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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
56/72

No.26  カルマ――Ⅲ――

「殺し屋……? あんた……何言ってやがる……?」

「知らなかったんですか? 警察でもベテランなあなたなら、知っていると思ってました。これは説明した方が良さそうですね」

 にこりと犬塚(いぬづか)へと、笑顔を向けた堆我(たいが)が説明しようと口を開こうとした時、犬塚はそれを遮った。

「ちょっと待て。あんたは何を説明するつもりだ? まさか、殺し屋とは言わんだろうな……」

「ご察しの通り、殺し屋についてですよ」

 犬塚はその頭を両手で抱えるような姿勢をとった。

「殺し屋は存在するんですよ。あなたが知らないだけで、日本にも普通にね」

「……あんたは俺のところに……それを伝えに来ただけか?」

 顔を上げた犬塚に流石と言わんばかりの笑みを浮かべる堆我。

「殺し屋は前提の話ですよ。私がここに着た目的は翔です。彼を私に預けてはくれませんか? まだ、親権は私にありますし」

「……構わねえが、翔をどうするつもりだ? その答えによっちゃあ、断らせてもらう」

 断固たる決意の眼差しを堆我に向ける犬塚の額から頬にかけて、一粒の汗が垂れた。

「自らの母親を殺し、目の前でクラスメイト全員を殺された少年。そんな少年は将来、どんな大人になってしまうのでしょうかね?」

 犬塚は首を横に傾けた。それは堆我が自分の息子の事を少年と言う代名詞に置き換えているところに疑問を持ったからだった。だが、すぐにそんな事に深い意味など無いと知る犬塚。

「例えば、その少年の内には殺人への興味、快楽が初めから存在していたとしましょう。そして、少年の眼は未来を視る事のできるモノだった。そして、少年に襲い掛かるのは母親の手によって、振り下ろされる包丁の刃。その眼のおかげで、死なずには済んだものの、首に大怪我を負ってしまっ――――」

「ちょっと待て!」

 犬塚は目の前の机に手をついて、堆我の話を途中で遮った。

「おい! 何なんだ、その話は!?」

「『何なんだ』って、ただのある少年の話ですよ」

 その瞬間、犬塚は堆我の胸倉を勢い良く、掴みかかった。

「てめえの息子の話だろうが! それをてめえは!」

 堆我の顔面を強く握られた右拳で殴ろうとした犬塚だったが、堆我はそれを簡単に片手で防いだ。

「あなたは翔の事を全然、分かっていない。彼が心で抱えているのものは、あなたが考えているほど、浅いものではない。そして、あなたは翔の親でも、親戚でもない。あなたはただの――――他人ですよ」

 犬塚は大きく眼を見開いた後、堆我の胸倉を掴んだ手を下ろした。

「彼の内には殺人快楽がある。そして、彼の眼は未来、人の心が視える魔眼。とてもあなたの手には負えませんよ」

「……だったら、早く連れて行け……だが、その(つら)を二度と、俺の前に見せるな」

 犬塚は顔を俯け、堆我に背を向けた。だが、堆我はその歩き出そうとする犬塚の肩を掴んで、動きを止めさせた。

「いえ、私がするのはあの子の心のケアだけです。そのあとはあなたに任せます。私と同じ道へと道を踏み外して欲しくはありませんからね」

 堆我は犬塚の返事を聞かないまま、翔を連れて、犬塚の家を後にした。その口元を――大きく歪めて。


 ◇


 俺は父親に連れられて、三ヶ月もの間、学校にも行かずにそこで鍛えられた。

 鍛えられたのは殺しの方法。そして、その最中、俺の父親は何かをした。その何かは思い出せないが、その何かをしたせいで、俺の記憶から母親を殺したものを失くし、千里眼も失くした。

