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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
38/72

No.08  化物

 その人は俺たちの目の前に颯爽と現れ、鎌を持った奴の動きを静止させた。

 そう。その人物は俺にワイヤーを用いての殺しを教えてくれた男。

「私がロシアから帰ってきたからにはもう、あなたの勝手にはさせません」

龍雅(りゅうが)……!?」

 俺もそう言葉が漏れそうになったが先に(しょう)が発したため、(とど)まった。そして、最も驚いた事は無数のワイヤーを一瞬の内に鎌を持った奴の周りに張り巡らせた事。それはもはや、人間技ではなかった。

「翔に大貴(だいき)。私との話は後です。白井(しらい)を連れて下がりなさい。今のあなたたちの力では太刀打ちなんてできない相手です」

「ブーブー! 逃げる気なのー! 早くこの糸外してー!」

 声を上げてもがくのは龍雅のワイヤーによって動きを止められた女の子。いや、ただの女の子ではないのは銃で撃たれても生きているのを見れば明白だ。人間じゃない。そうすると考えられるのは一つ――女の子は人形(ドール)だと言う事。

 俺は師匠の龍雅の言葉に従って、白井の下へと近寄り、そのまま、重たい体を引き()った。

 それは腹を(えぐ)られ、大量に出血をしていたからだ。起き上がらせては余計に血が噴出してしまう。

天谷(あまや)……やめろ……」

 消え入りそうな声で俺の袖を掴みながら白井は呟いた。

 もう体も動かせないくらい痛いくせして何を……いや、違うのか……自分の仲間を殺した相手が目の前にいるのに、そいつから逃げるという事は死ぬ事よりも辛い事なのかもしれない……

「白井。あなたにはまだ、やるべき事が他にあるはずです。復讐に捕らわれていてはあなたの仲間を失う事になりかねませんよ」

 白井に向けて言葉を発したのは龍雅だった。俺はその言葉を聞いてから、さっきよりかも早く白井を引き摺ろうと力を入れた。しかし、翔は立ち止まったまま、一向に動こうとはしない。

