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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
36/72

No.06  生きたい

「――(しょう)!」

 翔は驚きの表情をその顔に浮かべ、大貴たち三人を見ている。

 そして、大貴が翔に近づこうと、その足を一歩踏み出したその瞬間、翔は我に返ったように反対方向へと走り出した。

「えっ? なんで!?」

 大貴は困惑しながらも、反射的に翔を追いかけた。

 あまり走るのが得意ではない大貴だったが、その時ばかりは必死のあまり、そんな事は微塵も考えはしなかった。

 くそっ……どんどん離されてく……

 息を荒げながら追いかける大貴だったが、もう、体力の限界が訪れようとしていた。

「はぁ……はぁ……」

 体力の限界からその足を止める大貴は膝に手を着いた。

 駄目だ……翔が離れてく……

 大貴が諦めかけたその瞬間、大貴の横を風のような速さで白井(しらい)が通り過ぎた。

「はぁ……へ?」

 莫迦(ばか)みたいな声を上げた事にも気付かずに大貴は白井が走り去った方向を見ながら、驚いていた。

 それは白井の走りがまるで、陸上選手のような速さだったからだった。

「天谷……翔は?」

 松葉杖をつきながらゆっくりと大貴に近づいたのは犬塚(いぬづか)だった。

 そんな犬塚だったら、白井が何故、足が速いのか知っているかもしれないと思った大貴は尋ねかける。

「なんで……白井さんってあんなに足が速いんですか?」

「ああ。そりゃあ、あいつが自衛隊の隊員だったからじゃねえか?」

 “隊員だった”ねぇ……なら、何で辞めてしまったんだろう……まだ、若いのに……

 心中でそんな事を思いながら、大貴は膝に着いていた手を離す。

 すると、白井が翔の腕を後ろに回した状態で歩きながら、大貴と犬塚のいるところへと戻ってきた。

「くそっ! 放せ!」

 声を荒げる翔の手を白井が放す事は無い。

「お前は俺の仲間を傷つけた。その責任を取ってもらおうか?」

「そうだ……なんで傷つけたんだ……? 翔」

 悲しい表情をして尋ねる犬塚を直視しないようにその目を逸らす翔。

「思い出したんですよ……犬塚さん。あの日の事、全部……」

 深刻な空気に包まれるその場所。だが、翔の発した言葉はまだ、大貴が知りたい事ではなかった。

「だったら……だったら何で傷つけたりしたんだ! 俺はそれが許せない!」

 感情の高ぶりを抑えられずに叫んでしまう大貴はその言葉が翔を追い込んでいる事にちゃんと気付いていた。

「気が……動転してた……思い出した光景と、今の光景が同じように見えたんだ……母親が俺に向けて刃を向けるのを刃を以って制そうとした。そしたら、俺が刃を振るっていたのはその人の……仲間だった……どんな理由があっても、その人を傷つけた事には変わりない。だから、俺はもう――」

 話を途中で終わらせた翔。

 『俺はもう――』その続きは何なんだ……?

「最後までちゃんと言えよ! 翔!」

 大貴はそう大声で叫んだ。

 そんな大貴に翔はさっきから一度も目を合わせる事は無かった。

「俺はもう……刃物をこの手には取らない」

「へ?」

 もう刃物は取らない? 何を言ってるんだ? 翔は……

 大貴と同様に犬塚と白井もその目を見開かせて、驚きの表情を浮かべている。

「おい……どういう意味だよ!」

「そういう意味だ……天谷……俺はもう、この手で人を傷つける事はできない」

 なんだよ……散々人を金稼ぎの為に殺しておいて、都合が悪くなったら逃げるのか? そんな……そんな勝手のいい中二病の子供みたいな事を!

