No.13 背負うモノ
その部屋には白井の仲間数名と、白井本人、龍雅がおり、部屋の中心には机が備え付けられていた。
その中央の机には六脚の椅子が並べられており、白井の仲間以外の仲間以外の白井と龍雅の二人がその席に着いていた。
そんな部屋にノックの音が響き渡る。そして、扉が開かれ、入ってきたのは翔と大貴であった。
勿論、大貴は自らの肩を翔に貸してやっており、二人とも白井と龍雅と対峙するように椅子へと腰をかけた。
白井は部屋にいる数名の自分の仲間に席を外すように促して、全員が出て行った瞬間に口を開いた。
「これからの方針についてだが……やはり、天谷を拘束するのが得策だと思う……その事についてお前らの意見も一応、耳に入れておきたくてな」
その言葉を聞いて大貴と翔が黙り込む様子を窺っていた龍雅は自らの意見を述べる。
「私もその方が良いと思いますね……けれど、それだと少し気になる事があるんですよ」
龍雅を訝しげな表情で見る白井。そんな白井に説明するように龍雅は続きを紡ぐ。
「今回の二人の人形の目的がもしも、“大貴を捕まえる事”だったら、どうなっていたでしょうか? おそらくは今ここに、大貴は存在し得ないでしょう。大貴を拘束したところで……人形たちにとっては然程、意味のない事なんですよ」
龍雅の意見を聞いた白井は自らの眉間にしわを寄せて、考えに浸った。
そう。龍雅の意見は確かに的を射ていた。
基地の頑丈な壁をいとも簡単に破壊してしまう人形。そんな人形から大貴を守る為に拘束すると言うのはやはり、得策とは言えない。
では、他にどんな方法で大貴をPersonaに奪わせないか。
必死に考えを巡らせる白井だったが、良い方法は見つからない。しかし、そんな時に口を開いたのは――
「龍雅のはあくまで過程の話だろ……? だったら、話は簡単だ。俺たちが――――大貴を奪わせなきゃいいんだ」
――翔だった。
「うーん……それもそうですが、護れる保障はどこにもないですからね……皆さんこの様ですし……」
龍雅は自虐的な言葉を吐き、その顔に笑みを浮かべたがその後、すぐに目を細めて真剣な表情へと変わる。
「状況は芳しくないですね……」
「……だったら――強くなればいいんだ。人形なんて眼中に入らないくらいにまで、強くなって、天谷を護ればいいだけの話だ!」
さっきから、いつもとは違う姿勢の発言が多い翔。
その違いはこの場にいる三人も感じ取っている事だった。
「まあ、それができれば、苦労はしないんですけどね……翔、その強くなるための方法はどうするですか?」
龍雅の意表を突く質問に翔は黙り込んだ。
その様子を見て、質問した本人である龍雅が手を差し伸べた。
「実は、私がその方法を言うために集まってもらったのもあるんですよ。それで、その方法ですが……」
龍雅は翔の方へと目を向けて、その方法を説明するまでの下準備とばかりに質問する。
「翔。あなたは本当に人形を倒せると思っていますか……?」
唐突の質問に対して戸惑う翔はすぐに龍雅から目を逸らした。それは確証がなかったからだ。
そんな事……分かんねえよ……
翔の頭に過ぎるのは銃の効かない首斬りが白井に鎌を振るう光景。その光景の首斬りは正に、死神そのものだった。
「そうなんです。“今”のあなたでは人形を倒す事はできません。何故なら――どんなに鍛えたとしても、あなたの失われた左腕と左眼は元には戻らないからです」
翔は右手で左眼を触った後、左腕の在ったところを右手で握ろうとした。しかし、その右手に触れたものは空気だけ。
「あなたの死角は――左側全てなんですよ……まあ、その傷を負わせた人物である私が言う事ではありませんでしたね。すみませんでした」
翔に向けて、頭を下げる龍雅。
「いや……もう過ぎた事なんだからさ。謝るなよ……それで、その方法ってのは一体、何なんだ……?」
「……はい。翔の左側の死角をなくす方法が一つだけあります。それが、あなたが強くなるための方法にも繋がるはずです」
龍雅の言う翔の死角をなくす方法は考えずとも、三人とも察しがついた。
「千里眼……か……?」
疑問符を付けて、そう呟いたのは死角を克服する本人である翔だった。
千里眼。未来を視る事のできる眼。それは勝手のいいものではあるが、特効薬に副作用が存在するようにそんなものほど弱点と言うのは必ず存在する。
その弱点とは命を削って発動をするという事。もう一つは動きが読めるだけであって、運動能力がついてこなければ、避けきれないという事。つまりは銃弾などの軌道は読めても、それを避けられるほどの身体能力がなければ、意味が無いと言う事だ。
しかし、翔にはその身体能力があった。
あの化物へと変貌した人形の女の子――吏夜との一戦で犬塚の死によって引き出された翔の内に存在する殺人快楽。
「でも……どうやって千里眼なんて開眼するんだ?」
その疑問を抱き、龍雅に投げかけたのも翔で、その質問を待ち望んでいたかのように龍雅はすぐに答えた。
「それを知る為に“ある人物”を訪ねようと思っています。“蛇の道は蛇”とでも言っておきましょうか?」
その言葉を聞いて、この場にいる全員が気付いた。
“もう一人の千里眼の開眼者がいるのか?”
