No.07 ロシアから
「しっつれっいしまーす!」
警視庁長官室にノックもせず、勢い良く扉を開けて入ってきたのは人形の女の子であった。
『吏夜……何度も言ってる事だが、ちゃんとノックして入って来い……』
そう人形の女の子を注意したのはさっきからこの長官室の椅子に座っているPersonaだった。
「別にいーじゃん! ブーブー!」
そんな人形の態度にPersonaは小さく溜息を漏らし、口を開いた。
『ところで吏夜。お前も首斬りと一緒に行くか?』
「へー? どこにー?」
首を傾げる人形の女の子はPersonaの座っている椅子、その前にある机から顔を出す。
『人をたくさん殺せるところだよ』
「行く行くー!」
はしゃぎ出す人形の女の子は逆にはしゃぎ過ぎて、転んでしまった。
「いたいー……」
『はしゃぎ過ぎるからだよ、莫迦。それに麻奈がしくじっていなければ、来須を殺した翔にも会えるかもよ? それに大貴にもね』
まあ、麻奈は多分、しくじっているだろうがな……
心中で呟くPersonaの言葉を聞いて、痛い顔をしていた女の子だったが笑顔を取り戻す。
「じゃあ、来須の仇が討てるね! 弔い合戦だぁ!」
さっきと同様にまた、はしゃぎ回る人形の女の子。その姿はまるで、本物の人間を思わせるようであった。
◇
「あんたの仲間を傷つけてしまった事も謝る……すまなかった……」
白井に対してもその頭を深く下げる翔。
「俺に対して謝る前に傷つけた仲間にもちゃんと謝ってくれよ? ま、許してくれるとは限らないがな」
翔は白井に許してもらったと捉えてもよさそうなそんな曖昧な返答をよこした。
暫く経ってから頭を上げる翔。そして、犬塚にも詫びを入れた翔はようやく事を済ませたようだった。
「これからまた、あの山の基地に戻るんですか?」
大貴が白井に対して尋ねると、白井は考えることなく即答した。
「当たり前だろう? 設備も整ってるし、お前をPersonaから守らねばならないからな。バスが来るのを待つとしよう」
三人から四人になった大貴たちはバスが来るまでの間、暇な時間を言語を使って持て余した。
話の花が枯れ始めたちょうど良い頃合にバスが到着し、大貴たちはそのバスに乗り込んだ。
バスに揺られること数十分。その間、四人は口を開く事はなかった。
大貴にとって窓の外の景色を眺めながら、バスに揺られると言う状況はとても心地よく、平和な状況であった。
大貴の事をK事件の犯人の天谷大貴と気付く者も誰もいはしなかった。
そうだ……これが俺にとっての、本当の日常なんだ……
隠れずとも良い世界。そんな世界の日常をずっとかみ締めていたかった大貴だったが、そんな事を神様は許さなかった。神様は大貴に味方していないのだ。
そんな大貴たちの敵は小堺甚であり、Personaであり、神の子なのだと言う事実が大貴の心に重く圧し掛かった。
◇
「ランララーン! ランララーン!」
上機嫌な声で歌を歌っているのは、さっきまでPersonaと一緒にいた人形の女の子――吏夜だった。
そんな吏夜は今は長官室にいるのではない。なら、どこにいるのかというと、吏夜は今、黒い車の車内だった。そして、そんな吏夜の隣には大きな鎌を担いだ人形の姿もあった。
「ねえ? かまたん! なにかお話しよー!」
吏夜の言った「かまたん」と言うのは鎌を担いだ人形――首斬りのニックネームとして勝手につけたものだろう。
吏夜のそんな呼びかけに対して、首斬りが反応を見せる事はなかった。すると、少女は眉間にしわを寄せて、ほっぺを膨らませながら、車の外の流れていく風景を眺め始めた。
車に揺られながら一時間弱でやっと、その車は走るのを止めた。
つまらなさすぎて寝ていた吏夜もさっきまでの静かさは消え去り、外へ出てはしゃぎまわる。そんな彼女の後に続いて、首斬りも車から降りて、ゆっくりと目的地だった“山”を見上げる。
三頭山。
首斬りにとっては自らの命を落した場所。そんな場所に来た今の彼の気持ちはどんなものなのだろうか。いや、もはや、首斬りにその記憶など、疾うに存在し得ないのかもしれない。あるいは感情自体が首斬りには存在しないのかもしれない。
「ねえねえ! かまたん! はやくのぼろーよー!」
そんな謎だらけな首斬りを手招きしながら大きな声で叫ぶ吏夜。
その声を聞いて、首斬りはやっと、山を見上げるのをやめ、その足を動かし始めた。
大貴ら四人がここに辿り着くまであと一時間以上。一秒でも早くここへと着かなければ、その分、人が何人も死んでいく。そんな状況下に今はあった。
淡々と三頭山を登っていく人形の二人。すると、吏夜は突然とその足を止めた。
