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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第2章― 血戦
32/72

No.02  失くした記憶

『やはり、神の子で不死身な俺でも十時間以内、ワクチンを接種しなければ死ぬのか?』

「はい、確実に」

 Persona(ペルソナ)は自らの額から垂れ落ちる冷や汗の感覚に気付いた。

 そのPersona(ペルソナ)の冷や汗の理由は二つあった。

 一つは恐怖から来る冷や汗。不老不死の自分でも死ぬと言う恐怖から来た冷や汗だった。

 もう一つは喜びによる感情の高ぶりから来た冷や汗。自分でも死んでしまうそのウイルスの威力を早くこの目で見てみたいと言う好奇心の表れである冷や汗でもあった。

『分かった。十四時間後。また来る』

 そう言ったPersona(ペルソナ)はその部屋を静かに後にした。


 ◇


「その願いを叶える事はできない」

「何故です?」

 白井(しらい)をまっすぐに睨みつける大貴。

 するとその瞬間、白井は大貴の胸倉に掴みかかり、そのまま大貴を激しく壁に叩きつけた。

「いい加減にしろ! 自分の立場がちゃんと分かっているんだろうが! お前のその態度は、子供が駄々をこねている様にしか見えない!」

「ちょっ――そんなに強く叩きつけなくても……」

 一緒にいた白衣の女性が白井を止めようと言葉を紡いだが、効果は見られなかった。

 大貴は反論しようとはしなかった。何故なら、大貴自身、白井の言っている事が尤もだと理解しているからだ。

 だからこそ、大貴は顔を俯けたまま、尋ねた。

「……俺は、Deicida(ディーシダ)なのか?」

「あ?」

 白井はその首を傾げ、変な言葉を発した。

 白井が首を傾げるのも当たり前だ。大貴のさっきの言葉だけでは白井の立場になった大貴にだって何を言っているのか分からないであろう。

「お前の中では……俺はやっぱり、Deicida(ディーシダ)なのか!?」

 大貴はその顔を上げ、白井の眉間にあと少しで触れると言うところまでその顔を詰め寄らせた。

 白井は大貴から、そっと目を逸らす。

 そんな白井の行動を見て、大貴は確信した。

 こいつも……内心ではやっぱりそう思ってるんだな……

 白井の思考が分かった大貴は哀れみの目で白井を見据えた。そして、大貴のその視線を遮るように白井は告げる。

「……さっきも言った。俺はそんな事は思っていない」

 大貴は心中で悪魔的な笑みを浮かべて見せた。その理由(わけ)は白井の発言によって、Deicida(ディーシダ)とは捉えていない(イコール)外に出しても問題は無いと言うことに繋がり、大貴の外へいかせて欲しいと言う願いを否定できなくなるからだ。

「なら、行かせて下さい」

 再度、白井へと頼んだ大貴。

 白井は大貴の胸倉を掴んでいた手の力を緩め、数歩、後ろへと退(しりぞ)いた。その後、胸倉を掴んでいた右手で頭を抱え、(しばら)くの間、考えに浸る。

 そして、考えがまとまった白井は右手を頭から離して大貴を見た。

「やはり駄目だ……お前を出すことはできない。だが、代わりに(しょう)が何故、あんな行動をとるに至ったのか、その原因だと思われる話をしてやる」

 原因……そうだ。翔は無闇に人を傷つけたりはしないと思う……そう信じたい。

 その原因を教えて貰うために翔に会おうとしていた大貴は頭を下げた。

「教えてください! 翔が人を傷つけてしまった理由を。えっと……」

 “しらい”で間違いないよな……?

