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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
52/72

No.22  Sacrifice

「さあて……あなたは何回、刺せば死んでくれるかしら?」

 ……これをどうやって、切り抜ければ……この二人の人形を壊し、人質を助け、(しょう)を止める……やる事が多すぎますね……ああ。それともう一つ。一番、大切な事がありました。

 ――自分の命を護る事。

龍崎(りゅうざき)。非情になったらどうなの? “あの時”はそうして切り抜けたんでしょ?」

 笑みを浮かべる女の人形――沙由(さゆ)に対して、龍雅(りゅうが)は自らの眉間にしわを寄せた。しかし、次に龍雅はその表情を苦笑へと変えた。

「そうですね……私は“あの時”、『非情になれ』と自分に言い聞かせて、行動しました……しかし、そのせいで今、私は後悔してるんですよ。だから――――私は殺し屋だとしても、非常にはなれません」

「……矛盾してるわよねぇ……どうやったら、非情になれずに、人を殺す事ができるのかしら?」

 沙由の尋ね掛けに、龍雅はその口を閉ざした。

 そう。彼女の言うとおり、非情にならずに、人を殺す事はできない……なら、私は――本当は非情になって、人を殺しているのかもしれませんね……

 “お兄ちゃんは何の為に人を殺すの?”

 龍雅の脳裏に浮かぶ幼い少女の声。

 “――生きるために”

 幼い少女の質問に対して、過去、龍雅はそう答えた。だが、その言葉は嘘だった。

 本当は、龍雅は幼い少女を生活させる為に人を殺していた。

 親は酒に明け暮れ、離婚し、二人がついていった父は飲酒運転で死亡。

 少女を中学まで、高校まで行かせるには金が要った。だが――

「あれ? 黙りこくっちゃって、どうしたのかしら、龍崎?」

 沙由のその発言によって、過去の出来事に浸っていた龍雅は現実へと引き戻された。

 こんな状況だと言うのに……呑気に昔の事を思い出しているとは……

 自分を嘲笑しながら、龍雅は一つの予想を立てた。

 このまま、私が非情にならなければ――――私は死ぬのだろうか? 死んだら、私はどうなるのだろうか……? 幼かった少女は、彼女は、妹は、一人になってしまう。私が生きる事を諦めるのは――“妹が目覚める”と言う希望を失うのと同義……

一人になる苦しみは……私が一番、わかっていると言うのに、妹にまでその思いを味わわせると言うのか……? いや、それは間違っている――!

「私は、非情になる事無く、あなたたちを壊してみせます」

 その龍雅の発言は自分自身に言い聞かせたものでもあった。

 それを聞いた瞬間、沙由は眉間にしわを寄せ、

「だったら、死になさい!」

 龍雅の背中に刺さった、自らの手に持ったナイフを抜き取ろうとしたその瞬間――

「沙由! 逃げるぜぃ! 後ろだ!」

 ――健兎(けんと)のその声が響き渡った。

 その声に反応して、沙由が後ろを振り返った瞬間にはもう、遅かった。

「うっ……グフッ!」

 地面に血を吐き出した沙由の背中から腹を貫いたのは一本の刀であった。そして、それを握っているのは紛れもなく――(しょう)の姿だった。


 ◇


「沙由! 逃げるぜぃ! 後ろだ!」

 健兎のその声が響いた瞬間、龍雅も横目で後ろを見た。

 ――翔!?

 龍雅が翔の姿を横目で捉えた、その瞬間だった。

 うっ……

 龍雅は自らの背中と腹に激痛を覚え、前のめりに倒れそうになった。後一歩のところで耐え切った龍雅は自らの腹を見て、その目を大きく見開いた。

 鋭い刀の刃が龍雅の背中を突き刺し、腹を突き抜いていた。

「うっ……グフッ!」

 後ろで沙由の血の吐き出す音が聞こえるのと同時に、龍雅も自らの口から血を垂らした。

 一体……誰が……?

 痛みで消え入りそうな意識を辛うじて、保たせながら、龍雅は後ろをゆっくりと、振り返った。振り返った先の沙由の後ろには――

「――――しょ……う……?」

 ――笑みを浮かべる翔の姿があった。そして、その翔の握っている刀は、龍雅を貫いている刃に繋がっていた。

 殺人快楽に……呑まれて……しまったのですか……?

 瞬間、勢いよく、翔によって刀が抜き取られ、龍雅と沙由の腹からは大量の血液が噴き出した。

 地面に倒れ伏す龍雅のその隣に、沙由も倒れ伏した。

 翔、呑まれては……いけません……その強さは、あなたの……本当の強さではない……

 右手に力を入れて、立ち上がろうとする龍雅。しかし、力を入れる度にその腹からは紅い液体が噴き出した。

 いけません……感情を捨てては……大切なものを……失う破目になってしまう……!

