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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
33/72

No.03  殺人快楽者

「えっ――――?」

 俺はその後の言葉を失った。それは今の状況を脳でうまく処理できていないからだった。

 目の前で俺の手を引いて走っていた犬塚さんが廊下の角を曲がったところで空気を振動させた銃声と共に床に倒れこんだ。そして、目の前を見ていた俺の視界から一瞬、犬塚が消えるのと同時に目の前にいたのは――

「……白井(しらい)……?」

 ――右手に持った銃を此方に構えて立っている白井の姿だった。

「すまないな、犬塚さん。天谷(あまや)を外に出すわけにはいけないんでな」

「手加減無し……ってか……?」

 犬塚さんのそう呟いた声も聞こえない俺は叫んだ。

「犬塚さん!」

 犬塚さんは苦しい表情を浮かべながら、右足の太ももを右手で押さえ、身体(からだ)をゆっくりと起き上がらせる。

 撃たれたのは犬塚さんが押さえている右足の太もものようだった。

 紅い液体が床へとぽつぽつと垂れる中、俺は心中で安堵の息を漏らしていた。

 俺の様に腹に銃を受けていたら、起き上がることも叶わなかっただろうからだ。

 俺は必死に起き上がろうとする犬塚さんを支えた。

「犬塚さん。あなたが道を踏み外すなんて思ってもいませんでしたよ。まあ、そう信じていたからこそ、Persona(ペルソナ)に殺されそうだったあなたを助けたんですがね……」

 白井は銃を此方に向けたまま、淡々と話をしていく。

「天谷を外に連れ出すという事はあなたを敵として処理しても良いと言うことですね?」

「はっ……俺が死んだって、誰も困りゃあしねえよ……」

 俺の支えでやっとの思いで立ち上がった犬塚さん。

 その瞬間、俺は犬塚さんに引っ張られ、犬塚さんの前へと出された。

 そして――

「俺は死んでもいいが、天谷ならどうだ?」

()ちましたね? 犬塚さん」

 ――俺のこめかみへと銃口を突きつけ、左腕を首に回した。

 俺は言葉を失った。だが、そんな俺の耳元で犬塚さんは呟いた。

「天谷……翔を頼む」

「え?」

 白井には聞こえないようにそう言った犬塚さんは俺を押しながら白井の横まで行き、そのまま突き飛ばした。

「後ろを振り向くな! 前見て走り続けろ! 天谷!」

 俺は犬塚さんのその声を耳に後ろを振り向かず、前だけ向いて、腹の痛みをこらえながらひたすら廊下を走った。


 ◇


「天谷を外へ連れ出そうとした。此処ではそれは犯罪なんですよ、犬塚さん」

「あいつの望みと……俺の望みが同じだったから、連れ出そうとしたまでだ」

 血が止まらない右足の太ももを押さえていた犬塚は苦痛な表情を浮かべ、件局、その膝を着く事となった。

 そんな膝を着いた犬塚に銃を向けながら、笑みを浮かべる白井。

「はは! そんなものただの言い訳にしかなりませんよ。まあ、“利用しようとして連れ出したのではない”と言う事だけは信じてあげることにしましょう」

 犬塚は自分を見下ろしている白井の顔を睨みつけた。

「天谷を追わないって事はもう……天谷のところには他の奴が行ってるって事……いいのか……?」

「まあな。もう、銃はしまっても良さそうだ」

 その言葉通り、白井は銃を下ろして、自らのズボンのポケットへと押し込んだ。そして、片足重心の犬塚へと手を差し伸べた。

「んな事するなら……最初から撃つんじゃねぇよ……」

「威嚇的な意味で撃っただけです。比較的に治りが早い部分をね」

 不敵な笑みを浮かべる白井の手を取り、犬塚はそのまま、白井の肩を借りる。

「で、少しあなたに話してもらいたい事があるんですよ。聞く度に目を逸らしたりして、何度も逃げてくれましたが、もう逃げられませんよ」

「けっ! 逃げさせないために撃ったも同然かよ!」

 皮肉を漏らしながら、天谷の走っていった方向とは逆の方向を向き、歩き出す二人。

「俺はお前のその話してもらいたい事を思い出したくは無いんだよ……」

「僕の聞きたい、“翔と初めて会ったときの事”をですか? 僕だって仲間を斬られたわけですから、翔を許すわけにはいかないんですよ。ま、それ相応の理由があれば、別ですけどね」

