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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
40/72

No.10  白と黒の眼前

 2011年9月17日


 鋭い鉤爪(かぎづめ)。細く、鋭い歯の並んだ口。爬虫類を連想させる皮膚。骨の突き出した細い体付きに(しょう)の二倍近くの大きさはある身体(からだ)

「ばけ……もの……!?」

 翔はそのように目の前の変貌した吏夜(りよ)をそのように表現したが、違う視点から見たら、それは――――悪魔のようだった。

 そんな姿の吏夜を眼前に翔はその手に握った刀を構える。

 翔の額には汗が(にじ)んでおり、刀を持っている右手は少し震えていた。

 震えを呼び起こす恐怖は目の前の変貌した吏夜を見ての恐怖でもあったが、それとは異なるもう一つの恐怖が今、翔を襲っていた。いや、それは恐怖ではなく――侠気。


 殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ


 くそ……こんな時に……

 苦しい表情を浮かべる翔の目に焦りの色が見え始めた。

 ()らないと()られる……

 再度、刀を振るおうと構える翔だったが、それを邪魔するように侠気が牙を()く。

 ――――母親ヲ殺シタヨウニ目ノ前ノ化物モ殺セ

 ――――(ユイ)ノ両親ヲ殺シタヨウニ目ノ前ノ化物モ殺セ

 頭に響く言葉は翔の振るおうとした刀の動きを止めた。

「なんで……なんで……!?」

 その目を大きく見開く翔。

 そんな翔の目の前には化物しかいない。だが、翔にはその化物が自らの手によって殺した母親の姿に映った。

 違う……! 俺の手で殺したんだ! これは……幻覚だ……!

 そう自分に言い聞かせるが翔は刀を振るえない。しかし、翔が気にするべき事はそれではなかった。未だに一度も翔に手を出そうとしない化物の事を気にしなければならなかった。そして、化物の後ろに近づく一人の人物の影の事も。

 これは侠気の幻覚だ……! 割り切れ!

 何度も自分に言い聞かせる翔だったが、翔の目に映る母親には翔は刀を振るえない。

『さあ! 私を殺して……翔』

 母親の幻覚が翔に向かって、両手を広げる。

「やめろ……お願いだから……やめてくれ……」

 にこりと微笑む翔の母親。

「その姿はもう、見たくないんだ!」

 翔が目を(つむ)ろうとしたその瞬間、その母親の幻覚の後ろにいる人物が翔の目に入った。

 その人物は吏夜の化物になった姿を見て、自らの身を退かせようとして、地面に尻餅を着いた。

「なっ……なんだぁ……!? この化け物は!?」

 その人物が指差す方向は勿論、化物であり、翔にとって母親に見えているものだった。

 化物になった吏夜の後ろにいる人物。それは――

犬塚(いぬづか)さん……?」

 ――翔の恩人である人間――犬塚尚一(なおひと)の姿がだった。

 そう翔が意識した途端に目の前の母親だった存在が元の化物へと戻る。

 犬塚さんが危ない!?

