表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
41/72

No.11  細胞分裂の回数

 その日の夕方にやっと、龍雅(りゅうが)がその目を覚ました。

「……大貴(だいき)……ですか……?」

 扉を開けた方向へと目を向け、大貴の存在を確認するように尋ねる龍雅は再度、天井に視線を戻した。

「首斬りは……!? それより、ここは……どこですか……?」

白井(しらい)さんの所有しているマンションの地下の医療施設です。あの、それと……首斬りってあの五年前に起きた集団首斬り事件の犯人なんですか……?」

 大貴のその問いに対して、龍雅はその首を縦に振った。

「その首斬りですよ……そして、あの大きな鎌を持った人形が首斬りです。そうですか……白井のマンションですか……」

「えっと……じゃあ、Persona(ペルソナ)に人形にされたって事ですか?」

 龍雅はその首を縦に振って頷く。

 その様子を見た瞬間に大貴はその目を少し、大きく見開かせた。

「そして、首斬りは日本一の殺し屋である藍堕(あいだ)権介(けんすけ)を殺した人形です」

 藍堕権介……白井の話の通り、その人は日本一の殺し屋なのか……そして……千里眼を持ってたんだ……

 と千里眼の話が頭に出てきた時に大貴は気付いた。

「千里眼を持っていたのに……殺されたんですか?」

「良く勉強していますね、大貴。はい。彼は間違いなく、千里眼をその眼に開眼させていました。ですが……」

 その続きを述べる事無く、話を途中で終わらせる龍雅は何かに気付いたようだった。

(しょう)にも一緒に聞かせるので呼んできてくれませんか?」

 ああ。そう言えばまだ、龍雅には翔が目を覚ましてない事を言ってなかったな……

 そう思った大貴はすぐに龍雅へと翔がまだ、怪我をして、目覚めていない事を話すと、「そうですか……なら、翔が起きてから話しましょう」と言って、その眼を閉じた。

 犬塚(いぬづか)の事も教えなければならなかった大貴だったが、その口からは吐き出せなかった。

 口に出そうとすると、大貴の中に迷いが生まれた。

 大貴は翔が起きた時には必ず伝えようと、心に決心した。しかし、大貴の中に心配が噴き出てきた。

 翔はその事実を果たして受け入れる事ができるのだろうか……? 犬塚さんは――――


 ◆


 翔の怪我は重傷だった。

 普通、人間は筋肉の力を無意識に制御している。

 自分では最大限の力を出していると思っていても、実際には七割の力しか筋肉は出していないのである。

 それは筋肉が傷つくのを防ぐ為に行われる人間の体の働きだ。

 翔はその筋肉が傷つく危険を冒した。

 自らの筋肉の百パーセントの力で化物へと変貌した人形の女の子――吏夜(りよ)()ぎ払った。

 しかし、その力に筋肉も耐えかね、血を噴き出す破目になった。

 筋肉の(すじ)が悲鳴を上げたのだ。

 治癒には相当な時間を要するのは目に見えていた。そして、治らないと言う可能性もあり得る。

 そんな危険を翔は自らの意志で冒したというわけではなかった。

 そう。その原因となったのは――

 ――目の前で犬塚が化物に変貌した吏夜によって腹を刺され、宙を舞った事であった。

 その光景を見たせいで翔は自らの内に存在する侠気に呑まれた。

 ――殺セ。

 身体の傷も癒えるのには時間が掛かるが、心の傷の方が癒えるのには相当な時間を要する。

 そこをどう乗り越えるかは翔の精神力にかかっていた。


 ◇


 2011年9月22日


 二日の時が経過した時、大貴は「翔が目を覚ました」という知らせを聞いて、地下の医療施設へと急いだ。

 何も考えずに無我夢中でその場所へと向かった大貴だったが、それが(あだ)となった。

 階段を駆け下り、翔のいる病室のドアを勢い良く横に引いた大貴は声を張り上げる。

「翔!」

 その病室にはベッドに横たわる翔だけでなく、ベッドを囲む数人の白井の仲間がいた。その中へとその身を突っ込んで翔の横たわるベッドへと駆け寄ったが、翔の姿を見て大貴はその目を大きく見開かせた。

