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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第1章― 神の子
4/72

No.03  仮面の男――Persona

 2006年7月7日 七夕


 今日は七夕だ。皆、自分の願いを短冊に書いて、念じる。星に願ったところで叶うはずが無いのに人は皆、願う。

 風習という事が一番の理由だろう。当たり前だ。願いが本当に叶うなんて思うのは最高でも小学校低学年くらいの頃までだ。

 今の時刻は夜の二十三時。

 俺は一応、高校生という身分なので(まぁ、高校には通ってはいないのだが)こんな時間に外を出回っていいはずが無い。だが、俺には仕事があった。

 その仕事は暗闇でしか行えない行為。絶対に人に見つかってはいけない行為。

 “殺戮を繰り返す人形”を壊す仕事だった。

 本当は人形を壊すなんて仕事はやっていなかったのだが、ある依頼によってそれをやらざるをえなくなった。


 ◇


 2006年6月1日


 俺の仕事は殺し屋だ。殺し屋とは普通にその名の通りの仕事で依頼を受けて、人を殺し、報酬をもらうというものだった。

 何故、殺し屋をやっているのか。それは父親の影響が大きかった。そう。俺の父親も殺し屋だった。

 そのせいで俺も殺しや暗殺の作法を父親に叩き込まれ、挙句の果てに俺も殺し屋という職に就いてしまっている。

 殺しが好きか嫌いかと問われる事があるが、どちらともいえない。

 俺にとって殺しとは職、仕事であり、趣味ではないのだ。そして、俺はその殺しの依頼をいつもどおり、事務所で待っていた。

 そして――

 コンコン、コンコンというノックの音が俺のこの先の人生を変えることとなった。

 ドアを開けると、今回の依頼人がそこには立っていた。

 その依頼人をソファへと通して、依頼内容を聞いた。

「今、マフィアの連中が騒いでいる犯罪組織を殺して欲しい」

「犯罪組織……なんて名前の組織だ?」

 そう依頼人に尋ねると、依頼人は俺に向けて、一枚の写真を差し出してきたその写真に写っていたのは(まさ)しく――

「――子供?」

 それはダッフルコートをその身に纏い、フードを被った小さな子供だった。

「いいえ。“それ”は人間なんて生易しいもんじゃない」

 人間じゃない? これが?

「じゃあ、一体、何なんです?」

「詳しくはこの資料を見てください」

 と、写真の上に三枚ほどの紙を置いた。

「では、お願いしますよ」

 依頼人は俺の提示したお金を払うと、颯爽と事務所を後にした。

 そして、俺は机に置かれた三枚ほどの紙の束を手に取ってみた。ソファの上から立ち上がり、その後ろにあるデスクへと向かい、その椅子に腰をかけた。

 何故、デスクの椅子に腰をかけたのかというと、現代機器(パソコン)が必要になったからだった。何故、現代機器が必要になったのかというと、依頼人から渡された資料中にあった単語について調べる為だった。


 “K事件”


 それに関係している犯罪組織のようだった。

 チッ……厄介で大きな仕事になりそうだな……

 俺は舌打ちをしながら、現代機器の電源をつけた。


 ◇


 2006年6月2日 午前一時


 K事件に関与しているという事は動くのはやはり、深夜に違いないだろう。だが、深夜にも拘らず、静寂の夜とは程遠い街中。人々は夜を楽しみにでもしていたかのように笑いながら、俺の横を通り過ぎていく。

 こんな人通りの多い場所に犯罪組織なんかが現れる可能性は少ない。もっと暗く、人通りが少ない静寂な所に奴らはいるだろう。

 人通りの無い路地裏に入って、歩き続けること数十分。

 そこは先ほどの繁華街とは真逆だった。人通りが少なく、明かりが一切無い。何の音もしない静寂な狭い道。

 本当に何の音もしないそこは表の世界とは遮断された裏の世界であるかのようだった。

 瞬間、カツカツと何も聞こえていなかった空間に足音が響き渡る。

 咄嗟に後ろを振り向くと、そこには小学生くらいの身長の人影が暗闇の中に微かに見えた。そして、その眼が紅く染まっている事にも気が付いた。

 なんで、眼が充血してるみたいに紅いんだ? それに光ってるし……

 そう疑問に思ったとき、依頼人が口にした一言を思い出した。

『“それ”は人間なんて生易しいもんじゃない』

 ふーん、面白い……!

