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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
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No.29  雷切

 数時間前


 分かってますよ……この福岡の地に足を運んだ意味くらい……

 龍雅(りゅうが)は墓場へと足を進めながら、一人考えに(ふけ)っていた。そして、彼は誰かの墓標の前でその足を止め、それから目を逸らすように空を仰ぎ見た。

 曇って……来ましたね……もう、帰りましょうかねぇ……

 自分でも何のためにここへと足を踏み入れたのかが分からない龍雅はそんな自分を嘲笑いながら、その“龍崎”と彫られた墓標に背を向けた。

 そんな彼へと一人の人物がゆっくりと歩みを進め、近づいてきた。

「こんにちは」

「……こんにち……は」

 丁寧に頭を下げて挨拶をしてきたその男性に(なら)って、龍雅も頭を下げた。しかし、その肩から提げる物に気付いた瞬間、その眼を一瞬だけ鋭くさせる。

 その一瞬の後、龍雅の顔はいつもどおりの微笑みの表情へと、戻っていた。

 男が肩から提げている物は細長い袋であり、龍雅にはそれが刀に見えて仕方がなかった。だが、違う物なのかもしれないと、自分に言い聞かせて、表情を元に戻したのであった。

 龍雅は止めていた足を動かし始め、男の横を通り過ぎようとした。しかし、その直前に男はその口を開いた。

「“墓参り”……来ると思っていたよ。龍雅……いや、この場では“龍崎”と呼んだ方が賢明なのかな?」

 足を止めた龍雅はその微笑みを絶やさずに男へと尋ねる。

「……あなたは、どなたですか?」

「失敬。紹介が遅れた。僕は松尚(まつのぶ)(つかさ)と言う者だよ。まあ、君にはこう言った方が分かりやすいのかもしれない。僕が――――Bystander(バイスタンダー)と殺し屋をつなぐパイプ役さ」

 松尚がそう言って、肩に下げた細長い袋を右手で持った瞬間に龍雅は自らのワイヤーを松尚の周りへと張り巡らせた。

 それを見た松尚はそのワイヤーに怯えもせずにただ、溜息を吐いた。

「甘くなったな、君は。以前の君ならば、このワイヤーですぐに僕の首を()ねていただろうな。一体、何があった?」

「あなたには関係のないことです。さて、何から話して貰いましょうかねぇ……」

 後方へと下がりながら、松尚を睨みつけ、笑みを浮かべる龍雅。

 そんな龍雅を見ながら、松尚も微笑んだ。

「まあ、以前の君であっても、今の僕ではただの通過点さ。で、何から聞きたい? やっぱり、彼女の辻斬り事件についてか?」

「そうですね……では、ご要望どおり聞きましょう。何故、彼女が殺さなかった者たちをその手で殺したのですか?」

 松尚はその質問に淡々と答える。

「自分で言うのもなんだが、僕は幼い頃から剣の道に()けていた。けど、長けすぎているせいで僕に敵う相手はいなかった。そんな僕は剣道がつまらないものだったんだよ。そして、中学三年の時、殺し屋へと、この身を投じた」

「あなたの昔話など、どうでもいいんですよ。私の質問に答えてくれませんか?」

 表情は笑顔だが、雰囲気はピリピリしてきている龍雅を(なだ)めるように松尚は話を続けていく。

「そうピリピリしないでくれ。何事にも段取りってのは必要だろう? 殺し屋に身を投じた俺はその刀を使って、存分に人を殺す事ができた。だが、斬っても斬っても乾くばかりで、俺の心を満たしてくれる相手などいなかった。そんな状態で年月が過ぎていき、偶然、彼女を見た。刀を振るうその姿は無駄のない動きで――――僕は恋をしてしまったよ」

 惚気話を聞かされましても、ねぇ……

 頭を掻く龍雅はもう一度、気を引き締めて松尚の話へと耳を傾ける。

「だから僕は、彼女の所業を態々(わざわざ)、完成させてあげたのさ」

「完成……ですか……?」

 その言葉の意味が読み取れない龍雅はその単語をもう一度、呟いた。

「そう。殺すまでが一戦だ。だから、僕が彼女の一戦を完成させたんだ」

「……あなたの根本的な目的は、君の言う完全な(ゆい)と戦う事ですか……?」

 その尋ねかけに松尚は首を横に振った。

「違う。僕の目的はただ――――天下無双になりたいだけなんだよ」

「――!? 天下無双……ですか……?」

 予想だにしていなかった答えに龍雅は目を丸くした。そして、次の瞬間に龍雅は笑った。

「天下無双……? この時代にですか!?」

「ああ。この時代にだ。そして、君は彼女の師匠なんだろ? だったら――君も僕の標的(ターゲット)だって事だ」

 松尚がその口を大きく歪めた瞬間、その細長い袋が地面へと落ち、鞘に収められていた刀も、重力に逆らえなくなって落ちた鞘によって、その刀身を(あらわ)にした。

 龍雅がそれに気付いて、ワイヤーを引こうとした瞬間にその刀によって、松尚の周りに張り巡らされたワイヤーは一閃された。

「遅い。それにこんなワイヤー……鋭くもないしね。見てごらんよ。この刀」

 刀身を上へと向けて、龍雅へと見せつける松尚は尚もその口を歪めたまま、話を続ける。

「伝説の刀――雷切だ。けど、雷切ってのは世の中に複数存在しててね。けど、本物は僕の持ってるこれだ。流石に雷を斬ったと言われるだけはあるこの切れ味。さて、君の肉も――綺麗に削ぎとってあげるよ」

