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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
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No.17  現実からの逃亡

 大貴(だいき)が居座っているマンションの一室。

 そこに(しょう)は入っていった。

天谷(あまや)……大丈夫だ。俺が絶対にお前を奪わせない」

 ソファの上に腰を掛けて、顔を俯けている大貴に近寄りながら、翔は自分に言い聞かせるように告げた。だが、大貴はその顔を上げようとはせずに、ネガティブな発言をポツリと呟く。

「どうせ……俺が捕まる道しか、残されていないんだ……」

 そんな大貴の様子を見た翔は、今の大貴の心境を考えて、それ以上、何も告げようとはしなかった。

 今のこいつに……何を言っても無駄なんだろうな……頭の中グチャグチャで、そんな中、葛藤を繰り返してる……だから、俺は――

 翔は自らの足をその部屋の出入り口へと進め始めた。

 ――行動で示してやんないと。


 ◇


 某ファーストフード店


 そこに一人の人物が店員に向けて、一枚の紙を手渡した。その紙には漢字で『憂鬱』と言う二文字が書かれていた。

 そう。この某ファーストフード店は昨日、大貴たちが訪れたファーストフード店だった。そして、その一人の人物が足を進めるそのファーストフード店の五階には――

「やあ! もうすぐ、来る頃合なんじゃないかなぁと、思っていたところだったよぉ」

 ――情報屋――Doubt(ダウト)の不気味な笑みを浮かべながら、机に足を置いて、座っている姿があった。

「ところで……“仮面”は付けなくても良いのかい?」

「付けたところで、千里眼を持っているお前の前では意味などないだろう? それに仮面を付けて歩いていたら、色々と面倒な事にもなる」

「まあ、それもそうかねぇ……」

 二人で淡々と会話するその中では仮面と言う単語が飛び交った。

 そう。Doubt(ダウト)と話している一人の人物の正体は現在の警視庁長官であるPersona(ペルソナ)――小堺(こざかい)(じん)だった。

「でぇ、何の用件だい?」

「……愚問だな。その眼でもう、用件など分かっているくせに」

 甚は不気味な笑みを浮かべるDoubt(ダウト)を一瞥し、その後、蛍光灯の点いていない部屋のDoubt(ダウト)の目の前の机にある蝋燭(ろうそく)へと目を落とした。

「それに……お前は俺の用件の答えもご存知なんだろう?」

 不敵な笑みを浮かべる甚。

 そんな彼を見ても、Doubt(ダウト)は不気味な笑みから表情を変えようとはしなかった。まるで、そんな余裕が無いかのように。

「天谷大貴の居場所を教えろ」

 命令口調で言い放った甚は蝋燭から目を放そうとはしない。

「別にいいけどぉ? ただしぃ……一つ、条件があるんだよねぇ」

 Doubt(ダウト)は自分の足と蝋燭の乗った机の引き出しから、棒付きの飴玉を取り出し、それを包んでいる袋を外すと、口に(くわ)え込んだ。

「君の本質……いや、真実とでも言うべきかなぁ? それを僕に教えて欲しいんだよぉ」

「真実?」

 甚は訝しげな表情を浮かべて、その言葉を繰り返した。そんな質問の意味が分かっていない甚に説明するようにDoubt(ダウト)は言葉を紡いでいく。

「君は自分をナルシストにしてるだけでしょう? 本質はそんなキャラなんかじゃあ無いはずだよぉ。けどぉ、人の本質なんてものを見抜けるほど、千里眼は優秀じゃあない。まぁ、人の心は読めるし、記憶も辿れるんだけどねぇ……だけど、君みたいに自分にも嘘をついて、それを自分の本質にしてるような人の本質は読めないんだよぉ」