そう。もう一人の千里眼の開眼者がいるのならば、藍堕権介は日本一。そして、二番目が翔の父親である一宮堆我。そして、三番目が龍雅。上位の二人が千里眼を開眼しており、その二人の他に千里眼を開眼している者がいるとすれば、龍雅は三番目にはなれなかっただろう。
そこから考えると、もう一人の千里眼の開眼者は殺し屋ではないと言う結論に辿り着く事ができる。
「今からそいつを訪ねるんだな?」
その質問をしたのはさっきから口を閉ざしていた白井だった。しかし、龍雅はその首を横に振った。
「いえ、今日も明日も行きませんよ。来週も行くかは分からないですね……」
「そう言う理由は何だよ! ことは急いだ方がいいだろ!?」
龍雅の発言に翔は声を荒げた。そんな彼を龍雅は冷たい眼で睨みつける。
「“そんな状態の体で”ですか? 歩くのさえ満足にできずに時間を要し、走る事もできないその体で?」
言葉に詰まる翔はその顔を俯け、声を荒げた事への反省の色を見せた。
そんな彼を一瞥した大貴は龍雅の方へと目を戻す。
「そして、翔だけではありません。白井も、私でさえ同じくらいの深手を負っています。だから、まずは傷を癒しましょう。体も……心もね……」
理由も口にした龍雅の傷が癒えるまで行動しないと言う提案に対して、反論するものはいなかった。そして、龍雅は次の話題へと移る。
「ところで、気になっていたんですが……翔、その怪我はどのようにして負ったのですか?」
その質問をされた翔は一瞬、顔を上げてその目を大きく見開かせが、すぐに元の表情に戻した。
「……化物になった人形との戦闘で、そいつにやられた……」
「いいえ。違いますよね? その傷は外傷ではない。内面から筋肉が破裂したような傷ですよ。一体……あの日に何があったんですか、翔」
翔は再度、その顔を俯け、一時の間と取ってから口を開く。
「……俺が幼い頃に自分の母親を殺してるのは……三人とも知ってるか……?」
三人ともゆっくりと頷いた。
龍雅は白井から翔の過去の事についてはもう、聞いていたのだった。
「殺人快楽……ですね……?」
龍雅は確認するように口にし、その言葉に翔は少しだけ首を縦に動かした。
「俺の内に存在する何か……多分、あんたの言うように殺人快楽だ……その俺の殺人快楽が勝手に俺の体を動かして、化物になった人形と……闘ったんだ。その時……自分でも驚くくらいの速さで体が動いてた……そして――」
話を途中で止める翔。しかし、その話の先はこの場にいた三人とも察しがついた。
そして――体が耐えきれなくなった。
「そうですか……分かりました。もう、特に話す事はないので、解散と言う事でいいでしょうか?」
龍雅の意見に反論はなく、これで話し合いが終わった。
部屋から出て行く四人。大貴は翔の後ろをついていき、肩を貸してやろうとしていたが、龍雅の手によって肩を掴まれ、引き止められた。
「大貴。あなただけは別ですよ。あなたはどこにも外傷を負ってませんからね」
そう言って翔だけが白井の仲間の肩を借りて行ってしまい、翔以外の大貴と白井と龍雅が廊下に佇んでいる。
大貴は説明を促すように訝しげな表情で二人を眺めると、白井が口を開いた。
「俺の仲間は優秀だ。その中でも最も強いと俺が見込んだ奴がいる」
白井はそれだけを口にすると、大貴たちに背を向け、廊下を歩き始めた。
そんな訳の分からない白井の言葉を龍雅は補足する。
「要するに、ですね。その白井の見込んだ人にあなたが鍛えてもらうんですよ。私はまだ、無理ですからね」
「えっ?」
大貴は思わず、その目を見開いて、声を漏らしてしまう。
俺を……鍛える……?
