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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
42/72

No.12  R.I.P.

 人の十倍の細胞分裂回数……そんなのもはや……不死身じゃないか……

 俺はベッドに横になったまま、溜息を吐いてみせた。

 あの人形の女の子と首斬り……

 これから何を行動するにしても、人形が俺たちの邪魔をするような、そんな気がしてならなかった。

 そして、ここからの話題が俺にとっては本題になるだろう。さっきよりも多分、落ち着いて天谷(あまや)の話を聞くことができると思う。

 ――犬塚(いぬづか)さんの今の現状……俺の目の前で化物になった人形の鉤爪(かぎづめ)によって腹を貫かれた犬塚さん……でも、死んでない。下半身不随とかになったりしてるだけだ……だから、天谷も話すのを躊躇っているんだ……!

「天谷……俺のさっきの質問に答えてくれ。犬塚さんの傷はどうなんだ?」

 その瞬間、天谷の驚いていた表情が一瞬にして青ざめた。

 やはり、現状が芳しくは無いのか?

 そう予想した俺だった。しかし、天谷から返ってきた回答は容易く俺の予想を砕いた。


「犬塚さんは……あの人形の来た次の日に……――――お亡くなりになられた――」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 何も考えられない俺の頭の中にはあの映像だけが流れ込んできた。

 俺の目の前で化物へと変貌した人形の鉤爪に犬塚さんが貫かれるあの映――

「うそ……だろ……?」

 天谷の言葉と頭に流れる映像を俺は否定した。否定するしかなかった。

 天谷は顔を俯け、その口を完全に閉じて、黙りこくった。

「おい……うそなんだろ? なあ……うそって言えよ! 黙り込むなよ! 否定してくれよ! うそだろ!? お願いだから……うそって言ってくれよ!」

 天谷は尚も俺と目を合わせずに顔を俯けたまま、口を開かない。

 俺はそんな天谷の様子を見て、怒りが湧いてきた。それがどこから湧き出たものなのかは分からなかった。

「おい! 天谷!」

 俺は天谷の胸倉に掴みかかろうとベッドから自らの体を起こそうとする。しかし、俺の体は俺の思うように動かなかった。

 くそ! なんでなんだ! なんで動かせないんだよ!

 ジタバタしようにも腕も足も上がりはしない。俺の体じゃないみたいだった。

(しょう)! まだ、怪我が治ってないんだ! 傷口がまた開くから、暴れるのだけはやめてくれ!」

 そんな俺の動きを止めようとしたのは天谷だった。そんな天谷の目には――

「お願いだから……もう動かないでくれ……もう誰も……死んで欲しくないんだ……」

 ――涙が溢れんばかりに溜まっていた。

 そして、俺はその涙を見て、理解してしまった。本当に犬塚さんは死んだんだ、と――――


 ◆


 俺のさっきまで湧き出ていた怒りの感情はどこかに消え失せており、手足を動かそうとする事を俺はやめた。

 いや、消え失せたんじゃない。他の感情に呑み込まれたんだ。

 それなのに、俺は――

 病室が静寂に包まれた時、俺は龍雅と天谷に後頭部を向けた。

 天谷が泣いている事は見なくともその花の(すす)る音で分かった。

 ――なんで……なんでなんだろうな……――

 俺は心中でそう呟いて、(むな)しさに襲われる。


 ――なんで、天谷は泣いてるのに……俺は泣く事ができないんだろうな……


 そんな自分がもどかしかった。

 ……俺の涙はもう、枯れてしまったのだろうか……?

「少し、尋ねたい事があるのですが……よろしいですか? 翔」

 こんな俺の心中を読めるわけが無い龍雅(りゅうが)は俺に尋ねかけた。しかし、今の状態ではその質問を聞いても、答えられるか分からない。

「ごめん……今日はもう、席を外してくれないか……? お願いだ……」

 二人に後頭部を向けたまま、俺はお願いした。そして、二人は静かにこの病室から出て行った。

 病室で一人、残されたのは俺。ベッドで横になっているだけで眠くは無い。だが、俺は無理やりにでも寝たかった。それは、何も考えずに済むから。

 そう。犬塚さんの件ともう一つ――貫かれた後の俺の行動が気になっていた。

 意識は少しあった。頭の中に微かだが記憶もある。だが、あれは――

 ――本当に俺なのか……?

 自らの内に存在する俺とは異なる存在。それはなんだ?