「Persona様によると、この山の中に基地があるんだよね? だったらさっ! 登らなくても地面壊せばいいんじゃないかな……? どーなんだろー……」
地面の土を足で蹴り上げる吏夜。
吏夜の様子をじっと見つめていた首斬りだったが、その担いでいる鎌を手に取った。
自分よりも一回り大きな首斬りを見上げる吏夜。
そんな吏夜を気にすることなく、首斬りはその大きな鎌を振り上げて、地面へと振り下ろした。
瞬間、轟音と共に土煙が辺りを包み込んだ。
「ゲホッ! ゲホッゲホッ!」
咳き込みながら瞬時に吏夜は自らの口を両手で塞ぎ、目を瞑った。
煙が晴れてきたと見計らったところで吏夜はその目を開けて、口を塞いでいる両手を下ろした。すると、その首斬りが鎌の振り下ろした地面にはむき出しになった基地の中が存在していた。
「すっごーい! かまたん、すごいねー!」
吏夜そんな地面を見て、一瞬、その目を大きく見開かせたが、すぐにその表情を緩ませた。
スキップをしながら、むき出しになった白井の基地の廊下へと踏み込む吏夜は無邪気な声で首斬りを呼んだ。
「かまたんもはやくぅ!」
警報音の響く廊下へと吏夜と同様に首斬りも足を進めた。
「『ウーンウーン』って鳴ってるのにまだ、人来ないねー」
廊下をゆっくりと進んでいく人形の二人。そして、そこに駆けつけるは武装をした数人の男たちだった。
男たちは二人と会った瞬間にその手に持ったSMGを構え、連射しようと引き金を引こうとした。
意識的には銃の引き金を引いた“つもり”だった。だが、もう既に彼らには手首から先がそこには存在しなかった。
「うわああぁぁぁああああああ!!」
叫び声を上げる数人の男たち。彼らのSMGを持った手はどこにいったのかというと、廊下の床に地と絡み合いながら、SMGを握ったままの状態で落ちていた。
そして、彼らは声を上げながら、その場から逃げようとした瞬間、その首を鎌に刎ねられ、この世を去った。
その間、首斬りの行動を見ていた吏夜はただ、見ているだけで、何もしてはいなかった。いや、できなかったと言う方が正しいのかもしれない。彼女もその目で首斬りの動きを捉える事さえできなかったのだから。
大きな鎌に滴る血の量は首斬りの力量を表しているようであった。
首斬りが何事も無かったかのように歩き出す姿を見て、吏夜は苦笑いをし、その後、眉毛を吊り上げた。
「かまたん! 自分ひとりだけずるいー! 私にも殺させてよー! ブーブー!」
地団駄を踏むように歩き出す吏夜は首斬りを追い越して廊下を進んでいく。そんな吏夜の後ろを首斬りはゆっくりと歩いていった。そして、吏夜の前に数人の武装を施した者たちが現れると彼女はニコリと笑顔を浮かべる。
「なんだ女の子か」と油断した数人の武装を施した者たち。その隙を吏夜は逃すことなく、動いた。
いつ手に持ったナイフを手に取ったのかも分からないくらいの速さで次々と白井の仲間を斬っていく少女の姿。それは首斬りに引けをとらないものであった。
その中で倒れていく仲間を見ながら、一人の男だけが殺されずに生き残った。
「どーやって殺して欲しい? みーんな死んじゃったけど!」
無邪気な笑顔で微笑む吏夜。吏夜のその微笑みは男にとって、悪魔の微笑にしか見えはしなかった。そして、男は頭の隅の記憶からそれを思い出す。以前、起こった凶悪な殺人事件について。
その事件とは――
「小学生の児童による……大量殺人事件……」
声を震えさせながら呟く男。男はもはや、恐怖で銃を構える事さえ、できない状態にあった。
彼の言った一言の事件の犯人。それは正しく、目の前にいる人形の女の子のことであった。
「よーく分かったね! そのとーり! 私はねぇ、殺しにしか楽しさが感じられないの! だから、殺したの! みんなみんな私の友達になるために! 血の色に染めて染めて、いっぱい染めた! なのにお医者さんの先生は何回も言うの。「殺しはしてはいけないこと」って……でも友達を作ることってそんなにいけないことなの? 楽しくない事なの! 友達を作るのが、楽しくないわけがないじゃん! ブーブー!」
楽しそうでどこか悲しいような表情を浮かべる吏夜。その様子に気付くことなく、男は尚も吏夜を怯える目で見ていた。
そんな男を横目で見た吏夜はその表情を変貌させた。
「その目……お母さんが最後に私を見つめてきた目。化物を見るような怯える目……そして……私の一番嫌いな目!」
男の顔を睨みつけた吏夜は何かを思いついたようにその行動へと走った。
「そうだ! 私の手でそんな目なんて無くしてしまえば良いんだよっ!」
男へと向けられたナイフの刃は次の瞬間、男の右眼へと突き刺さり、紅い液体を飛び散らせた。