 銃を使うと周りの住人がその音に気付いてしまう為、避けたほうが良い。という事で、俺は刀身の短い刃物を取り出す。

 その刃物を構えて、相手の出方を窺う。しかし、相手から何かをしてくる気配は無い。此方から何かしようにも目標である事を確認できない限り、迂闊には手を出せない。

 どうする? このまま、じっと耐えるしかなさそうだな……

 そう心中で呟いた瞬間、目の前の人影が動きを見せた。

 一歩一歩、のろのろと此方へと近づいてきている。

 その遅さに一瞬油断した、その時だった。

「がっ! あ……!?」

 人影は一瞬の内に俺との間合いを縮め、蛇のように動く両手で俺の首を絞めた。そして、俺はその小学生くらいの身長の人影に首を絞められたまま、体を持ち上げられている。

 人間の……速さじゃねえ!?

 首を絞めるその強さは段々と増していく。その人影は俺を殺す気でいるようだった。

 右手に持っていた刃物を危うく、落としそうになったが、しっかりと掴み直して、俺の首を掴む腕を切断しようと下から振り上げた。だが、その鋭い刃は人影の左腕によって阻まれた。

 首を掴むのが両手から右手だけになったところで、大差はなかった。

 くそ……死ぬ……のか?

 意識が段々、朦朧としてきた。右腕から刃物は零れ落ち、紅い眼の人影はまた、両腕で俺の首を絞めた。

 俺は最後にその紅い眼を凝視した。

 息を引き取るのかと、死を悟ったその瞬間、その紅い眼の向こうにもう一人の人物がいる事に気が付いた。

 誰……だ……?

 そう。そいつは颯爽と日本刀をその片手に現れた。そして、片手に持った日本刀を振り下ろし、俺の首を絞める両腕を切断する。

「そんなに遅い動きじゃさ。こいつを殺すことなんてできるわけないよ」

 日本刀に付いた血を振り払うような動作をするその人物。

「いや、“壊せない”って言った方が正しいのかな……?」

 その声は少女のものだった。路地裏の暗さから、顔や服装を判別はできないが、普通の女の子のようだった。ただ、日本刀を持っていなければの話なのだが。

「俺みたいに手早く片付けないと!」

 少女は日本刀を構えて、両手を失った紅い眼の人影に斬りかかった。

 俺は自分を“俺”と称した不思議な少女が斬りかかっている間に息を整えた。

 紅い眼の人影は一瞬の内に少女が手に握る日本刀によって、バラバラにされ、肉塊へと成り果てていた。

 俺は暗闇で起こるその光景を見て、眼を大きく見開かせた。

「おい、どうした? お前、殺し屋なんだろ? 殺し屋が日本刀で“人の形をしたもの”を斬ったくらいで驚くなよな」

 雲に隠れていた月が黒幕のかかったような空に現れ、暗闇だった路地裏を照らした。

 その瞬間、さっきまで見えなかった少女の顔と服装が露になった。

 顔は美人や綺麗というより、可愛いだった。服装も今時のファッションで日本刀を持っていなければ、完全に今時の女子高生だろう。

 体は細く、そんな細い腕で、刀を振るって、腕を切断できるとは到底思えなかった。

「そんな睨むなって! お前が殺し屋なんて、周りに漏らしたりするつもりは毛頭無いから! それより、お前。“これ”を殺す依頼、受けたんだろ?」

 睨んではないのだが、少女にはそう見えたらしい。しかし、さっきから、少女の紅い眼の奴の表現の仕方がおかしかった。

 人の形をしたもの。これ。

 それはやはり、人間ではないような表現の仕方だった。

 俺は無惨に斬り捨てられ、血の海に転がっている肉塊を一瞥した。

「こいつは……一体……?」

 俺が疑問の声を漏らすと、少女は微笑みながら、言った。

「教えてやるよ! こいつの正体!」


 ◇


 2006年7月7日


 その日以来、路地裏にいる俺の目の前に存在する“それ”を壊し続けてきた。

 人間じゃなかろうが何だろうが――

「――壊す……それだけだ!」

 俺は目の前の“それ”へと、自らの足で地面を蹴り上げて疾走した。俺の行動を見ていた“それ”は右側に飛び、壁を走った。

 もはや人間ではないその動きに俺は驚きもせずに疾走させていた足を止めて、右を向く。その瞬間、壁を走り、ダッフルコートをその身に纏った“それ”は俺に向かって、拳を向けて飛んできた。