 言葉で発そうとした瞬間に怖くなった大貴は結局、名前を口にするのを止めた。

「そう言えば、お前が翔のことについて聞いたせいで自己紹介、忘れてたな。俺は白井。白井(しらい)裕次郎(ゆうじろう)だ」

 白衣の女性は慌てて、白井の隣に並んで大貴に向けて、自己紹介をした。

「私は熊沢(くまざわ)仔春(こはる)よ。じゃあ、天谷(あまや)くんの承諾も得た事だし、早速、研究してみますか!」

 白衣の袖をまくってぐるぐると回す熊沢はそのまま、後ろを向いて大貴へと手を振りながら、去っていった。

「じゃあ、話の続きといこうか?」

 白井は大貴の背中を押しながら、部屋にある向かい合う椅子へとその腰を下ろした。

 一度、息を整えてから白井は話を始める。

「北川高校の南校舎の五階でお前とPersona(ペルソナ)は対峙したようだが、その下の南校舎の四階の教室。そこには何があったと思う?」

 大貴は首を傾げた。全ての教室を手当たり次第に探した大貴だったが、そんな気になるものは無かったからだ。

 そんな大貴の仕草を予想していたかのように淡々と説明を始める白井。

「その教室には死体があった」

「死体……?」

 単語を繰り返した大貴に向けて頷く白井はその表情を一層、硬いものとした。

「そう。死体だ。その死体を見たのが、翔のあの行動に至った原因だと俺は思っている」

 死体を見て、人を傷つけるに至った……翔の身内の人の可能性が高い……

 そんな予想を立てていた大貴に向けて、白井はその死体の人物の名を告げる。

藍堕(あいだ)権介(けんすけ)。その死体を見たのが、多分、翔があの行動に至った原因だと思う」

「あいだ……けんすけ?」

 と再度、首を傾げた大貴。

 誰だ? やっぱり、翔の身内の人なのか?

 様々な予想が頭の中を巡る大貴の思考に終止符を打つように白井は藍堕についての説明を始めた。

「そうか。そう言えば、お前は藍堕を知らないのか。藍堕権介はな――日本で一番強い殺し屋なんだよ」

 日本で一番!?

 大貴は内心、驚きを隠せないまま、その後の白井の話に聞き入った。

「その藍堕が何故、日本一の殺し屋と呼ばれているのか。様々な説があるが、中でも有力なのが、“藍堕に人知を超えた眼の存在がある”と言うものだ。その(まなこ)の名は“千里眼”。千里眼は未来が()え、相手の動き、過去も視る事ができる。藍堕は言わば、最強の眼を持っていたということになるのだが、その最強の眼にはやはり、それなりの代償が存在した。千里眼は――使用者の命を代償として発動する魔眼(まがん)なんだよ」

 命を代償にして、発動する千里眼……?

「千里眼なんてもの……存在するはずが無いだろ!?」

 大貴にとってあまりにも非現実的な事を言いのけた白井に対して、大貴は大きな声を発してしまう。

 白井はそんな大貴を(なだ)めるように言葉を放つ。

「神の子。人形。殺し屋。お前はもう、非現実的なものをその目で何個も見てきたはずだ。それに“お前自身もその非現実的なものの部類に含まれる”。お前には千里眼が存在する事を否定はできないはずだ」

 そうだ……この人の言うとおり、俺も……俺自身も、非現実的なものなんだ……

 大貴はその胸に痛みを感じ始めた。

 痛い……いや、胸が痛いのは幻覚だ。本当は――

 ――心が、痛いんだ……

 暫くの間、大貴はその顔を俯けて黙りこくっていた。そんな大貴の心情を察したのか、白井も同じように暫くの間、黙っていた。

 大貴はそんな白井に心中で頭を下げた。

「落ち着いたか? 天谷?」

「はい……」

 俯けていた顔を大貴がゆっくりと上げると、そこには白井の安堵の微笑が待っていた。

「千里眼についてもう一度、説明するぞ? 千里眼は言わば、最強だ。相手の動きが視えるってのは誰にとっても勝手がいいからな。発動していれば、人から殺されることはまず無いだろう」

 気持ちを切り替えた大貴は再度、頭の中で千里眼について考える。

「じゃあ、その日本一の殺し屋は千里眼を発動していない時に殺されたのか。それとも、その千里眼の代償で命尽きて死んだのか。答えは分からない。だが、千里眼の代償で死んだのでは無いと思う。俺が見た藍堕(あいだ)の死体は首と胴体が切り離されていた。まるで、“大きな鎌にでもその首を刎ねられた”かのようにな」


 ◇


 白井との対話を終えた大貴はその両手の手錠は外されたのだが、次は足に枷が嵌められた。その枷には長い鎖が付いており、その鎖の先端は部屋の壁にきっちりと固定されていた。

 大貴が今いるのは五畳くらいの部屋で自由には動けるのだが、部屋から出ようとすれば、直前で大貴の足枷に繋がった鎖がピンと張り、部屋から出ることは不可能なようだった。

 舌打ちしながらベッドへと向かった大貴は仰向けに寝転んだ。

 部屋の扉は完全に閉じられているが、天井についた蛍光灯のおかげで部屋は十分明るい。

 窓も時計も無いので今、何時かも分からない大貴は白井に詳しく聞いておけば良かったと、後悔した。

 それと同時に大貴にとって分からないのが此処の場所であり、それも白井に聞こうと大貴は思った。

 暫くしてから大量の飲食物が部屋に持ってこられたが、最初、大貴は全て食べきれるのかと心配になった。しかし、丸四日も何も口にしていなかったお腹は素直で、そんな心配は目の前の食料と共に消え去っていった。

