No.02 銃の引き金
朝もだいぶ暑くなってきた。冬の凍るような寒さの面影を微塵も感じさせない暑さだ。
教室もいつもとはなんら変わりなく、騒がしかった。一つだけ異なる事があるとすれば、甚の様子だけだった。
「今日は早いな……」
甚は暗い声で俺に向けて、言葉を呟いた。
「ニュースは見たよな…………蔵貴さん、殺されたって……」
「……ああ……朝見たよ……」
机に顔をつけて、その顔を見えないよう、覆い隠すように腕を組んでいる甚。傍から見ると、寝ているように見えるその様子だが、泣いているのかもしれない。
俺の予想では、学校に来ないのではないかと思っていたので、席でこうしていただけでも驚いた。
「葬儀には……行かないのか?」
「“行かない”んじゃなくて……“行けない”んだ」
行けない……やっぱり、あれが関係してるのか……?
――親に捨てられたらしいぜ?
「もうすぐ先生来るし、顔上げといた方がいいと思うぞ?」
そう言って、俺は席に着いて、前を向いた。いや、そう言う事しかできなかった。友達、親友なのに言葉を掛けてやることもできない自分が無力に思えた。
すると、俺の左斜め後ろの席、浦議の席からその言葉が聞こえてきた。
「『君は自分の心配をした方がいい。“あの方”は君のすぐ傍にいるかも知れないよ』」
“あの方”……!?
瞬間、蔵貴さんの言葉が頭を過ぎり、浦議の席の方向を振り向いた。浦議のその手には分厚い本があった。という事は、本の台詞を読んだだけか?
「面白い本ですよ? 大貴も読んでみてはいかがですか?」
と浦議は俺に対して、手に持った分厚い本を差し出した。
「生憎だけど、今はそんな気分じゃないんだ……ごめん……」
「そうですか……」
その本の題名をチラッと見てみると、『もうそこまで迫っている』と言うものでいかにもホラー系、推理系のような題名だった。こんな気分じゃなければ、食いついていたかもしれない。
今は甚の状態を気にかけることと、蔵貴さんが俺に言った言葉について考えるだけで精一杯だった。
頭の中で繰り返される生前に蔵貴さんが俺に言った言葉が俺をどんどん追い詰めていった。そして、俺は例の“あれ”をポケットに入れて持ってきてしまった。
――銃。
本物なのかはまだ、引き金を引くまで定かではない。銃には一切詳しくないので見た目では分からないし、調べる気も無い。
だが、蔵貴さんが命懸けで俺に残した物なら、本物だと思いたい。しかし、その逆には本物だと思いたくない自分がいる。
命懸けで残した物なら、活用しなければならない。だから、俺は今、銃を持っているんじゃないのか?
自分の気持ち、本心が分からない。
「だーかーらー……何回言わせりゃあ分かるんだよ! 敬語はやめろ!」
「ですから! もう癖になっていて、直せないんですって!」
俺が心中で考えに浸っているのを現実に引き戻したのは後ろからの甚の怒鳴り声だった。振り返ると、浦議と甚が立って、何か揉めていた。それにしても、もう元気になったのか? お前は。
「癖なんて意識すりゃ直せるもんだろ!?」
「はっきり言いますけどぉ? 僕の癖をどうこう言う権利は甚には無いと思うんですが?」
返す言葉がなくなったのか甚はムスッとした表情のまま、席に着いた。
傍から見て、甚は何かに苛ついているように見えた。
何にそこまで苛ついているのだろう……俯いていたのも苛ついていただけだったのか?