 そう考えた瞬間に俺の頭の中に浮かんだのはあの単語だった。


「――――殺人……快楽……」



 ◇


「翔に何を聞こうとしてたんですか? 師匠」

 大貴(だいき)は自らの方を龍雅に貸しながら、廊下を歩いていた。そして、大貴は龍雅の様子を横目で見て、尋ねかけた。

 その質問に龍雅は苦しそうな表情を浮かべたまま、口を紡ぐ。まだ、傷が治っておらず、歩くのは傷に響くのだろう。

「大貴はあの翔の怪我……その目で見ましたか?」

 質問を質問で返された大貴は首を傾げる。

 翔の怪我……? そう言えば、なんであんなに大きな怪我を負ったんだ……? いや、翔は人形と()り合ってるんだ。なら、あんな大怪我は当然の事なんじゃ……?

 返答に困った大貴は再度、龍雅を横目で見た。

 そんな大貴の様子から答えが分かっていないと察した龍雅は自ら、その質問の回答について説明し始める。

「翔のあの怪我は異常なんですよ。多分、翔のあの怪我は内側から発生したものです。ただの外傷ではないでしょう」

「え……? でも、なんで内側から発生したなんて分かったんですか?」

 そんな大貴の質問を予め、龍雅は予想できていたようですぐに答えた。

「翔の傷のカルテを翔の目覚める前に少し、気になりましたから見せてもらいました。そのカルテを見ましたが、やはり、翔の傷は刃物による外傷ではなく、内側から筋肉が裂けたような傷と書いてありましたよ」

 内側から筋肉が……裂けたような傷……?

 疑問を抱いた大貴は自分の解釈を言葉として龍雅に投げかける。

「それって人形の新しい技って言うか……機能みたいなものじゃないんですか……?」

「まだ、よく分かりませんが、その可能性も十分ありえますね……まあ、全ては翔に聞けば分かる事です。翔の傷が癒えるまで待ちましょう」

 大貴は龍雅の口にした“翔の傷”には二つの意味があると解釈した。一つは外傷。もう一つは内面、精神面での傷。所謂(いわゆる)、心の傷だ。

 傷は時間が経てば、完治する。けど、犬塚さんの死による心の傷が完治するには翔にとってどれほどの時間が必要なのだろうか……? 短い間、触れ合った俺でもこんなにまで心に穴が空いたような感覚に襲われているというのに……

 考えても考えても、大貴の心配は募るばかり。

 それでも大貴は、前に進もうと、もがいていた。


 ◇


 2011年9月27日


 五日の時を経て、翔はやっと立てる状態くらいにまでは回復した。しかし、その体には未だ、いくつもの包帯が巻かれており、立てるには立てるのだが、歩くのにはまだ時間が掛かっていた。

 腕も全然と言うほどに動かせず、翔は自分の体ではないような錯覚にずっと陥っていた。

 そんな立つだけでも精一杯な状態なのにも拘らず、翔は今、マンションの廊下をゆっくりと進んでいた。

 生憎、翔は左腕が無いため、松葉杖は使えない。車椅子を提案した大貴だったが、翔は「リハビリにもなるから、自分で歩くよ」と断った。

 翔が今、向かっている先はマンションの出口であり、その後はタクシーに乗り、火葬場へと向かう。

 勿論、火葬される死体は犬塚の死体だ。

 何故、葬式ではなく、火葬場なのかは言うまでもない。Persona(ペルソナ)に気付かれるからであった。

 やっとの思いでタクシーに乗った翔は車が発進した瞬間からある単語が脳裏に浮かぶ。

 ――行きたくない。

 それは犬塚の死んだ姿を見たくないという翔の気持ちから来たものだった。そして、そんな翔の隣に座っているのは、先日、目を覚ましたばかりの白井(しらい)の姿であった。

「あんた……もう、出歩いても大丈夫なのか……?」

 横にいる白井にそう尋ねた翔。

 その尋ね掛けに対して、車の外の風景を見ながら白井は答える。

「大丈夫じゃないだろうな……けど、それはお前も同じだろう?」

 そう返答された翔はそれ以上、言葉を返す事ができずに窓の外へと目を向けた。

 風景は翔の心情とは裏腹に一瞬にして過ぎ去っていく。翔の心は止まったままだというのに。そして、目的地である火葬場へと、翔は足を踏み入れる事となった。


 ◇


 タクシーから降りた俺は今、その場所へと足を踏み入れようとしている。

 そこに待っている現実は決して良いものではなかった。いや、最悪な現実。

 火葬場へと足を踏み入れたら、犬塚さんの遺体が俺を出迎える。

 そんなものに出迎えられたくはない。全てが嘘であった欲しい。

 俺がずっと、火葬場への入り口で足を止めていた時、後ろにいた天谷(あまや)が俺の背中を押した。

「行こう……」

 そう言った天谷の表情はやはり、悲しそうだった。

 俺は少しでも天谷を安心させようと微笑んでから、火葬場へと入っていった。そして、やはり待ち受けていたのは最悪な現実だった。

 眼を閉じて、本当は眠っているだけで生きているんじゃないかと錯覚するような姿の――


 ――犬塚さんがそこに横たわっていた。


 俺は無意識のうちに自らの足を一歩、後ろへと退けた。

 本当に……死んでしまったのか……? 俺の……目の前で……? そうだ。犬塚さんは俺の目の前で腹を貫かれた。


 ――じゃあなんで、犬塚さんはそこにいた?