 大貴は目線を一向に合わせる事の無い翔の胸倉を掴みかかる。そして、大貴はその翔の目を見て何かを感じ取った。

「もういい……翔がそんなに弱い奴だとは思わなかったよ……」

 目が……死んでる……

 その目を見てそう思った大貴は翔の胸倉を掴んでいた手を放して、歩き出す。

 今の翔は……俺の知ってる翔なんかじゃない……

「前はそんな目、してなかった。今のあんたの目は……死んでるよ」

 そんな言葉を吐き捨てた大貴はその場から立ち去った。いや、“逃げた”の方が正しいのかもしれない。現に大貴はそれ以上、今の翔を見てはいれなかった。


 ◆


 さっきのバス停へと戻った大貴が白井と犬塚の二人を待っていると、一人の女性が大貴に道を尋ねてきた。

 ここらへんの道は詳しくなかった大貴だったが、女性の説明から翔の家の跡地の近くだと分かり、その場所への行き方を大貴は説明した。

 それから暫くして、犬塚と白井が一緒にバス停まで戻ってきた。

「お前が行くって言っといて、勝手にどっかに行くなよ!」

 白井がムスッとした顔で大貴へと近づいていく。言っている事が正しいため、大貴は白井に返す言葉が無い。

 一方、犬塚は少し落ち込んでいるような素振りを見せていた。

「もう用は済んだな。戻るぞ」

「白井さん……ちょっといいですか?」

 ちょうど良いところに来たバスに乗ろうとする白井を大貴は引き止める。

「何だ? 翔が生きているのはその目で確認できた。それだけでもう、十分じゃないか」

「それとは別に白井さんに頼みたい事があるんです」

 大貴の発言に訝しげな表情を浮かべる白井と犬塚。

 大貴は一息置いてから、話に入る。

「白井さんは自衛隊の隊員だったんですよね? お願いなんですが……俺を鍛えてくれませんか?」


 ◇


『今のあんたの目は……死んでるよ』

 天谷に言われた言葉が、俺の頭の中に響き渡る。

 俺は変わった。自分でも分かるくらいに大きく変わった。いや、自分から変わった。なのになんで、さっきの天谷の一言が胸に突き刺さるのだろうか。

 刃物は持たないって決めたのに……俺の心には刃が突き刺さったままだ。

 そして、俺は自分が罪を犯した場所の目の前で座り込んでいる。

「俺……何しにここに来たんだっけ……?」

 自分の罪を確認するため? いや、もうとっくに確認できてる。なら、未練があるからか?

 その瞬間、俺の前で誰かが立ち止まった。

「あなたの名前、翔よね?」

 その声は聞き覚えのある女性の声だった。俺は顔をゆっくりと上げて、その女性の顔を確認する。

「写真と顔も一致してるし」

「お前は――!?」

 その女は、

「何? あんた私の事知ってんの? けど、残念。私はあんたを見るのは今日が初めてよ」

 俺に刀の扱い方を教えてくれた張本人。 

 何……言ってるんだ? あんたは俺に刀の扱い方を教えてくれたじゃないか! 俺の為に潔くあいつらに捕まりやがったじゃないか!

 俺の目の前に立っていたのは人形の麻奈(まな)だった。

 その名前を俺は声に出すことなく、押し留めて一つの質問を麻奈に投げかける。

「……何しに来た?」

「あんたを殺しに」

 そう言って、細長い袋から刀を取り出し、鞘から引き抜いた麻奈は切っ先を俺へと向けた。

 俺は生憎、もう刃物を持たないと決めた。そして、(ゆい)の気持ちに気付かせてくれたあんたに殺されるんなら、別にいい。

 ここで俺の人生は閉幕だ。心残りがあるとすれば――――唯の笑顔をもう一度、見たかった事くらいだ。

 全く、俺の人生は本当に散々なものだったな……母親を殺し、たくさんの無関係な人を依頼で殺し、唯の家族を殺し、そして……唯の心を傷つけた……

 俺のせいで唯は今、自らの心を閉ざして眠っている。

 俺が生きていたら、目覚めた時、また、自分を傷つけてしまうのではないだろうか?

 だから、俺はここで――

「言い残す事は無い?」

「……無い」

 麻奈は刀を俺に向けて、振り下ろそうと構える。ここが人通りの少ない郊外でよかったと思う。そうでなければ、とんだ騒ぎになっているはずだ。

 麻奈の握る刀が振り下ろされた時、俺は死ぬ。俺が死ねば、唯も笑顔に……

 そう思った瞬間に俺は疑問に思った。

 俺が死んだら……唯は果たして、笑顔になるのか? 違う。

 “やっぱり、お前も俺と同じか……お前に刀を向けると、手元が狂うんだ……何でなんだろうな……お前を殺したいのに、刀を、怒りを向けたいのに……お前は俺の追い続けた復讐相手なのに……殺せない……”

 唯が言った言葉を思い出す。

 いつも、いつも引っかかるのは唯の言動だ……まるで、俺を押し止めるように。

 生きたい。

 俺が死んでも天谷や犬塚さん、唯は笑顔にはならない。

 生きたい。

 俺は……

 生きたい。

 俺は――!

 生きたい。

 ――彼女の悲しむ顔はもう、二度と見たくないんだ!

 生きたい!


 ◆


 振り下ろされる刃が俺の脳天を斬り裂くその前に、俺はその刀を右手で受け止めた。

 血が腕へと伝い、地面へと垂れていく。

 “何が刃物を持たない”だ……もう、盛っちまったじゃねぇかよ……

 俺は自分を自分で嘲笑った。

「やっぱ、俺は死ねない。あんたを殺す事も俺にはできない」

「残念ね。選択肢は一つだけよ!」

 刀に込められる血から強くなり、俺の手の肉をさらに(えぐ)る。

 ああ。だけど、あんたは人形だ。多少の怪我じゃ、死にはしないよな!

