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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
54/72

No.24  カルマ――Ⅰ――

 俺の……過去……

 瞬間、俺の頭を頭痛が襲った。

 いっ――!? 痛い……!?

 脳みそを握り潰されるような痛さのあまり、俺はそのまま、意識を失った。まるで、過去の深淵へと引きずりこまれるかのように。


「早めに受け入れておかないと、君のカルマは――――君の心を潰してしまうよぉ?」






―――――――カルマ―――――――






 三歳だった頃。俺は母親に連れられて、バケツとスコップをその手に携えて、公園を訪れた。

 俺は迷わずにその公園の砂場へと、駆け出した。そこには数人の同い年くらいの子供がいた。

 その頃、俺は人と言うものがまだ、苦手だった。それは保育園などにも通っておらず、他人と接する事が無かったのが一番大きいだろう。

 俺は黙って、バケツの中に入ったスコップを手に取り、砂場の砂を掘っては一定の場所に集めて、砂山を作った。

 何の為に作るのか。そんな事は意識するはずもない。ただ、ただ、夢中になって、砂山を作り続けた。

「わぁー! ぼくもいれて!」

 一人の少年がそう言って、俺に近づいてきたが、どう反応していいのか分からない。俺はそのまま、少年を無視してしまった。その瞬間、その少年は声を上げて、泣き始めた。

「うわああああん!」

 戸惑う俺を他所(よそ)に少年は親の元へと走った。

「しらんぷりされたぁぁあ!!」

「はいはい。よしよし」

 我が息子の頭を撫でる母親。


 俺はその時にはもう、異質だった。何故なら――


『はぁ……なんで、子供ってすぐ泣くのかしら……面倒くさいわねぇ……』

 その時の俺はすぐにその発言をした人物が少年の母親だと分かった。だが、母親の口は一切動いてはいない。

 そう。俺には母親の心の声が聞こえていたのだった。

 俺がぼーっと少年の母親の方を見ていると、俺の母親によって、頭にチョップを食らわされた。

「しょーうー。ちゃんと、お話しないとダメでしょー? そんなんじゃ、いつまで経っても、お友達できないよー?」

 俺はゆっくりと頷いた。

 頬を膨らませていた母親の顔が綻ぶ。

「よーし! じゃあ、片付けよっか!」

「うん!」

 俺は笑顔になって、砂山をスコップで崩しながら、掘った穴へと砂を入れていく。そして、まっ平らとはいかないもののそれなりに平らになったところで、砂場の外で待っていた母親の元へと走った。その手にバケツとスコップを携えて。

 母親の言われるがままに公園の水道で手を洗い、母親に渡されたタオルで手を拭く。

「よくできました! さあて、帰ろっか!」

「うん!」

 母親の差し伸べられた左手を右手で握り締めて、俺は帰路を母親と一緒に歩いた。

「ねえねえ。お母さん!」

「なーに?」

「『めんどーくちゃい』って、どーゆーこと?」

 母親は思案するような素振りを見せてから、俺の質問に答えた。

「『めんどうくさい』ねぇ……何かをしたくないのにしなくちゃいけないって事かな? でも、どこでそんな言葉聞いたの?」

「えっとー……こうえんでね。あのこのね、おかあさんがね、いってた」

 母親は「ふーん。そうなんだ」とにこりと笑ってみせた。

 その母親の顔を見て、俺もにこりと笑った。


 それが全ての兆しだった。



 ◇


 四歳になり、幼稚園へと通わされた。いや、通わされたというのは不適切かもしれない。何故なら、そのときの俺はまだ、幼稚園に行くことが楽しかったからだ。

 友達も沢山できたし、人見知り気味だった俺も人が好きになった。

 そんな幼稚園でのある日。

 幼稚園から帰ろうと母親の手を引かれていた時、幼稚園の園児の母親たちが話しているところに遭遇した。

 それから、世間話が始まり、俺はつまらなくなった。地面に座り込んで、砂を手で弄り始めたとき、聞こえた。

『はぁー早く終わらないかしら』

『翔くんのお母さんって、ちょっと苦手なのよねー』

『また、自慢話だわー』

 口に出している言葉はただ、俺の母親と楽しそうに話している言葉だった。なのに、俺の耳には“その声”が聞こえた。

 “その母親たちの心の声が聞こえていた”