「逃げてください! 早く!」

 犬塚へとそう叫んだ翔の声が(あだ)となった。

 翔の声で化物へと変貌した吏夜は後ろへと振り返って、犬塚の存在を確認した。

 そして――――





 ――――化物の鋭い鉤爪が犬塚の腹へと突き刺さり――







 ――犬塚を宙へと舞い上げた。




 ◇


 目の前の光景が一瞬にして、色が白と黒だけに変化した。

 そんな白と黒の世界で犬塚さんが宙へと舞い上がり、地面へと落ちていく。

 今の状況を理解するのに時間が掛かった。

 俺は目の前の光景を眼を大きく見開かせて、眺める事しかできない。

 それをする他に何をしていいのか全く分からなかった。

 化物の鉤爪から(したた)る大量の黒い液体。

 上に飛び散って、そのまま重力に逆らえずに落ちていく真っ黒な液体。

 全てが白と黒で成り立っている世界は俺をより一層、混乱させる。

 犬塚さんが床に叩きつけられた瞬間、何事も無かったように白と黒の世界は元の色を取り戻した。

 化物の鉤爪から滴る大量の真紅の液体。

 床に段々と広がりを見せていく真紅の液体。

 そして、俺はやっと理解する事ができた。



 ――犬塚さんは目の前の化物に刺されたのだった。


 ◇


「ぁぁぁああああぁぁぁぁぁああああああぁあぁぁぁあああああああ――あああああぁぁぁぁぁああああぁあぁぁぁああああ――――」

 舞い上げられた犬塚の身体が床に激しく叩きつけられたのと同時にその状況を把握した翔が叫び声を上げた。

 その声は三十秒ほどの時を刻み、翔はそのまま、顔を俯かせて、刀からその手を放した。

 刀が地面に落ちると同時に鳴ったカランと言う音と共に翔はそのまま、膝から崩れ落ちた。しかし、次の瞬間、翔は鋭い眼光で犬塚の腹を刺した化物を睨みつけた。

 その眼は獣が獲物を捉えた時の眼と同じ眼光をしていた。




 ――殺セ



 ◇


『ぁぁぁああああぁぁぁぁぁああああああぁあぁぁぁあああああああ――あああああぁぁぁぁぁああああぁあぁぁぁああああ――――』

 扉の向こう側から聞こえてきた唐突の叫び声に大貴(だいき)は驚いた。

「この声……翔なのか……?」

 そう疑問に思った瞬間には大貴の体は勝手に動き出していた。

 扉へと向かって、走り、思いっきり扉を蹴り開けようとしたのだが、扉はビクともしない。

「くそ! 翔! どうしたんだよ! 翔!」

 大貴は声を張り上げながら何度も何度も扉をドンドンと叩いたが応答は無い。

 なんで開かないんだよ……!

 諦めずに再度、何度も何度も扉を叩く大貴。しかし、開く気配も無く、応答も無い。

 次の瞬間、大貴にとって思いもよらぬ声がその扉の向こう側から聞こえてきた。

『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――!』

 その笑い声を聞いて、言葉を失う大貴。

 一分ほどの時が経過してからやっと、大貴はその言葉を発した。

「笑い……声……?」

 その笑い声が翔のものだと分かった大貴。しかし、なんで翔が笑い声を上げたのか、扉の向こう側の状況が分からない大貴はただ、その場に座り込むしかなかった。


 ◇


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――!」

 突然、声を上げて笑い出す翔の様子をただじっと見つめる化物。しかし、流石に化物も動きを見せた。

 鋭い鉤爪が人間の目では捉えきれないであろうという速さで翔へと振るわれた。

 翔はその鋭い鉤爪を“自らの右手に持った刀で防いだ”。

 翔の右手に握られている刀はさっきまでは確かに廊下の床に落ちていた。鉤爪が振るわれた瞬間にもその刀は廊下に落ちていた。

 (すなわ)ち、鉤爪が振るわれて、翔を襲うその刹那の間に、翔は床に落ちた刀を手にとって、化物の鉤爪を防いだということになる。

 そんな速い動きができるのは多分、首斬りくらいのものだろう。だが、そんな事を翔はやってのけたのであった。

 そんな現実には信じがたい事をしたのにも(かかわ)らず、翔の表情は――(わら)っていた。

 その眼は大きく見開かれ、口元を歪ませたその顔はもはや、いつもの翔ではないようであった。

 ――いや、本当にいつもの翔の姿ではなかった。

 自らの鉤爪を退き、今度は両手を振り上げる化物。

 その鋭い鉤爪を立てて、両側から同時に振るわせた。

 風切り音がするほどの速さで振るわれた化物の両腕であったが、翔はいとも簡単にその両方の鉤爪を一本の刀で防ぎきった。しかし、翔は防御だけでなく、その刀を攻撃に転じさせる。

 化物の力を上回る翔の力。そんな翔は腕の力だけで化物の両手の鉤爪を振り払った。そして、そのまま刀を振り上げ、化物の左腕を斬った。

 化物の斬られた左腕の断面から噴水のように飛び散る血液と共に化物は空気を震わせる雄叫びを甲高く上げた。

 翔による怒涛(どとう)の攻撃はまだ、続く。

 翔はそのまま、刀の切っ先を化物の腹部へと向けて、突き刺した。

 血を噴き出しながら倒れる化物はその姿を元の人形の女の子へと戻した。しかし、左腕は無く、その斬られた断面と刀の突き刺された腹部からは大量の血が流れ出て、床を浸食していく。