 俺はそれを紙一重で避け、すれ違い様に自らの手に持った刃を振るって、首を斬った。

 首と体はそのまま地面に落下し、俺は返り血を浴びさせられた。

 顔や服についた血をタオルで拭きながら、手に持った刃物を見る。

 チッ……もう使いモンにならねぇ……

 皹の入った刃物に付いた血をタオルで拭って、ポケットへとしまった。

 あの日は歯が立たなかったが、今では瞬殺できるようにまでなった。

 それができるようになったのは――

「どれくらい殺した?」

 ――唐突に背後から声を掛けて来た、夜風に肩まで伸ばした髪をなびかせながら近づいてくる、その少女のおかげだった。その片手にはやはり、刀が入っているであろう細い袋を持ち合わせていた。

「さあな」

 少女の尋ねに対して、俺は曖昧な返事を返した。

「まあ、どうでもいいやぁ、そんな事。それよりもさー。“それ”を創ってる奴らの正体が少し掴めたよ?」

 はぁー、やっとか……

 “それ”は壊しても壊しても、湧き出てきた。そして、俺と目の前にいる少女は“それ”を創ってる奴らを追っていた。いや、“それ”を壊さなければならないから、“それ”を創ってる者の存在を追っていたのだ。

 俺は依頼を受け、報酬ももう貰ってあるため、“それ”を壊さなければならない。少女が“それ”を壊している理由は不明だ。

「そいつはもう――日本を乗っ取ってる」

 ――!? 何を言ってるんだ、こいつは……?

「……ちょっと、単刀直入すぎて、よく意味が分からないんだが?」

「“それ”を創ってる奴らは警察を乗っ取ってるんだ。だから、“K事件の犯人が一向に見つからない”」

 少女は俺に背を向けてそう言った。

 警察を乗っ取ってるからといって、日本が乗っ取られてるっていう事になるなんてのは知らないが……警察がそいつらに乗っ取られてるのか?

「お前、どこでそんな情報を?」

 少女はスカートを(ひるがえ)しながら、此方へと振り向き、人差し指を口に当てて、不敵な笑みを浮かべてみせる。

「それは秘密」


 ◇


 2006年8月26日


 依頼があってからもう三ヶ月という時が経とうとしている。

 未だにこの一件を片付けられない俺は少し、イライラしていた。

 そんなイライラした状態で俺はデスクの上にあるパソコンを扱っていた。すると、コンコン、コンコンと事務所のドアをノックする音が聞こえた。

 面倒くさいと思いながらも、重い腰を椅子から放し、ドアへと向かって歩く。

 ドアを開けると、その片付けられない一件の依頼人が立っていた。

 依頼人を家の中へと上がらせて、ソファへと座らせ、俺も依頼人と対峙するソファに腰をかけた。

「全く……変な仕事を受け入れてしまいましたよ」

 皮肉を漏らす俺だったが、依頼人はそれに反応はせず、尋ねてきた。

「依頼内容はちゃんと実行してくれてますか?」

「あなたも知っての通り、相手は組織。それに人間ではない。数を減らしていっても、その分、どんどん生産されていく化物。苦労していますよ」

 依頼人はゆっくりと息を呑み、その額には汗が滲んでいた。外を歩いてきたから汗を掻いているのか、それとも……俺の視線を感じて出た汗なのか……少し、鎌をかけてみるか?

「あなた、こんな事をしていいんですか? 自分が奴ら、その組織の標的にされてもおかしくはないんですよ?」 

「……“藍堕(あいだ)”を頼むほどの金は持ち合わせてはいないし、その次の君のお父さんに頼もうと思ったが、所在が分からなかった。だから、私は命懸けで息子の君に頼んだ。もう、いつ死んでも良いくらいの心意気でね」

 にこりと笑顔を浮かべて依頼人だったが、その額から、頬を伝って、汗が垂れた。

 いつ死ぬのか分からないプレッシャー……それはどれだけ大きいものなのだろうか?