その様子を見て、龍雅は少し苦笑しながら、呟いた。
「当たり前ですよ。狙われているのはあくまで大貴なんですから、自分の身を自分で護れなくて、どうします?」
「天谷! 自分で決めろ! 今、俺についてくるか! そのままじっとしているか!」
廊下をゆっくりと歩き続けていた白井が大貴に聞こえる声を廊下に響かせた。
龍雅は大貴に向かって微笑んでみせ、白井の後を追うように歩き始めた。足取りはゆっくりと。
次の瞬間には大貴の足も考えずとも、二人の後を追いかけていた。
◇
マンションに備え付けられたエレベータに乗り込んだ三人。大貴と白井と龍雅。
今さっきまで三人がいたフロアは七階で、白井がエレベーターに乗ったときに押した番号は『九』だった。
「実はもう、準備は整ってる。奴にももう、既に話はしてるから、エレベーターは一人で降りろ」
エレベーターが九階に着いて、降りたのは白井の言葉通り、大貴だけであった。
九階は廊下が他の階よりも極端に狭く、部屋の扉も二つしかなかった。
大貴は一度、深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、扉のノブへと手を掛けてゆっくりと力を加えて、押していった。
扉が開いて広がっていたのは、広い空間であった。
――!? こんなに広い空間が……あったのか……!?
そう、感嘆する間もなく、広い空間の中心に大貴を待っていた一人の男が立っていた。その男は長身で、眼鏡を掛けており、体はそこまでがっちりとはしておらず、細身だった。
大貴は男に向かって一礼すると、男の方へとその足を進めた。しかし、男は大貴に向かって右手を翳し、大貴の動きを制止させた。
「俺は矢崎拓だ。以後、よろしく頼む。それで……君は具体的に、俺に何を教わりたいと思っているんだ?」
唐突の質問に戸惑う大貴だったが、すぐに考えを巡らせ始めた。
俺は……この人に何を教わりに来たんだ……? そうだ。俺は自分の身を自分で護れるようになりたんだ。けど、何を教われば、自分の身を自分で護れるようになるんだ……?
深く考え込む大貴を他所に男は一丁の銃を大貴に向けて、放り投げた。
「俺が教えられるのは、その一丁の銃だけだ」
一丁の……銃……?
次の瞬間、大樹の頭に過ぎったのはPersonaの仮面を外して、露になった小堺甚の姿だった。
「その銃を俺に向かって、構えてみろ」
言葉の意図が分からない大貴は床に落ちた銃を手に取る事無く、訝しげな表情で男を見た。
「腹を狙って撃てば、大丈夫だ。俺は防弾チョッキを着ている。だから、その銃を手にとって、引き金を引け」
大貴はますます、男の言っている事が分からなくなってきた。
「なんで……なんで俺が、あなたを撃たなくちゃいけないんですか?」
「君が銃の引き金を引くだけの覚悟を持っているかのテストみたいなものだ。自分の身を護るには銃が一番、手っ取り早い。だから、その銃を早く手に取れ」
大貴は自らの足元に転がった銃を手に取った。
重い……
大貴の銃を手に取って、人に向けるという行為はこれで三度目となる。
一度目は引き金を引く事ができなかった。二度目は狙った人物の脳天を撃ち抜いた。しかし、それは死なないと分かっていたから撃てただけであった。しかし、三度目の今は――撃った人が死なない保障なんて、どこにもありはしない。
大貴は手に持った銃を両手で持って、男の腹に向けて構える。だが、大貴の引き金を引く指は動かない。
本当に……矢崎って人は防弾チョッキを着ているのか? 着ていなければ……銃弾が他の所に当たれば……死ぬのか?