 俺は刀に力を入れている麻奈の腹目掛けて、蹴りを入れ、刀を握る力が弱まったところで麻奈から刀を奪った。

「これであんたは俺を殺す事はできなくなった。あんたの事だから、どうせこの刀しか持ってないんだろ?」

 腹を押さえながら苦しい表情を浮かべて真奈は言葉を紡ぐ。

「言ったでしょ? 選択肢は一つだけだって。早く私を殺しなさい!」

 そんな事を言われたって、殺せないものは殺せない。

 あんたにはいろいろと大切な事を教えてもらった。だから、俺はあんたになら殺されてもいいと思う事ができたんだ。

「俺も言ったはずだ。俺にはあんたを殺す事はできないって」

 刀の刀身を地面に落ちている鞘に収め、細い袋に入れる。

 それを、痛いが右手で持ちながら、俺はその場を後にしようとした。

「待て!」

 そんな俺を止める麻奈。

「何だよ。あんたを殺すのはいやなんだよ。それに……」

 ……俺のことを忘れたあんたを見るのが辛いんだ……

 俺が思いっきり蹴ったのだから、痛さで数十分は痛くて立つ事すらできないだろう。まあ、人形なら分からないが。

 俺は細長い袋を手にその場を後にした。

 麻奈になら殺してもらってもいいと思えたのに死ねなかったのは唯がいるから……

「そうか……俺は――」

 今頃になって、俺は気付いた。この気持ちがそうなのか、と。

 ――唯の事が、好きなのか……ってホント今更だな……

 俺はその後、溜息をついて、その感情よりかも優先しなければならない事を思い出す。

 それより、まずは――

「――天谷に謝らないと」


 ◇


「俺がお前の師になれといいたいのか?」

「はい」

 乗ろうとしていたバスから降りる白井は暫しの間、思案した。

 その間にバスは大貴たちを待ちきれずに乗せないで行ってしまった。そして、白井は思案を終えたようで口を開く。

「その役は俺じゃない」

「へ?」

 どういう事だ? 『その役は俺じゃない』? じゃあ、一体誰が――

 と大貴が疑問に思っている最中にその人物は大貴の名前を呼んだ。

「天谷!」

 そう、大貴の名を呼んだのは正しく、

「翔? なんで?」

 翔の姿であった。

 息を荒げながら、大貴たち三人のところへと近づいていく翔は三人の前でその走っていた足を止めて息を整える。そして、右手に持った細長い袋を地面に置き、大貴の左肩を掴んで頭を下げたまま、翔は口を開いた。

「俺は得体の知れない自分の中にある侠気を恐れて、刃を握らないって決めた。けど、そんなのを恐れてたって何も起こらない。いろいろと心配掛けさせたな……すまなかった!」

 その状態から頭を一向に上げようとしない翔に見かねた大貴は告げる。

「もういいよ。あんたはそんな事、謝るような人じゃない。だから、その頭を上げてくれ……」

 ゆっくりと頭を上げて、大貴の目を真っ直ぐに見る翔。

「一つ、お前に頼みたい事がある。俺の中の殺人への快楽が暴走する事があるかもしれない。その時は俺を――構わず俺を殺してくれ」

 殺人への快楽……やっぱりそれを恐れていたのか……けど――

「その頼みは聞き入れられないよ……俺は翔を殺さずに止めてみせる」

「……ありがとう」

 大貴に礼を告げる翔の顔は安心した表情をみせていた。

 すると、大貴の横にいた白井が大貴のもう一方の肩をポンッと叩いた。

「やっぱり俺はその役じゃなかったな。翔に鍛えてもらえ」

「鍛える? わかった。だが、手加減はしてやらねぇ。そして、五体満足でいられるかの保障もな!」

 翔は地面に落ちた細長い袋を右手に持ち、大貴に突き出して告げた。


 ◇


 会議を終えたPersona(ペルソナ)はそのまま、警視庁長官室へと(おもむ)いていた。

 息を吐いて椅子に座り、その顔にした仮面を外す。

 小堺(こざかい)(じん)の顔は苛立ちの表情を浮かべていた。

 それは先の総理大臣との交渉が決裂した上に自らの思惑を総理大臣に見抜かれてしまったからであった。

「死よりも苦しい思いをさせてから殺してやる!」

 そんな負けず嫌いな性格は子供のようだった。

 甚が何も無い壁を睨んでいると、長官室のドアがノックされた。

 慣れた手つきで焦らずに外したばかりだった仮面を付けて告げる。

『入っていいぞ』

 入ってきたのは二十代前半くらいの女性だった。

「報告、申し上げます。“三頭山”にて、天谷(あまや)氏、白井(しらい)氏、犬塚(いぬづか)氏が山の中から出て行くところ監視班が目撃」

『三頭山? 中に基地のようなものがあるのか?』

「それはまだ、確認できておりませんが、恐らくは」

 Persona(ペルソナ)は報告を告げた女性に対して『下がっていいぞ』と言って女性を部屋の外へと出した。

『そうか! 白井め。自分の同胞が大量に殺された三頭山に基地なんか作っていたのか』

 Persona(ペルソナ)はもう一度、自らの仮面を外して独り言の続きを呟く。

「自衛隊を辞めて動きを見せなかったのはその基地を作っていたため、か……」

 「クックックッ」と笑って椅子から立ち上がるPersona(ペルソナ)

「もう一度、同じ目にあったとしたら、さあ、白井はどうなるかな? しかも、自分が殺したはずの“首斬り”に」

 さっきまでの苛立ちの表情は消え失せ、その口を大きく歪ませていた。

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