 俺はその声が母親にも聞こえているものなんだと、皆、聞いているものなんだと、勘違いしていた。その時の俺はまだ、自分の能力に気づいてはいなかったのだから。

 そして、母親どうしの世間話は終わり、俺は再び母親の手を引かれて、幼稚園からの帰路についた

 そこで俺は母親に呟く。

「おかあさんにがてだってね」

「ん? どういう事?」

 その反応に俺は少し、驚いた。

「あのおかあさんたちがいってたよ? おかあさんにがてだって。にがてって、なーに?」

 俺は母親が少し、怖い表情をした事に気づかなかった。

「嫌だってことよ……」

 俺は「ふーん」と呟いて、前を見た。そして、自分の家に着いて、玄関を開けた母親に続いて、家の中に入った。

「ただいまー!」

 誰かがいるのでもなかったのだが、俺はその言葉を発した。

 洗面所に行って、手を洗い、うがいをして、リビングへとどたどたと足を進めた。

 幼稚園の制服を脱いで、普段着を着る。

 その間、母親はいつもどおりの笑顔を浮かべているようで、悲しそうでもあった。

 俺はさっきの質問で母親を悲しませてしまったのではないかと思い、もう、あの聞こえてくる心の声については言わないようにしようと決めた。

 だが、所詮は子供の決意。次の日にはすっかりと記憶から抹消されていた。


 それから、俺は夢を見るようになった。


 学校の教室で一人、佇んでいる俺の夢。


 ◇


 それから、俺は何度も何度も、人の心の声を聞いた。それは不定期で、一日中聞こえている時もあれば、一週間、聞こえない時だってある。

 そんな中、久しぶりに俺の父親は家に帰ってきた。

「おとーさん! おかえり!」

 俺が父親に抱きついた瞬間にその匂いはした。鉄のような生臭い匂い。

 俺は父親の顔を眺めた。父親は俺の視線に気づいて、にこりと微笑んでから、頭をポンッと叩いて、自分の部屋へと入っていった。

 母親はそんな父親を見て、すぐに目を逸らした。

 父親と母親が仲が悪かったのか、今では分からない。だが、仲は決して、良くはなかった。何故なら――一度も父親と母親が会話したところを見た覚えが無いからだ。

 いや、それは母親が早くに亡くなったからなのかも知れない。


 次の年――俺はこの手で母親を殺す事となってしまったのだから。


 それからの俺の母親は他の園児の母親たちと話していても、なんだか、作り笑いをしているようだった。

 居心地が悪いような母親は早々と、その園児の母親たちの集団から離れていった。そして、日に日に母親の体調は悪くなっていった。


 ◇


 また、夢を見た。そして、その夢に出てきたのは目の前の一人の園児の母親だった。

「おばさん。きおつけて!」

 その園児の母親たちの中の一人の人物の袖を引っ張りながら、俺は言った。

「ん?」

 腰を低くするその母親。

「どーしたの? 翔くん」

「あのね! きおつけてね! 車が『ドーン!』って来るからね!」

 子供はよく、意味の分からない事を口にする。その意味の分からない事だと思ったその母親はにこりと、微笑んで、

「ありがとうね。翔くんも気をつけてね」

 と言った。

「うん!」

 俺は良い事をしたのだと思い、上機嫌になって、俺の母親の元へと走った。

 俺が忠告した園児の母親はその一週間後、俺の言ったとおり、車にひかれて死亡した。

 その日以来、俺へと向けられる目は様変わりした。


 ◇


『あの子が“あの”……』

『気持ち悪いわぁ……家の子には近づいて欲しくない』

『本当に車にひかれるなんてねぇ……』

『偶然……よねぇ……』

 聞こえる心の声。

 それは親だけでなく、他の園児たちにも増殖していた。

「おまえとはもうあそばない!」

「わたしも」

「ぼくも」

 その一言にどんどん賛同していく園児たちを見て、俺は悲しくなって、泣いた。そして、俺は一人になってしまった。

 一人で遊ぶのが日常へと変わった。

 皆で歌う。皆で踊る。皆で絵を描く。皆で遊ぶ。皆で。皆で。

 その全てを俺は拒絶した。

 拒絶されたから、拒絶した。


 ◇


 五歳になり、久々に幼稚園が休みの日に公園に連れて来てもらった。その手にバケツとスコップを携えて。

 砂場には一人の少年がいた。

 一人。自分と同じだと思った。

「い、いっしょに……あそぼ……?」

 その声を振り絞った。最後の希望を乗せて。

 誰でもいいから、一緒に遊びたかった。

「おまえとはあそばないもん」

「なん、で?」

「かあちゃんがあそぶなっていったから! もう、あっちいけよ!」

 一人。

 希望は消えた。

 俺はもう、孤独なんだと知った。そして、そんな俺の様子を俺の母親は見ていた。


 ◇


 幼稚園を卒園して小学校へと上がる前。もう、俺の母親は限界に来ていたのだろう。

 たぶん、うつ状態でもあったのかもしれない。


 ――そして、ついにその日がやってきてしまった。


「翔……笑って……?」

 包丁を右手に持った母親は俺に微笑みながら言った。その包丁を見て、俺は体を強張らせた。

「大丈夫……だからね? 痛い思いもしないで、殺してあげるから……そして、お母さんも死ぬからね……?」

「お……かあさん……も?」

 俺の背中にはもう、部屋の壁が張りりついていた。逃げられない。

「うん……翔も苦しいでしょう……? お母さんと一緒に……楽になろう……」

 らくに……?

