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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
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No.16  貫けない刃

 俺は知らなかった。

 “君はその心の中で『殺し屋を辞める』と決意したよねぇ?”

 情報屋だという男のその質問に(しょう)は頷いた。

 俺はその事実に驚いたが、次の瞬間には安堵していた。翔がやっと、人殺しなんてものが無くても、生活できると思えるようになったんだ、と解釈して。

 しかし、逆に心配もした。

 散々、依頼を受けて、何百人と人を殺してきたであろう翔だ。それは翔にとっての最大の罪であり、消す事も償うこともできはしない。

 そんな罪に翔がいつか呑まれてしまうんじゃないかと心配した。俺と同様に罪に呑まれてしまうんじゃないか、と。

 だから、俺は翔が罪に呑まれてしまった時には助けてあげなければならないと、思った。誰かが俺にそうしてくれたように。

 俺は翔に殺し屋を辞める事について、問い詰める事はしなかった。師匠も白井(しらい)も同様に翔を問い詰める事はなかった。

 そして、俺は今、一番気になっている事について、考えを巡らせ始めた。明日の大きな出来事について。

『――明日、大きな出来事が君たちを待っているよぉ?』

 情報屋のDoubt(ダウト)がそう口にした時、不気味な笑みを浮かべながら、俺の方を見たような気がした。

 俺の気のせいなのかもしれないが、ちゃんと、俺の目とDoubt(ダウト)の目が一度だけ合ったのは確かだった。

 また、俺に何か関係がある事なのだろうか……? そして、また、俺の周りで誰か死ぬんだろうか……?

 背中に変な悪寒が走り、鳥肌が立った。

 俺は本当に……これから起こる事に耐え切る事ができるのか……?

 その疑問が消え去る事はない。

 俺はもう、嫌だ……できる事なら――――この首を吊って、死にたい……

 俺の精神はもはや、自殺する勢いにまで、追い詰められていた。もう既に、俺は罪に呑まれていたのだ。

 息が苦しく、胸が痛い。

 もう……大切な人が死んでる姿なんて、見たくはない……


 ――だから、俺は――――目の前の現実から逃げたかった。


 けど、たとえ逃げたとしても、現実は俺に追いついてきて、追い越して、呑み込んでいく。

 殺人ウイルスだ、と言う鎖は一生、千切れる事無く、俺を縛り続ける。


 ――本当に俺は生まれてきてもよかった存在なのだろうか?――


 俺のそんな疑問に答える者などおらず、いや、最初から俺はその疑問を誰にも投げかける事無く、自分の中でその疑問を繰り返して、苦しむしかない。

 誰かが背負ってくれるにしても、苦しかった。

 俺と、翔と、師匠と、白井の四人は白井のマンションへと、戻ってきた。そして、俺はそのマンションの一室のベッドへと横になった。

 その瞬間、何だか、どっと疲れが押し寄せてきたような感じがした。

 それは、ずっと、あのDoubt(ダウト)に千里眼で心が読まれていると、隙を見せないように気を張っていた結果なのかもしれない。

 はぁ……何かして、気を紛らわした方が良いのかな……

 Doubt(ダウト)とあったせいで自分の無力さや自分の存在について、考えてしまった。

 その事について、考えないように気を紛らわす為に、俺は一室にあるテレビのリモコンを手に取った。

 マンションの全室内にテレビってあるのかな……てか、白井はそんな資金、どうやって作ってんだろ……?

 俺はそう、疑問に思いながらも、テレビの電源を入れて、チャンネルを変えていく。

 今の時間帯はちょうど、ニュース番組があっていなくて良かった。もし、ニュース番組があっていて、俺の名前でも出されたりしたら、何の為にテレビを点けたのか分からなくなる。

 それから、俺は何分間かテレビを見ていて、気付いた時には夢の中であった。


 ◇


 午後八時


 俺にとっては昼ご飯を食べていないままの夕食。

 俺は仔春(こはる)さんによって運ばれてきた、美味しそうな野菜炒めと肉じゃがをマンションの一室で口へと運んだ。

 すると、そんな俺の一連の動作を横で眺めていた仔春さんが尋ねてきた。

「美味しく……なかった……?」

 俺の表情を窺っている仔春さん。そう、仔春さんが尋ねてきたのは多分、俺が無表情でゆっくりとそれらを口に運んでいるからだろう。

「いえ……美味しいです……」

 俺がそう答えると、次はこう尋ねてきた。

「どこか、具合でも悪いの?」

 俺は答えなかった。

 それは仔春さんが俺の事を心配そうな表情で窺ってくるからだ。

 何故、この人は……こんなにも、俺の事を……

「どうしたの……?」

 ……気にかけてくれるんだ――!?