◇
「おーい、どうしたんだ? 眼が死んでるぞー? おーい」
昼休み。甚は朝よりも大分、通常通りのテンションに戻りつつあった。まぁ、戻ったら戻ったで五月蝿いのだが、それでも良かった。
「おい! お前、今、俺のこと! 五月の蝿と思っただろ!」
……鋭い……と心中で思ったのも束の間ですぐに俺の脳裏に蔵貴さんの言葉が響き渡った。
忘れられたらいいが、生憎、無理な話だ。
一生、耳から離れそうに無い。
「じゃあ、屋上に行きましょうか?」
と浦議が言った。
今日は浦議も一緒に食うのか、と思いながら、弁当を持って、屋上へと三人で向かった。
甚はたぶん、哀しい表情を人に見せないようにしているだけだ。心の中では絶対、落ち込んでる。
そう考えるうちに足は自然と屋上に辿り着いていた。
今日の屋上は昨日とは違って、風はあまり吹いていない。
風が邪魔をしないでお弁当が食えるのは良い事だ。
「そういえば、二人とも、今日はあんまり元気が無いですねぇ……何かあったんですか?」
「まあ、いろいろと……あんま話したくないことがね……」
甚が浦議の尋ね掛けに応対したので、俺は黙って食事に集中した。そっちの方がいろいろと考えずに済む。
暫くの間、三人とも黙々と昼ご飯を食べ続け、全員の食事が終わる頃を見計らったように浦議が口を開いた。
「あのー……今日、僕の家に来ます?」
何を言い出すのかと思えば……
「ごめんけど、俺は――」
と浦議の提案に断りを入れようとしたとき、甚が俺の言葉を遮るように大声を出した。
「――行く行く! 勿論、大貴も!」
「おい、甚! こんな状態で行っても俺は楽しく――」
と意見を言おうとした時、またもや甚が遮った。
「――気が紛れていいじゃん! それに浦議ん家、初めて行くしー……行ってみたいし!」
気を紛らす、かぁ……その分では良いかもしれないかな?
「はぁー……分かったよ、俺も行く」
「学校終わってから、そのまま行きますか? それとも、一度それぞれの家に帰ってから、どこかに集合します?」
学校のルールを守るなら、一度帰宅するのが良いと思うのだが、こういう時の甚は生憎、ルールを守るような奴じゃない。
「あー……家に帰ったら遅くなるしー……学校終わってから直接でいいよな?」
と此方を向いた甚。
俺に同意を求めているのだろう。俺は首を縦に振って、肯定の意を伝えた。
「では、今日の放課後。僕の家に行きましょう!」
という事で話はまとまった。
本当に気の紛れになればいいのだが……
◇
放課後。三人で話しながら、駅へと向かい、電車の中では三人とも静かにしていた。
ガタガタと揺れる電車内。耳障りな音は止まる事を知らずに鳴り続けた。四つか五つの駅が過ぎた時に浦議が「次の駅です」と口を開いた。
次の駅か……早く着いてほしい、と願っていた。何故、願うのかと言うと、それは口を開かないまま、黙っていると、絶対に蔵貴さんが生前に残した言葉が頭の中に過ぎるからだ。それは呪のように。
その駅に着いてからは十数分、歩く羽目になった。
その間、甚が浦議にこんな質問を投げかけていた。
「浦議の家ってさぁ、どの位の大きさの家なの? 一軒家?」
「はい。一軒家ですよ。大きさはそこまで大きくは無いですねぇ……」
ふーん、と俺は浦議の言葉を聞いて、一軒家の綺麗な家を思い浮かべた。
普通の裕福な家庭の家だ。
「庭とかは? あんの?」
「はい。ありますよ」
と、その裕福な家庭の家に庭を付け加えた絵を思い浮かべた。しかし、浦議が「ここです」と指を差した所は俺の予想を遥かに凌駕していた。
「……えーと、浦議が言った『ここ』って、まさかこの大きい門の中を差してたりする?」
甚が顔を引きつらせながら、そう浦議に尋ねた。
「はい。そうですけど?」
前言撤回。裕福“過ぎる”家庭。
おい、浦議……これはそこまで大きくない家の門なんかじゃないぞ!
と心の中でつっこんだ。なんとも情けないが、今の俺は驚きすぎて、言葉が出ない。
「お前の親って……何の仕事してんの……?」
甚もやっとの思いでその言葉を発したようだ。
「会社を経営してますよ」
社長!? だからこんなに家が広いのか!? いや、早まるな! まだ門だ。家が広いとは決まったわけじゃない! “見て極楽、住んで地獄”だ!