 その答えは紛れもなく――――俺のせいだった。

 そうだ……俺がいけないんだ! 俺が……俺が犬塚さんの反対を押し切って、殺し屋なんかになって……! こっちの世界に引きずり込んでしまったんだ……だから、犬塚さんは……死んだんだ……

 感情がどこからともなく、溢れ出してくる。

 くそ……なんで……なんで……!?

 やるせなかった。悔しかった。そして、俺の頬を何かが伝う。

「……殺し屋に……」

 俺は犬塚さんの横たわる白いシーツの敷かれた台に自らの手を置いて、顔を俯けた。

「殺し屋になって……勝手に……言う事聞かずに……殺し屋に……なったりして……」

 そのシーツへとポタポタと一滴ずつ、目から何かが零れ落ちる。

「……本当に……すみませんでした……!」

 俺が殺し屋になったから……母親のいなくなった俺を育ててくれた犬塚さんの……反対を押し切ったりしたから……

 詫びたい。いくつも謝りたい事があったのに、伝える事も叶わなくなってしまった。

 俺は……――

 ――本当に莫迦(ばか)野郎だ……

 失って初めて、その人の存在の大きさに気付かされるなんて。

「……すみま……せんでした……!」

 (かす)む目の前と掠れる声。

 涙が止まる事を知らない。

 感情が止まる事を知らない。

 詫びの言葉が溢れかえっても、受け止めてくれる器がない。

 何もかもが止まらない。

 俺の涙は――まだ、枯れてなんかいなかった。


 ◇


 2011年9月30日


 犬塚さんの遺体が火葬されてから、三日の時が経過した。

 俺の心はずっと雨で晴れる事はない。

 俺は自らの姿が映る、洗面所に付属した鏡を睨みつけた。

 もう、歩くのには問題ないくらいにまで足は回復したが、走ったり、そこまで速く歩く事もできない。

 腕の状態はまだ、三日前と何ら変わりなかった。

 俺の両手、両足が何故、このような状態になったのか。

 微かな記憶と意識はあったのに内にいる俺ではない何かの存在が分からない。

「一体……何だったんだ……?」

 独りでにそう呟いた瞬間、鏡に映る俺が口を開いた。

『ホントはお前だって気付いてんだろ? 殺人を快楽としてしか感じられないって事くらい』

 鏡に映る俺は淡々と、言葉を紡いでいく。

『最初からその感情に身を任せておけば、こんな惨事にはならなかったんじゃねえのか? 犬塚も死ぬ事はなかったんじゃねえのか? それにお前は殺し屋だ。なのになんで人の死を悲しんだんだよ? 関係ない人間を百と殺してきたお前にそんな資格あるわけが――』

 その先を告げようとした時、俺は洗面所の鏡に映る俺を殴りつけた。

 鏡は割れる事はなく、殴りつけた拳は痛くない。感覚がまだ、戻ってはいないからだろう。

 俺は鏡を殴った右腕を下ろして、顔を俯かせる。

 そうだ……俺の殺してきた人たちの遺族も今の俺と同じ……こんな気持ちしてたんだ……

 俺は自嘲的な笑みを心の中で浮かべた。

 そんな当たり前の事に……今まで俺は気付かなかったんだな……

 俺は殺し屋になった事を初めて犬塚さんに明かした時の事を思い出す。

 その話を聞いた瞬間、犬塚さんは俺の頬を初めて思いっきり殴りつけた。

 その時の音と痛さは今でも鮮明に憶えている。そして、その時に俺が犬塚さんに言ってしまった言葉も――

『家族でもないのに親父みたいな事、言ってんじゃねえよ!』

 俺にとって……父親はあんただけだ……

 俺は目から溢れ出す涙を拭った。

 だから……殺された人たちの周りにいた家族の気持ちが……今頃分かったから……俺はもう――


 ――殺し屋を辞める。


 俺は涙を拭った顔を上げ、自らの顔が映る鏡を睨みつける。

 もう……こんな思いを一生、したくはない。だから俺はこれから、俺の周りの奴らを――――誰一人として、失ったりはしない!

 そのためにも俺は――

 と自分のやるべき事を頭に思い浮かべた瞬間、唐突に横から天谷に声を掛けられた。

「翔! 師匠と白井さんが話があるって!」

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