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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
55/72

No.25  カルマ――Ⅱ――

 買ってくれたランドセルが母親の形見となってしまった。

 そのランドセルをからって、俺は小学校に入学した。それからの日々と言うものは生きた心地がしなかった。

『あの子が親殺しの子……?』

『怖いわー……』

『同じクラスだなんて……うちの子は大丈夫なのかしら……』

『こんな子……学校になんていれるべきじゃないのよ』

 入学式の教室で聞こえるその声。

 決して声に出しているわけではないその声を、俺は聞きながら、泣きそうになった。

 なにも……してない……のに……おかあさんをころしたのは……ぼくじゃ……ないのに……

 自らの手で、母親を殺したと言う自覚が無かった。だから、俺はその記憶を頭の奥に仕舞い込んだ。だが、仕舞い込んだ所で意味は無かった。


 ◇


「おまえあっちいけよ!」

 昼休み。皆と一緒に遊ぼうと近づいた俺を一人の男の子が手で押した。そのまま、教室の床に倒れた俺は目を丸くした。

「なん……で……?」

「おまえ、おかあさんころしたんだろ。ひとごろしなんだろ。ひとごろしはろおやにいかないといけないんだぞ! はやくいけよ!」

 唖然とした。母親から子供に伝達された情報は残酷なものだった。

「ろおや! ろおや! ろおや! ろおや! ろおや! ろおや! ろおや! ろおや――――」

 何人ものクラスメイトに囲まれた俺はその言葉を永遠と続けられた。いや、それは一分くらいで終わっていたのかもしれない。だが、俺には永遠と続けられたように聞こえた。

 もう、俺の居場所はどこにも無い事を知った。

 教室に一人残った俺は自分の席に座ろうとした。だが、掃除のために椅子を机の上に上げられており、下ろすのは少し、嫌だった。

 そのまま、教室の隅に座り込んだ俺。そんな教室に一人の人物が入ってきて、俺の前で立ち止まった。

 また、虐められるのかと思った俺は瞬時に頭を下げた。だが、一向に何も言ってこないし、何もしてこない。

 耐えかねた俺が頭を上げると、そこには手があった。

 差し伸べられている手。

「いっしょにあそぼ!」

 女の子が俺に手を差し伸べていた。

 俺はその差し伸べられた手を迷わず握った。

「うん!」


 ◆


「ホントにおかあさんころしたの?」

 鉄棒で遊んでいる最中にその女の子は俺にそう尋ねてきた。

 俺はその答えを告げるのに戸惑った。

 それは覚えていないからだ。気づいた瞬間には母親は目の前で死んでいた。

「わかんない……」

「じゃあ、みんなうそつきだね! なまえはなんてゆうの?」

 笑顔で此方に微笑んだ女の子。

「しょう! そっちは?」

「わたし? わたしはかなえってゆうの!」

 こうして俺は小学校で初めての友達を作ることができた。そして、犬塚さんの家へと帰宅した俺はその事を笑顔で話した。

「そうか。友達ができたのか! 良かったなぁ!」

 俺の頭を撫でる犬塚さんのその手は暖かく、大きかった。

「もっと……できるかな?」

「ああ……できるさ。けど、初めての友達はちゃんと、大切にするんだぞ?」

 俺は満面の笑みを浮かべて頷いた。


 ◇


 次の日から、俺は周りの俺を犯罪者呼ばわりする奴らを気にしないで、日々を過ごすことができた。

 楽しかった。だが、反面、辛い事も多々あった。それでも、友達がいる事が楽しかった。

 小学一年生の俺は単純だったのだ。いや、逆に単純ではない方がおかしいのではないだろうか。

 しかし、そんな日常も長くは続かなかった。そう。それは、俺が下校している時に起きた。


 ◇


「あの子供……かぁ……?」

 小学生の下校する通学路を窺う一人の男は翔の姿を見て、そう呟いた。

 子供を殺すなんてのは性に合わねえが……仕事だから、しょうがねえわな……

 溜息を吐いてみせる男は翔の父親――一宮(いちのみや)堆我(たいが)から逃げた男が雇った殺し屋だった。

 殺し屋の男は慎重に、誰にも尾行している事を気付かれないように、翔を尾行していた。

 やっぱりガキは歩くのが(おせ)えなぁ……早く殺して、仕事終わらせたいってのに大通りから全然、外れねえしよ……

 もう一度、溜息を吐く男は尚も翔を尾行する。そして、翔が大通りから道を逸らした瞬間に男はその道に人がいないかどうか確認し、男はスッとそれを取り出して、構えた。

 ナイフ。

 男はそのナイフを後ろから、ランドセルをからう小さい少年の首へと、振り下ろそうとしたその瞬間――――ランドセルをからった少年は(あたか)も、後ろに目があるのではないかと思えるくらいの鋭さで、そのナイフを横に動いてかわし、後ろを振り返って、その目で男を捉えた。

 なッ!? このガキ……

 男は翔がナイフを避けた事に驚愕し、翔のその目を見て、恐怖を覚えた。

 その目は電球のように光っている。そして、男はその目がどんなものかを知っていた。

 堆我の息子……やはり、“千里眼”をその目に宿してるのか……だったら――手加減を加えてやる必要も無い!

