずに、男たちに背を向けた。

 その姿をある男が窺っていた。

 美しい……

 松尚司は唯が刀を振るう姿を見て、感動を覚え、彼女と刀で交えたいと思った。しかし、そんな彼に疑問が走る。

 何故……彼女はこの者たちを殺さなかった……?

 答えは出なかった。しかし、だからこそ、完全なものにしようと彼は思った。

「人を殺す事に意味は無し。ただ、虫けらを殺すように殺せばいい。なのに、彼女はそれをしなかった。それは――彼女が完全に、非情になっていないからか……? いや、違う。彼女は僕のような“殺し”を否定しているんだ」

 意味の捉えにくい言葉を吐く松尚は、倒れている男たちの元へと近づいて、その手に握る刀を抜いた。

 その刀によって、男たちの首は斬られ、頭部と胴体が斬り離された。

「彼女の姿は美しかった。だが、まだ完全ではない。彼女は殺しをして、初めて完全になる……」

 血の付いた刀を舐める松尚。

「完全な彼女と()り合いたい」

 口元を歪める松尚はその場から立ち去ろうと、歩みを進めた。しかし、彼の前に一人の男が現れる。

『どうも。お前が噂に聞く刀を使う殺し屋か?』

「……誰だ、お前は……? 人間か……?」

 仮面を付けた人物を見て、松尚はそう質問した。

 その質問に対して、仮面を付けた人物――Persona(ペルソナ)は淡々と答える。

『いいや、人間じゃない。俺は神の子だよ』

「神の子……?」

 ふざけてるのか……?

 目の前の人物を敵だと認識し始めた松尚は、自らの刀を抜こうと構える。

『その刀で()ねてみるか? 俺の首を』

「いや……刎ねる前に尋ねたい事がいくつかある。君は何をしに此処にいる?」

 今にも、その刀を引き抜きそうな松尚に対して、やはりPersona(ペルソナ)は相変わらず、淡々と答える。

『俺はお前を探していたんだよ。集団の殺しの依頼しか受け付けずに、全てをその刀で薙ぎ払ってきたお前を』

「何故?」

『お前が刀を使うから。ただ、それだけだ』

 それだけ……?

 その首を傾ける松尚は尚も、その刀を構えている。

「何故、刀を使う僕が必要なんだ……?」

『大した理由は無い。それよりも、お前は知っているか? 殺し屋は政府に利用されてるって』

 その目を大きく見開かせた松尚は、その目でPersona(ペルソナ)に説明を求めた。

『お前は集団の殺ししか受け付けないから知らないんだろうが、殺し屋ってのは議員の暗殺も依頼される。そこではやはり、殺し屋の技量が高い奴に依頼したほうが良い。そこで政府は殺し屋一人一人にBystander(バイスタンダー)と言う見張り役を置き、殺し屋に順位をつけるようにした。そして、議員を殺す依頼も、Bystander(バイスタンダー)を通して、殺し屋にさせる事にした』

 唾をごくりと呑みこむ松尚。

 嘘……だろ……? けど――

「――僕には関係の無い事だ」

『いや。今から関係していくんだよ。お前――俺と手を組まないか?』

「――!?」

 手を組む……だと……?

「お断りだ。君のように自分の素性を仮面で隠しているような者とは手を組みたくはない」

『まあ、交渉と行こうじゃないか?』

 暗くて、松尚には見えなかった背中から、細長い袋を手に取ったPersona(ペルソナ)は松尚へと、“それ”を見せつける。

『これは何だと思う……?』

「刀……」

『そう。刀だ。だが、そこらへんで売られているような普通の刀じゃない』

 細長い袋を外し、鞘を左手で、刀の(つか)を右手で握ったPersona(ペルソナ)は、ゆっくりとそれを引き抜いた。

 暗闇の中、少しの光でも反射するその刀身は光を纏った。

『これは“雷切(らいきり)”だ。刀を扱うものならば、その刀の名を聞いた事くらいはあるんじゃないか?』

「……雷切は複数存在する。そんなに驚く事じゃない」

 Persona(ペルソナ)はその言葉を聞いて、声を出して笑った。

『ハハハッ……優秀だよ。そうだ。お前の言うとおり、雷切と言う名の刀は複数存在する。だが、お前の目の前に存在するこれが――本物の雷切だ』

 自信を持って語るPersona(ペルソナ)の言葉を信じそうになった松尚だったが、心中で首を横に振って、我を取り戻す。

「その証拠は無いだろ?」

『試してみれば、いいじゃないか?』

 持っていた刀の少しだけ覗かせていた刀身を鞘に戻し、その(つか)を松尚へと突きつけるPersona(ペルソナ)

 松尚はしぶしぶその刀の柄を右手にとって、左手でその鞘を持った。

 鞘から少しだけ、その刀身を覗かせた松尚はその刀身を熱心に見つめた。

 少し重いな……刃こぼれもない。だが、他は至って、変わらないな……

 その後、松尚は目の前にいる存在へと視線を移す。その仮面は何も語らない。

 本当に試してもいいのか……? そんな事をやれば、自分が確実に死ぬ。それとも――目の前の仮面の男は死なないのか……?

 そう思った松尚であったが、自分の思考を鼻で笑った。

 そんな訳、あるはずがないな……

 刀身を鞘に戻して、その鞘を左腹に置き、構える松尚。

 お言葉に甘えて――抜かせてもらうとするよ!

 瞬間、刀身は鞘から抜き放たれ、Persona(ペルソナ)の身体を腹から胸へと斜めに斬り裂き――――Persona(ペルソナ)の身体を“真っ二つ”にした。

 斬られた上部は宙を舞い、地面へと落下した。その時にはもう、地面は血の海と化しており、大量の血を周りに飛び散らせた。

 そして、下部は血という名の液体を撒き散らす噴水と化しており、内臓も地面へと垂れ落ちた。

 見ていて決して良い気分にはならない風景に、松尚はその口を(ほころ)ばせた。

 この切れ味……凄い……君の言うとおり、これは本当に正真正銘、本物の雷切のようだ……!

 刀に付いた血を振り払い、その刀身を鞘へと収める。

 松尚は十秒くらいの間、紅い景色を眺めていたが、それにも見飽きたようで、その場から立ち去ろうとPersona(ペルソナ)の亡骸に背を向けた。その瞬間、松尚の耳に血の海に足を踏みしめたような「ビチャッ」と言う音が聞こえた。

 ゆっくりと後ろを振り向く松尚のその眼に映ったものは――

 ――内臓、骨、肉、肉、皮、と再生していく、Persona(ペルソナ)の亡骸の姿であった。

 松尚は言葉も出せずにただ、呆然と目の前で起きている事実に、目を向けることしかできなかった。

 地面に落ちた、血の付いた仮面を手にとって、自らの顔に付けるPersona(ペルソナ)

『さて、俺の交渉に応じて貰おうか?』

「君は……君は一体……!?」

『だから、言ったじゃないか……? 俺は神の子だよ』


 ◇


 2011年11月21日


 ホテルの一室で睡眠をとっていた松尚。それを終わりにさせたのは携帯電話によるバイブ音だった。

 そのメールによるバイブ音によって、起こされた松尚は自らの携帯電話を手にとって、時刻を確認する。その時刻は午前の八時であった。

 大きく伸びをして、再度、携帯電話が鳴っていた事を認識する松尚。すぐさま、メールボックスを確認して、受信メール開いた。

「……三日後……か……」

 そのメールの内容を見た松尚は笑みを浮かべ、壁に立てかけた刀へとその目を移した。

「天下無双は――――この僕だ」

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