 犬塚は少し、その顔を俯かせながら告げた。

「気分悪くしても知んねえぞ」

「それくらいの事を聞く覚悟くらいはありますよ」

 ふぅーと息を吐きながら、深呼吸をする犬塚。

「俺が翔と会ったのは翔がちょうど、小学校に上がる前の時期だった。後輩が出た警察署の電話がきっかけだった」


 ◇


 199X年 X月X日


「はいXX警察署です」

『…………』

「もしもし?」

『あかいのがね……いっぱい。てにもかべにもゆかにも……おかあさんにも付いてて……』

「僕……何を――」

『おかあさんがたおれてて……ひぐっ……おぎないの……』

「犬塚さん! これ逆探知できますか! それと救急車も一緒に呼んで下さい!」


 ◇


 2011年9月16日


「現場に向かった時、翔はその傍に包丁を置いて倒れてた。そして、その横には翔の母親の惨殺死体も一緒に転がってた。翔も首の辺りを刃物が掠たような傷を負ってて、そこから血をダラダラと流してた。その傷は母親の殺害後に自殺しようとしたんじゃないかって見解だったが、傷を負った角度と包丁についてた翔の指紋の下にあった母親の逆手の指紋から、母親が自分の息子……翔を殺そうとした事が証明された。(のち)に翔も正当防衛で母親を殺した事が認められた。だが、その後が問題だった」

「後?」

 足を止める白井に対して、犬塚は足を止めないように要求する。

「足を止めるなよ。俺ァ一刻も早くこの太ももを手当てして欲しいんだよ」

 再び足を動かし始める白井と同時に犬塚も話に戻る。

「で、続きだが、翔の父親はお前も知っての通り、殺し屋だった。家に帰って来ることは殆どと言っていいくらいなく、母親は実質、一人で翔を育ててた。そして、先の事件で母親が死に、父親はどこにいるのか所在も掴めない。翔は一人になっちまった」

「それで、翔をあなたが引き取ったんですか?」

 今、正に言おうとしていた事を逆に白井に質問され、慌てて首を縦に振る犬塚。

「あ、ああ。俺が翔を引き取ったんだ。そして、ある日、翔の口から思いもよらない一言を聞くことになった」

 “おかあさんはだれにころされたの?”

「翔は記憶を頭の奥底に眠らせたんだ。“母親を自らの手で殺した”って言う記憶を」

「それで、あの9.11の日に見た藍堕(あいだ)権介(けんすけ)の死体が、母親を殺した記憶を頭の奥底から蘇らせた、と?」

 犬塚は険しい表情を浮かべながら、頷いた。

 その犬塚の頷く素振りを横目で見て、白井は深く溜息を吐いて、その足を止めた。

「やばいかもな……」

 白井は犬塚に対する敬語も忘れてそう呟いた。

「……何がだ?」

「……その記憶が蘇って、すぐに人を斬ったと言う事は――」

 焦りの表情を浮かべながら告げる白井。

 その頬に一筋の汗が垂れた。

「目覚めてしまったのかもしれないんですよ……彼の殺人への快楽が」


 ◇


『天谷……翔を頼む』

 犬塚のその言葉を胸に刻み込みながら、長い廊下を走っていく。だが、その瞬間、轟音と共に俺を阻むように目の前に鉄の壁が現れた。

 それと同時に背後からも同様の轟音が聞こえ、振り向いた時にはもう、鉄の壁は存在していた。

 くそ! 塞がれた!

 そう思った瞬間、シューと言う水蒸気を撒き散らすような音と共に天井から白い煙が降り注いだ。

 それは多分、ガスであり、密閉された空間に流すガスと言えば、俺には“あれ”以外、考えられなかった。

 “催眠ガス”

 咄嗟に俺は息を止める。だが、この鉄の壁に囲まれた空間から脱出する手段は見つからない。

 どうすれば……どうしたらいいんだ!

 必死に息を止めたまま、考えた。

 このままだとまた白井に捕まって、今度こそ翔のところへ絶対に行けないようになる! 何とか……何とかして脱出しないと!

 視界は全て、白い煙に包まれた。

 息を止めるのにも、とうとう限界が訪れた。

 もう……無理だ!

「ぶはぁ!!」

 息を吐き出して、空気を勢いよく吸い込んだ。

 段々と瞼が重くなっていき、意識も朦朧(もうろう)としてくる。

 畜生! ちくしょ……ちく……――


 ◇


 Deicida(ディーシダ)射出から十六時間後


 機材の並べられた広い部屋では何人もの白衣を纏った者たちがうろついたり、キーボードに指を走らせたり、大型のディスプレイを眺めたりしていた。

 そして、その中には二時間前に此処に来たPersona(ペルソナ)の姿もあった。

 広い部屋に取り付けられた大きなディスプレイをじっと、二時間前から微動だにせず、眺めているPersona(ペルソナ)

