Last number そうだよ…………俺だよ。大貴/神の子
俺はポケットにしまい込んでいた銃を取り出して両手で持つ。そして、仮面の男――Personaへとその銃口を向けた。
俺は両手が震えるのを必死に堪えながら、銃の引き金に指を引っ掛けた。
「その仮面……外せ……」
今にも消え失せそうな声で俺はPersonaに向けて言った。
『そんな頼み方――――』
「いいから外せって!!」
俺はPersonaの発言を遮って、思わず叫んだ。
冷静でいられるはずがなかった。
目の前に大量殺人を行おうとしている奴がいる。そして、人形を創りだして俺を犯罪者にした奴がいる。しかし、Personaはその顔に付けた仮面を一向に外そうとはしなかった。
◇
北校舎―三階―
痛い……目の前が揺れる……血が止まらない……
体中に斬傷を負った翔は重い体を引き摺って、上の階へと向かっていた。それは銃声の音が上の階から鳴り響いたからだった。そして、頭にも血が上らなくなってきた翔はふと疑問に思う。
あれ? 俺ってどこに向かってんだっけ?
本当に疑問に思った翔は不意に思い出した。
ああ、そうか……天谷のところに向かってるのか……
翔はフラフラな足取りで途中、壁に寄りかかったりしながらも、刀を杖代わりに使いながら、四階への近づいて行く。そして、やっとの思いで四階への階段まで辿り着いた翔だったが、そこで力尽きて床に倒れてしまった。
刀が地面に落ちるカランという音と共に翔は苦笑しながら、呟く。
「ハハ……情けねえなぁ……」
翔の身体の至るところからはここでもう、死にそうなほどの紅い血が流れ出ていた。そして、翔の目の前はもう、真っ暗になりつつあった。
そんな翔へと近づく、一人の人物の足音さえ、今の翔には気付けなかった。
「大丈夫……ではないようだな……」
「だ……れ……?」
翔は消え行く意識の中、最後の力を振り絞ってそう告げた。
その翔へと近づいた男は唯の病室で藍堕から英雄の息子と呼ばれた男であった。
そんな英雄の息子と言う男は告げる。
「俺は……お前の敵じゃない」
英雄の息子と言う男はそう言って、翔を自らの背中に乗せて負ぶった。
翔は負んぶされた事により、さらに自分の事が情けなく思えていた。
英雄の息子と言う男は翔を負ぶったまま、四階への階段を一段一段と上っていった。階段を上り終わり、淡々と四階の廊下を歩いていたのだが、男はいきなりその足を止めた。
「おい……どうか……した……のか?」
区切り区切りに告げていく翔の尋ねに対して、男は躊躇いながら応える。
「……いや……何でもない……先を急ぐぞ」
また、止めていた足を動かし始める男に対して、翔にはその立ち止まった理由が気になった。
何か……あったんだ!?
「降ろして……くれ!」
そう声を張り上げた翔は力を振り絞って足をジタバタさせた。
男は少し、目を逸らしながら翔をすんなりと背中から降ろす。
翔は床に這い蹲ってさっきの男が立ち止まった所まで戻っていった。その廊下には血が飛び散っており、それは教室から飛び散ったものだと翔は察した。そして、翔はその場所へと戻って、教室の中を覗き込んだ。
翔はその目を大きく見開かせ、そこには目を塞ぎたくなるような光景が広がっていた。
「な……なんで……?」
信じられない光景に翔は首を傾げた。
その教室の机は無造作に倒れたり、横を向いたりしていた。中には壊されたものもいくつもある。そして、床や机や窓に飛び散った大量の血。しかし、翔にとっての目を塞ぎたくなるような光景というのはそんなものではなかった。
翔の見た事のある人物の屍が翔にとっての目を塞ぎたくなるような光景だった。
「なんで……一番強い……あんたが……!? 死んでん……だよ!!」
一体の屍が転がる血の海の床には――――藍堕権介の生首が転がっていた。
◇
南校舎――四階――
俺は何にもしようとしないPersonaに対して叫んだ。
「もう……もう、お前の正体は分かってんだよ! なんで……なんでなんだ……なんでお前が!? ――――――――甚!!」
俺の頬に何か暖かいモノが垂れ落ちる。
眼から頬に垂れる雫――
正しくそれは――涙だった。
『そうだよ…………俺だよ。大貴』
仮面の男――Personaは自らの仮面に手を掛けた。そして、そのまま、ゆっくりと仮面を外しながら、告げる。
『俺が人形を創り、動かし、多くの人間を殺し、天皇を殺した警視庁長官――』
仮面を外し終え、地面へと落としたPersonaは甚で、ガスで変えられた声ではなく、正真正銘、甚の声で告げる。
「――Personaだ」
甚によって告げられた言葉に俺は震えた。だが、俺は甚に銃を向けたまま、消え入りそうな声で告げる。
「本当に……お前……なのか……」
「ああ、久しぶりだな。大貴」
その声のトーンは本当に、本当に甚のものだった。
目の前の事実に目を瞑りたくなったが、俺はそれを抑えようと尋ねる。
「天皇を……殺したのか?」
「いや、“今から殺す”って言った方がいいかな? こっちに来て、体育館の屋根を見てみろ」
俺は甚に銃を向けたまま、ゆっくりと甚のいる窓側のほうへと近づいて行き、体育館の屋根の上へと目を凝らした。
……なんだ? 人影……?
