No.20 覚醒の刻
その翔の行動を大貴と一緒に茫然と見ていたPersonaだったが、いつまでもそうしてはずは無かった。
大貴を引っ張りながら、車へと足を進めようとするPersona。しかしその瞬間、Personaの仮面を付けた顔が宙を舞った。
「私に少し、時間を与えすぎましたね……Persona」
Personaの首が宙を舞った原因がそこにはあった。そう。龍雅は自らのワイヤーを使い、Personaの首を切断したのだった。
しかし、龍雅はその後、腹の痛みから地面に倒れこんでしまった。
「おいおい……大将の首ってぇのは、そんな簡単にとられていいものなのかぁ? 少しは警戒しろよ、てめえは」
偉そうにPersonaへと言葉を紡ぐ人形は正しく、Killであった。
「俺は勝手にやらせてもらうとするぜ? あいつは抵抗しちまったんだからなぁ!?」
満面の笑みを浮かべたKillはそのまま、翔の方へと疾走した。
その瞬間、Personaの首からは脳ができ、目ができ、それを頭蓋骨が包み込み、筋肉ができ、皮がそれを包んだ。そして、元の小堺甚の顔へと戻っていった。
地面に落ちた首はなくなっており、そこにはPersonaの付けていた仮面だけが落ちていた。
「俺はもう、警視庁に戻る。長居はするなよ、Kill」
そう言って、地面に落ちた自らの仮面を手に取ったPersonaは、それで顔を覆った。
『あと、Kill以外でも残りたい奴がいるんだったら、残ってもいいぞ?』
Personaがそう発言した瞬間に一人の人形が疾走した。その様子を見て、Personaは仮面の内でにやりと口元を歪めた。
そして、Personaは大貴と一緒に車の中へと乗り込んだ。
◆
くそ! このまま、行かせてたまるかよ!
そう思って、足を踏み出そうとした翔の前に一人の人形が立ち塞がった。
「ハッハァ! 俺はてめえに感謝してるぜぇ? てめえが抵抗してくれたおかげで、もっと人が殺せんだからなあ!!」
「退けよ、てめえ」
立ち塞がったKillへと進める足を止めずに翔はそう吐き捨てた。しかし、その言葉を聞いた瞬間にKillはその口をもっと、歪ませて、喜んだ。
「あぁん? 俺は眼中にねえってかぁ……? おもしれぇ……おもしれえぞ、てめえ!!」
瞬間、Killは翔に向かって、地面を勢いよく蹴り上げ、両腕を振りかぶった。そして、その両腕を蛇のようにくねらせながら、手刀に見立てて、翔の首目掛けて振り下ろした。
「身の程を知りやがれぇ! クソ野郎がァ!」
その発言と共に翔へと振り下ろされる手刀。しかし、その手は翔に刺さる事はなく、空を斬った。
「それはてめえだ! 操り人形!」
体を屈めて、Killの手刀を回避した翔は、傷だらけの右腕に握った古刀をKillへと振るった。しかし――
「うっ――!?」
――翔のその動きを読んでいたかのように勢いよく、蹴り上げられた足が翔の腹を直撃した。
遥か後方へと飛ばされる翔は、水面を跳ねる石のように地面に何度も体を叩きつけられた。
くそ……こいつ……強い……!?
やっと、動きが止まった翔は自らを蹴り飛ばした人形の姿を睨みつけた。そして、その瞬間、大貴とPersonaの乗った車は翔の視界から闇の中へと消えていった。
「くっ……そ……!」
うつ伏せの今の状態から起き上がろうとした翔。だが、それはある人形によって、止められた。
さっき、翔によって首を斬り落とされ、大貴と一戦を交えた人形が翔の背中に足を置いていた。
「お前もハズレか?」
人形のその発言は、今の翔の耳には聞こえていなかった。
やめろ……俺からもう、奪わないでくれ……
翔の脳裏に自らの目の前で腹を貫かれた犬塚尚一の姿が映し出される。そして、犬塚の姿が大貴の姿へと豹変していった。
こんな光景には――絶対にさせてやるかよ!
翔は目の前に映る刀へと右手をのばした。蹴り飛ばされた反動で落としたのだろう。しかし、その右手は刀を掴む一歩手前まで来て、止まってしまった。
届かない……!