 何かの暗示をかけられたのか、薬を使ったのかは分からない。だが、俺の記憶を消したのは、俺の父親だった。

 俺はそれから、人間不信のまま、小学校生活を過ごし、中学生になった。

 そこは俺の人生の分岐点だった。

「お前、一宮(いちのみや)堆我の息子――一宮翔……だろ?」

 下校する途中、俺に声を掛けてきた男。だが、俺は一度、後ろを振り返ったものの、すぐに前へと向き直って、歩みを進めた。

「ちょっと、無視? ねえ! 一宮翔なんだろ?」

「人違いだ。他を当たれ」

 構わずに歩みを止めない俺に男は言葉を投げかける。

「お前、“母親を殺した”んだろ?」

 その言葉を聞いた瞬間、俺はその足を止めた。

「……知らねえな」

「お前が生きる居場所は、この世界にあるのかい?」

 その質問の意図が掴めない俺は後ろにいる男の方へと振り返る。

「あんた……何が言いたいんだ?」

 男は笑みを浮かべて、俺の質問に答えた。

「――殺し屋になってはみないか?」

 その質問の瞬間、一瞬、体をビクッとさせた後、

「論外だ」

 と言葉を吐き捨てて、俺はその場を後にした。平静を装ってはいたが、内心では焦っていた。

 あの男……俺の親父が殺し屋だって事を知っていた……

 俺はそのまま、帰路を構わず、歩いた。そして、空を仰ぎ見た時、その空を見て思った。

 雨……降りそうだな……


 ◇


 その予想は当たり、次の日の天気は雨だった。

 傘を差しながら、学校へと登校し、いつものように席に座って、読書をする。

 人とは話さないようにしていた。

 俺は恐れていたのだ。また、小学校の頃のような思いをするのじゃないかと。そして、その小学校の頃にいじめられていた理由を知るのを。

「一宮くん。数学の宿題やってきた?」

 その質問に対して、無視することはしなかった。だが、言葉は交わさない。

 俺は否定の動作をとり、その女子生徒から本へと目線を落した。

 本は好きだった。

 何も考えずに済む、現実から逃れられるものだから。

 そのまま、時は放課後になり、俺はいつもどおり、帰路についた。

 そこで、学校には持って行ってはいけない物が鞄の中で音を立てた。

 鞄から取り出した携帯電話を手にとって、メールではなく電話だと気付く。

 非通知ではないが、知らない番号だった。

 俺は何も考えることなく、電話に出るボタン――オフフックボタンを押した。

「もしもし」

『もしもし? 昨日は断られちゃったからさぁ。もう一度、お誘いしようと思って』

 聞いたことのある声だった。

 昨日……?

 疑問に思いながら、尋ねる。

「あなたは誰ですか?」

『昨日あったばかりじゃないか。昨日、お前に「殺し屋にならないか」って聞いた人間だよ』

 その言葉で思い出した。

 あの男か……

「思い出せないな……」

『またまたー。嘘を吐かないでくれるかい? まあ、どうせ嘘なんて吐けなくなるだろうけどさ。今から送るメールを見てくれよ。五分後にまた、こっちから電話かける』

 そう言って、男によって一方的に掛かってきた電話は男によって一方的に切られた。

 男の言ったとおり、知らないアドレスから、メールが届いた。

 そのメールには本文も題名もなく、何かが添付してあるだけだった。

 俺はその添付してあったものを見て、目を大きく見開いた。

 同じクラスの女子生徒が捕まっていた。

 ご丁寧に今日撮ったものだと分かるようにテレビの画面も一緒に写っている。

 そして、男の言ったとおり、五分後にまた、男から一方的な電話が掛かってきた。

『見てくれたかい? そして――同時に状況を察してくれたかい?』

「……あんたは俺に何をさせたい……?」

『言っただろ? 俺はお前に殺し屋になってもらいたい。ただ、それだけだ』

 男の意図が全然、分からなかった。

 俺が殺し屋になって、男に何か利益になる事があるのか?