「何をする気だ!」
銃を向けたまま、俺は甚へと答えを求めた。
甚は冷たい眼差しで俺を見た。
「“今から殺す”って言っただろ? ほら、見てろよ。もうすぐ始まるぜ?」
◇
体育館
未だに何の式典かよく分からない浦議は車椅子に乗ってその体育館の中にいた。
だらだらとまとめられていない話をする校長の話を聞き流しながら、浦議は心中で呟いた。
そう言えば、甚が見当たらないな……トイレにでも行ってるのかな? それともサボり?
サボりだったら殴ってやろうと心に決めた浦議は校長に目を戻した。
その瞬間だった。
空気を振動させる甲高い二つの音と共に上から何かが降ってきた。いや、振ってきたのではない。放たれたのだった。
な!? なんだ!?
立ち上がろうとした浦議だが、その足では無理だった。そんな自分の足を浦議は叩いた。
くそ……
◆
上から放たれた物――二つの銃弾は天皇皇后両陛下の脳天を一斉に撃ち抜いた。
周りの人々は一様に静止し、その中でSPだけが天皇皇后両陛下の元へと走った。もう、時はすでに遅いにも拘らず。
そんなSPの行動を見た体育館の中にいた生徒と招待された人々は一斉に声を上げて、体育館の出入り口へと走った。しかし、出入り口ではそんな出ようとする生徒達を何十人もの警察官が抑えた。
「出ないでください!! 犯人が紛れ込んでいる可能性があります!! 出ないでください!!」
警察官の必死に出す声も生徒達の叫び声によってかき消された。そして、出入り口は生徒達によって突破された。
そのまま、流れるように人の波は体育館から出て行った。
◆
「ヒャハハハッ! いいね、いいねぇ! 面白い仕事を貰ったよ。天皇を殺すって俺ってどんだけ凄い事やってんだよ! ハハハッ!」
さっきまで体育館の屋根にいた男はスナイパーライフルをバッドを入れるような細長い袋にしまい込み、体育館から流れ出てくる人々の波に紛れ込んだ。
「楽しい……楽しいね……ああ、愉快だ!」
口を大きく歪めたその瞬間、男の細長い袋は爆発し、男の身体は粉々に飛散した。
◇
その様子を息を呑みながら見ていた俺は甚の方へと目を移した。その表情は一切の変化が無かった。こんな事、当たり前とでも言うかのように。
やはり、こいつはもう――俺の知る甚と言う人物なんかじゃなかった。
「なんで……なんでこんな事すんだよ! 人形を創って! 世界中の人を俺の血で殺そうとすんだよ!」
銃を両手で握る俺。片手では震えのせいで銃を落としてしまいそうだったからだ。
「そんな分かりきった事、聞いてくんのかよ……お前も莫迦だな、大貴。めんどくせえけど説明してやるよ。俺が不死身なのは知ってるよなぁ?」
俺は反応しない。
銃を両手で握り直して、甚へと向けている状態から動こうとしない。
「俺は――――神の子なんだよ」
「神の……子……? なにふざけた事、抜かして――――」
俺が怒号を発そうとした瞬間に甚はそれを遮って告げる。
「俺はアダムより生まれし神の子だ……――少し、神話のことについて話してやろうか?」
◆
――アダム。それは楽園を追放された哀れな神だ。
そのアダムのいた楽園には木が何本もある。そして、その木には二種類の木の実があるんだ。
生命の実と知恵の実――
生命の実を食べれば、永遠の命が与えられ、知恵の実を食べれば、全ての知識と考えが得られる。しかし、楽園では生命の実は食べてもいいが、知恵の実を食べる事は禁じていた。
その理由は生命の実と知恵の実。その両方を食べた者は神となってしまうからだ。だから、生命の実を食べていたアダムは永遠の命が与えられた。
そして、ある日――イヴに唆されたアダムは楽園の知恵の実は食べてしまった。
アダムは生命の実と知恵の実の両方を食べ、神となったためにすぐに楽園を追放された。
楽園から追放されたアダムは知恵の実を食べて、得た知識を使い、自らの楽園を作り出した――――“地球”という名の楽園をな。
地球という名の楽園には一つ、二つと生命の実が実っていき、生物も現れ始めた。
アダムが地球という名の楽園を創っている事に気付いた楽園側は地球へと使者を送り込んだ。そして、楽園から送り込まれた使者はアダムを殺すために生物の中に一つの生物を潜り込ませた。
別名、悪魔――――お前たち、人間だ。
人間は潜り込まされた使命を全うするためにアダムを殺そうとした。だが、アダムは永遠の命を手に入れているため、死なない。
そこで楽園から来た使者は人間の中に一つの兵器を潜り込ませた。
最凶の兵器――Deicida。
そのDeicidaを使って、アダムを消滅させるまでに追い込んだ。しかし、アダムは最後の力を振り絞って自らの分身を残した。
それが――
◆
「――この俺だ」
楽園、生命の実、知恵の実、アダム、イヴ、神の子……だと……?