「……おい……翔」

 その眼は(うつ)ろで、何を考えているのか掴めない。そんな眼を大貴へと向ける翔は尋ねた。

「ここ……は……?」

「……白井さんの所有しているマンションの医療施設……」

 大貴がそう答えてからしばらく、その言葉を飲み込むのに時間が掛かった翔がその虚ろだった眼を元の色に戻した。

 その頃には部屋にいた数人の白井の仲間の姿はなかった。

「そうか……今日は何日だ……?」

「二十二日。あれから五日だよ……」

 二度目の質問にも大貴が答えると、翔は「五日か……」と言う声を漏らしながら、顔を横に背けた。

 そのまま翔は暫くの間、思考に(ふけ)っているようだった。そして、急に自らの身体を飛び起こす勢いで声を張り上げた。

「犬塚さん……犬塚さんはどうなったんだよ!?」

 傷だらけの身体を起こそうとする翔を大貴は必死に抑えながら何もその口から告げることができない。

 ちゃんと話さなきゃいけないことなんだ……けど、分かってる……分かってるはずなのに……

 大貴が犬塚の事について躊躇いながらも話そうとした瞬間にふと気が付いた。

 そうだ。師匠にも伝えないといけないんだった……

「師匠にも一緒に聞いてもらいたい……呼んでくるよ」

 大貴がドアの方へと振り返って、龍雅を呼びに行こうとドアを横に開いた時、そこには白井の仲間がいた。そして、龍雅を呼んでくるという大貴の目的を聞いた白井の仲間は言う。

「いや、私が呼びに行こう。君はこの病室で待っていてくれ」

 二十代と思しき凛々しい顔をした男性はそのまま、龍雅を呼びに言ってしまった。

 大貴はその瞬間に白井の仲間たちが病室の外に出て行っていることに気が付いた。

 病室には大貴と翔の二人だけ。気まずい空気が二人を包んだ。そして、暫くの間、二人は言葉を交わす事無く龍雅が来るのを待っていた。

 すると、さっきの二十代と思しき凛々しい顔をした男性び肩を借りながら、龍雅が病室へと入って来た。

「起きましたか……翔」

 苦笑しながら、椅子へと腰を掛けさせてもらう龍雅は相当、辛そうであった。

 傷……深かったんだろうな……

 大貴はそう思いながら、龍雅へと目を向ける。

「それで……話とは何でしょうか? 大貴……?」

「あの……」

 そこで大貴は龍雅が自分たちに何か話そうとしてたことを思い出した。

「……師匠から先に話をしていただけますか?」

 顔を少し俯かせながら話す大貴の様子から察したのか、龍雅はそれを了承した。

「分かりました。此方から話しましょう。翔も大貴も落ち着いて、冷静に聞いてください。あの大きな鎌を持った人形は――首斬りなんです」

 大きく目を見開く翔であったが、大貴は一度、聞かされていた事だったので驚きはしなかった。

「首斬りって……あの五年前に死んだって言う殺し屋の首斬りの事か!?」

 翔の尋ね掛けに対して頷く龍雅。

「そして、首斬りはあの日本一の殺し屋――藍堕権介を殺しています」

 この事も大貴は龍雅から聞いていたため、驚く事はなかった。しかし、翔は大貴が初めてこの事を聞かされたときよりも数倍、驚いているようであった。

「藍堕を……首斬りが……!?」

「そうです。首斬りは人知を超える身体能力を持っています」

 人知を超える身体能力……? けど、千里眼は人の動きを読むことができるんだろ? だったら、そんなもの通用しないんじゃ……

 そう考える大貴だった。しかし、その頭の中にもう一つの考えが過ぎり、龍雅の言っている事が理解できた。

「千里眼はあくまで“動きが読める”だけなんですね? だから、銃の動きが読めても銃を避けれるだけの身体能力が無ければ、避ける事は不可能」

 大貴が龍雅に向けて言うと、龍雅は頷いて見せた。

「そうです。大貴の言うとおり、千里眼は相手の動きが見えるだけです。その動きについていけるほどの身体能力がないと、回避したり、防御する事は叶いません。だから、藍堕は首斬りの鎌の攻撃を千里眼で視る事はできても、避ける事はできなかった……」

 だから、日本一の殺し屋の藍堕って人は……首斬りによって殺されたのか……

 大貴が考える中、翔も信じられないとばかりにその目を閉じた。大貴も信じられないと思った。

 大貴にとって千里眼はその命を代償とする以外、弱点と呼べるものは無いと思っていたからだ。しかし、そんな千里眼にも違う弱点が存在した。

 銃を使用されたら終わり。もはやそれは千里眼を持っていても持っていなくとも人間全員に共通している事だった。

 大貴が尚も頭の中で考えを巡らせる中、白井の言葉が大貴の頭に過ぎった。

 “藍堕権介。その死体を見たのが、多分、翔があの行動に至った原因だと思う”