吏夜はその刺さったナイフをぐりぐりと回して眼を抉っていく。
「ああああぁぁぁぁぁぁあああ!」
叫び声を上げながら、ナイフを手に持った彼女の腕を掴む男。
そんなもの気にもせずにグチャグチャと音を立てながら何度も、何度も男の右眼を抉っては突き刺しを繰り返す吏夜。男の眼はもはや、眼と呼べる代物ではなくなっていた。
「ふっふーん! 左眼もちゃーんとしてあげないとー」
その行為は彼女にとって、単なる戯れに過ぎなかった。無邪気な笑顔を浮かべながら、ナイフの振り下ろしを繰り返す。
男はもはや、息をしてはいなかった。男はショック死だった。
「あれー? もう死んじゃったのか……けど、これで私はまた、友達が増えたんだー!」
おもちゃのように放り投げられる男。
そんな吏夜の様子をずっと後ろから窺っていた首斬りは何もしない。ただ、傍観しているのみだった。
そしてまた、数人の白井の仲間が二人の人形の目の前に現れる。
「なーんだ……まだいっぱいお友達つくれるじゃん!」
無邪気な笑みは悪魔の笑みへと変貌を遂げた。
◇
二人の人形が三頭山の白井の基地に踏み入ってから一時間後。
大貴ら四人はやっと三頭山に着いた。
傍から見ると、何も起こっていないような三頭山であったが、中では凄絶な戦いが繰り広げられていた。
「こんな山の中に基地があるのか?」
三頭山を見て、疑問の声を漏らしたのは翔だった。
その疑問に答えるのは白井。
「そうだ。奴らに見つかっては元も子もないからな……」
白井はその後、自らが先頭に立って、大貴達を先導しながら山を登っていく。そして、山を登っていく道中、その場所を見た白井は愕然とした。
その場所とは先に首斬りが自らの鎌で基地の内部をむき出しにしたところであった。
「なっ……!? なんだ、これは!?」
声を上げる白井の後ろで三人も立ち止まった。
聞こえてくる警報音。
状況から何かが起こっていると察した白井は基地の内部へと飛び込んで、走り出す。
今の状況が深刻な状態であると察した三人も急いで白井の後を追った。
そして、進んでいった廊下の先には紅く、血塗られた世界が待ち受けていた。
その光景を目にした白井は再度、言葉を失った。
SMGを持ったまま、切断された腕が血の海に浸かっている。首から切断された胴体と生首も同様に血の海に浸かっていた。
その状況を見た翔の頭にはある光景が浮かぶ。その光景とは藍堕権介の生首が教室の血の海に転がっている光景だった。
藍堕を殺した奴が、来てるのか……?
翔はその疑問を胸に抱きながら、止まっている白井の背中を押した。勿論、まだその手には人形の麻奈の持っていた刀が握られている。
「早く行きましょう。この状況……誰かがここに攻めてきているかもしれない。まだ、生きている人たちを救うためにも、前に進まないと」
翔の一言に曖昧な返事を返した白井は急ぎ足で廊下を進んでいった。その所々で転がる死体に目を瞑りながら。
そして、廊下から広い空間へと差し掛かったところで道中に転がっていた人々を殺した人物と対面した。
その二人の人物の片方を見て、白井はその目の色を変えて叫んだ。
「なんでお前が生きている! 首斬り!」
大人の身長くらいの大きさの刀身の鎌を手に持ち、黒いマントのようなものでその身を隠した男――首斬りが大量の返り血を浴びた状態で立っていた。
その隣には無邪気な笑顔を見せている十歳くらいの女の子の姿もあった。
そして、そんな二人に共通する事は、二人ともPersonaの手によって作り出された人形という事であった。
「おおー! 翔に天谷大貴だぁー!」
吏夜は翔と大貴と順番に指差しながら声を張り上げた。
「あれだよね! 二人とも殺しちゃいけないんだよね! かまたんも殺しちゃダメだよ?」
首斬りは吏夜の言葉に返答しないまま、一歩ずつ、四人の方へと近づいていく。地面に転がった死体を何の感情も抱かずに踏みしめながら。
「お前ら三人は下がってろ……これは――俺の戦いだ」
白井は広い空間の壁の方へと足を進め、その床のスイッチを踏んだ。すると、その壁ば開き、何百にも上る銃器が姿を現した。
そこから、SMGと二丁の拳銃とそれぞれの弾を取って、二丁の拳銃は腰に弾は胸のポケットにしまって、SMGだけを手に持った。
「なんで生きてるのかは知らねぇが、そんなことはどうでもいい……お前をもう一度、この手で葬り去るだけだ。俺の仲間を……また、殺してくれやがったな!!」
復讐に燃え滾る眼。
その眼は標的以外は一切、目に入っていないようだった。
そんな白井の復讐に燃えている様子を見ている三人。そして、一番白井の気持ちを察する事ができたのは翔だった。
俺も……龍雅にあんな目を向けていたのか……?