「たぶん、私の存在はもう、組織にバレています」

 そう言って、ソファから立ち上がる依頼人。

「今日はもう帰られるんですか?」

「途中経過を聞きに来ただけですからね」

 とドアに向かって、歩き出す依頼人。

 やはり、何か言葉をかけてやるべきなのか? と思い、俺は口を開いた。

「必ず……必ず成功させますから!」

「……では、お願いしますよ」


 ◇


 2006年9月26日


 俺は依頼を両立する事に決めた。このままだと金が不足して、飢え死にしてしまう。それだけは避けなければならないからだ。

 殺し屋は大金を得られる職業だが、その金は死体処理などで消えてしまう。

 あの仕事はたとえ、毎日したとしてもキリが無い。

 あれから何の進展も無いし、数が減っているという実感も湧かない。いや、逆に増えているのではないかという気さえする。

 デスクの椅子に座って、回りながら過ごしていると、唐突に事務所のドアが開かれた。

 殺し屋を良く思っていない連中など、世の中には何万人もいる。そんな連中が時には俺を殺しに来たりもするわけだ。

 そんな連中が来たのかと思い、唐突に開かれたドアにすぐさま銃を取り出して向けた俺だったが、入ってきたのはそんな連中の奴ではなかった。

 俺は「なんだ、お前か」とどかどかと無許可で入ってきたそいつに溜息を吐いた。

「どうした? 浮かない顔してるぜ? お前」

 そいつとは俺に例の“あれ”の招待を教えてくれた少女。名前は……そういえば、まだ知らない。

「勝手に入ってくるな! そして、なんでお前が、俺の事務所を知ってんだよ!」

「調べたらなぁ、すぐに見つかったよ?」

 いや、そんな簡単に見つかったら、俺はとっくに警察に捕まってるよ。一体何者なんだよ、こいつは。

 そう思いながら、さっき浮かんできた疑問をそいつへと投げかける。

「そういや、お前……名前はなんて言うんだ?」

「人に聞く前に、まずは自分から。そうゆーのが礼儀ってモンじゃないの?」

 少女の言い分はご尤もであった。

「俺の名前は(しょう)。漢字は飛翔の“翔”だ」

「ふ~ん。俺の名前は(ゆい)。唯一の“唯”だよ」

 “唯”か……

 良い名前だが、その男口調には合っていない。

「で、唯。お前はここに何しに来たんだ?」

「フフ、早速、呼んでくれたな。嬉しいよ、翔。話したいことがあってここに来たんだけど……あれ? 何話すつもりだったんだっけ?」

 唯はソファに座って、首を傾げながら、必死に思い出す素振りを見せてから、声を上げる。

「ああ! そうだそうだ!」

 そう、声を上げたという事は思い出したのだろう。

「お前もソファに座れ」

 と、(あたか)も、自分の家のようにそう告げた。

 その言葉に少し、俺は間を開けてから、

「ちょっと待ってろ」

 そう言って、コンロへと向かった。何故、コンロへと向かったのかというと、コーヒーを淹れるためだった。

 ポットに入っているお湯を容器に入れて、熱いコーヒーをコーヒーカップへと注ぎ込んだ。そして、カップを二つ持って、ソファまで行く。対峙しているソファに挟まれている机の唯の近くと俺の近くにそれぞれにコーヒーカップを置いた。

「意外と気が利くんだな、お前」

 と言って、香りを楽しみならカップに口をつける唯。

 「意外と」は余計だ。と、心中で呟くが、その唯の嬉しそうな表情を見ると、不思議と俺も嬉しくなった。しかし、瞬間、ふぅーと息を吐いてリラックスしていた唯の表情が真剣なものへと変わる。

「で、その俺が話したい事なんだけど。これからは外を出歩く時はもっと注意深く周りを気にした方が良い。いや、普通の生活の中でも気をつけていたほうが良い」

「……? 何を気をつけろって言うんだ?」

 唯はコーヒーを一口飲んでから俺の疑問に答えた。

「“あれ”を創ってる組織の奴らが、俺たちに接触を図ってくるかもしれないんだ」

「なんで?」

「噂だよ、うーわーさ。でも、用心に越しとくことは無いだろ?」

 なんだ……噂か……なら、あまり気にする必要も無いな。周りを注意深く気にしているのはいつもの事だ。


 ◇


 2006年12月29日


 暗い寒い外で白い息を吐きながら、依頼を遂行する為に俺はいつもどおり、“それ”を破壊した。

 “それ”の血は周りに飛び散っており、肉塊もいくつか転がっている。

 今日はこれで終わるか……

 はぁーと白くなる息をもう一度、吐き出しながら、その場を後にしようと振り返る。が、そこには異様な人が立っていた。

一宮(いちのみや)(しょう)。父の名は一宮堆我(たいが)

 仮面を被った俺と同じくらいの身長の人影。声はガスで変えられたような声だった。

 そんな仮面を被っている事や変な声よりも気になることがあった。

「なんで……俺の名を……?」

『お前はどちら側につくのかなぁ?』


 ◆


 どちら側だと……?