「翔! 白井を運ぶの手伝ってくれよ!」

 俺の声を聞いた翔は放心状態から逸脱したようで細い袋を投げ捨てて、ようやく俺の元へと走ってきた。

「すまん……少し、な……」

 曖昧な発言を漏らしながら、右腕だけで白井を引き摺るのを手伝う。

 俺は何かを考えているような翔にその質問を投げかけた。

「やっぱり、恨んでるのか? 龍雅のこと……」

 自分の左腕と左眼を奪った男。(ゆい)に翔が犯人だと言う真実を教えた男。

 翔は少し黙ってから、答えた。

「……分からない……けど、あの人は俺に大事な事を気づかせてくれた……それだけでも感謝してる」

 「分からない」かぁ……

 翔の中でもまだ、完全に答えは出ていない問題だったのだ。いや、どちらにせよ俺には関係のない事だ。もう、深く考えるのはやめよう。

 それ以降、完全に翔と龍雅の事についての思考はやめた。白井をこの場から離れさせる事に専念する。

 どこまで運べばいいのだろうか? というか早く手当てしないと、死ぬんじゃ……

「白井さん!」

 そう思った矢先、俺の後ろからその声が響き渡った。

 後ろを振り返ると三人の男女が此方へと走ってくる。その三人はどうやら、白井の仲間のようだった。

「すぐそこに救護室がある! そこまで手伝ってくれ!」

 三人の中の一人がそう発した。

 白井はよほど、仲間に信頼されている人間のようだ。必死に助けようとする三人の姿勢を見れば、一目瞭然だった。

 俺と翔と二人の男性が加勢してくれ、無事に救護室まで運ぶと、手当てはその三人に任せた。

 すると、翔は救護室の引き出しをいろいろと開け始めた。

「……何してんだ?」

「ああ……今、右手怪我してるから包帯探してるんだ」

 そして、翔は引き出しの中から綺麗にロール状になっている包帯を見つけると、右手に巻きつけろと言わんばかりに俺に包帯を差し出す。

「右腕だけじゃ巻けない」

 仕方なく右手に包帯を巻いてあげると、その出来の悪さに翔は文句を垂れ零す。

 その後、俺は白井の様子を見ようと白井の元へと近寄った。

 白井の傷への処置は多分、応急処置に過ぎないだろう。早く、医者に見せたほうが……

 そう思っていると、白井はまだ意識があるようで口を開いた。

「俺を……警備室まで……運んでくれ……」

 もはや、虫の息な白井。だが、その目はまだ、死んではいなかった。

「お願いだ……俺には龍雅の言う……やるべき事がある……」

 その言葉を聞いて、翔は決意したように白井の仲間の三人へと言った。

「警備室はどこなんですか! それとキャスター付きのベッドも有りますか?」

 翔の発言に対して瞬時に頷いて、三人は行動し始めた。そして、キャスター付きのベッドを持って来た三人はそのベッドに白井を乗せ変えて、そのベッドを押しながら救護室を急いで出る。

「天谷。後は任せた。俺は龍雅(りゅうが)のところに置いてきた刀を取ってくる!」

「……戻って来るんだよな?」

 俺の尋ね掛けに対して、翔はしっかりと頷いてから足を止めた。俺は足を止めずにベッドを押す三人についていく。

「刀取ってきたら! 救護室にいるからな!」

「分かった!」

 きっと刀を取りに行くなんてのはただの口実に過ぎないだろう。本当は――


 ◇


「さて、始めるとしましょうか?」

 龍雅はそう呟いて、白井の運ばれていった廊下を見ていた視線を首斬りへと向ける。その向けた瞬間に首斬りのワイヤーによって斬られた腕が高速に再生していった。しかし、その様子を見ても、何ら動じない龍雅は言った。

「人の十倍の細胞分裂回数とその速さ……もはや、人形(ドール)は完璧となったというところですね……」

 首斬りは地面に落ちた鎌へと手を伸ばし、その鎌を振るって空を斬る。いや、空を斬ったのではない。龍雅によって張り巡らされたワイヤーを一瞬にして(ちり)にしたのであった。

 それに対して、人形の女の子はまだ、龍雅の張ったワイヤーを解けないままでいた。

「もー! かまたんも手伝ってよー!」

 人形の女の子――吏夜(りよ)の声を聞いても、首斬りは動こうとはしない。ただ、龍雅の立ち姿を見るのみだった。

「動かないのですか? 首斬り。それとも、怖気づいて動けなくなったんですか?」

 龍雅が首斬りを挑発するように言葉を発したその時、目にも止まらぬ速さで首斬りの鎌は龍雅に向けて振るわれた。

 その鎌の刃を紙一重で後方へと飛んで避けようとした龍雅であったが、その頬にはしっかりと鎌による傷が刻まれる。

 頬から垂れ落ちる真紅の雫は龍雅を恐怖という名の落とし穴へと落すには十分な量だった。

 見えなかった……

 それが龍雅の恐怖原因だった。首斬りの動きを捉える事ができずに一瞬の殺気から後ろへとその身を退いた龍雅。

 首斬りの動きを捉える自信はあった龍雅。しかし、捉える事はできなかった。

 首斬りは龍雅の遥か上に存在していた。そして、龍雅は攻めに出た。いや、龍雅は攻めたつもりだったが、(はた)から見て、それは守りだった。

 自らの周りに無数のワイヤーを張り巡らせる。龍雅自身、意味のない事だと自負していながらも。

 こいつが……藍堕(あいだ)を殺した男……

 力量の差。

 私に首斬りが()れるのでしょうか……?