右手を必死にのばしていた翔だったが、刀まではあと一歩のところで届かない。その右手の方、刀のある方向だけを見ていた翔の視界にそれは突然と現れたのだった。
「ああぁぁぁあぁぁぁぁああぁあああぁぁぁぁあああああ――――――――!!」
翔の右手を勢いよく踏み潰した誰かの足。その踏み潰された痛みで、翔は叫び声を上げた。
「おいおい、俺の獲物だろうがよぉ? 途中で手ぇ出してんじゃねえよ!」
翔の右手を踏み潰していたのは人形のKillだった。そんなKillは翔の叫びを他所に翔の背中を踏んでいる人形へと怒鳴り散らした。
「俺が最初に手を出した」
「あぁ? それで首斬られたんだから、てめえの戦闘はそこで終わりなんだよ!」
翔の上で口論を繰り返す人形たちだったが、その二人の口論の話題になっている当の本人には聞こえていなかった。
痛い……痛い…………けど、天谷の痛みは――――こんなもんじゃ、済まないんだ――
――殺セ――
そう考えた刹那、翔の頭の中でその言葉が鳴り響いた。
また……また、この声……あの時と同じ……
犬塚の姿がもう一度、頭を過ぎり、同時に化物へと変貌を遂げた人形の女の子の姿も過ぎった。
咄嗟にその目を瞑ってしまう翔。その瞬間に内の侠気は牙を剥き始める。
殺セ、ソノ刀デ。四肢ヲ斬リ裂キ、肉ヲ抉リ、脳ミソヲ引キ出セ――――自ラノ母親ヲソウシタヨウニ、オ前ノ存在ヲ紡ギ出セ――
やめろ……俺にそれを……思い出させるな……!!
翔の頭の中にテレビの画面に映る砂嵐のように母親を殺す光景が一部一部が映し出されていく。
翔を襲う二つの脅威。
人形と侠気。
そして、内で侠気と必死に戦っていた翔の身に鈍い音と痛みが襲い掛かった。同時に翔の口から大量の紅い液体が吐き出された。
なんだ、これ……血……?
「あーあ。てめえのせいでこいつの腹に手がちょっと、刺さっちまったじゃねえかぁ? どー責任とる気だ、てめえは? これじゃあ、殺すの楽しめねえじゃねえか! 弱りきった奴なんて、楽しくねえんだよ!」
「少しはその減らず口を治したらどうだ?」
淡々と会話を繰り返していく人形たち。そして、その内の一人――Killの腕が翔の右横腹に突き刺さっていた。
その状況を恐る恐る自らの目で確認した翔の身に、その感情は溢れ出てくる。
――死ぬ……のか……?
天谷を助けられないまま、俺はここで死ぬのか……?
「――――にたくない……」
「あぁ? 何か言ったか? クズ」
自らの腕を翔の腹から引き抜いたKillは地べたに這い蹲る翔を虫けらを見るような目で見下した。
痛い……死ぬ……死にたくない……死にたくない……――――
――――ダッタラ、全テ、殺セバイイ――
瞬間、翔は自らの口元をゆっくりと、歪めて――嗤った。
◇
「ああぁぁぁあぁぁぁぁああぁあああぁぁぁぁあああああ――――――――!!」
「翔!」
翔が右手を踏まれ、声を上げた瞬間に龍雅は蹴られた腹の痛みを堪えながら、翔の元へと駆け寄ろうと、走り出した。しかし、翔の元へとその身が辿り着く前に恰も、龍雅が走り出すのを予想していたかのように女の人形が立ち塞がる。
女の人形とは言っても、翔に剣道を教えた麻奈や化物へと変貌した吏夜ではなかった。
足を止めた龍雅はポケットに手を突っ込んで、警告する。
「退いてください。さもなければ――」
「私を殺すのかしら、龍雅? でも――……本当にそうしてもいいのかしらねぇ?」
龍雅の言葉を遮るように言葉を紡いだ女の人形は視線をそのまま、拘束された白井の仲間たちの方へと向ける。
女の人形のその行動に、つられるように龍雅も拘束された白井の仲間たちの方へと視線を向けた。その目が見たのは――
「動いたら、一人ずつ殺してあげる」
――白井の仲間の一人が龍雅の目の前にいるのとは別の人形に銃を突きつけられている光景だった。
その光景を見た瞬間に龍雅の頭にある映像が流れ込む。それは、過去の記憶。
……思い出したくないものを……思い出してしまいましたね……
「あーそれと、気をつけた方がいいわよ? 後ろ」