 意味がよく理解できない言葉だった。

「俺の質問に答えろ!」

『答える義務はない』

 俺と親父の名前を知っているこいつの目的は何なんだ?

 それが分からない以上、この仮面の奴を警戒するしかなかった。

 右手に持った刃物を仮面を付けたそいつに向けて構える。

 そもそも、その仮面を付けている理由も気になっていた。

『その刃物で本当にいいのかい?』

 そいつは相変わらずのガスで変えられたような声で尋ねてくる。

 本当にさっきから何が言いたいんだ? こいつは……

『銃じゃないと、俺を殺す事はできないよ』

 ふーん……刃物で殺されたくはないってか? だったら、望みどおりにしてやるよ。

 刃物をしまう代わりに銃を取り出して、その銃口を仮面を付けた奴へと向ける。

『早く撃てよ。それとも、怖くて引き金が引けないのかい?』

 俺を誘ってるのか、こいつ……

 撃った方が良いのか。撃たない方が良いのか。その答えは分からない。

『引かないのなら――俺がお前を殺すぞ?』

 そう言って、仮面を付けた奴が取り出したのは黒光りする俺が今、持っているものと同じ物、銃だった。その銃の銃口を俺へと向ける仮面を付けた奴。

 殺さなければ、殺される。

 俺は自らの引き金を迷わず引いた。

 銃弾を仮面を付けた奴の左胸、心臓を貫き、ほとばしる血は街灯の光に照らされ、真紅色に光って、綺麗だった。

 地面へと仰向けに倒れる仮面を付けた奴。

 さあて、その仮面の内の正体を明かしてもらおうか?

 俺はまだ、生きている可能性があるため、警戒しながら仰向けに倒れた仮面を付けた奴へと近づいて、脈に手を当てる。脈が無いことを確認した俺はその仮面を外した。そして、俺は街頭の光でその顔を確認する事ができた。

 そいつの顔を俺は知っていた。いや、見たことがあった。性別は男。そして、思い出す。

「……お前は!? 警察の――――」

 俺がその名前を口にしようとしたその瞬間、仮面を持っていた右腕を誰かによって掴まれた。

 違う。誰かなんかじゃない。俺の右腕を掴んでいる手の先には――

「駄目だろ? 俺の素性を言っちゃあ……」

 ――目の前で心臓を打ち抜かれ、脈が無いことを確認した仮面を外されたその男がいた。そう。その男の腕が今、俺の右腕を掴んでおり、口を開いた。

 心臓を打ち抜いて、脈が無いことまで確認した……けど、なんで……? なんで生きてるんだ!

 驚愕の出来事が俺の動きを完全に静止させる。

 それに対し、仮面の男は自らの仮面を俺の右手から奪い取って、何事も無かったかのように起き上がった。

 その仮面を自らの顔に戻して、そいつは平然と告げる。

『可愛い仔猫ちゃんが、こっちを見ているからね』

 可愛い……仔猫? いや、それよりもこいつは死んだ。確実に死んだはずだ! 蘇ったのか? いや、ありえない。そんな事、現実でありえるわけがない!

『驚くのも無理は無い。俺は死んだ。なのに今、お前の目の前に立っている。そんな非現実的なことがお前の目の前で起こっているんだからな』

「……お前は、一体……」

 やっとの思いで絞り出したのがその言葉だった。たぶん、俺は今、一生で一番の動揺に襲われている。

 その俺の動揺など気にせず、仮面の男は淡々と告げる。

『そうだな……一先ず、Persona(ペルソナ)とでも名乗っておこうか?』

「違う! 名前じゃなくて……」

 名前じゃなくて、人間なのかを問いたい。けど、人間じゃなかったら? 俺はどうすればいい?

 俺が悩んでいる中、Persona(ペルソナ)と名乗った男は言葉を紡いでいく。

『お前は殺し屋だろう? 依頼を受けて“俺の人形”を壊していたんだろう? そして、さっきもお前と同じように“俺の人形”を壊してきた奴を殺してきたよ。前の出来事の復讐も兼ねて、ね』

 何が言いたいのか分からない事を淡々と話すPersona(ペルソナ)と名乗った男に向けて、訝しげな表情を俺は浮かべる。

『“何、変な事をさっきから言ってるんだ?”っていう顔だな。教えてやろうか? さっき、お前の父親である一宮(いのちみや)堆我(たいが)を殺してきたところなんだよ。ホント、弱りに弱ってて簡単だった』