 あるとは到底、思えなかった。

『俺は今、××区のマンションにいるよ。そこに彼女もいる。メールで地図を送るよ。詳しい事はそこで話すから、来てくれないか?』

 また、一方的に電話は切られた。

 メールを受信したバイブ音がする携帯を握り締めて、俺は地図を確認し、その場所へと向かった。


 ◇


「良く来てくれたね」

 笑顔でそう、俺を迎えた男。

 その横には同じクラスの女の子が倒れていた。

「心配しなくても、死んでない。ただ、眠ってもらってるだけだ」

「……なんで、お前は俺を殺し屋にしようとする!?」

 俺は男に一番聞きたかった事を単刀直入に尋ねた。

「何故? それはただの好奇心さ。一宮堆我の息子がどんな殺し屋になるのか、俺は見てみたいんだよ」

「……俺には……お前がそんな理由だけで、こんな行動してるようには見えない……」

 男は俺の言葉を聞いた瞬間、笑い出した。

「やっぱり、面白い。で、殺し屋になってくれるよねぇ?」

「ならねえ」

 俺は即答した。

 その瞬間、男は自らの表情を笑顔から真顔へと、変化させた。

「……君は殺し屋になる運命だ。その(さが)は変えられない」

 男はそんな言葉を吐き捨てて、どこかへ行ってしまった。

 その言葉が何を示すのか分からなかった俺は一先ず、捕まって寝ていた女子生徒を起こして解放した。

 男の起こした行動に何の意味があったのか。俺はまだ、分からないままだ。


 ◇


「あ、あの……昨日はありがとう……」

 俺が助けた女子生徒が読書している俺へと近づいてきて、頭を下げた。

「いいよ……別に」

 俺はそう答えて、本の世界へと意識を戻す。

 本は好きだった。何も考えずに済む。

 だが、今日は何故、こんなにも考えてしまうのだろうか?

 俺の頭の中に巡る事は昨日の男の言葉。

 “君は殺し屋になる運命だ。その(さが)は変えられない”

 俺の性って何なんだろう……分からない……


 自分で自分の存在が分からない。


「一宮……くん……?」

 いつの間にか床に落していたらしい本を女子生徒は拾い上げて、俺の方へと向けていた。

「……ありがとう」

 そう言って、会話は終わった。

 その後、俺は彼女が有名な右派の国会議員の娘だと知った。


 ◇


 そんな彼女はその日、学校に来てはいなかった。

 嫌な予感がした。

 予感だけで確証は無かった。しかし、俺の予感も捨てたものではなかった。

 放課後になって、その携帯電話は鳴り響いた。

 見覚えのある番号をその目で確認し、ボタンを押した。

「もしもし」

『お久しぶりー。一宮翔くーん』

 ふざけている声で俺の名を呼んだ男。その声は先日、今日休んでいた女子生徒を拉致った男の声だった。

『今日、彼女来てなかったっしょー? さあて、どこに行ったんでしょーか?』

「まさか!? また、お前が!?」

 しかし、男はそれを否定した。

『今度はモノホンに拉致されたよ。彼女のお父さんは有名な国会議員らしいからね。そんな彼を良く思っていない人が拉致したんだろうねぇ……それで、俺が殺し屋として、始末を依頼された』

 こいつ……何を言ってるんだ?

「その証拠は? それに何故、俺にその事を言う?」

 やはり、俺にはこの男の意図が全くは分からなかった。

『今、君どこにいる?』

「……学校の靴箱の前……」

『君の靴箱の中に茶封筒が入っているから、開けてごらん。あっ! でも、堂々と開けることは進めないけど。俺からのプレゼントだ』

 男の言ったとおり、俺の靴箱には茶封筒が入っていた。

 予想よりも重たかった茶封筒のその重さに、何だか、懐かしさを覚えてしまった。

 その茶封筒の中に入っていたものは銃とナイフだった。

「な……なんだよ……これ……?」

 肩と耳で持っていた携帯電話を右手で持ち直す。

『俺は殺し屋として、拉致した組織を殺すように依頼されたんだ』

「俺にもそれを手伝え、と?」

 俺は上履きから靴に履き替えて、歩きながら男の電話を応対する。

『違う。お前は全力で俺を阻止しなきゃいけない。何故なら――』

 男は間を置いて、その続きを紡いだ。

『――彼女もその標的(ターゲット)に入ってるからさ』

 俺は言葉を失った。

 同時に、後一歩で校門を出ようと言うところでその足を止めた。

「今……なん、て?」

『お前と同じクラスの今日欠席した女の子も、俺が殺す内の一人に入っているって、言ってんだよ』

 俺は頭で理解した途端に走り出した。

「彼女はどこにいる!」

『メールで場所を送るよ。じゃあ』

 そう言って、電話は切られ、メールが来た。

 俺はなんでその時、考えもしなかったのだろうか。それが罠だという事を。


 ◇


「あぁ? てめえが殺し屋か? いや、制服着てやがるし、こいつの友達か?」

 男から届いた地図が示していた場所である倉庫の中へと真正面から入った俺を何人もの男たちの鋭い目が襲った。

「ガキはどっか行ってろ。それとも、逃げて察でも呼ぶか?」

 何人か俺の後ろに回っていき、俺は完全に囲まれてしまった。だが、俺の目には彼女しか映ってはいなかった。

 “昨日はありがとう……”