 にやりと獲物を狩る者の眼で龍雅を見る松尚は何の目的があってか、地面に転がった鞘を持って、刀身をその中に押し込めた。そして、低い姿勢でその鞘を左手で左脇腹に近づけ、右手で刀の柄を握り締める。

「君はどこまで耐えられるかな?」

 瞬間、松尚は龍雅へと疾走した。その動きを見たと同時に、龍雅も自らのワイヤーを張り巡らせるが、それは龍雅の一メートル以内であり、松尚の間合いはそれを凌駕していた。

 そのワイヤーの張り巡らされたところの直前で、足を止めた松尚はその勢いに乗って、自らの刀を引き抜いた。

 居合い。

 それは抜刀術で、鞘から抜き放つ動作で一撃を加えるものだ。居合いはかなりの速度があり、間合いもあるのだが、欠点はある。

 片手での抜刀により、威力は両手で握っているものには敵わない。だが、鋼鉄の鋭い刀――雷切であるならば、それは関係ない話なのかもしれなかった。

 ワイヤーを(あたか)も、糸のように切り裂いたその刃は龍雅の身をも傷つけ、その表面から紅い液体を噴き出させた。

「くっ……」

 後ろへと倒れそうになる龍雅へと松尚は、にやりと笑みを浮かべて、言う。

「居合いってのは、次の太刀で止めを刺す抜刀術なんだよ!」

 龍雅へと足を踏み出すのと同時に松尚はその刃の矛先を龍雅へと向け、その心臓へと突き刺した。

「ぐ……が……ぁ……」

 血を吐き出す龍雅。だが、松尚が心臓へと突き刺そうとした刃は龍雅の手によって、腹へと軌道を修正されていた。

「はぁー……おとなしく心臓を貫いてれば、こんな苦しい思いもせずに済んだのにな」

 残念そうにその刃を龍雅の腹から抜き取った松尚は、その刀に付いた血液を振り払った。

 それと同時に、ふらふらとしながら、龍崎と書かれた墓標へとその身を預け、地面へと座り込んだ龍雅はもはや、虫の息であった。

「まあ、期待はしていなかった。君はどうせ、“二位”だからな」

 二位……? どういう……こと……?

 そう疑問に思ったが最後、龍雅はその目を固く閉ざしてしまった。

「――ッ!? 誰か……来るな……」

 足音を聞き取った松尚はそっと、刀をその鞘へと仕舞いこみ、刀と細長い袋を持って、墓標の陰にその身を隠した。


 ◇


「天下……無双だと……?」

「そう。天下無双。この時代に何を言っているのかと思うだろうが、この時代だからこそ、それになれるんだよ」

 眉をひそめる(しょう)はその言葉を繰り返し、松尚のその言葉を少し詳しくする付け加えを聞いたのだが、それは逆に翔の内の疑問を増殖させただけだった。

「今、世の中は不景気。会社がのし上がって行くためにはやはり、他社が邪魔だ。だから、殺し屋が必要になってくる。Bystander(バイスタンダー)もね」

 翔は無言で聞いていた。それは気付いたからだった。千里眼を使えば、全て分かることに。

「お前が……Bystander(バイスタンダー)を使って、政府をどうにかしようっていう殺し屋だったのか……」

 千里眼で視た事実に少し驚きながら、翔は苦しい表情を浮かべていた。

「……千里眼か……でもさ、刀を扱う者として相手の動きの全体をこの眼で捉え、次の行動を予測しながら、行動するなんてのは常識だよね。だから、別に千里眼なんてなくてもいい。けど……君は左眼が見えないみたいだ。様子で分かる」

 眼帯もしておらず、眼も閉じていない左眼が見えない事が分かった松尚。

 尚、苦しい表情を浮かべる翔だが、その理由はそんな事ではなかった。

 怒り。殺人快楽。

 この二つの入り混じった感情が今の翔の内では(うごめ)いていた。

 話をして、気を逸らさないといけないくらいに翔は追い詰められていたのだ。

「そして……龍雅が二位で――――なんで、あんたが一位なんだよ!」

「そんな事、決まってる。Bystander(バイスタンダー)がそう判断しただけの話だ。それと、今、気付いた事だが……君は一宮(いちのみや)堆我(たいが)の息子だな? あの“大きな未来を視れる男”の」

 その言葉を聞いた翔は目を見開いた。

 大きな未来を視れる男……だと……?