 は? 何を言って――

 その時、Persona(ペルソナ)は自らのポケットの中から、何かを取り出して、放り投げた。

 地面に落ちたときにカランッという金属音が鳴ったことから、金属製ものだという事は分かった。

 街頭の明かりに反射して、光を帯びるそれの正体は、ナイフだった。

 その歪な形のナイフは正しく、俺の幼き頃の記憶にある親父の物に間違いなかった。

『俺の言葉だけじゃ、信用しないと思ってな。拾ってきたよ。実に美しい形のナイフじゃないか。なぁ……翔』

「――!? くそ野郎!」

 地面に落ちているその歪な形のナイフを手に取り、Persona(ペルソナ)に突っ込んだ。

 無鉄砲にも程があったが、そのときの俺はとても、感情を抑えられる状態ではなかった。

 手に持ったナイフを振り下ろし、Persona(ペルソナ)の肌を斬り、肉をも斬り裂いた。真紅の液体を周りに撒き散らせる。

 俺とPersona(ペルソナ)との間合いはゼロに等しかった、その時――

 ――甲高い音が空気を震わせ、鳴り響いた。

 その音はPersona(ペルソナ)の右腕の銃が俺の腹へと向けられ、銃弾が発射された音だった。

 腹からは大量に出血し、俺はそのまま、崩れるように地面に膝を着いた。

 右手に持っていたナイフもするりと地面に転がる。

『お前はその目で見たはずだ。俺は銃で心臓を撃ち抜かれたとしても、死にはしない。ナイフで傷つけられたくらい、なんともないんだよ』

 くそ…………親父……


 ◆


「強くならなければいけないよ、翔」

 そう言って、何人も人を殺してきたその手で俺を撫でた男。優しい父親だった。しかし、会うのは一年に一回、あるかないか。


 ――そして、“母さんが死んでから”は二回しか会っていない。


「お前は世界を、母さんを守らなければいけないんだよ」

「母さん? 世界を……? まもる?」

 小さかった俺はまだ、その意味を理解できなかった。そして、母さんを俺は守ることができなかった。

「ああ。それと、人として忘れてはいけない事も今、教えておこう。人は自分が思っているよりもずっとずーっと弱いんだ」

「ずっと? ずーっと?」

「そう。ずっとだ。だから、いつもと違う様子を目や鼻や耳、五感で感じるんだ。いいね、翔」

 優しい親父だった。殺し屋として強かった親父。だが、親父はもう――


 ◆


 ――目の前の男に殺されてしまった。

 俺も親父と同様、仮面野郎に殺させるのか? だって……それしか道はねえじゃねえか……ナイフを何回振り下ろした所で目の前のこいつは死なない。

 この状況は正しく、絶体絶命だった。

『俺はまだ、お前を殺す気なんか無い。何故なら、お前も俺の復讐対象だからな。死よりも苦しい思いをさせて、それから殺してやる』

 ……? いま……なんて……?

 そいつは――Persona(ペルソナ)はそのまま去っていった。

 辛うじて、膝を着いていた姿勢を保っていた俺は地面に倒れこんだ。

 やばい……腹が痛すぎて、動けねえ……このまま、出血し続けたら、確実に死ぬな……せっかく、絶体絶命の状況から、助かってっていうのに……

 すると、此方に近づいてくる足音が聞こえてきた。その足音は俺の目の前で止まる。

「死ぬ所だったな、お前」

 その声は聞いた覚えがあるものだった。三秒くらいの時間を要して、思い出す。その声は唯のものだった。

 そうか、唯がPersona(ペルソナ)の言っていた“可愛い仔猫ちゃん”だったのか……なら、ずっと俺と奴の様子をこっそり窺っていたってことか? じゃあ、助けろよ、クソ野郎。

 言いたいのは山々だったのだが、今の俺の状態では無理だった。その後、意識は段々と朦朧としていき、最後には完全に消失した。


 ◇


 目を開けると、そこは俺の事務所のソファの上だった。ご丁寧に毛布まで掛けてくれている。たぶん、唯がやってくれたのだろう。

 起き上がろうと、腹に力を入れたその時、腹に激痛が走った。

「痛ッ――!? ……くそー……そういやあ、撃たれたんだったな……」

 腹には綺麗に包帯が巻かれていた。これも唯がやってくれたのだろうか。

 起き上がるのは諦めて、事務所を見回す。しかし、唯の姿は見当たらなかった。

「スー……スー……」

 瞬間、ソファの下から寝息が聞こえ、驚きながらもソファの下を見やると、唯がすやすやと寝ていた。気持ち良さそうな寝顔。それを一時見た後、俺は天井を見上げた。

 親父が殺された……けど、怒りはもう治まっている。それは――

 と俺はその先を考える事をやめた。

「あいつは一体、何なんだろうか……?」

 死なない男――Persona(ペルソナ)。そして、奴の言っていた言葉。復讐ってのは何の事だ?