 不気味な笑みをより一層濃くさせながら、Doubt(ダウト)は口に銜えた飴を舐めた。

 そんな姿を甚はやっと蝋燭から目を移して、眺めながら溜息を吐き、Doubt(ダウト)と同様に笑みを浮かべた。

「人間に本質なんてものは存在しないよ……皆、他人の思っている自分の性格や個性を自分の性格や個性にしているだけだ。所詮は本質なんてものは偽り……お前だって、全てを偽りにして、纏っているだろう?」

「そうだよぉ? 僕は名前も、性格も、口調も、容姿も、すべてを偽りにしてるよぉ? だから、僕は――疑い(ダウト)

 Doubt(ダウト)のその話を聞きながら、甚は近くにあった椅子にその腰を下ろした。

 その様子をやはり、不気味な笑みで眺めるDoubt(ダウト)。そして、そんなDoubt(ダウト)に、甚は珍しく、自らの疑問を投げかけた。

「お前は……一体、何がしたいんだ……?」

 その声には殺意が()められており、「答えを誤れば、殺す」と言う意味合いの声色であった。

 それを感じ取ったDoubt(ダウト)も一瞬だけ、自らの口元を真っ直ぐに戻したが、すぐに歪ませた。

「それは……『僕の目的はなんだ?』と聞きたいんですかぁ?」

「それ以外にはないな」

「……そうですねぇ……」

 Doubt(ダウト)は少し考える素振りを見せた。しかし、その素振りは回答を考えているのではなく、その回答を言おうか、言うまいかで考えているようであった。そして、彼は回答するに至った。

「僕は千里眼で少し先の未来まで視る事ができる。そして、千里眼の弱点とも言うべき、命と言う名の代償も“君のおかげで解消された”も同然になったぁ。だから、僕はねぇ……――」

 Doubt(ダウト)は自らの両手を盛大に横へと広げながら、その言葉を放った。

「――この手で、未来を創り変えたいんだよぉ」

 甚はその答えを聞いた瞬間に唖然とした。それは甚の予想とは大幅に異なる答えが、Doubt(ダウト)の口から紡がれたからだった。

 こいつ……まさか、俺を試してるのか……? いや、それとも……本気で言っているのか?

 訝しげな表情で甚はDoubt(ダウト)を見ながら、口を開く。

「本気で言ってるのか……?」

「本気だよぉ? そんな事を考えている僕は君にとっては滑稽に思えるのかい? そして、僕が莫迦(ばか)に見えるのかい?」

 何かを企んでいるような笑みで甚へと尋ねかけたDoubt(ダウト)

 甚はその尋ね掛けには答える事無く、暫くの間、黙ったままであった。そして、Doubt(ダウト)へと質問する。

「そのお前の視えている未来の世界は――――どんな世界なんだ……?」

 Doubt(ダウト)はその質問を待ち望んでいたかのように(たの)しそうに答えた。

「一年以内に君が天谷大貴の血――Deicida(ディーシダ)を使って全人類を滅ぼす未来だよぉ?」

 その答えを聞いた瞬間に甚は内心で「正気なのか……?」と呟いた後、その口元を歪めてみせた。

「俺の計画を……お前のその手で阻止すると?」

「そーゆーことになるねぇ……そして、言ったよねぇ? 僕は中立なんだってぇ。白と黒、どちらの色にも染まる可能性があるんだよぉ」

 敵対。その瞬間から、二人は完全なる敵となった。

 この時をどれほど待ち望んだ事かぁ……千里眼では“一年以内の未来”しか視る事ができないからねぇ……まぁ、“一人を除いて”はだけどぉ。

 そう呟きながら、尚も笑みを浮かべるDoubt(ダウト)

