No.05 殺し屋
2011年7月9日
「大丈夫か! 大貴!」
ノックもせずにそんな声を上げて入ってきたのは甚だった。
今の時刻は午後の二時。
「お前、学校は!?」
「おいおい。今日は土曜だぜ? 午前中で終わりだっつーの! 頭打って記憶飛んだか?」
そうか。今日は土曜日か……
「大丈夫だ。一週間もすれば、退院できる」
「マジか? でも、俺の目には重傷に見えるぞ? 頭に包帯巻いて、所々にも包帯巻いてるし……」
心配そうな表情をして告げる甚。
そりゃあ、殴られて地面に何度も叩きつけられたからなぁ…………もう、思い出したくねえや。
「大丈夫だって! 心配かけてホントにごめんな」
「マジで心配したんだからな! 夜道は気を付けろよ! で、警察は来たのか? 襲われたんだろ?」
警察は朝のうちに来て、色々と聞かれた。
その最中、俺はベッドの下の“あれ”が見つかるかもしれないとびくびくしていたのだが、見つからなかった。
「警察はちゃんと来た。色々と質問されたよ」
「犯人見つかるといいけどな。まあ、見つからなくても、大貴の怪我が治れば、俺は良いけどな!」
此方に笑顔を向けてきた甚。
ははー、ちょっときもいぞー。
と思いながら、俺も微笑んで見せた。
「よーし、大貴が元気な事も分かったし! 帰るか!」
そう言って、甚は病室から出て行った。
まるで、嵐のようだったな……
俺は苦笑いしながら、窓の外を眺めた。
今日も良い天気だ。
◇
2011年7月14日
病院でのつまらない日々をやっと脱却できるこの日が、ついにやってきた。
病院の先生やら、看護士さんやらにお礼を言い、母さんと一緒に病院を出た。
「今から、学校行くんでしょ? 今日まで休んだら?」
と自家用車の車内で言ってくれた母さんだったが、俺は首を振った。
「行くよ」
家にいたってつまらないだろうしな。
◆
俺は左腕にギプスをしたまま、右手に鞄を携え、教室に入っていった。勿論、授業の最中に、だ。
授業中に入ってきたこともあり、俺は教室にいる全員の注目を浴びる事となる。
少し、足を退けそうになったが、構わず自分の席に着いた。そして、鞄から筆箱やらを取り出して、久しぶりに授業を受けた。
一週間もいなかったんだ。分かるわけが無い。
後で、浦議にでも教えてもらうかぁ、と考えながら、黒板に書かれた文字をノートに書いた。
授業が終わって、昼休みになり、俺は鞄から弁当を取り出して、机の上に置いた。
「おい、一緒に食おうぜ! こっち向けよ!」
と言う後ろから甚の声が聞こえ、俺は自分の弁当を後ろの甚の机に置き、椅子を後ろ向きにする。
「左腕使えないと不便だなー。色々と大変だろ? まぁ、まずは無事に退院できて良かったな!」
ポンポンと肩を叩いてきた甚。
「そうだな。それより、後でノート見せてくれ、浦議!」
甚の隣で椅子を此方に持ってきていた浦議はにこりと笑って答えてくれた。
「いいですよ!」
椅子を置いて、弁当を甚の机の上に置いた浦議は椅子に腰を下ろした。
「三人一緒にご飯食べるのも久しぶりですね」
浦議は弁当のものを口に運びながら、そう言った。
すると、甚は何か思い出したように言葉を紡いだ。
「そうそう! 大貴に聞こうと思ってたことがあるんだよ! お前の襲われた奴ってどんな格好してたんだ?」
どんな格好……?
格好だけを聞いてきた甚に大して、疑問を覚えながらも答える。
「こんな時期なのにダッフルコート着て、それに付いてるフードを被った奴……だったけど?」
「マジで!? ダッフルコートだった!?」
顔を寄せて聞いてきた甚の顔を箸を置いて、右手で抑える。
「ああ。ダッフルコート着てたよ! それがどうかしたのか?」
そう尋ねた俺。それに対して、甚はニヤニヤとその口を綻ばせた。
「ダッフルコートを着た変な奴と石丸が一緒にいたらしい!」
へぇー石丸とそいつがねぇ……って、えぇ!?