 吏夜は翔を今の力を最大限に振り絞って、蹴飛ばし、その重そうな体を起こして立ち上がる。

「……うごきが……全然、違う……」

 残る右手で腹を押さえながら、翔に向かってそう口にする吏夜は左腕と腹部の傷の回復を待つ。

 翔はそんな吏夜の発言を(わら)う。

「ヒヒヒヒヒヒッ!」

 翔は嗤い声を止め、呟く。

「殺人……快楽ゥ……」

 口を大きく歪め、首斬りのような速さで翔は吏夜との間合いを詰め、右手に握る刀を大きく振るった。

 胸から腹までを斜めに斬られた吏夜は勢い良く、血の広がる床に体を叩きつけられた。

「あはぁ!?」

 変な言葉を発し、止めを刺そうとその刀を吏夜へと振り下ろそうとした翔であったがその体にも“限界”が訪れた。

 人間の力や速さを超越した翔であったが、翔の体はそんな状態に堪えられるはずも無く、体の至るところから血が噴き出した。

 そのまま翔は廊下の床へと仰向けに倒れこんで、その目を閉じた。

 体を起き上がらせる吏夜。その体は傷だらけで血だらけだった。しかし、左腕はもう途中まで修復されており、腹部の傷も少し、浅くなっていた。

「いたい……いたいよう……」

 今にも泣きじゃくりそうな表情と(かす)れた声で吏夜は呟きながら、翔の手にしていた刀をその手に取った。

「……これでまた……私の中に……友達が増える……」

 そう言って、右手に持った刀の切っ先を翔の首へと向ける吏夜。

「私のために……死んでくれるよね……?」

 その刀を振り下ろそうとした瞬間、誰かがその刀の切っ先を掴み取った。

 動かしただけで相当な痛さを伴っているであろう。にも拘らず、その人物――翔はその切っ先を右手で掴んだ。

 薄っすらとその(まぶた)を開く翔。

「もう……誰も殺すな……人が死ぬってのは……そんな簡単に……済ませちゃいけない……お前も本当は――」

「うるさい……うるさい! そんな事言われたって……もう……」

 吏夜の目から一筋の小さな光が零れ落ちた。それは“涙”だった。

 そのまま、吏夜は刀を放り投げ、翔から逃げるようにその場から去って行った。

 その後、翔は薄っすらと明けていた瞼をゆっくりと閉じた。


 ◇


 2011年9月20日


 あの一件から三日と言う時が過ぎ去った。

 しかし、人形たちが残していった傷は未だに癒えておらず、相当な時間が掛かる事は目に見えていた。

 今、白井(しらい)とその生き残った仲間、大貴と翔と龍雅(りゅうが)は三頭山の基地を離れて、東京都の郊外に(たたず)むマンションにいた。

 そのマンションは十階建てでマンション自体。即ち、全ての号室が白井のものだという。そのマンションには地下施設が存在し、そこには医療機器などが備わっていた。

 そんな地下施設で翔、龍雅、多数の白井の仲間は治療を受けていた。

 癒えるまでに相当時間の掛かる傷。それは外傷でもあった。それに白井にとっては仲間の半分以上が人形に殺された事での傷もあり、そして、大貴と翔にとっての最大の傷は――

「こんな所でしょんぼりと、何してるの? 天谷(あまや)くん」 

 マンションのロビーで何をするでもなくロビーに備え付けられた椅子に座っていた大貴に声を掛けたのは白衣を着た女性の熊沢(くまざわ)仔春(こはる)だった。

「仔春さん……!? 無事だったんですね!」

 大貴は驚きと喜びの入り混じった表情で熊沢の顔を見て、立ち上がった。

「なーに、その顔ー……? 生きてちゃ駄目だった?」

 皮肉を漏らす熊沢に対して、大貴はその首を横に大きく振った。

「そんな訳無いです! どうやって生き残られたんですか?」

「ちょうど人形の侵入されたところから一番離れてた場所にいたの。で、天谷くんはこんな所で何してるの?」

 大貴はその質問に答えるのに困った。それはとりわけ何をしているのでもなかったからだ。

「えっと……まだ、翔も白井さんもししょ……龍雅も目を覚まさないので、ここでぼんやりしてただけです……」

 熊沢は大貴に向けて、にこりと微笑んだ。

「そうね……失ったものはあなたたちにとっても、私たちにとっても、多かった……私も何をすればいいのか分からない……だから、ぼんやりとしたくなっちゃう。けど、こういう時だからこそ、何かをしなきゃならない。笑わなきゃならないって思うの。だって、下ばかりを向いてたって、何も見えはしないし、ぼんやりしてるだけじゃ、前には進めないじゃない!」

 大貴はそんな熊沢の笑顔に少し、救われたような気がした。だが、次の瞬間、熊沢はその顔つきを変えて、話を切り替えた。

「少し、話があるんだけど……いい?」

 真剣な眼差しに気圧された大貴は頷かざるを得ない。

「天谷くんの血は――――本当に殺人ウイルスだった」

「……え……?」

 大貴が求めて来た答え。自分が本当に殺人ウイルスなのか調べる事。

 だが、大貴はその事をすっかり忘れており、自分が殺人ウイルスである事をもう、受け入れていた。と思っていた。

 そんな分かりきった事を言われても、大貴は動じないと思っていた。しかし、大貴は心のどこかでまだ、それを否定していた。

『――――殺人ウイルスの塊』

 甚に告げられたその一言が大貴の頭に響く。

 それを甚に言われた時、傷ついた自分がいたのが、動かぬ証拠だと大貴は思った。

「本当に……本当に俺は……俺の血は――殺人ウイルスなんですね……?」

 現実を突きつけられた瞬間にこれだ……人生のどん底に突き落とされたような……そんな感じ……

 自分の気持ちを詮索する大貴。それはただ、冷静に装おうとする大貴の強がりだった。

 大貴の目から一筋の雫が零れ落ち、大貴はそのまま、顔を俯け、椅子に腰を掛けた。

「大丈夫……絶対に天谷くんを救ってあげるから」

 心強い熊沢のその言葉を聞いて、大貴の目からはますます、涙が零れ落ちた。

 ちく……しょう……

 大貴は声を押し殺して――泣いた。

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