 もう一本のナイフを取り出した男は翔に向けて、先の十倍の速さでそのナイフを振るった。なのにも拘らず、翔はそれをすんなりと避けてから――


 ――不気味な笑みを浮かべてみせた。


 その表情を見た瞬間、背筋に悪寒が走った男は翔からその身を退こうとしたのだが、もう、既に遅かった。

 男からナイフを奪い取った翔は、はそのナイフを使って、男の左腕を斬り落そうと振るった。しかし、まだ、小学一年生の力。男の左腕にナイフはそこまで、深くめり込む事は無かった。

 男はすぐさま、翔からナイフを取り返して、左腕を右手で隠しながら、その場を去っていった。

 化ける……あいつは絶対に将来、化けるぞ……!? 若い芽は――潰しておくに越したことは無い。殺し屋の世界は競争世界だからな……

 男はにやりとその口を大きく歪めた。それはもはや、依頼を受けての殺しではなく、私情を挟んだ殺しに成り変ろうとしていた。


 ◆


 俺が下校中の大通りから外れた道に差し掛かった時、“その目”で捉えた。

 後ろから男が近づいてきて、俺へとナイフを振り下ろすまでの動作を俺はその目で視て、ナイフが振り下ろされる軌道からその身を横にずらした。

 振り下ろされた後に避ける事ができたのは、その目に映っているナイフの動きがスローだったからであった。


 そして、その後の記憶は無い。


 いつの間にか、俺の後ろにいた男はおらず、俺の右手には少し、血が付着していた。

 何が起こったのかさっぱりわからなかった。

 急に目の前が白になった。

 そう。あの犬塚さんが殺されたときの様に白と黒になった。


 ◇


 事件はその二日後に起きてしまった。

 俺はいつもどおり、小学校に登校して、教室に入っていった。そして、昼休みには、かなえと砂遊びなどをして楽しんだ。

 今日はいじめなど、何も無かった。それが無性に嬉しかった。

 昨日までは犯罪者などの言葉を投げかけられたりしたのに今日は無かった。

 何かから解放されたような、そんな気がした。

 そして、次の日もいつもどおり登校し、授業を受けていた。

「はい。じゃあ、教科書の二十四ページ。読んでくれる人?」

 一斉に教室中の手が上がり、「はい!」と言う声が何十にも重なって繰り返されていく。

 俺も控えめにその手を上げた。

 先生が当てたのは俺ではなかった。ほっとして、息を吐いて机上の教科書を見たその瞬間――――俺の顔に何かが飛び散ってきた。

 それは水のようなもの。だが、水よりも暖かく、少し、どろっとした感じの何かであった。そして、俺は目の前の光景に驚愕した。

 黒板のすぐ隣に立つ先生の首が宙に舞って、頭を失った体は血を噴き上げる噴水の役割しか果たさなくなった。

「せん……せい……?」

 皆、唖然としていて、俺以外の誰も声も出さなかった。そして、緊張の糸のようなものがプツンと切れた瞬間に叫び声を上げ始める。

 教室から出ようと、二つの入り口へと走り出す生徒たちだが、その扉は固く閉じられていた。

 窓を割って逃げるなどと言う発想は誰一人として思いつかなかった。

 俺は逃げもせずにただ、椅子に座って、血を吹き上げる先生を見ていた。そして、先生の体は鈍い音を立てながら、教室の床に倒れこんだ。

 床を伝っていく血を見ながら、俺は自分の心臓の鼓動が速くなっていく事が分かった。

 過去と重なる光景。

 母親を殺した時の光景。

 俺はその重なる光景を見たくないと思い、顔を上げるとそこには、一昨日の男が左腕に包帯を巻いて、黒板の横にいた。

 まだ、その男の存在には俺しか気付いてはいない。

 男は俺の方へと不気味な笑みを浮かべながら、手に持った血の付いたナイフを見せつけた。

 そのナイフに恐怖は無かった。

 ただ、男に対する怒りだけが俺の内から湧いてきた。

 ころしたの……? おまえが……!