「絶対、石丸と大貴が襲われたそいつには関係があるって!」
周りに聞こえないように小声で呟く甚。
この流れは少し嫌だな……こいつが次に呟く言葉は絶対これだろう。「石丸を尾行しよう!」
「だから、今日さ。石丸、尾行してみようぜ!」
そらきた。てか、こいつはいつもなんでこんな情報を知ってんだ? 段々、怖くなってくる……
「今日はやめとくよ。退院したばっかりだし。十六日でいいんじゃね? 土曜だし」
「そうですね。僕も今日は用事がありますし、十六日に賛成です」
浦議も俺の提案に賛成してくれたので、石丸尾行は十六日となった。
それからはいつもどおり、学校が終わって、家に帰って、過ごすだけだった。
◇
2011年7月15日
いつもどおり、学校に行った俺は昼休みにその掲示板にある掲示物に目がいった。
「なんだ? これ?」
その紙には「創校記念式」と書かれており、その下にはこの高校の歴史と思われるものが書いてある。
「ああ、それ? なんか、この高校すごい伝統の長い高校らしいんだけど、その記念式が今年の九月十一日に行われるらしい」
俺が訝しげにその紙を見ていると、甚はそう説明してくれた。
なるほど。その日は俺たちも出席しなければならないらしい。長々と変な話を聞かされるのが見え見えだ。
「ああ。それと、校長の知り合いだったとかなんとかで天皇も出席するらしいぜ? 警備の警察とか報道陣なんかがいっぱいこの高校に来るらしい」
天皇までお見えになるとは……そんなにすごい高校だったのか。近くだからと選んだ俺なんかが通っても良かったのか? まあ考えるだけ無駄か。
その時の俺はまだ、知らなかった。この記念式が俺にとって、とても重要な日になることを。
◇
2011年7月16日
「よーし! はりきって行こう!」
放課後の皆帰ってしまい、俺と甚と浦議しかいない教室で甚は声を上げた。
と言ってもはりきっているのは甚だけである。
浦議は苦笑いに、俺はテンションがた落ち状態。
「おーい。もうちょっと、盛り上がろうぜ! 尾行なんて探偵みたいでかっこよくね? 面白くね?」
「あのさー」
一人で盛り上がっている甚に対して、俺は言う。
「お前の話だと、石丸は新宿の有名なチームに関わってるんだろ? そのリーダーがK事件に関わってるかもしれないってのも聞いた。そんな危ない奴尾行して、巻き込まれたりしたらどうするんだよ」
甚もそこまでは考えていなかったらしく、首を傾けた。
「うーん……まあ、大丈夫だろ」
そんな簡単に!?
俺はわざとらしく溜息を吐いてみせる。
まあ、こいつはいつもこんなんか……しょうがない。
結局、石丸を尾行する事となってしまった。
◇
普通は生徒が尾行していないか確認するようにキョロキョロと周りを見ながら帰る教師などいない。と思う。
何故なら、俺の目の前にその行動をしている人物が存在するのだから。
石丸のその様子を見て、甚は「怪しい……」と笑みを浮かべる。
どうみても怪しいのは俺たちだけどな。木の陰に隠れて、先生を見てるなんて。
挙動不審な石丸は俺たちに気付く事無く、自らの車に乗った。
あーあ。車に乗っちゃったよ……まあ、分かってたけど。これで尾行は打ち切りだな。
と思っていた俺は甚に引っ張られた。
「追うぞ!」
「はぁ?」
俺の抵抗も虚しく校門まで、連れて来られた瞬間に俺の目に映ったのはタクシーだった。
「やっぱ、車だと思ったんだよなー。だから、呼んどいた」
用意周到な奴だな……この頭を勉強に生かせたら……って、こいつは生憎、頭が良いんだった。くそ!
三人でタクシーに乗って、校門から出てきた石丸の車を指して甚が一言。
「あの車を追ってください!」
「ハハ……その台詞聞いたの何年ぶりだろ……」
とタクシーの運転手は苦笑いしていた。
それから、何十分間か、石丸の車を追いかける。そして、石丸の車がどこか知らない倉庫街に入っていくのを確認した瞬間に甚は、
「あっ! ここで降ろしてください」
と運転手に頼んだ。
代金は甚一人で払い、俺と浦議は先にタクシーから降りた。
それにしても、こんな場所に来るとはなぁ……
と俺が見回すのは森の中。森の中なのに車の通る道はちゃんとあった。まあ、当たり前なのか?