以前の自分を見つめているかのようで、歯痒い気持ちになる翔。それと同時に翔には一つの懸念が浮かび上がった。
白井を止めなければ――白井は自滅する。
「復讐は何も生まない!」
翔は大きな声を張り上げて、自らの足を一歩前に出したが、その瞬間、白井によって銃の引き金が引かれ、翔の手前の地面を破壊した。
「邪魔をするなら、お前でも容赦はしない……殺すぞ」
鬼のような形相で翔を睨みつけた後、それよりも数倍怖い形相で白井は首斬りを睨みつけた。
「じゃあ、かまたんはあの怖そうな人ね! 私はもっと、殺したいから先に進んでるよー!」
無邪気な笑顔を振りまきながら首斬りに向けて吏夜がそう言った瞬間、白井の銃が彼女の方へと向けられて、引き金が引かれる。
数弾の銃は全て、吏夜の背中を打ち抜き、彼女は床に倒れこんだ。
「もう、てめえらの好き勝手にはさせねえ」
視線を少し、吏夜の方へと向けた白井のそんな些細な隙を狙って首斬りは、一瞬の間に白井との間合いを詰め、自らの手に持った大きな鎌を振るう。
その鎌を紙一重のところで避けきった白井は両手で持たないとあまりうまく狙いを定められないSMGを放り投げ、腰に刺した二丁の銃を両手に取り、交互にその引き金を引いた。しかし、放たれた銃弾は首斬りを貫こうとも首斬りには効いておらず、白井はそのまま首斬りの振りかざした二度目の鎌の餌食となる。
「うっ――!」
大きな鎌によって抉られる腹。その腹から大量の血を流しながら、白井はその場に倒れこんだ。
銃が……効かない……だと……!?
「はぁはぁ……」
虫の息の白井はそれでも尚、立ち上がろうとする。
「くそ! あいつを止めに行くぞ、天谷!」
そんな白井を見ていられなくなった翔は白井のところへ行こうとその足を一歩踏み出した。そんな翔の目の前に吏夜はその姿を現し、翔は彼女によって阻まれた。
「ぶー……こんなかわいい女の子を何回も撃ってぇ……」
その目を潤ませながら、翔を睨みつける吏夜。
「かまたんの邪魔はさせないよっ!」
翔は一回、その身を後方へと退かせた。それは翔が前に一度、彼女と戦った事があり、歯が立たなかったという苦い思い出を鮮明に覚えていたからであった。
起き上がろうとする白井を見下ろしながら、その鎌をゆっくりと構える首斬り。
「やめろよ……」
消えるような声で呟いたのは大貴だった。
大貴のその声を無視して、首斬りはそのまま、振り上げた大きな鎌を白井に向けて振り下ろした。
「やめろぉぉぉぉおおおおおお!!」
何もその手に持たずに白井を助けようと走り出す大貴だったが、間に合うはずは無かった。だが、しかし――
――その鎌が白井の首を刎ねる直前、首斬りの腕が斬り落される。
「“Doubt”の情報で来てみれば……久々に見る顔ですね、首斬り。藍堕を殺したからと言って調子に乗っていては痛い目見ますよ?」
翔の肩、大貴の肩と順にその手を置いていって、右腕と鎌が地面に転がる首斬りの前へと立つその男。
「なにー? なんで体が動かないのー!?」
体を動かせないと駄々を捏ね始める吏夜の声を無視しながら男は言葉を続ける。
「私がロシアから帰ってきたからにはもう、あなたの勝手にはさせません」
そう。その男は――
「龍雅……!?」
――ロシアに行っていた唯の師匠――龍雅だった。