 その一瞬の疑問が龍雅の動きを鈍らせ、深手を負わせられる事となった。

 捉えられる事のできない速さの鎌の刃は白井と同様に龍雅の腹を抉った。

 大量の血が地面へと流れ落ちて溜まっていく。

 全てのワイヤーはあっけなく鎌によって斬られ、蜘蛛の巣が崩れるように地面に落ちていった。

 膝を着き、口から血を吐く龍雅。しかし、龍雅は首斬りからその目を逸らす事はしない。

「首を狙わない……なんて……首斬りという名に……相応しく……ないですね……」

 白井と同じように虫の息な龍雅。しかし、その眼は死を覚悟した者の眼であった。

 世代交代ですね……藍堕、そして私……首斬りを倒すのは私達ではなく、翔……唯……大貴……若い世代が君を倒すんですよ……

 その口を歪ませて、笑みを浮かべる龍雅。

「殺し屋なんて……存在自体が……否定されている存在……だが――」

 途中で話すのを投げ出した龍雅はその顔を俯かせる。

 死。

 だがしかし、刃物と刃物がぶつかり合う金属音が目の前で聞こえ、龍雅は自らの頭を上げ、その音の正体の確認を試みた。するとそこには――

「なに死のうしてんだよ……あんたは」

 ――苦しい表情をその顔に浮かべた翔が首斬りの鎌を自らの手に持った刀で防いでいる姿があった。

 そんな翔は首斬りの姿を一心に見ている。

 翔の握る刀は首斬りの握る鎌と絡み合い、ぎちぎちと音を立てた。

「俺はあんたの死体まで、この目で拝むのはごめんだ!」

 翔は自らの腕にさっきよりも力を入れ、首斬りの鎌を振り払おうとした。だが、振り払う事ができない。どんなに力を入れようとも首斬りは淡々とそれに対して抑止力で対抗した。

 くそ……こっちは片腕。それに……力も強い……

 焦り始める翔。そこに手を差し伸べるのはやはり――

「まだ……死ぬわけには……いかないようですね……」

 ――腹の痛みを必死に(こら)えながら立ち上がる龍雅だった。

 抉られた腹を押さえる左腕。そして、開いている右手にはワイヤーが握られており、そのワイヤーの先には首斬りの鎌があった。

 そして、龍雅がその右手を後ろへと引いた瞬間、首斬りの鎌が真っ二つに折れ去った。

「今です……翔」

 翔は右手に持った刀の刃を首斬りに向け、そのまま首斬りの腹へと突き刺した。

 刺し口から噴き出す血はその痛さを物語っているようであったが、首斬りは表情一つ変えずに平然とその傷を見つめていた。

 翔は素早く刀を首斬りから抜いて、後方へと下がる。

 暫くの間、動きを静止させ、沈黙する首斬り。その間に龍雅は床に倒れこんだ。

 今すぐにでも龍雅の元へと飛び込みたい翔だったのだが、首斬りの静止がそうはさせなかった。しかし、首斬りは一向にその場から動こうとはしない。

 それを見計らって、翔は龍雅の元へと走り寄った。

「おい! しっかりしろ! 龍雅!」

 翔は自らの体を屈め、龍雅の肩を叩くが龍雅に反応はない。

 その瞬間、翔の体が大きな影に覆われた。

 すぐに振り返った翔だったが、もう遅かった。首斬りによって振るわれた折れた鎌は翔の首を――()ねる事なくその直前で動きを止めた。

 ――!? なん……で……?

 言葉を失う翔。そんな翔の事など気にする事無く、首斬りはそのまま翔に背を向けて、広い空間から廊下へと歩き出した。

 なんで……殺せたはずなのに殺さなかったんだ……?

 翔はボーっと首斬りの去っていった方向を見ていた翔だったが、吏夜の声で我に返る。

「もぉー! かまたん助けてよー! なんで勝手にどっか行くのー!」

 龍雅のワイヤーによって体を動かせないまま、「ブーブー」と頬を膨らませる吏夜。

 翔は龍雅の方へと視線を向ける。

「おい! 龍雅!」

「翔!」

 タイミング良く、大貴が現れ、二人はそのまま龍雅を救護室へと運んでいった。

 その広い空間に残されたのは龍雅のワイヤーで身動きが取れないままの吏夜のみとなった。

「あーあ……行っちゃったー……どーしよーかなー……」

 動けない状態にあるにも拘らず、吏夜は駄々を()ねるような喋り方ではなく、冷静に呟いた。

 首斬りが翔を殺さなかった理由。それは彼女に原因があった。

 翔に自らの鎌を立て、振るおうとした首斬り。しかし、首斬りはその瞬間に後方からの殺気を感じた。その殺気、それは正しく龍雅のワイヤーで身動きの取れない吏夜のものだった。

 “翔を殺せば、私がお前を殺す”