「――もう、ほっといてください!!」

 俺は椅子から立ち上がって、思わず、そう叫んでしまった。

 俺のその行動に仔春さんは表情と動きを固まらせた。その顔色は段々と、蒼白になっていく。そして、俺は自分が言った一言がたたの八つ当たりなのだと、気付いた。

「すみません……大きな声……出してしまって……」

 俺は再び、椅子へと腰を下ろしながら、詫びた。そして、仔春さんは苦笑いしながら、立ち上がって、

「じゃあ……」

 と言って、仔春さんは立ち上がって、部屋から出て行こうと足を一歩、踏み出した。

 俺はそんな仔春さんを呼び止めた。

「待ってください……!」

 動きを止めた仔春さんは俺に背を向けたままの状態で、「何?」と言葉を紡いだ。

 俺は莫迦(ばか)野郎だ……! 俺を救おうとしてくれてる人に……あんな事を言うなんて……

 先の自分の発言を恥じた俺はもう一度、詫びの言葉を紡いでいく。

「本当に、さっきのはすみませんでした……俺……こんな俺にどうして、そこまで尽くしてくれるのか、分からなくなって……疑問に思って……俺、もう誰を信じて良いのか、分からなくなってしまってるんです……本当に、すみませんでした……」

 俺は自分でも、うまく言葉を紡ぐ事ができなかったと分かっていた。

 そんな頭を深々と下げた俺の頭に、仔春さんの片手が置かれる。

「許さないわ……もっと、他人を信用しても、良いじゃないの……天谷(あまや)くんなら、絶対に他人を信じる事できるわ。だって――――」

 俺の頭に置かれた手が、今度は両手になって俺の顔を挟み込んで、無理やりに顔を上げさせられた。

 そんな俺が目にしたのはその光景――仔春さんが微笑む光景だった。

「――天谷くんは、良い心を持っているもの」

 その言葉は魔法のようだった。

 その微笑みは光のようだった。

 気付いた頃には、部屋には誰も居らず、俺は椅子に座ったまま、一人になっていた。

 言葉とは、こんなにも心に響くもの。けれど――


 ――それは一時的なものに過ぎなかった。



 ◇


 2011年10月16日



 9.11――あれは俺にとって、本当に序曲にしか過ぎなかったのかもしれない。


 俺は翔や師匠などと、マンションの三階にある食堂のような所で、昼ご飯を食べていた。

 献立はカレーライスで美味しいものだった。

 雑談をするでもなく、カレーライスを食べ終えた者から各部屋に戻っていった。

 皆、今日の大きな出来事と言うのが何なのか、見当もつかないようで、緊張感を走らせていた。

 俺も同様に緊張感を走らせながら、同時にピリピリしていた。

 イラつくと言うよりかも、落ち着かないといった方が正しいのだろう。何だか、心がざわざわするような、そんな感覚がしていた。

 落ち着かない状態のまま、俺はマンションの一室へと戻って、リモコンへと手をのばし、テレビの電源を入れた。

 物寂しい部屋のBGMとして、つけたテレビだったが、俺はニュースキャスターの告げた一言によって唖然とさせられ、テレビを見つめる破目になった。

『午後一時。総理大臣より発表が入りました。その発表によりますと、総理は今、指名手配中の天谷(あまや)大貴(だいき)容疑者の逮捕に自衛隊を導入する、との事です。その自衛隊の導入について、警視庁長官であるPersona(ペルソナ)氏は何も話し……――――』

 俺はそれ以上、耳から情報を得る事ができなくなってしまった。そして、目からの情報も段々と、あやふやになっていく。

 自衛隊を……導入……?

 俺は床がひっくり返って、天変地異が起きたような感覚に襲われた。

 (じん)が――Persona(ペルソナ)が俺を捕まえる為に……本気を出してきたって……事なのか……?

 俺はバランスを崩して、ソファに腰を下ろした。いや、それは倒れこんだと言い表した方が良いような腰の下ろし方であった。

 俺はこれまでとは比にならないくらい動揺していた。たぶん、あの翔の事務所で発見したメモ用紙を見たとき以来の最大の動揺だろう。

 また……俺のせいで、誰かを巻き込むかもしれない……

 俺の頭に犬塚(いぬづか)さんの映像が流れ出す。

 俺のせいで……人が死んでしまうかもしれない……

 目の前が急に真っ赤に染まった。そして、そこに俺だけが佇んでいる光景。

 俺だけが生き残って……皆――――俺の血のせいで、死んでいくのか……?

「俺って……一体、なんなんだ……?」

 その疑問の答えを告げるようにあの言葉が頭に過ぎる。

 “――――殺人ウイルスの塊”

 くそ……俺は……ここに存在しても、いいのか……?