「で、お前は大貴の今の居場所を教えない気か?」

「いいやぁ。別に教えなかったところで、君は天谷大貴の居場所を見つけてしまうだろうからねぇ。こっちとしても、早く見つけてもらった方がいいんだよぉ?」

 Doubt(ダウト)は机に置いた足を床に降ろして、机の引き出しから地図と赤いインクのペンを取り出して、ペンで机に広げられた地図上に×印を記した。

「ここのマンションに行けば、彼はいるよぉ。だけどぉ、今日と明日にはまだ、行かない方がいいねぇ……」

「なんでだ?」

 Doubt(ダウト)は口に銜えた飴玉の棒を持って、飴玉を口の中から出した。

「彼はねぇ――――戦自が自分を追うと言う事実から逃げるんだよぉ?」


 ◇


 某マンション


 一人の男がいる部屋に一人の女性が勢い良くドアを開けて、その名前を叫んだ。

白井(しらい)さん!!」

 動揺を見せているその女性に対して、その部屋の椅子に座っていた白井は立ち上がった。そして、女性を落ち着かせるように言葉を発する。

「おい、一体、どうしたんだ? そんなに急いで――――」

「天谷大貴の姿が! どこにも無いんです!!」

 女性は白井の言葉を遮るようにその事実を言い放った。

 その瞬間、白井の顔色は段々と蒼白になっていき、危うく倒れそうになりかけたところを机に手を置いて、難を逃れた。

 いない……だと……?

 改めて、そう考えた瞬間に白井は椅子に腰を下ろし、頭を両手で抱えた。

 非常口から……逃げやがったのか……!?

「まだ……そう遠くには逃げていないはずだ……全員で捜索するぞ」

 椅子から立ち上がって、女性と一緒に部屋から出て行った白井。

 その顔には未だ、不安の色が浮かび続けていた。

 何の為に、逃げたりなんかしたんだ……天谷……


 ◇


 俺があそこに居座っていたら……皆、傷つくだけだ……

 俺は自らの右手の痛みを噛み締めた。

 こんな痛い思いは……させたくない……

 俺はマンションの方を振り向かずに山の中を走った。

 走って走って、行く当てもないまま、走った。そして、体力の限界が近づいた時に足を止め、膝に手を着いて、息を整え始める。

 きつい……けど、逃げなきゃ……

 まだ、完全に息が整っていないのにも拘らず、俺は足を動かし始めた。それは白井の仲間の追っ手が来るからであり、そして、自衛隊に追われている身だからであった。

 それから、二時間くらい走り回った。いや、本当は二時間以上なのかもしれないし、ほんの小一時間なのかもしれない。

 何故、正確な時間が分からないのか。それは俺が携帯電話も腕時計も持ち合わせていないからであった。たぶん、俺の携帯電話にはGPSチップが埋め込まれているに違いない。そして、衣服などにも埋め込まれていないか、厳しくチェックして出てきた。

 持ち合わせているものは水の入ったペットボトルに非常食、それを入れるバッグだけだった。

 何日間も逃げる気は毛頭ない。非常食が尽きれば、俺は自らPersona(ペルソナ)に捕まりに行くつもりだ。これ以上、無駄な犠牲を増やさないように。

 しかし、そこには落とし穴が存在した。

 ――何故、今、すぐにでも捕まりに行こうとしない?

 尤もな疑問。俺はその疑問に答える事ができる。けど、認める事ができない。

 そして、もう一つの落とし穴を俺はそのバッグに持っている。

 銃と銃弾。抗う為の凶器。


 ――本当は……俺は抗いたいんじゃないのか?


 そう思っている自分が悔しい。

 暗くなりつつある風景の中、俺は自らの足をやっと、止めた。

 今日は……もう、休もうかな……

 そう思って、非常食などが入ったバッグを地面に置こうとした時、ふと、ガサガサと草の茂みをかき分けるような音が聞こえてきた。

 俺は咄嗟に自らのバッグを持ち直して、茂みにその身を隠した。

 追っ手か? それとも……

 俺は息を呑んで、黒くて重たいもの――銃を左手に取った。

 ……自衛隊の奴らか――

 そう思った瞬間に俺の肩を誰かが叩いた。

 反射的に後ろへと振り返りながら、俺は銃を両手で構えた。

「……誰だ!」

 暗闇の中に佇む人影を凝視するが、暗くて顔を判別する事ができない。

 そんな時、俺の目の前が一瞬にして光に包まれ、俺は思わず、眩しさから目の前に手を突き出してしまう。

 しまった!