 龍雅の頭に幼い少女の顔が浮かび上がり、その目から涙を零させた。

「翔……あなたも……大切なものを、失ってしまいますよ!!」

 そう叫んだ瞬間、龍雅は大量の血を口から吐き出し、もう一度、地面へと倒れ伏せた。

 もうこれ以上……犠牲を……――

 龍雅の意識は、心中でその願いを言い終える前に闇の中へと消え去った。

 そして、そんな龍雅に血の付いた刀を向けている翔は無言のまま、笑みを浮かべ続けている。

 その体は血だらけで、いつ倒れてもおかしくないくらいの血が流れ出ていた。 しかし、翔は尚、その場に立っていた。


 ◆


 目の前で沙由と龍雅が刺されるのを見ていた健兎は咄嗟に翔へと、手に持った銃を向けた。しかし、その銃口は一向に翔の方へは向かず、定まらない。

 それは銃を握る健兎の手が震えているからであった。

 くそ……なんで、震えるんだぜぃ! 相手は……ただの人間だろうが!

 だが、そう思えば思うほど、健兎の手の震えは激しさを増していった。

 ……違う! 人間だからこそ、あんな動きはおかしいんだぜぃ!

「お前は……お前は本当に、人間なのか……?」

 健兎のその問いに反応した翔はゆっくりとその顔を上げて、自分に銃口を向けている健兎を見た。しかし、翔は健兎の問いに答える事無く、ただ、笑みを浮かべたまま、凝視するのみだった。

「答えるんだぜぃ! てめえは一体! 何者なんだぜぃ!!」

 声を荒げる健兎だったが、一向に翔は口を開こうとはしなかった。

 そんな翔の態度に、健兎は自らの奥歯を噛み締めた。

 瞬間、健兎の目に自らの横にいる人物が目に入った。その人物はさっきまで、龍雅の人質として使っていた白井の仲間の姿だった。

 健兎は自らの口元を大きく歪めて、手足を拘束され、口にタオルを巻かれた白井の仲間へと銃を向けた。

「ハッハァ!! そこから、一歩でも動いてみたらどうぜぃ? こいつの脳天に穴が空いても良いならなぁ!? ハッハッハッハッハッハッハッハッ!」

 形勢逆転したように笑い声を上げる健兎。しかし、それは思い込みであった。

 今の翔には人質など無意味な事だった。それは今の彼は殺人快楽に呑まれ、殺人にしか興味がないからでもある。だが、決定的なのは――翔が動いてから、健兎が銃を撃つまでの速さの間に今の翔は健兎を殺せるほどの驚異的な速度を持っているからだった。