 気がかりな事は何個も存在した。


 ◇


 2011年7月7日


 依頼を受けてから、五年もの月日経った。まだ、依頼は継続中である。

 Persona(ペルソナ)に会ってからも俺はあの人形を壊す為に毎晩、夜の街を徘徊した。しかし、Persona(ペルソナ)はあれ以来、俺にその姿を見せることは無かった。

 そして、目標――人形を見つけるが、その光景はいつもとは違うものだった。

 ――俺はすぐさま、“助ける為に”走った。

 いつもとは違う光景。まだ、人形が人を襲っている場面に出合った事は一度も無かった。今の状況は正しくそれだった。

 少年が人形に持ち上げられている。このままではその少年が危ない。

 だが、俺は途中で足を止めた。その理由(わけ)は――

 ――……銃?

 少年は人形に持ち上げられたまま、その手に持った銃を人形へと向けていた。

 あいつ……なんで銃なんか持ってんだ!?

『やあ、久しぶり、翔。可愛い仔猫ちゃんも元気かい?』

 その刹那――路地からその男が姿を現した。仮面を付けた顔にガスで変えられた声で喋る男――Persona(ペルソナ)

 Persona(ペルソナ)は自らの手を上下に動かし、人形の行動を止めさせる。地面に放られる少年は制服姿だった。

『この人形はお前が今まで、壊してきた人形とは違う』

 今度は右手の人差し指を俺の方へと向けて、人差し指を動かす。すると、人形はこちらに向かって、疾走してきた。

 何が何だろうとこんなもの、すぐに壊してやる!

 ナイフを手に持って構え、疾走してくる人形に合わせてそのナイフを振るった。ナイフは俺の狙い通り、人形の両腕を斬り裂いた。

 その後、すぐに人形の首へとナイフを振るった。

 斬り飛ばされた首は地面に鈍い音を立てながら、落ちた。そして、その場所には血の海ができる。

『お見事お見事!』

 拍手をして、耳障りな音を立てるPersona(ペルソナ)

「そんなに余裕ぶっこいててもいいのかよ。今度はてめえがこうなるんだ」

 俺がこの五年間、何をしてきたのか。たっぷりと思い知らせてやる!

 ナイフを構えて、Persona(ペルソナ)を睨んだ瞬間、Persona(ペルソナ)は自らの人差し指を地面の方へと向ける。

『言っただろう? “お前が今まで、壊してきた人形とは違う”って』

 Persona(ペルソナ)の人差し指の先には地面に無惨にも散らばった人形の肉体があった。

 すると、人形の肉体が生物のように、にょろにょろろ動き出し、右腕が胴体とくっついて元に戻り、左腕も同じように元に戻り、最後には首も同じように元に戻った。

 おい……まさかこれって――!?

『そいつも不死身となった。“それ”の実験として、お前と()りあってもらいたくてねぇ……お前の事務所を見つけ出して、送ったよ。これと同じものを』

 俺の事務所にも送っただと?

 瞬間、俺の頭に唯の姿が過ぎる。

 やばい! 事務所には唯がいる!

『お前はここで死ぬんだよ。じゃあ、俺はこれで』

 去ろうとするPersona(ペルソナ)。親父の仇であるこいつを殺したいのは山々だが、今の優先順位は唯を助けに行く方が上だった。

 再生能力抜群の目の前の人形。壊す事は不可能。ならば――

「――動かなくすりゃあいいだけの話だ!」

 俺は一瞬で人形との間合いを詰めて、思いっきり蹴飛ばす。人形が地面に叩きつけられるその間に俺はナイフをもう三本取り出した。片手に二本ずつ持ち、俺は倒れた人形の上に圧し掛かる。

 両手の四本のナイフの内、二本を人形の両腕に刺して、そのまま、地面にナイフをめり込ませる。当然、ナイフには皹が入った。両足も同様、残りの二本のナイフを突き刺して、地面にナイフをめり込ませた。そして、最後にもう一本のナイフを取り出せて、その腹に突き刺した。