女の人形が告げた時にはもう、遅かった。
龍雅が後ろを振り返る前に小さな手による大人以上の威力を持った一撃が龍雅の背中を襲った。
体勢を崩しそうになった龍雅だったが、押し留まった。そして、ポケットから勢いよく手を出して、後方へと振るった。
しかし、龍雅のワイヤーは後方の刺客に届く事は無く、その刺客は後方へとその身を退いていた。
その刺客はまた、別の人形だった。その人形の姿を見た龍雅はその目を見開かせ、同時に微かに笑みを浮かべた。
「君は――――翔の言っていた化物ではありませんか……」
「私は……私は化物なんかじゃないっ!!」
龍雅の言葉に反論する人形の女の子――吏夜は自らの視線を龍雅から逸らした。
「……その発言は『化物になる事など知らなかった』と言う事でしょうか? それだったら――」
「違う! 私は……ちゃんと、分かってた……けど……」
「『けど』何ですか?」
考える隙も与えないくらいに龍雅は吏夜に言葉を投げかけていく。今の彼女の心の内で、鬩ぎ合っている何かに気付いて。
吏夜を動揺させようと企んでいた龍雅だったが、それを周りの人形が放っておく筈もなかった。
刹那――空気を振動させる甲高い音が鳴り響いた。
銃声。
人間が本能的に恐れる音が鳴り響き、龍雅は反射的に銃の突きつけられていた白井の仲間の方へと振り返った。
そこには――頭部から大量の血を流す、さっきまで生きていた白井の仲間の姿があった。
「忠告が聞こえなかったかしらねえ? 『動いたら殺す』って」
龍雅へと忠告した女の人形がそう口を開いた。
「卑怯……ですね……」
「ここは戦場だぜぃ? 卑怯も何もありゃしないぜぃ」
銃を持った男の人形がそう告げ、笑みを浮かべながら、引き金の部分に指を通し、くるくると回している。
「さあて、動いたらお次の人の脳天にも、同様の穴が空くぜぃ?」
男の人形は銃を回すのをやめ、次の人質の白井の仲間の頭にその銃口を向けた。
「チッ……」
軽く舌打ちを漏らした龍雅は、男の人形が銃口を向ける様子から目を逸らした。まるで、何かから逃げるように。
そんな龍雅の様子を見ていた女の人形は、にやりと笑みを浮かべてみせる。
「見たくない光景でも、あったのかしら? 龍雅」
「いいえ。別に何にも無――」
否定しようとした龍雅の言葉を遮るように、人形の女は言い放った。
「――香織ちゃん――元気にしてるのかしら?」
その言葉を聞いた瞬間に龍雅は今までにないほどの動揺の表情を生み出した。
「お前……何故……それを知っている……?」
いつもの丁寧な口調が忘れ去られるくらいの動揺。
「妹の時も、今と同じ状況だったんでしょう? 龍雅……いいえ。それとも、こう呼んだ方がいいのかしら――――龍崎雅」
そして、動揺が怒りへと変わろうとした瞬間、龍雅の行動を止める出来事は起こった。
人に刃が刺さって、血が飛び散る音。
龍雅自身が最も多く聴いた事のあるその音を聴き間違えるはずはなかった。
周りを見回したときにその目に入ったのは、翔の背中に人形の腕が突き刺さっている姿であった。
「翔!」
そう叫んで、また、翔の元へと走ろうとした龍雅であったが、人質の事を思い出し、その場で堪えた。
「ここで、あなたの人生も終わりかしらね? 龍崎」
満面の笑みを浮かべる女の人形を睨みつける龍雅。そして、もう一度、翔の方向へと龍雅が目を向けた瞬間にその声は鳴り響いた。
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!」
その場にいた全員の動きが凍りついた。そして、次の瞬間、翔の上に立っていた二人の人形が、後方へと吹き飛ばされた。
「なっ!?」
「ッ!?」
目を大きく見開いた二人の人形。その目に映るのはきく口を歪め、右腕から大量の血を流しながらも、唯の古刀を握る翔の姿だった。
同時に翔の行動と、今の姿を見ていた龍雅もまた、その人形たちと同様、目を見開いていた。
「……あなたは本当に――――翔……なのですか……?」