 そして、食べ終えた大貴はベッドに横になった瞬間、瞼が重くなっていった。

 大貴はその瞼を意識と共にゆっくりと閉じていった。


 ◇


 2011年9月16日 午前二時


「――――谷。おい。起きろ」

 大貴の肩を誰かが激しく揺らし、小さな声で大貴を起こした。

 眼をこすりながら、むくっと起き上がり、自らの眠りを妨げた人物をその目で確認しようとする大貴はようやく見えるようになって来た時にその人物の顔を見てより一層、眼を見開いた。

「あんたは――――!」

「しー!! デカイ声出すな」

 大貴は咄嗟にその男によって口を塞がれた。

 その男は翔の恩人で翔の事務所にいたときに大貴もあったことのある人物――犬塚(いぬづか)尚一(なおひと)であった。

「俺のこたぁ翔の事務所で知ってるよな?」

 怯えるように構える大貴を見て犬塚は大貴を安心させようとする。

「大丈夫だ。俺はもう、察じゃねぇ。お前を捕まえたりなんざ、しやしねぇよ」

 犬塚は部屋の壁にある大貴の足の枷と繋がった鎖をカチャカチャと何かし始めた。

「俺の名前は犬塚尚一だ。翔の……何ていやぁいいのかなぁ……あれだ。叔父みたいなもんだ」

 大貴はそのカチャカチャという音をBGMに犬塚の話を聞く。

「で、なんで今、俺がこの部屋にいるのか、疑問な思わないかぁ?」

 そう言えば、この犬塚って人はなんでこの部屋に入って来られてるんだ? 鍵が無ければ入れないって、確か白井が言ってたような……

 大貴が首を傾けていると、犬塚はさっきまでのカチャカチャと音を立てる作業をやめて、大貴の方を窺って来た。

「今の時間は深夜の二時。ちょうど警備員は交代する時間帯だ。ここから脱出するチャンス。なぁ、天谷……俺の一緒に翔のところに行かねぇか?」

 そうか! だから、この人は俺のいる部屋に忍び込んで、さっきから鎖に何かをしてたのか!

 納得した大貴は笑みを浮かべ、

「行きましょう!」

 と小さい声だが、はっきりとした口調で告げ、ベッドの上から床に足の裏を着けた。

 それと同時に足の枷に付いていた鎖が切れた。

 犬塚はさっきからこの鎖を切るためにカチャカチャと音を立てて、作業をしていたのだった。

「俺はお前よりも早く、あいつらに助けられてここへ連れてこられた」

「助けられて?」

 疑問に思った単語を繰り返した大貴。

「そう。俺はPersona(ペルソナ)に殺されそうになったところをあの白井って男に助けられたんだ」

「そうだったんですか……」

 大貴の足に嵌められた足枷も取った犬塚は呼吸を整える。

 部屋の出入り口へと向かい、ゆっくりと扉を開け、左右を確認して部屋を出た犬塚に続いて、大貴も部屋の外に出た。

 そして、犬塚はその懐から銃を取り出して、大貴の手を引っ張って廊下を走った。


 ◇


 2011年9月13日


 “翔……一緒に死んでちょうだい!!”

 そう叫んで、振り下ろされる刃は俺の首を掠めた。

 これはいつの記憶なのだろうか。その後、俺は何をしたのだろうか。

 分からない。分からない。

 全てが血染めされ、見えなくなっていく。





 瞬間、眼を開けた俺の目の前に血の色なんて広がってはいなかった。

「……なんだ。夢だったのか」

 狭い部屋にベッドがあり、そのベッドの横には唯の刀があった。

 辺りを見回す。

 その瞬間、俺の頭に激痛が走った。

「――ッ!?」

 頭を抑えて、(うずくま)るのと同時に頭に流れ込む映像。

 いや、流れ込んでるのか? これは俺の昔の記憶じゃないのか?

 藍堕(あいだ)の死体が転がっていた映像と別の映像が重なっていく。

 床に、血の海に転がっている首。

 それは藍堕の首? それとも俺の“母さん”の――――

 気付いた時にはもう、遅かった。今も、昔も。

 俺の刀によって、目の前で倒れる人と母さんの倒れる姿が重なる。現実と過去が重なる。

 俺の手には刃物。

 ああ……そういう事か……

 手に持った血の付いた刃物。唯の刀。

 それを暫しの間、見つめてどこかも分からぬ所から俺は立ち去った。

 俺は母さんを――――









 ――――殺したのか……

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