「木に隠れながら、見に行ってみようぜ!」
と小声で言って、道を逸れて森の中へと入っていく甚。
俺と浦議は顔を見合わせて、浦議は苦笑い。俺は溜息を吐いた。そして、しぶしぶと森の中へと入っていった。
今の時刻は午後の四時。
外はまだ明るく、日が落ちるにはまだ、早い。しかし、その倉庫街には何台もの車が止めてあり、何人もの悪そうな人々が屯していた。
巻き込まれる前に早く帰りたい。
そう思っていた矢先に甚は、
「俺ちょっと小便してくるわ」
と俺と浦議から離れていった。
このまま甚置いて帰ってもいいのかなー、と考えていると、ガサガサと草を踏みつける足の音が聞こえた。
チッ! もう戻ってきやがったのかと舌打ちした瞬間、
「おい、てめえら。こんなとこで何してんだ?」
太い声が聞こえ、後ろを振り返ると、そこには――怖いお兄さんが立っていました。
◇
今の状況。俺は怯えるしかない。
何故なら、俺は今、腕と足を縄で縛られ、倉庫街の倉庫の中でたくさんの人々に囲まれているからだ。
「おい、石丸。てめえの生徒だって話じゃねえか!」
目の前にいる石丸に向けて隣の男が怒鳴り散らす。それに対して、石丸は頭を下げるのみだった。
「てめえら、何で石丸を追ってきた?」
理由……それは――
「――俺を入院させた……ダ、ダッフルコートを着ている……せ、生物と石丸先生が一緒にいたって……友達から、聞うぃ、聞いて……」
嘘はついてない……だが、答えてよかったのか? 怖い。殺される。
「木村さん。こいつが言ってんの、例の“あれ”じゃないすか?」
石丸を何で追ってきたのか尋ねてきた男に対して、横にいた人物が呟いた。
この人が、甚の言っていた木村……あいつ、事実をちゃんと言ってたんだな……
そんな甚はここにいない。小便とどこかに行ってしまったために捕まる事を免れたのだ。
言いだしっぺのあいつだけ捕まっていないと言うこの状況が少し、腹立たしくなってきた。
そんな時に俺の目に映るのは“それ”だった。
「てめえがやられたってのはこいつか?」
木村に肩を握られたダッフルコートをその身に纏い、フードを被った小柄な人。間違いなく、俺が殴られた化物だった。
驚愕する俺の様子から察したのか、木村は笑いながら、
「そうか、そうか。こいつにやられたわけか。なら――てめえを生かしておくわけにはいかねえな」
そう言って、取り出されたのは銃だった。
その銃口を俺の頭へと突きつけた木村。
俺の人生は……ここで、終わるのか……?
実感が湧かない。男が銃の引き金を引いたら、俺はどうなる? どうなってしまう?
――死んだら、どうなるんだ?
そう考えた瞬間だった。
俺の顔に水のようなものが飛び散ってきた。
目の前の光景がスローになって見えた。銃を持った男の腕が上から降りてきた男の手の刃物によって斬られる光景。
「今時、頭だけが銃持ってる組織なんて、そうはいないぜ?」
苦笑するその男は腕の斬られた男の周りの者達をそのナイフで薙ぎ払っていく。
その姿は正しく、嵐だった。
その男が通った場所にはどんどん人が倒れていく。
「うわあああああぁぁぁぁぁあああああ!!」
その姿を見て、叫び声を上げ、倉庫の中から逃げ出そうとする者。しかし、その入り口には一人の綺麗な女の人が立っていた。鞘に収めた刀を持って。
「逃がしはしない」
鞘から引き抜かれたその刀身はその男の腹を抉った。
うっ……こんな光景……見てられない……
俺は目を瞑って顔を俯かせた。しかし、俺は目を開けた。
何故なら、そのナイフを持った男を俺はどこかで見たことがあったからだ。
どこで……だ……?
◇
周りは血の海だった。
そこに佇んでいるのは三人。ナイフを持った男と、刀を持った女。それに腕を斬られた木村。そして、俺はその男の事を思い出した。
入院していた俺に銃を届けてくれた長身の男。
浦議もそれに気付いたようで、その男に尋ねた。
「あ、あなたは……何をしたんですか……? その人たち……本物の……人間……なんですか……?」
「本物の人間だ。そして、俺はそれを殺した」
平然と何の躊躇いもなくそう呟いた。
「な、なんで殺したりしたんですか……?」
頭の良い浦議だからこそ、今、質問ができている。俺はあんな光景を見た後に口を開けられない。
「それが俺の職業だからだ」
「――!?」
職業……? 人を殺すことが職業だって言うのか!? そんなこと、ありえるわけが無い!
「人を殺すことを職業にする奴なんて……いるわけないだろ……?」
俺は声を絞り出す。
「そんな奴らを世の中が認めてるわけ無いだろ!!」
瞬間、俺に銃を届けた男は縄で縛られたままの俺に顔を近づけてきた。
「お前らが生きてるのは光の当たる場所。光のある場所には必ず陰が存在する。その陰が俺たち――“殺し屋”だ」