 彼女は本気だった。そして、首斬りも吏夜と()り合う事となれば、自分も深手を負う事となる事をその殺気から悟ったのであった。

「……フフ……アッハハハハハハハハハッ!!」

 大声で笑い出す吏夜。その声はこの三頭山の基地の奥深くにまで響き渡った。そして――

 ――彼女は龍雅の頑丈なワイヤーを無傷で引き千切った。

「もう……遊びは終わり……」

 吏夜がその足を一歩踏み出した時、さっきの吏夜の笑い声を聞きつけてやってきた数人の白井の仲間が吏夜の前に現れた。その数人の白井の仲間と吏夜が戦闘体勢に入った瞬間、

『みんな……よく、聞いてくれ……』

 天井に付いたスピーカーから白井の声が流れ始めた。

『侵入してきた……人形の二人には……歯向かうな……そして……』

 白井は一息置いて言葉の続きを述べる。

『ここから全員……退避せよ……この基地は……――捨てる……』

 プツンと切られる放送。

 この放送を聞いていた数人の白井の仲間は咄嗟に手に武器を持ったまま、吏夜に背を向けた。

「ダメだよー? 逃げちゃ……」

 明らかにさっきまでとは雰囲気の違う吏夜は数人の白井の仲間たちを一瞬にして葬り去った。その速さは音速を遥かに超えていた。

「あー殺したい……友達が欲しい……血が欲しい……翔の血……」


 ◇


 廊下中に響き渡ったあの人形の女の子の笑い声。

「不気味な……笑い声……」

 すると、翔が俺の肩をポンと叩いた。

「鎌を持ってた奴はどっかに行ったが、小さな女の子の人形はまだこの基地にいる」

 「ふーん」と俺は翔の言葉を聞き流した。

 そう言えば、白井はどうなのだろうか……警備室に行く前に翔と師匠のところに向かってきちゃったからな……

 そんな心配をしていた矢先にタイミングよく、白井の声が天井のスピーカーを通じて廊下中に響き渡った。

 もう死んでもおかしくないような虫の息な白井の声を聞いて、より一層心配になった。

「俺たちも……逃げたほうがいいのかな……?」

「だろうな。Persona(ペルソナ)にこの基地がバレたんだ。移動しないといつまたこうやって人形が襲ってきてもおかしくないからな」

 そう、だよな……

 医療なんて学んでないので、ちょうどその場にいた白井の仲間に師匠の治療は任せていた。

 あの鎌を持った奴……どれくらい強いんだ……

 状況は(かんば)しくなかった。そんな状況に拍車を掛けるかのようにその轟音が鳴り響いた。

 基地全体を振動させて響き轟音。それはすぐ近くから聞こえてきたのだった。

 俺は廊下をこっそりと窺ってみる。するとそこには、人形の女の子の姿があった。

 その手には白井の仲間だと思われる人物を引き摺っており、ゆっくりと此方へと向かってきていた。

「人形の女の子が近づいてきてる! どうする……?」

 俺が翔へと尋ねると、翔は自分の身を廊下へと投じて言った。

「俺があの人形の女の子と()り合う。その間にお前は龍雅と白井の仲間を連れて逃げろ……」

 それは――

「――できない! 俺は仲間を見捨てる事なんてできない!」

 しかし、その翔とのやり取りも人形の女の子の声によって阻害された。

「見つけた……」

 俺も翔と同様に廊下に出ようとした瞬間、翔に思いっきり蹴飛ばされ、救護室の中へと押し込まれた。そして、扉まで閉められてしまった。

「翔! 開けろ! 翔!」

 扉をドンドンと叩くが、翔は反応を見せてはくれない。

 くそ! このままじゃ翔も……

 俺は治療されている師匠へと視線を落とした。


 ◇


「随分、さっきとは雰囲気が違うな……人形(ドール)

 翔は右手に持った刀の鞘を床に落とす。

「手早く済ませてやるよ」

 刀を構えて、吏夜を凝視した翔であったが、その瞬間、彼女に変化が現れ始めた。

「殺しちゃっても……いいよね……? Persona(ぺルソナ)様?」

 いつもの無邪気な笑顔ではなく、不敵な笑みを浮かべる吏夜。次の瞬間、彼女はその姿を変貌させた。

「なっ!? なんだよ……それ……」

 大きく目を見開かせて、驚愕の表情を浮かべる翔。

 それもその筈だった。何故なら、彼女は――

「ばけ……もの……!?」

 ――化物のような醜い姿に変貌を遂げていた。

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