門が開かれて、中の様子が窺えるようになる。が、そこには家が存在していなかった。
「この道を少し歩いた所にあります」
と浦議。
家の中に道……? おいおい、どれだけ広いんだよ……
そして、甚が俺の聞きたかったことを浦議に尋ねてくれた。
「この道ってさあ……もう、お前んとこの敷地……?」
「はい……そうですけど?」
とあっさりと答える浦議。その瞬間、俺と甚に衝撃が走った。
浦議って金持ちじゃなくて……大金持ちだったんだ……
そんな事を思いながら、門の中へと足を踏み入れて、道を辿って、歩き始めた。
一分経つか経たないかくらいのところで浦議のその豪邸へと着く。一軒家とかそんなレベルの話じゃない。正に豪邸だ。
「ここが僕の家ですよー。じゃあ、入りましょうか?」
開けられたドアの中に入るのを別世界に入ってしまうのではないかと思い、躊躇いながらも、勇気を出して、踏み入った。
◆
家の中も外装に引けを取らないくらい、綺麗だった。
造りは洋風でヨーロッパを思い浮かばせる家具(ヨーロッパなんていったこと無いから、あくまでも雰囲気的に)ばかりだ。
浦議の部屋は二階だという事で浦議についていきながら、階段を上って、二階にある浦議の部屋へと向かう。
俺はさっきから口を開いていないが、浦議に尋ねたりしていた甚さえも、もはや言葉を失っていた。
浦議の部屋はわりと普通の高校生の部屋だった。本棚や机は俺とは違い、きちんと整理整頓が成されている。薄型テレビ、パソコンもあり、快適そうな部屋だ。いや、これで快適では無いという奴は感覚がおかしい。
「何をしましょうかね……テレビゲームですか? それとも、ボードゲームですか?」
俺は別にどちらでも良かったが、甚がテレビゲームに反応したため、テレビゲームをする事にした。しかし、その瞬間、浦議は俺たちにもう一つの質問を投げかけてきた。
「携帯用ゲーム機でします? それとも、普通にテレビゲームをしますか?」
「けど、携帯用ゲーム機は本体が必要だろ? 俺たち持ってきてねえし、できねえじゃん」
と甚が反論した。甚のいう事はご尤もなものだったが、何故、浦議がそんな質問をしてきたのかを考えれば、すぐに察する事のできる事だ。
浦議は何の為か、携帯用ゲーム機の本体をいくつも持っている。
「本体は複数持ってますよ? どの色にしますか?」
と携帯用ゲーム機を複数の棚から取り出してきた浦議。甚は驚いていた。だが、俺は予想していたのでそこまで驚きはしないと思っていたのだが、目の前の現実で確かめると、驚いてしまった。
その流れから、携帯用ゲーム機で遊ぶ事となった俺たち。それなりに何も考えずに遊べて、純粋に楽しかった。
ゲームも少し飽きてきた頃合になると、浦議は「そうだ!」と何かを思い出したようにパソコンの前へと駆け出した。
「今日、僕の家に来てもらった本当の目的は、これをやってもらう事なんですよ!」
パソコンの前の浦議はパソコンの電源を入れて、インターネットを開き、あるサイトに接続し始めた。
「何だ? そのサイト」
と俺が質問すると、浦議はすぐに答えてくれた。
「僕、今、ネットのオンラインゲームにハマってるんですよ。推理・サスペンス類のゲームで結構、難しいんですよ? この前までは順調に解けていたんですけど、これだけはどうも解けなくて……」
「で、それを俺たちに手伝って欲しいってことか?」
浦議ではなく、甚がその続きを予想して述べた。それに対して、浦議は頷き、
「その解けない難題をお二人にやってもらいたいんです」
と俺たちに頼んだ。
その言葉を聞いた甚はにっこりとその口を歪ませた。
そうか。物凄く解いてみたいのか、お前は。
甚は椅子に座って、そのオンラインゲームをやり始めた。
「大貴はしなくていいんですか?」
急に浦議に質問をされ、俺は少し慌ててしまった。
「あー……俺、推理ゲームとか苦手だから、やらなくていいよ」