 俺は、母親が今から行う事を受け入れようと思った。 だが、俺の生存本能はそれを否定した。

「翔……一緒に死んでちょうだい!!」

 涙ながらに振り下ろされた包丁は俺を掠めた。

 その後の記憶は俺には無い。

 気づいたら、家のリビングで俺は口を歪めて立っていた。

 その手には紅い液体が大量についた包丁が握られており、俺の体中にもその紅い液体は飛び散っていた。そして、俺は次にリビングの床を見た。

 そこには目を塞ぎたくなるような光景が広がっていた。

 俺の母親の惨殺死体。

 血の海の中にそれが俺の母親であるかも判別できないような、いや、人間かどうかも疑わしいようなものが転がっていた。

「おかあ……さん……?」

 呼んだが、反応は無かった。

 俺はどこかに母親がいないか、必死に家の中を探した。だが、いない。

 それは当たり前の事だ。だって、俺の母親はその惨殺死体なのだから。そして、母親の言葉を思い出して、俺は電話を手に取った。

「こまった……ときの……いちいちまる……」

 ボタンを押して、受話器を耳に当てた。

『はいXX警察署です』

 俺はその声を聞いて、黙りこくった。

『もしもし?』

「あかいのがね……いっぱい。てにもかべにもゆかにも……おかあさんにもついてて……」

『僕……何を――』

 床に涙が零れ落ちた。

「おかあさんがたおれてて……ひぐっ……おぎないの……」

 そして、俺の家に警察が辿り着いた頃には、俺もその場に倒れ伏せていた。

 母親の包丁が首を掠めたことにより、大量に出血していたのだった。


 その日、俺は母親を――――この手で殺した。



 ◇


 俺はその後、犬塚さんに引き取られた。

 俺の父親の一宮(いちのみや)堆我(たいが)は入院した俺に顔を見せる事さえ無かった。そして、俺は小学生になった。


 ◇


 1997年3月10日


「おい……あんたが一宮堆我って人か?」

 暗い廃墟となったビルの一室。そこには一人の男が立っており、その手には歪な形のナイフが握られていた。

 ナイフから滴り落ちる血がその光景の真実を映し出していた。

 その一室に(ほとばし)った血の跡。男の足下の死体。

 男はその手のナイフで足下の人を殺害したようだった。

 そんな男へと、話しかけたのはその一室の入り口から足を踏み入れた少年だった。

「一人逃がしたみたいだけど、良かったのか?」

「……君は誰だ? 殺し屋か……?」

 少年はその男の質問に答える事無く、死体の転がるビルの一室へと足を踏み入れて、男へと近づいていく。

 人を殺したであろう男は翔の父親である一宮堆我だった。

「あんた……“千里眼”持ってんだろ?」

「――ッ!? どこで仕入れた? その情報……」

 眉をひそめる堆我に対して、敵意が無い事を証明するように少年は両手を上げた。

「俺も“千里眼”を持ってる。だから――あんたにこれの使い方を教わりに来た。俺の先生になってはくれないか?」

 訝しげな表情で少年を見る堆我。

「君……名前は……?」

「千里眼で視た方が早いと思うけどなぁ……まあいいや。俺の名前は――――藍堕(あいだ)権介(けんすけ)。絶対にあんたを超える最強の殺し屋になってやるよ」

 その時、堆我は千里眼を通して、十四歳だった藍堕を視た。そこから得た情報は勿論、本人しか知らない。そして、堆我は笑みを浮かべていった。

「……いいだろう」


 ◇


「はあ……はあ……」

 肩で息をしながら狭い路地を走る男は腹をおさえていた。そこからは血が段々と、服に染み出していた。

 くそ! くそ! くそ! あいつが来なけりゃ!

 その男はさっきまで堆我がいた一室におり、逃げてきた男だった。そして、男はその足を止め、両手を膝に着いて、息を整える。

「一宮堆我……最強の殺し屋が何で、あんなとこにいんだよ……クソ野郎……」

 苦しい表情を浮かべる男は息を整え終えると同時に何か、思いついたような素振りを見せた。

「そうだ! 確か、奴には子供がいたはず……」

 男はすぐさま、ポケットから携帯電話を取り出して、電話帳から誰かに電話を掛けた。

「もしもし? 殺しの依頼したいんだけど?」

 男が電話を掛けた相手は殺し屋のようだった。

「ああ。一宮の息子の……名前なんだっけ? まあいいや、その一宮の息子を殺してくれ。早急に」

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