 そう思ったが、心配する必要など無かった。何故なら、人影はただ、俺に懐中電灯の明かりを向けただけで、その懐中電灯の明かりで判別がついた顔は俺の見た事のあるものだったからだ。

「お、お前は――!?」

「へぇー、ちゃんと覚えててくれたんだー……ちょっと、意外かな?」

 微笑んでみせたその女性は俺が右掌を情報屋のDoubt(ダウト)に刺された時に手当てしてくれた女性であった。

「私は平原(ひらはら)優美(ゆうみ)って言うの。よろしくね、天谷くん」

 さっきからずっと、微笑んでいる女性。その笑みは敵ではないと俺に言い聞かせているように見えた。そして、その微笑みがDoubt(ダウト)と同じ作られたもののようにも。

「……何しに来た……?」

 俺は自らの銃を向けたまま、その平原と言う女に尋ねかけた。しかし、平原は俺のその尋ね掛けには答える事無く、逆に質問を投げかけてくる。

「なんで、こんな所にいるの? 天谷くんはもはや、自衛隊に追われてる身なんだよ? 分かってる?」

「……そんな事は()うに分かってる! いいから、黙って俺の質問だけに答えろ!」

 瞬間、平原の微笑みが変貌する。微笑から俺を哀れむような見下す表情へと。

「命令口調……あんた一体、何様のつもりなの? 悲劇の主人公気取って、他に犠牲を出したくないからって、自分自身を犠牲にするなんて、莫迦(ばか)のする事よ! 本当の……本当に苦しんでんのは、あんたなんかじゃない……――――了汰(りょうた)なんだから!」

 目の前で怒号を発しながら、目に涙を浮かべる平原。そんな彼女の言っている事が俺には理解できなかった。

 りょう……た……? 了……汰……? 了汰……?

「……お前の言う了汰って……浦議(うらぎ)了汰の事か……?」

「そうよ……! あんたが一生、車椅子で生活しないといけないような体にした! 浦議了汰よ!」

 ……ちょっと――

「――ちょっと待てよ! なんでお前から! 浦議の名前が出てくんだよ!」

「本当に何にも知らないのね……なんで、了汰の名前が出てくるのか、ですって? 私が……私が了汰の彼女で北川高校の生徒だからよ!」

 俺は言葉を失った。

 浦議の彼女が目の前にいて、情報屋と関係している裏の人間……?

 その事実は俺の心に鋭く突き刺さった。そして、あの初めて言葉を話す人形と出会ったときの光景が頭を過ぎる。

 だったら、俺は――――この人に合わせる顔が無いじゃないか……

「……申し訳……ございませんでした……!」

 銃を地面に落とし、深々と土下座をした。

 謝ったところで償えるわけでも、俺の罪が消えるわけでもない。でも、だからと言って、謝らないわけにはいかない。

 だって、俺には――これくらいの事しかこの人にできる事は無いのだから。

「許さない……一生、許さない! あんたが了汰を巻き込んだ事を。そして、私はあんたを殺したいくらい憎い。憎くて憎くて……だけど、私があんたを殺したとしても、了汰の下半身は元には戻らないし……喜んだりなんかしない。だから、私はあんたを殺さないだけ」

 平原の気持ちは分かった。だから、俺は何も言っちゃいけないし、従うしかない。

 俺は頭を上げる事さえできない。

「で、もう頭を上げていいから……天谷くんはなんでこんな所にいるの?」

 俺はゆっくりと、頭を上げた。

 その時、彼女は自らの手で涙を拭っている最中だった。

 その姿を見て、俺も涙腺が緩くなったが、流しちゃ駄目だ、と自分に言い聞かせた。

「逃げてきたんだ……皆を護る為に……もう、誰も傷つけたくはないんだ……」

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