それは嘘ではなかった。
「じゃあ、僕達だけで、他のゲームをしてましょうか?」
浦議の提案に頷いて、俺たち二人は携帯用ゲーム機を手にとって、新しいカセットをはめた。
ゲームの途中、横目で甚を見ると、気持ちが高揚しているのか、キーボードを叩きっぱなしだった。
ゲーム開始から二十分の時が過ぎた時、甚がその声を張り上げた。
「解けた!」
パソコンの画面を覗いてみると、「CLEAR」という文字が映っていた。すると、次の瞬間、その「CLEAR」という文字がパズルのピースのように画面上で崩れていった。
「おっ? 次の推理か?」
と、笑顔で呟いた甚だったが、浦議はその甚の言葉を否定する。
「いえ……一つの問題が解けると、タイトル画面に戻るはずなんですが……?」
浦議が画面を窺ったその時、浦議の目つきがキリッと変わった。
「これは!?」
浦議は甚にそこを退くように申し付けると、椅子に座って、猛スピードでパソコンのキーボードを打ち始めた。
「どうしたんだよ……? そんなに焦って」
カタカタという音は止まる事を知らずに鳴り続け、浦議は少しの間を開けてから俺の問いに答えた。
「ウイルスです。どこから湧いているのか分かりませんが、このパソコンを乗っ取ろうとしています!」
「乗っ取る? 何のために?」
声を上げる甚に対して、浦議は「情報を盗むのがウイルスの目的です」と答えた。
◆
数十分後
カタカタと鳴り続けたキーボードを叩く音は止み、浦議は椅子の背もたれに全体重を任せているようであった。疲れたんだろうな。
パソコンの画面にはウイルスが侵入してくる前の「CLEAR」という文字が映っている。
三人とも安堵の息を吐いた瞬間、パソコンの画面が急に砂嵐状態となった。
ザーという音が鳴り響き、その音しか聞こえないこの部屋は不気味以外に言いようがないものだった。
「何で画面が砂嵐に……?」
甚が疑問の声を漏らしたが、俺と浦議は反応しなかった。何故なら、俺と浦議もそう疑問に思っているから。
三人で、黙って砂嵐状態になっているパソコンの画面を見つめた。瞬間、画面の砂嵐が段々と無くなっていき、一つの画像が映った。
――髑髏。
それは不気味な髑髏で、本物の白骨のようだった。
そして、パソコンのスピーカーから音が聞こえてきた。いや、音じゃない……声?
『ゲームのクリアまで行き着き、そして、ウイルスまで排除するとはやるなァ。ご褒美だ。一つ、重要なことを教えてやるよ。信じるも信じないもお前次第だ。天谷大貴』
……今、俺の名前を……呼んだ?
それは犯罪者が警察にでも電話するような機械で作られた声だった。
言葉を発するのにあわせて、画面の髑髏も顎を動かした。
『もうすぐ世界は滅びる。一つの殺人ウイルスのせいでなァ。そのウイルスは誰かの手によって故意に創られるものだ。そして、その殺人ウイルスを創らせないようにするには一つだけ対処法がある。それは天谷大貴を奪わせないことだ。天谷大貴を奪わせたら、ウイルスが創られ、世界は終わりだぜぇ? ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハ……――――』
また……俺……?
「大貴が……? 意味わからねぇ。こんなの冗談に決まってるよ。信じるこたぁ無いぜ、大貴」
俺を励まそうとする甚。だが、今の俺の耳にはその言葉は届いていなかった。
俺の頭の中を支配するのは蔵貴さんの言葉だけだった。
さっきまでは何も考えなくても良かったのに、また――
◇
「じゃあ、また明日な! あんなの嘘だから、気にすんなよ!」
「ああ。あんなもん、信じる方が莫迦だよ」
強がった言葉を甚に言い、駅前で甚と別れ、帰路を歩いた。
黒幕を垂らしたような空には光一つ無い。空に星は無いが、地上では所々で星のような光が輝いていた。
足は光のある道を進むが、俺の心は光の届かない道を行く。
今、何時なのだろうか?