 自分の存在理由が何なのか、分からなくなる。俺が生きて、ここにいるだけで皆、傷ついていく。


 ――そんな世界だと言うのなら……俺は要らない……!


 その瞬間、ある物が俺の目に止まった。それは凶器と言っても過言ではない物――――はさみ。

 俺はそれを自らの手にとって、腹に突き刺そうとした。しかし――刺せない。

 死にたくても……死ぬ事もできない……

 俺は、はさみの刃を今度は左腕の手首へと向ける。しかし――斬れない。

 Doubt(ダウト)から手にナイフを刺された時の痛みが思い出され、自らの身を傷つける事ができない。

「くそ……俺は……なんて、臆病者なんだ……」

 自分が嫌いで、悔しい。その気持ちが雫となって、目から垂れ落ちていく。

 その落ちていく雫でさえも、俺にとっては悔しかった。


 ――俺は……どうすればいいんだ……



 ◇


 マンションの一室。そこには何人もの人々が集まっており、何かについての話し合いをしていた。その何かとは紛れもなく、大貴(だいき)を逮捕する為に自衛隊の導入を決定した政府について。

 その一室には翔、龍雅(りゅうが)、白井などの姿も見られ、その他の人々、全員が白井の仲間であった。そして、白井はその話し合いの司会的な存在であった。

「天谷はもう、外には絶対に出さない方がいいだろうな……けど、ここの場所が奴らにバレてしまう可能性もある。その時には俺たちで天谷を絶対に奴らには奪わせないように――――護るんだ」

 その白井の言葉にその場にいた全員が頷いてみせた。そして、白井は言葉を付け加える。

「天谷を死んでも、奴らには渡すな。天谷がもし、Persona(ペルソナ)の手に渡りでもしたら、ウイルスを大量に生産され、世界は――――滅亡する」

 その言葉の重みを分かっていた、その場にいる全員に緊張感が走る。しかし、龍雅だけは違う事を考えていた。

 相手は戦自ですか……DOLL(人形)は人数が十人未満なので、人数的に此方の方が有利でしたが……――首斬りに、戦自とは……本当にやってくれましたね……Persona(ペルソナ)……

 苦笑いをその心の中で浮かべてみせる龍雅。

 白井の言動には反論が無いようで、龍雅は黙ったままであった。いや、本当は何か言いたい事があったのかもしれないが、今の龍雅には口に出す余裕など、無いようだ。

 そして、龍雅はもう一度、繰り返した。

 本当に……してやられましたよ……Persona(ペルソナ)……それにDoubt(ダウト)……こんなにも、重大な出来事だったとは……心の準備はしていたものの、予想を遥かに凌駕していましたよ……

 龍雅は何も無いところをDoubt(ダウト)の姿と思いながら、睨みつけ、心中でPersona(ペルソナ)へと尋ねかける。

 大貴の次の狙いは、(ゆい)ですか? それとも――私の妹ですか……?

 しかし、その尋ね掛けに答える者などいるわけが無く、龍雅は溜息を吐いた。

 これから、どう行動していけばいいんですかね……?


 ◆


 俺は天谷の元に向かわなくてもいいのか……?

 そう思った翔だったが、その答えは考えずとも浮かんできた。

 やっぱり……行ってやんないと……!

 しかし、まだ白井の話は続いており、今、席を立つのは非情に気まずい状態だ。翔はこの話し合いが終わるまで、待つ事にした。

 けど、ホントにあいつの言ってた“大きな出来事”が起こるなんてな……いや、そんな呑気な事、考えてる場合じゃないんだ。

 翔は自らの右腕を見つめた。

 こんな腕で……俺は刀を振るえるのか……?

 まだ、完全には治っていない筋肉。そして、筋力も元には戻っていない。

 傷の癒えていないこんな状況にPersona(ペルソナ)が先手を打ってきた事に翔も龍雅と同様に「やられた」と思った。

 それに翔にとっては情報屋――Doubt(ダウト)の言葉も気になっていた。

 “たとえ、君たちの敵であるPersona(ペルソナ)だったとしても、金を払ってくれれば、君たちの情報をPersona(ペルソナ)に提供する。だから、僕を信用しない方が、身の為だと思うよぉ?”

 くそ……あの情報屋がPersona(ぺルソナ)に此処の情報を与えでもしたら――――このマンションは自衛隊と人形に囲まれて、終わりだ……

 不気味な笑みを浮かべる情報屋の顔が翔の頭に過ぎり、怒りを湧き上がらせる。

 あの野郎……絶対、裏で笑ってやがる……

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