 俺が席から立ち上がろうとしたその時、男の存在に気付いた生徒が叫び声を上げて、教室の後ろへと波の様に流れた。

「大丈夫。君たちを殺すのは俺じゃない」

 語り出す男は壇上を降りて、俺へと近づいてくる。そして、俺の頭にポンと手を置いた男は告げた。

「この一宮翔だ」

 俺は男が近づいてきて、手を置くのに抵抗しなかった。何故なら、その目で男が何もしないことが分かっていたからだ。

 そして、俺は目を大きく見開いた。

「ぼく……が……?」

「ああ。君が教室にいる皆を殺す。いや、“殺した事になる”の方が正しいのかな?」

 その瞬間、俺はこの時、初めてその存在を見た。

 漆黒の布をその身に纏い、自分の身長くらいの刀身の鎌を持った人物――“首斬り”をその目で最初に見た。そして、もう一度、瞬きをした頃には教室は血の海と化していた。

 どこを見ても血と首の無い屍と生首が転がった教室。

 それと重なるのはやはり、自分の家の一室の光景。

 俺は膝を着いた。

 俺は膝を着いた。絶望が襲う。

 かな……え……かなえちゃん!

 そう思った瞬間に俺の脚は動き出し、屍と血の入り混じった世界へと入って、そこから、かなえの存在を探した。

 だが、判別がつかなかった。全てが紅い血の色で塗りたくられていた。

「あ、ああ…………ああああああぁぁぁぁぁああああああ!!」

 泣き叫びながら、手を動かし続け、血染めのその手を見た。

 怖かった。その手が、自分が殺したために血に染まっているように思えて。

「かえ……して……」

 俺はゆっくりとその拳を握り締めて立ち上がる。

「かえしてよ!」

 俺はその身をナイフの持った男の方へと投げ出した。だが、簡単に避けられ、腕を掴まれ後ろに回されてしまう。

「いたい!」

 俺は腕を強く握られ、動きを止められてしまった。

「どうした? この前みたいにこの左腕のような傷をつけてみろよ」

 後ろから自らの包帯の巻かれた左腕を俺に見せ付ける男。だが、怒りは湧いてこない。

 悲しみだけが俺の心を支配していた。

 涙は絶え間なく流れ出て、血だらけの床へと垂れていく。

「おい……泣く事しかできねえのか?」

 そう言われてもただ、泣く事しかできなかった。

「所詮、子供は子供か……」

 俺を床へと突き飛ばした男は手袋のつけた手で持ったナイフを倒れた俺の手に握らせた。

「これでお前が、犯人になった」

 そのまま、二人の人物たちは教室から出て行った。

 教室に一人、ナイフを手にして倒れている俺。

 俺が殺したような光景だった。俺がナイフを震える手から手放した瞬間、俺の手には紅い液体が大量に付着していた。


 ◇


 俺が殺していない事は警察によって証明された。だが、俺だけがその教室の中でただ、一人生き残った。

 クラスは勿論、他のクラスに変えられた。

 そこで向けられる眼差しが怖かった。

 人間が信じられない。

 表では笑っていても、裏の声が聞こえてきた。

 耳を塞いでも、聞こえてくる声。目を塞いだら、聞こえてこない声。

 そんな心が不安定なときだった。

 インターホンが鳴り、犬塚さんがそれに応答しようと、玄関へと向かった。

 俺もその訪問者が気になり、玄関の方向を覗き込んだ。

「あ……あんたは?」

 開けられた玄関のドアの向こう側に誰かがいるが、顔は確認できない。

「私は翔の父親なんですが……あなたと一緒に住んでいると聞きましたので……」

 それは紛れもない俺の父親の声だった。

 母親を殺した時から一度も顔を合わせていない父親。そんな父親がその時は怖く思えた。

「ちょっと、お話があるので、入れてもらえますか?」

 俺の父親が入って来た。

「翔。元気にしてたかい?」

 そう言って、頭を撫でてくれた俺の父親はダイニングの椅子に腰をかけた。

「翔。あっちの部屋にちょっと行ってろ」

 犬塚さんのピリピリとした空気が伝わってきた。

 俺は犬塚さんの言う事に従って、奥の部屋へと入っていった。


 ◇


 翔の父親――一宮堆我と対峙するように座る犬塚。堆我は笑顔でいるのに対して、犬塚は眉間にしわを寄せていた。

「話ってのは何だ?」

「あなたもお気づきだとは思いますが、翔は他の子供とは少し違うんです」

「……翔は他の子供と何ら、変わりゃしねえよ」

 目線を下に向ける犬塚。

「嘘を言ってもお見通しですよ。犬塚尚一(なおひと)さん」

 名前を呼ばれた瞬間、犬塚はその顔を上げた。

 俺の名前……教えたか? いや、訪ねてきたんだ。名前くらい……知って……る……

 堆我のその目を見た犬塚は言葉を失った。

 こいつ……目が……光ってやがる……!?

「あんた……何モンだ?」

「“殺し屋”と言ったら、通じますか?」

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