携帯電話をポケットから取り出して、開いて確認すると午後九時三十五分だった。
いつまでも止まることのなかった足は青から赤へと変化した信号によって、横断歩道の前でようやく停止した。車があまり通らないところなのに何故、信号をつけたのかが分からない。
朝や昼間はちゃんと車が通るのだろう。それでなければ、ここに信号を設置する意味などない。
俺はずっと空を見ていた目線を地上へと落とした。その時、俺の目に不自然なものが目に入った。
……あれ?
視界に入った人影。人影が映るのには何の不自然なところも無い。問題はその人影が着用しているものだった。それは季節的に不自然だった。
なんで、夏なのに“ダッフルコート”着てるんだ? それに長袖、長ズボンまで……
暗い中でフードを被っているせいでその人影の顔は窺い知れない。しかし、その眼だけは鮮明に映し出された。その眼は――紅く血のように光っていた。
その眼の紅い光を俺が捉えるのと同時に信号が青へと変わった。
眼を紅く光らせた“それ”は一歩、俺に近づいてきた。
俺は足を動かそうと、脳から無意識に指令を出すが、動かない。威圧感というものを生まれて初めて感じた。その威圧感、恐怖が俺の足を止めていた。
「逃げなければ」と魂が告げているのにも拘らず、俺の足は動かない。
その間にまた一歩と、眼を紅く光らせた“それ”は俺に近づいてきた。
その刹那――
――俺の目の前から“それ”は消えて、俺はいつの間にか“黒幕の垂れたような空を見上げていた”。
自分の身に何が起きたのか分からない。状況が全く、理解できない。
さっきまで確かに俺の目に映っていたのはフードを被っている“それ”のはずだった。だが、今の俺の目に映るのは黒幕の垂れたような空だ。
何故?
重い体を起こそうと、左腕に力を入れた。その瞬間、左腕に感じたこともないような痛みが走った。
な、なんだ……?
今度は右腕に力を入れ、体を起こし、左腕を確認した。
見たことも無いくらいに大きく腹上がっていた。
左腕だけの激痛じゃない。体の至る所に激痛が走った。
左腕から目線を周りに向け、やっとの思いで今の俺の状況を確認する。
なんで、俺は横断歩道から数十メートルの所の地面に倒れてる? そして、なんで吐血して血だらけなんだ? 額からもなんで血を流しているんだ? 俺は……殴られたのか?
様々な疑問が沸き出てくる中、気付くとフードを被った奴はまたもや、俺の目の前にまでやってきていた。そう――一瞬のうちに。
髪を思いっきり掴まれ、強制的に立たされた。
身長は俺よりも低いのに常人以上の力だった。
フードの奴は拳をゆっくりと後ろへと引き、そのまま、俺の腹へと拳を思いっきりぶつけた。バキバキという嫌な音と共に俺は胃液や血やらをその口から、勢い良く吐き出した。
肋が何本か……折れた……?
何が起こっているのか、まだ理解できない。だが、このままだとたぶん、俺は――
――こいつに殺される!
そう、頭に過ぎったその瞬間、
殺される……? そうだ、殺される前に殺してしまえば、問題ないんだ!
血だらけでボロボロの制服のポケットから“それ”を取り出した。そして、“それ”を――“銃”を髪を掴んでいるフードを被っている奴に向けた。
当たるのかは分からない。引き金を引けるのかすらも分からない。
だって、俺の手は激しく震えているのだから。そして、抑止力が働いて引き金を引こうとする俺の邪魔をする。
殺すのか、人を?
抑止力。
人を殺すってことは犯罪だ。
抑止力。
人としての一線を越えることになる。
抑止力。
フードの奴は俺を殴ろうと大きくその腕を振りかぶった。
――――俺は引き金を