No.23 Psychological trauma
「コンニチワァ。出来損ないの人形さぁん」
銃声が周りに鳴り響く直前に、その人物は唐突にその姿を現した。
棒付きの飴玉をその口に銜え込んだその人物は、健兎の持っていた銃を右手で持って、銃口を翔ではない違うところへと向けさせて、引き金を引かせた。
「おい。お前は中立じゃあなかったのか? ――Doubt」
そう。翔を助けた人物は情報屋のDoubtであった。
「もしかして、まだ、聞いていないのかい? 僕はもう、君たちとは敵だよぉ?」
「チッ! なら、殺すだけぜぃ!」
銃を持っているDoubtの手を振り払って、健兎が銃口をDoubtに向けようとした瞬間、銃が玩具のようにバラバラに切り刻まれた。健兎の指と一緒に。
それを行ったのは健兎の目の前にいるDoubtではなく――
「うぅぅ……くそ。気絶してればいいものを!」
「そんなわけにも……いかないでしょう? 翔は――私達の唯一の……希望なんですから」
――その腹から大量の血を噴き出させながらも、立ち上がろうとする龍雅であった。銃と健兎の指を切り刻んだのは龍雅のワイヤーだった。
「早く、退いた方が良いんじゃないかなぁ? 周りを見てごらんよぉ? 君以外に立ってるのってぇ、あの“首斬り”くらいだよぉ?」
周りを見るように差し向けるDoubtの言うとおり、他の人形たちは全員、地面に倒れていた。
健兎もその風景を見て、「チッ」と舌打ちをする。
「確かに、ここで人形を全員、失っちまうのはいけないぜぃ……だが、次の“血戦”の時じゃあ、人形対殺し屋の生きるか死ぬかの戦いだぜぃ。楽しみにしてるぜぃ」
そう言い残した健兎と首斬りは一緒に何人もの人形を担いで、闇に消えていった。その去り際、首斬りは一度、Doubtと龍雅の方を一瞥した。
犠牲の数は計り知れない。
天谷も奪われ、白井も撃たれ、先の首斬りと吏夜の進行もあったため、白井は仲間を半分以上、失う事となってしまった。
今回の戦いは終わりを告げたが、未だ、Personaとの戦いは続いている。
◇
2011年10月21日
そこは囚人が住み着く、牢獄のような場所だった。畳三畳分の狭い部屋にはベッドと洗面所とトイレが兼ね備えられており、その部屋を取り囲むのは三つの壁と、何本もの鉄の棒。
その部屋では一人の人物が捕らえられていた。
天谷大貴。
その血に殺人ウイルス――Deicidaを宿した少年はベッドの上で横になっており、薄汚れた天井を見つめている。
そこには監視カメラが備えられており、鉄の棒には高電圧の電気が流されている。
体が重い……起上がりたくない……きつい……
昨日までの大貴はこんな状態ではなかった。部屋の隅々を調べて、脱出ができないかを懸命に確認していたほど、元気だった。
なんだ……? このきつさは……貧血みたいな――――そうか……夜の寝てる間に、あいつに血を抜かれたのか……
そう理解した大貴だった。そんな状態の大貴の捕らわれている一室に、人形の少女は姿を現した。
「ご飯だよー? 食べれる?」
十歳くらいの人形の少女は吏夜だった。その両手でパンと牛乳が一つずつ乗せられたお盆を持っている。
それが大貴に渡される時だけは、鉄の棒を流れる電気が切られるようになっていた。
「ああ……そこに、置いといて……」
「なにー!? ここは家とかじゃないんだよ! ちゃんと、わたしにお願いしないと、いけないんだよっ! そんな口調だったら、あげないぞ!」
頬を膨らませる吏夜だったが、そんな様子を大貴は見られる状態ではなかった。
……食べた方が、元気が出るだろうか……? だが、起き上がるのもだるい……
「食べさせて……くれないか……?」
「えー! なんで、わたしがー……!? まあ、いいけどー……」
と言って、鍵を開けて、牢獄の中にずかずかと入った吏夜はパンを大貴の口へと持っていく。
「早く、口あけて!」
「あ、ありがとう……」
大貴の開けた口に一つのパンが勢いよく、突っ込まれた。
苦しい表情を浮かべる大貴は一生懸命にそのパンを噛んでいく。
「はい。ぎゅうにゅー!」
その中に牛乳を注ぎ込まれた大貴はパンを無理やりに飲み込まされた。
咳き込む大貴に対して、「だいじょーぶ?」と吏夜が心配そうな目を大貴へと向けた。
そんな吏夜の様子を見た大貴はふと違和感を抱いた。
なんだ……これ……何かが、おかしくないか……?