「千里眼は全部そうじゃないのか……?」

「そんな事も知らずに使ってたとは……まあ、どうでもいいけど龍雅の命。危ないんじゃないの? このままだと出血多量で、三途の川渡っちゃうかもよ」

 分かってる……それくらい、お前に言われなくても、分かってんだよ……

 翔は自らの手に持った細長い袋を強く握り締め、袋から刀を出した。

「絶対にお前と戦わないといけないのか……?」

「そうだ。君も僕の天下への道の通過点ではあるんだよ。噂は良く聞いている。人形でも敵わない奴だとね」

 その言葉を聞いた翔は刀身をその鞘から引き抜いて、構えた。

「手加減はできそうにねえ……」

「どうぞ、ご勝手に」

 その瞬間、翔は松尚へと向かうべく地面を足で勢い良く蹴り飛ばした。同時に翔は持ていた刀の切っ先を松尚の方へと向ける。

 風圧で額の髪の毛が上へと舞い上がったその刹那――松尚の鞘から引き抜かれた化物は翔の額に一筋の斬り傷を与えた。

 咄嗟の判断で後ろへと下がる翔の額からだらりと流れる血を袖で拭いながら、翔は愕然としていた。


 ――動きが……心が読めない!?


 そんな翔の様子に気付いた松尚は説明に入る。

「だから、言ったじゃないか。刀を扱う者として君の行動によって、僕の行動も変わってくるんだ。いちいち頭で考えてられないんだよ。そして、動きだって同じさ。君の行動一つで変わってくる。千里眼なんて、ただの命を食うだけの役立たずさ」

 まあ、君のように経験が浅い人ほどね……

 と心中で付け加えながら、松尚は刀身を鞘に収めた。

「それに、この体勢から繰り出されるものと言えば、居合いしか無いしね」

 くそ……

 額から流れ出る血は、翔の右眼をも塞いでいく。何度、拭っても血は噴き出し続けた。

「刀の傷は早々、血が止まるものじゃない。では、今度は此方から――行かせてもらうとしようか!」

 翔の方へと疾走する影に翔は両手で刀を構え、千里眼で男の動きを視た。

 こいつの動き……ちゃんと視えてる!

 千里眼を使って動きを読み、鞘から抜き放たれた刃を紙一重で避け、左頬の横を通り過ぎた松尚の刃だったが、翔の左頬はその刀によって、“斬られていた”。

 その事実に驚く暇など与えない松尚は何度もその刃を振るっていくが、翔の刀によって、全て防がれた。

「全く……邪魔だよその千里眼!」

 刀を振るうのと同時に男の蹴りが翔の腹へと襲おうとするが、翔はそれを左手で防いだ。

「片手では両手に勝てない!」

 松尚の刀と(ひし)めき合っていた翔の刀が力負けして、弾かれ、地面へと落ち、翔は完全な無防備な状態となってしまった。

「万事休すだ」

 その瞬間、空気を振動させ、(とどろ)かせる銃声が鳴り響いた。

 手を止める松尚は銃声の聞こえた後ろを振り返る。

「まあ、こうなるだろうと思ってたけどねぇ……」

 銃を空へと向けているDoubt(ダウト)はその銃を服の内にしまいながら、松尚へと近づいていく。そして、松尚の隣まで来ると、翔には聞こえないような声で言った。

「ここで翔を殺しちゃうとぉ、天下無双は見えなくなるよぉ」

 松尚は、にやりと笑みを浮かべるDoubt(ダウト)を一瞥すると、その場から去っていった。

 そんな様子を見ていた翔は刀を置いて、拳を握り締めた。

「てめえ……龍雅がこうなる事、知ってたんだろ!」

「そうだよぉ? 当たり前じゃないかぁ。僕がこんなお祭り事を見逃すなんて、ある筈がないことぐらい君も分かっていると思ってたんだけどねぇ……それに僕は君にちゃあんと、忠告したしねぇ」

 その態度を見た翔は自らの感情を抑えきれなくなり、Doubt(ダウト)の胸倉を掴みかかった。

「ふざけんな!」

「僕はふざけては無いよぉ? ただ、僕のやりたいようにしてるだけさぁ」

 今度は左手も使って、両手で胸倉を掴んだ翔は声を荒げる。

「俺たちはてめえの駒じゃねえ!」

「その言葉はもっと力を持ってから言いなよぉ、小僧」

 Doubt(ダウト)の表情から笑顔が消え、翔の胸倉を掴む右腕を捻り上げ、そのまま背中へと持っていくと、銃をその背中へと突きつけた。

「君の命なんてゴミ以下だぁ。殺し屋になった時点でねぇ。だから、どう扱われようと文句は言えないだよねぇ?」

 スライドを引くDoubt(ダウト)は指を引き金に引っ掛ける。

「それに僕がいなかったら、あの時死んでいたという状況も、君の頭の中に刻ませておきたいものだねぇ。だからぁ――君の命は僕の手の中ということだよぁ」

 翔はその発言でDoubt(ダウト)が自分と同じ側の存在ではないと思った。しかし、Doubt(ダウト)は今の流れから、思いもよらない言葉を吐き捨てた。

「だから、君には死んで貰っちゃあ困るんだよねぇ……てことで――――僕が君を指導してあげるからねぇ?」

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