死……死死死死――死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死――
――死――
次の瞬間、大貴の頭の中に過ぎったのは眼を閉じて、もう、決してその眼が開く事のない犬塚の姿だった。
犬塚さんみたいになるのか……? 冷たくて……心に穴が空いてるような……がらんどうになったような……そんな気分にまた、なるのか……?
――そんな経験……気分はもう、ごめんだ……
大貴はゆっくりと手に取って、構えた銃を下ろして、その顔を俯かせた。
「どうした……? 君はそうやって、逃げるのか?」
矢崎のその問いに、大貴は震える声で答えた。
「……怖いんですよ……引き金を引いて、また、あんな思いをするのは……もう嫌なんですよ!」
「犬塚と言う“たった一人”の死を経験したくらいでなんだ? その様は。厭きれてくる」
矢崎の“たった一人”と言う言葉に反応して、大貴は怒りの色をその目に移し、矢崎を睨みつけた。
「たった……たった一人なんて言うな! 俺たちにとって、犬塚さんは――!」
その瞬間、大貴の右横を一発の銃弾が過ぎていった。
いつの間にか、銃をその手に握っている矢崎はそのまま、大貴へと一歩一歩、近づいていく。
「俺はなぁ……仲間を何十人って殺された! あの首斬りに! 人形に! その仲間は――――お前がこの世にいなかったら、死んじゃいねえ! 犬塚だって、お前がいなけりゃ! 死んじゃいねえんだよ!」
矢崎は大貴の胸倉を思いっきり掴んで、持ち上げた。そのせいで息苦しい表情を浮かべる大貴。
「そうやって、お前は! これからもそいつらの命を全部、背負って生きていく気なのか! お前のその小さな体で! 心で!」
大貴の頬を宝石のようにキラキラと輝くものが伝った。
それを見た矢崎はそっと大貴の胸倉を掴んでいた手の力を抜いて、大貴を地面に下ろすと、先ほどの洗い言葉遣いではなく、最初の言葉遣いと声色に戻しながら言った。
「これから、君の血――Deicidaによる被害者も大勢出るかもしれない。その人たちの命も――君は全て背負うのか? 親しい人の一人が死んだくらいで破裂しそうなその心に……押し留めるのか?」
大貴は顔を俯かせ、床に数滴の雫を落とした。
「……全て、背負わなくても……いいんですか……?」
矢崎は五秒ほどの間を置いて、答えた。
「ああ……誰も君一人を責める事なんてしない。俺だってそうだ。君がいなかったら。俺は今の仲間に出会えていなかったかもしれないんだから……」
◇
首相官邸
『で、君はいつ、“戦自”を動かしてくれるのかな? 首相』
首相官邸に堂々と入り、その中で自分の家のような寛ぎを見せているのは仮面の男――Personaだった。
そんなPersonaの様子を見ながら、内閣総理大臣はPersonaに気付かれないくらいの溜息を吐いた。
「“戦自”を動かすのはそんなに容易な事ではない。何かと理由をつけないといけないからな……で、君の用はそれだけか?」
Personaは自らの前に出されたコーヒーカップを眺めながら呟く。
『まあ、今日の用はそれだけだ。と言うことで、できるだけ早く頼むよ?』
そう言って、コーヒーを飲む事無く、Personaはソファから腰を上げて、首相官邸から出て行った。
ゆっくりとした足取りで玄関、門へと向かい、門の前で待っていた車に乗り合わせるPersona。
その車内には人形の女の子――吏夜が既に座っていた。
『どうした? 首斬りと共に行った日からずっと、浮かない顔をしてるが?』
Personaの問いに対して、吏夜はいつもの無邪気な反応とは打って変わって、顔を俯け、オドオドとした様子を見せる。
「あのと……き……殺せなくて……なんでだろうって……」
『あまり気にするな。吏夜には次のことで活躍してもらわないといけないからな』
すると、吏夜は顔を上げて、Personaの顔を見て「つぎのこと?」と言葉を繰り返した。
『そう、次の事。日本中の殺し屋対DOLLの天谷大貴争奪戦――』
Personaは仮面の内で口元を大きく歪める。
『――血戦だよ』