 やっと今、Persona(ペルソナ)は自らの横にあった椅子へと腰を下ろした。だが、依然として大きなディスプレイをじっと眺めるばかりである。

 その画面に映るのは白い空間と十六時間前にウイルスをかけられた男だけだった。

 未だ、その男は何の変化も見られていない。

 その刹那であった。

 一人の白衣を纏った女性が大きな声で叫んだ。

「“実験体”の心音、脈拍数ともに異常有り! 共に増加していきます!」

『始まったか?』

 Persona(ペルソナ)のその一言と同時にディスプレイに映る男にも変化が表れた。

『ヴウェッ!』

 口から、大量の紅い液体を吐き出した男。男はそのまま、倒れるように四つん這いになった。

 今の状況が読み込めない男はそのまま暫くの間、自分の吐き出した紅い血をぼうっと見つめていた。そして、男は自らの血で汚れた口を服で(ぬぐ)い、立ち上がって部屋を見回した。

 すると、ディスプレイを見ていたPersona(ペルソナ)の目とディスプレイに映る男の目があった。

『おい! どうせすぐそこで見てんだろ……!? 俺に……一体、何をかけやがった!?』

 Persona(ペルソナ)は仮面の内で口を歪ませずにはいられなかった。

『この男と会話する手段はあるか?』

「あります」

 声を上げた白衣を纏った女性はあるボタンを押して、右の人差し指と親指で円の描いてPersona(ペルソナ)に見せた。

『君にかけられたのは殺人ウイルス。あと、九時間で君は――絶命するんだよ』

 その言葉を聞いた瞬間、男の目は希望を失った色を見せる。

 それを見ながら、Persona(ペルソナ)の心中は喜びに満ち溢れていた。

 フフッ……そうだ! その絶望の目を! もっと、もっと! 俺に見せてくれ! 絶望で歪んだお前ら人間のその顔を!!


 ◆


 男が血を吐き出してから八時間という時が経過しようとしていた。

 その後もディスプレイに映る男は一定の間隔で血を吐き続けていた。

 今、ディスプレイに映る男は床に体を伏せて、自分の撒き散らした紅い液体を見ながら、絶望に浸っている。

 すると、男はまた、血を吐き出しそうな素振りを見せた。しかし、男が吐き出したのは血ともう一つ――――血と混ざり合った胃も一緒に吐き出した。

 白衣を纏った者たちの中にはその映像を見て、目を覆い隠す者やトイレへと駆け込む者もいた。

『はぁ……はぁ……』

 ディスプレイに映る男はその自分の吐いた物を呆然と見つめていた。

 そして――

『ヴェェェェェェエエ!!!』

 ――勢い良く、これまでとは比にならないほどの大量の血を吐き出す。

 男は四つん這いだった状態から、血の海へとうつ伏せの状態に倒れこんだ。

 顔には大量の血が付着し、血と混ざり合った胃も男の顔に触れた。

 そんな残酷な様子を目を背けることなく凝視する仮面の男――Persona(ペルソナ)。仮面の内のその顔はやはり、(わら)っていた。

『あと、一時間』

 感情のこもらない機械の声で告げるPersona(ペルソナ)

 機械の声と仮面。それは自らの正体を隠す代物でもあるし、自らの感情を周りに分からせない代物でもあった。

『はぁ……はぁ……』

 ディスプレイに映る男は域を荒げている。そして、またもやその口から血を吐き出し、その目はもはや、死んでいるように見えた。

『ご……さ……』

 何かを呟く男の声は小さすぎて、聞き取り(にく)い。

『……ん……さい。ごめ……さい。ごめんなさい……ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』

 録音したものを繰り返し再生するかのようにディスプレイに映る男は「ごめんなさい」を何度も何度も呟ていく。

 何に男は懺悔(ざんげ)しているのか。それは――

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……はぁはぁ……俺が……俺が殺したせいで……これはその罰だ……』

 ――自分が殺した人へ向けてのものだった。

 その後、男は再度、「ごめんなさい」を何度も呟き始めた。

『滑稽だな。今更、謝ったところで罪が消える事は無いというのに。勝手がいい奴め。だからこそ、人間は――』

 Persona(ペルソナ)は哀れむ眼でディスプレイに映る男を見つめて、

『愚かで醜いんだよ』

 と呟いた。

 そのPersona(ペルソナ)の発言と共に男は「ごめんなさい」という言葉を呟くのをやめた。しかし、それはPersona(ペルソナ)のその言葉が聞こえていたからではなかった。

「両方の肺が肺としての活動を停止。Deicida(ディーシダ)(むしば)まれたようです」

 白衣を纏った女性の声と共にディスプレイに映る男は口から血を吐き出して、うつ伏せの状態から動かなくなった。

 瞳孔が完全に開いている男の目。

 そう。男の心臓はもう――その鼓動を停止させていた。

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