「あぁ? 動けないのかよ? もしかして、びびってんのか!? ハハハッ! 笑えるぜぃ!」

 健兎の気分はもはや、頂点に達していた。

「ほらほらほらぁ!! 沙由と龍崎を刺したように、俺も刺してみるんだぜぃ!!」

 健兎はより一層、その笑みを濃くし、“翔の姿よりも奥へと、その目を向けた”。その瞬間、刃物を人に突き刺す音、鈍い音が響き渡った。

「あんな程度じゃ、私たち、人形は死なないのよ。孤独なボウヤ」

 その音は、刀によって貫かれた傷を回復した沙由が龍雅を刺した刃物で、翔の背中を刺した音だった。

 翔の耳元でそう呟く沙由に対して、やはり、翔はその口を開こうとはしない。

「もう一度言うぜぃ! その身を毛一本でも動かしてみるぜぃ! こいつの脳天に穴が空くぜぃ!」

 尚も白井の仲間へと銃を向けている健兎が告げる。しかし、その瞬間――

「ハハッ……!」

 ――翔は笑い声を漏らした。

「何が……何がおかしいんだぜぃ! こんな状況で、まだ、笑っていられる余裕があるというのか!?」

 健兎が怒りの声を漏らした瞬間、それは起こった。

 沙由の首が翔の手の刀によって、宙を()ねた。

「おい……てめえ、何してやがる……? この人質が見えねえのか? おい、答えろよ……おい!」

 翔は健兎の動揺など無視して、自らの足を一歩一歩、健兎へと近づかせていく。

「くんじゃねいぜぃ!! この人質が、人質がどうなってもいいのか!?」

 震える手で銃を人質の額に突きつける健兎。だが、翔はその足を止めようとはしなかった。

「来るなぁ!! 来るんじゃないぜぃ!! 殺すぞ! こいつを殺すぞ!!」

 もはや、健兎は冷静さを失っていた。

 笑いながら、尚も進行を続ける翔。しかし、健兎との距離が一メートルほどになったところで、その足を唐突に止めた。

 訝しげな表情を浮かべながら、翔は自らの足下を見たその瞬間――翔は糸で釣られた人形の糸が切断されたように膝を地面に着いた。

 もう、翔の体は限界に達していたのだった。

「――!? ハハッ……おいおい、どうしたぜぃ、化物!! ほら、沙由みたいに俺の首も刎ねてみるぜぃ!!」

 健兎がそう叫んだ直後に、翔は自らの手に持った刀を地面に落とし、うつ伏せに倒れこんで、気を失った。

「ハハハハッ! ざまぁみろ! てめえはもう、ここで終わりぜぃ!! 大人しく死んでろ! カスが!」

 人質に向けられていた銃が翔へと向けられる。そして、健兎は自らの銃の引き金を引いた。


 ◇


 俺は無力だ……こうやって、Persona(ペルソナ)に捕まる事でしか、翔たちを救えない……翔たちの思いを踏み(にじ)ってしまう……

『泣きたいか? 大貴』

 車へと乗せられた大貴は手足に枷を嵌められたままだった。

 何の抵抗もしようとはしない大貴。

「ああ……泣きたいね。けど、泣いたって、何も解決しやしない……」

『フッ、お前らしいよ』

 “お前らしい”か……こいつ、Persona(ペルソナ)だけど……(じん)なんだよな……

 大貴は自分の横に座っているPersona(ペルソナ)へと目を向ける。しかし、その顔にはいつもどおり、仮面が覆い被さっており、甚かどうかは確認できない。

『お前と会うのは、九月十一日以来だな……その間、楽しい時間は過ごせたかな?』

「過ごせるかよ……てめえのせいでな」

 大貴はその仮面を睨みつけるが、Persona(ペルソナ)は一向に大貴の方へと視線を向けようとはせず、前だけを見ていた。

『俺の慈悲で与えてやった時間を無駄にしたようだな、大貴。お前のせいで――犬塚のような犠牲も出てしまったしな』

 瞬間、大貴は自らの身を乗り出して、Persona(ペルソナ)へと頭突きしようとした。しかし、その頭突きはPersona(ペルソナ)の左手によって制され、Persona(ペルソナ)はそのまま大貴の頭を車の座席に叩きつけた。

「てめえ! てめえのせいで、犬塚さんは! 犬塚さんは……!」

 目に涙を浮かべて叫ぶ大貴だったが、Persona(ペルソナ)はそんな大貴の様子を見ても、仮面の内の表情を毛ほども変えはしなかった。

『俺のせい? 莫迦(ばか)な事を。犬塚が死んだのは紛れもなく――お前のせいだ! お前のそのウイルスが犠牲をつくり出した。お前のそのウイルスが白井の部下どもを何人も殺した。そして、お前のせいで――――翔も龍雅も俺の人形の手によって殺される。現実とは残酷で、犠牲とはお前らが正義を掲げる度に増えるものだ。人間の自己主張が生み出した産物だ』

 違う……違う――

「――違う! 犠牲は、前に進む為には……必要なんだ……」

『どんなに犠牲を出しても、お前はもう、決して、前になど進めない。何故なら、お前はもう――俺の手の上だからだ』

 大貴は車の座席に向けて、涙を垂れ流す。

 Persona(ペルソナ)は大貴を抑えていた左手を大貴の頭から放し、その仮面を前に向けた。

『お前は、世界破滅の(かなめ)となるんだよ』


 ◆


 数分後


 大貴は自らの顔を上げて、座席に腰を置いた。

 その目の周りは赤く、目はまだ、うるうるとしていた。

 こいつは甚じゃない……俺たちの敵、Persona(ペルソナ)なんだ……

 それから数分間、大貴は車の窓から、外の暗い風景を眺めていた。そして、ふと大貴はある事を思い出して、Persona(ペルソナ)へと目を向けた。

「おい……なんで、俺を早くから、お前の元で拘束しなかった……?」

『さっきも言っただろ? 慈悲だよ。慈悲』

 Persona(ペルソナ)は大貴の質問に対して、そう即答した。しかし、大貴はその答えに納得できなかった。

「俺が死んだら、どーすんだよ……」

『自殺でもする気だったのか? そんな勇気、お前にはありもしな――』

「違う!」

 Persona(ペルソナ)の言葉を遮って、大貴は叫んだ。

「俺が自殺とかじゃなくて、交通事故とかで死なない保障はどこにも無いだろ!? 俺を拘束すれば、そんな心配も無い! なのに、どうしてそれをお前はしなかったんだ!」

『お前は死なない。たとえ、お前の周りでどんな犠牲が出たとしても、お前だけは生き残るんだよ』

 こいつ……何が……言いたいんだ……?

 訝しげな表情を浮かべる大貴は言葉を紡ぐ。

「なんで……なんで、俺が生き残るって言い切れんだよ!」

『……何故なら、お前は――――』

 Persona(ペルソナ)はその続きを話すのを止めた。

「おい、何だよ……『何故なら、お前は』何なんだよ! 俺はなんだよ! 答えろよ! Persona(ペルソナ)!」

『知りたいのか? 現実を……残酷な真実を』

 Persona(ペルソナ)の仮面が大貴へと向けれる。そう尋ねかけられた大貴は頷く事ができなかった。

 “現実”、“残酷な真実”というものを知るのが、大貴は怖かった。

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