 ナイフを取ろうと足掻く人形。ナイフが外れるのも時間の問題のようだ。そして、さっきまで人形に襲われていた少年をほっとくわけにもいかないと思った俺は地面に倒れている少年の傍まで行き、生死の確認をした。少年は生きていた。

 とりあえず、救急車を携帯電話で呼び、ここにいたら少し、厄介な事になりそうなのと、唯が心配だったので、その場から立ち去ろうとした時、少年が手に持っている“あるもの”が俺の目に入った。

 ――――銃。

 このままにしておいても俺に被害は無いが、この少年はどうだ? 警察に事情などを聞かれ、少年院送りにされるかもしれない。

 俺もとんだお人好しだな、と思いながら、俺は少年の手から銃を取り、自らの懐へとしまう。

 こうしちゃいられない。早く、事務所に戻らないと!

 そして俺は、事務所まで全速力で走った。


 ◇


「はぁはぁ……唯!」

 俺は事務所の玄関のドアを勢い良く開けて、肩で息をしながら叫んだ。

 俺の飛び込んだ事務所には額から血を垂れ流し、腹をおさえながら苦しい表情を浮かべる唯がいた。

「翔……かぁ……?」

 唯も俺と同様に息を荒げていた。

「どこを怪我してる!? 早く病院行くぞ!」

「いや、大丈夫……肋骨が二、三本、折れてるだけ……」

 唯は苦しい表情から無理やりの微笑みを見せた。

 それでも十分な重傷だと思うのだが、どうやら唯は死ぬほどの怪我ではないらしく、何よりもまだ、俺の目の前にいる。俺はそれだけで、十分だと思った。

「不死身の人形……どうやって倒した?」

「お前も……会ったのか……」

 俺は唯をお姫様抱っこのような形でソファに寝転がせながら尋ねた。

 ソファの後ろの方を指して、唯は答えた。

「お前のナイフ借りて……動けなくした」

 ソファの後ろを見ると、俺が死なない人形に対してやった事と同じ事を唯もしていた。

「何も言わずにナイフ使って悪かったな……あんなのはもう“人形”なんて呼べやしない……不死身の殺人兵器だよ」

 皮肉気味に述べる唯は苦しい表情とは裏腹に悔しい表情も浮かべていた。

「別にナイフの事なんてどうでもいい。それよりも、お前が無事で本当によかった……」

 事務所内にあるデスクへと向かい、俺は机から煙草を取り出す。煙草を吸える年齢に俺はもう既に達していた。

 窓を開けて、俺は黙ったまま椅子に座り、煙草を吸った。

 さっきまで驚きの連続だったが、煙草を吸う事によって落ち着いた。

 体に害があるし、周りにも迷惑が掛かるが止められない。麻薬と同じだ。

 煙草で一服した後、瞼が段々と重くなっていき、いつの間にか俺も唯も夢の中だった。


 ◇


 2011年7月8日


 太陽の光が眩しくて、俺は目が覚めた。

 朝はいろいろとやる事がたくさんある。トイレに行ったり、歯を磨いたり、顔を洗ったり、洗濯をしたり、それを干したり、朝ごはんも自分で作らなければならない。

 毎朝、主婦の気分だ。

 ソファの後ろにナイフで固定された人形はその動きを完全に停止させていた。まだ、油断はできないので俺はその人形をそのままにしておくことにした。

 唯はまだ、すやすやとソファの上で寝ていた。今日はちゃんと病院に行かせないとな。

 お湯を沸かすのと同時にパンもオーブントースターで焼き、バターやジャムなども一緒に冷蔵庫から出す。お湯が沸いたら、コーヒーを淹れて全て、俺のデスクへと運んだ。

 椅子に腰をかけて、そっとコーヒーを喉に通す動作はとても心地良いものだった。

 そんな心地良い気持ちに浸っていた時、俺はふとそのことを思い出して、懐からそれを出す。昨日、死なない人形に襲われていた少年が持っていた銃。

 返した方がいいのか?

 しかし、少年の通っている学校なんて知るわけが無い。あれ? てか、なんで俺、学生って事分かるんだ?

 疑問に思って、昨日の出来事を思い出す。

 ああ、そうだ。制服を着てたからだ。あれ? ちょっと待てよ? あの制服どこかで……

 パンを食べながら考えていると、すぐに思い出した。

 あの紺色のブレザーの制服……確かあの学校の制服だったような……?

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