その違和感を見出せなかった大貴だったが、その吏夜の表情を見て、その違和感の正体が分かった。
この子は……こんな子が……人形なのか……? 俺を心配している。怒ったりもした。感情がある人形。頭ではそう理解してるのに……人間にしか見えないじゃないか……
「君は……なんで、死んだの?」
「わたし? 自分からPersona様に頼んだんだよー!」
明るくそう告げた吏夜に対して、大貴は目を丸くした。
自分から……!?
「事故とか、そういうのじゃなくて?」
「うん! Persona様に頼んで人形にしてもらってぇ、沢山、人を殺したかったんだー!」
大貴には彼女の言っている事が全くと言っていいほど理解ができなかった。
沢山の人を……殺したいが為に……? てか、何の為にそんなに人を殺したいんだ?
そう疑問に思った瞬間、その単語が大貴の頭を過ぎった。
“殺人快楽”
「殺人が……楽しいの……?」
「うん! だって、殺人はわたしに友達を作ってくれるんだもん!」
友達……? 殺人で友達ができる? この子は一体、何を言っているんだ!?
「殺人じゃなくても……友達は作れるよね……?」
大貴のその尋ねかけに対して、吏夜はすぐに首を横に振った。
「できないよ……わたし――いじめられてたから」
大貴は瞬間、言葉を失った。
彼女になんて言葉をかければいいのか分からない大貴は、いじめと言うものの精神的ダメージが大きいことを知っていた。だが、それはあくまで予想に過ぎず、その大きさはまだ、計り知れない。
そんな大貴が振り絞った言葉はそれだった。
「なんで、殺人が……友達を作る事に繋がるんだ……?」
「Persona様から、教わったんだよっ! わたしに殺された人の命は、わたしの中に宿るんだよっ! だから、わたしはひとりぼっちじゃないの! だから、もっと、もーっと! たくさんの人を殺して! わたしの中に宿ってもらうんだよっ!」
その言葉を聞いて、愕然とした。
甚……お前はこんな小さな女の子の心まで、弄んで……それを信じて、人との繋がりが殺人だと思い込んでるこの子は……
大貴は寝ていた身体をやっとの思いで起こして、女の子の両肩に両手を乗せた。
「違う……人を殺しても、君の心は……いつも一人だろ? 一方的に人を受け入れる君の心は! 本当は、何を望んでる!?」
「……違うもん! わたしは一人じゃないもん! もう、一人じゃないんだもん! あの時みたいに、皆はわたしをいじめない! 私を――――」
瞬間、大貴は吏夜の言葉を遮りながら、言葉を放った。
「お前はそれで! 満足なのかよ! 認めてもらいたかったんじゃないのかよ! 自分を虐めてた奴らに! 認められたかったんじゃねえのかよ!!」
吏夜は顔を俯かせ、その瞳から、地面へと一滴の雫を零れ落ちさせた。
「わたしを……わたしを否定しないで……わたしは何もしてないのに……わたしを殴らないで……蹴らないで……無視しないで……」
少女の瞳からは絶え間無く、涙が零れ落ちる。
「わたしを一人にしないで……皆……消えないで……」
この子は一人が寂しかったのか……それなのに甚はそれを悪化させるやり方を彼女に教えやがったんだ。クソ野郎……あいつはどこまで酷い奴になってしまったんだ……! いや、元からあいつは、こんなにも酷い奴だったのかもしれない……
「一人が寂しかったんだな……」
頷く吏夜。そんな彼女の様子を見て、大貴は完全に情が移っていた。
「だったら――俺が友達になってやるよ!」
その言葉を聞いた吏夜は自らの顔を上げて、大貴の目を見た。
「ホント……?」
「ああ。だから、人を殺すのはもう、やめてくれ……」
少女は暫くの間、その口を閉ざし、大貴から目を逸らした。そして、顔を再び俯かせて、呟く。
「無理……だよ……わたしと大貴は友達には、なれないよ……」
「……Personaが何か言うからか?」
「違うの……わたしは人間じゃない――化物だから……」
化物……
瞬間、大貴の頭にあの時の光景が浮かび上がった。
最初に人形いうものに対峙したあの時、大貴は思いっきり人形に殴られ、地面に何度も叩きつけられ、大怪我を負わされた。
その記憶は大貴の脳、身体から、一生消える事は無いだろう。
「……それは君が人形だからって事?」
「違う……わたしは化物だから」
そう呟いた刹那、少女は変貌した。
「――ッ!?」
吏夜は女の子の姿から化物のような醜い姿へと、変貌を遂げていた。
『こんなわたしを――友達と呼べる?』
大貴は言葉を失っていた。
『無理だよね……こんな化物……気持ち悪いし、無理だよ……だから、わたしは殺すの。殺して、わたしを認めてもらうの……』
そう言えば、翔が言っていた……人形の女の子が化物になったと……それはこの事だったのか……!