 翔は目の前で……藍堕って人の死体を見たのか……翔が混乱したのが分かる気がする……

 と翔に共感していた大貴。

「話は……それだけか?」

 少し遠慮気味に翔が龍雅に向けて尋ねた。

 すると、龍雅は首を横に振って話を続ける。

「いえ……後、もう一つ。私がロシアに行ってから仕入れた情報があります。あの二人の人形を見て、何か気付いた事はありませんでしたか?」

 気付いた事……か……

 首を傾げてあの日の出来事を思い返す翔と大貴。しかし、大貴はあの二人の人形を良く見ていなかったため、気付いた事は無かった。

 一方、翔はと言うと人形と対峙して刀を振るっただけあって、思い当たる(ふし)はいくつか存在したが、それよりも最も翔の内に印象に残った出来事はやはり、“あれ”であった。

 自分の眼前(がんぜん)で化物に変貌した人形の女の子――吏夜の鋭い鉤爪によって、犬塚の腹が貫かれ、舞い上がる光景。

 翔にとって一番思い出したくは無い光景であり、犬塚の現状が気になる光景だった。

 天谷……なんで早く話してくれないんだ……これじゃ、まるで――

 翔はその先を考える事をやめた。

 翔は自分自身でもう、少し気付いていた。その先の事を考えてしまったら、今の自分が自分ではなくなってしまうような感じを。

 自らの頭を龍雅の質問へと戻した翔は吏夜が化物へと変貌した事を思い浮かべた。

 あの化物になった事を龍雅は俺に言わせたいのか……?

 吏夜の事を話すのに躊躇いながらも、翔はその事について言葉を紡ぐ。

「首斬りじゃなくて人形の女の子の方の事なんだけど……俺の目の前で化物になった」

 その翔の発言を聞いて、龍雅と大貴は「え?」と同時に声を漏らして、目を見開いた。

 龍雅はその反応からも分かるようにそんな返答を望んではいなかったような表情を浮かべた。

 その表情を見た翔は自分の発言を少し後悔もしたが、逆に好都合とも思った。

 どうせ話しつもりだったんだ……

「そいつは人形の女の子から獣みたいな姿になった……この世のものとは思えないような姿だった……」

 そして、そいつは……

 やはり、その先の事には目を瞑る翔。

 翔のその発現を聞いていた二人はただ、愕然としていた。

 人形が……進化したのか……?

 恐ろしい人形がさらに凶暴になったという解釈をした大貴は恐怖を抱く。

 そのような事が……

 心中で冷や汗を掻く龍雅。

 暫くの間、沈黙が支配していた病室の中で龍雅が自らが大貴たちに投げかけた質問を思い出して口を開く。

「これは思いもよらない事実が分かってしまいましたが……私が仕入れた情報とは違います。私が仕入れた情報。それは人形の傷の再生についての情報です」

 人形の傷?

 二人にはその言葉を聞いてもあまり見当がつかなかった。

 そんな二人に龍雅は説明し始める。

「人形の傷は回復するんですよ。何度も、何度も」

 その瞬間、翔の頭にはあの人形が過ぎった。

 大貴と初めて出会った時に大貴を襲っていた斬っても斬っても繋がって、元に戻る人形。最終的にその人形を壊す事は諦め、ナイフを地面に突き刺して、身動きをとれなくした。

 しかし、その人形はあの話す事のできない人形の事であって、十人創られたと言う話す事のできるDOLL(人形)ではない。

 一体……龍雅は何が言いたいのだろうか……?

 と翔は頭の中で考えた。

 そんな時、翔の頭の中では吏夜が白井に銃で撃たれた時の光景が浮かび上がった。

 白井が銃を使って、何度も撃った筈なのに吏夜は痛みは感じているようだったが、傷は回復し、死ぬ事は無かった。

 そうか……!? 龍雅はこの事を言いたかったのか!

 翔の納得したような表情を見て、龍雅は告げる。

「思い出しましたか、翔。そう。あの二人の人形は銃で撃たれても、刀で斬られても、傷は完全に回復する。それは細胞分裂する速さが人よりも数段に速いからです。しかし、細胞分裂の速さが速いからと言って、人の細胞分裂回数には限度と言うものがあります。しかし、あの人形たちは――――人の十倍の細胞分裂回数を持っているんですよ」

 その事実を聞いて、大きく目を見開き、驚愕の表情を浮かべる翔と大貴。

「十倍……」

 辛うじてその一言を口から漏らした大貴であったが、その驚愕の表情が一向に変わる気配は無い。

 人間の十倍の細胞分裂回数と人を超える細胞分裂の速度。それはもはや、不老不死と言っても過言ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