 人から感謝されたのが、人生で初めての経験のように思えた。だから、俺は彼女を助けたかった。俺の存在を認めてくれた、名前も知らない彼女を。

 俺は男たちを観察する。

 薄着……それにズボンのポケットも見た感じ膨らんではいない。銃は持ち合わせていなそうだな……それに、筋肉もあまりついていない。下っ端の連中……ってわけか……

 その人を洞察する能力は父親に教わったものだった。

「かかって来いよ」

「あぁ? 今、なんて言った?」

 一様に鉄パイプをその手に持ち始める男たちを見て、俺は噴出しそうになった。

 こいつら……ベタ過ぎだよ……

「かかって来いって言ったんだ!」

 瞬間、男たちは俺の思ったとおり、一斉に突っ込んできた。

 俺は懐からナイフを取り出して、冷たい鉄のナイフを握る久々の感覚に――高揚した。そして、俺はいつの間にか、笑いながら、その刃を振るっていた。

 気付いた頃には、目の前は血の海だった。そして、俺は――彼女をもその手で殺してしまっていた。

「お見事お見事ー。俺の変わりに依頼をこなしてくれるとはやさしい限りだよ!」

 拍手で耳障りな音を立てる男は俺の方へと一歩一歩、その足を進めてきた。

 俺はその男に対して、銃を取り出して、その銃口を向けた。

「こうなる事が、分かってて……俺を(そそのか)したのか……?」

「まあ、そういう事だね。けど、ここまでの成果を期待しちゃなかったけど」

 男は口元を歪めたまま、その場を動かない。いや、銃口を向けているから、動けないのかもしれない。

「で、お前は人を殺してしまったわけで――――晴れて、警察に捕まる身となってしまった。これで君は――」

「――殺し屋になるしか、道はない、と?」

 俺は男の言葉の続きを予想して述べた。

「そう。君はもう――こちら側の人間だ」

 手を伸ばした男のその手に銃と、ナイフを置いた。

「どうせ、俺にとっては居心地の悪い世の中なんだ……なってやるよ」


 ◇


 翔はそのまま、犬塚の家へと帰り、倉庫に残ったのは男一人となった。

 そんな倉庫へと足を踏み入れる影が一つ。

「これで本当にいいんですよね……? ――」

 後ろを振り向かずに近づいてくる影へと話しかける男はその人物の名を呼んだ。

「――一宮堆我さん……?」

「ああ。俺が育てただけあって、仕事が速いな。“藍堕(あいだ)”」

 男に近づく人物は翔の父親である堆我。そして、男は堆我から藍堕と呼ばれたが、その顔は異なっていた。

 それは、彼が変装のマスクをしているからだった。

「やっぱり、あなたはすごいですよ。遠い未来なんて、とてもじゃないけど、俺には視えない」

(じき)に、お前にも見えるようになる……だろう」

 そう。翔を殺し屋にしようと企んでいたのは――実の父親である堆我だった。


 ◇


 部屋に鳴り響いた音を俺は初めて聞いた。そして、同時に頬がじんじんしてくる感覚も初めてだった。

 俺は初めて、人に()たれた。

「何言ってやがる! 翔!」

 「殺し屋になる」と言った瞬間、俺の顔は犬塚さんによって、打たれた。

「あんたには関係ない事だろ」

 そう言った瞬間に俺の胸倉を掴んだ犬塚さん。

「関係ないこたぁねえだろが! 自分が何を言ってんのか、分かってんのか!?」

「家族でもないのに親父みたいな事、言ってんじゃねえよ! あんたの指図なんて受けない。俺は自分のやりたいように生きる!」

 そうして、俺は犬塚さんの言葉も聞かずに殺し屋の道へと足を踏み入れた。

 俺の本能――殺人快楽は殺しを欲していたのだ。そして、俺はそれに負けた。


 そのせいで、俺は犬塚さんを目の前で失う事となってしまった。

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