大貴は化物へと変貌した吏夜から目を逸らした。
無理だ……認められない……目の前の事実を……認められない……
目を瞑った大貴の目に、嘲笑う甚の顔が浮かんだ。
あいつが……全てやった事だ……
吏夜は自らの姿を元の少女の姿に戻して、悲しい目で大貴に言った。
「ほら……無理でしょ? わたしはもう――――殺すことでしか、人と繋がることはできないの」
そんな悲しいことねえだろ……人を殺すことでしか、人と繋がれないなんて……そんな事ねえ……
「お前がそんな……化物だったとしても!」
牢屋から出ようとした少女の背に向けて、大貴は言葉を放つ。
「俺はお前の――友達だ!」
「うっ……うっ……」
その瞬間、吏夜は足を止めて、大貴へと抱きついて、大声を上げて泣いた。そして、泣き止んだ時、吏夜は大貴に向けて、言った。
「あ、あり……がとう……」
その吏夜の表情を見て、大貴の内には甚に対する怒りが湧き上がった。
◇
2011年10月26日
誰でもいいから、一緒に遊びたかった。
『おまえとはあそばないもん』
――なん、で?
『かあちゃんがあそぶなっていったから! もう、あっちいけよ!』
一人。
ひとり。
◆
俺はそのまま、スーッと瞼を開いた。
薄暗い部屋で俺はベッドに横になっている。
「病院?」と一瞬思ったが、そうではなさそうだった。
なら、俺はPersonaに捕まってしまったのだろうか……?
しかし、俺は拘束なんてされてはいなかった。
となると、Personaに捕まったのでもなさそうだった。
ここは……どこなんだ……?
身体をベッドの上から起こそうとするが、激痛が走り、起こす事ができない。身体全体が筋肉痛のような感じだ。
なんで、こんなに筋肉痛のように痛いのか、分からない。途中で俺の意識は何かに持っていかれた。
何か……ハハ、そんなの分かりきってるじゃないか。それは――
「殺人快楽」
俺がそれを心中で告げる前にその声は唐突に俺の横から答えを述べてみせた。
俺は顔を横に向けて、その声の主を確認する。
部屋の入り口と思われる所に棒付きの飴玉を銜え、口元を歪めている人物がいた。
「随分と長い間、眠っていたねぇ……それでも、その傷は癒えないかぁ」
と語尾を伸ばす、その口調の人物は――情報屋のDoubtだった。
「なんで……あんたが……?」
「君をここに運んだのは僕なんだよぉ。本当にずっと起きないから、死ぬんじゃないかとも思ったねぇ」
口元を歪めたまま話すDoubtは口から飴玉を出した。
「さあて、君も起きたところだしぃ、お話をしましょうかねぇ? 君の“殺人快楽”についてぇ」
一層、その歪みを濃くしたDoubtは続ける。
「君は今まで、殺人快楽に支配されていたんだよぉ? そして、何人もの人形をその手で斬りまくったぁ……あと、もう少ししたら、君は殺人快楽に完全に呑まれ――――もう、手遅れになっちゃうよぉ?」
「――ッ!?」
手遅れ……? 俺は殺人快楽に呑まれて……手遅れになってしまうのか?
「俺は、どうすれば……いいんだ……?」
「まあ、それは教えるとしてねぇ……君はその手で、龍雅を刺したんだよぉ」
俺は言葉を失った。
全く、覚えていない……俺が龍雅を刺したのか……? なら、龍雅は――
「――龍雅は!?」
「大丈夫ぅ。生きてるよぉ……それに白井もねぇ……」
生きてる……!? 良かったぁ……
俺は安堵の息を吐いた。
俺のせいで、死んでしまったのかと思った。けど、俺のせいで龍雅は怪我をした。俺の内に存在する殺人快楽のせいで。
「いいやぁ……殺人快楽のせいなんかじゃあないよぉ? 全て――君自身のせいだぁ」
Doubtは俺の心を読んだように告げた。
そうだ……こいつは千里眼を持ってるんだった。
「殺人快楽を制御できるほどの力量、理性が君に無いからぁ、君が周りの人を傷つける事になってしまったぁ」
尤もな意見に俺はDoubtから目を逸らした。
「そうやって、目を逸らし続けるからぁ。君は一向に止まったまま、成長しないんだよぉ?」
目を逸らす……なら、俺は殺人快楽を認めろって言うのか?
「違うよぉ。君が目を逸らしてるのは殺人快楽なんて小さいものじゃあないよぉ。君が目を逸らしてるのは――君自身のカルマだぁ」
俺自身の過去……嫌だ……思い出したくない、過去……
「その過去を受け入れることで、君は強くなると思うよぉ?」