「神の子? 楽園? 生命の実? そんな事、信じられるかよ!!」
俺は必死にその事実を俺は否定しようとした。だが、そんな俺の様子など気にせずに甚は告げる。
「俺が神の子だったなんてことは別に信じなくていい。それよりもお前にとっても興味深い話の内容があったんじゃないか?」
俺にとっての興味深い内容?
俺は甚の話をもう一度最初から思い出した。しかし、そんな内容は……
「最凶の兵器――Deicida……それが“一種の殺人ウイルスだ”と言ったらどうする?」
「……まさ……か……!?」
俺は甚の言葉によって導き出された答えに驚愕した。
「そう! そのまさかだよ! アダムをも一瞬で死に至らしめる殺人ウイルス。それがお前の血から採取されて創られる殺人ウイルス――――Deicidaだ!」
神をも殺す殺人ウイルス……それが――――俺の血?
絶望感が俺の心を包み込み、甚に向けていた銃を下ろしてしまいそうなくらい体が重くなったような気がした。
「甚……だったら、お前は俺の血を――殺人ウイルスを……何のために使う……」
「そんなの決まってる。害虫――人間の駆除のために」
甚は即答だった。
「……お前の言い分は……矛盾してる……」
そう。俺たち人間の事を害虫というのなら、早く殺してしまえばいいのに甚はそれを実行しない。そして、害虫と思ってる人間に復讐なんてするわけない。
「お前……俺たちを害虫なんて……思ってないだろ?」
俺は声を振り絞ってそう呟く。甚に銃を突きつけたまま。
「何が言いたい……?」
「お前はただの苛めを受けた高校生が復讐しようとしている姿にしか、俺には見えない!」
目立った行動を起こすのは認めてもらいたいからなんだと思う。
誰かに……楽園の使者に……
「お前は……お前自身は一体どこにいるんだよ! 何のために生きてんだ!」
甚は一切の表情を変えない。
俺を見たり、他のところに目線を向けたり。そして、甚は何がおかしかったのか急にげらげらと声を上げて笑い始めた。
「なにが……なにがおかしい!」
「……いや、別になんでもないさ。ただ、大貴――お前の言っている事は的を射ているのかもしれない。流石だよ。俺には何の目的もない。俺はただ、お前ら人間と楽園の奴らに復讐したいだけだ。これは俺の意志とは関係ない。俺の中に宿るアダムの意志だ」
甚は表情を無に戻してそう口にした。そして、もう一度、皮肉と言わんばかりに口元を歪めて、時計を確認して話し始める。
「長話をし過ぎたな……今の時刻は午前の九時四○分。もうすぐ、序曲が始まる。皇居。それに国会議事堂が爆弾によって破壊され、その後、ロシア等の外国での爆弾が爆発する。そして、大貴……お前は俺とともに来い。行かないというのならば――」
甚は一丁の拳銃を取り出して、右手に持ち、俺へとその銃口を向ける。
「――お前を殺す」
瞬間、俺は今の状況が分からなくなりそうだった。
甚が俺に銃を向けている。本当に俺を――殺す気なのか?
「俺は……お前となんかと一緒に行け――」
「じゃあ、ここで死ね。殺人ウイルスはもうできた。そして、そのワクチンもな。それと……」
俺の言葉を遮った甚は嫌な笑みを浮かべながら、銃口を他の所へと向けて、銃を俺に見せつける。
「……この銃、誰のだと思う?」
質問の意味が分からなかった俺は首を傾げて訝しげな表情で甚を見る。
甚の発言はまるで、その銃が他の誰かのとでも言うような口ぶりだった。
「蔵貴優輔がお前に渡した銃だよ。あいつは人形ではなく、この俺が殺してやった。無抵抗なそいつに向けて、俺は何度も何度も刃物を振り下ろしたんだよ!」
瞬間、甚の目が殺戮者のものへと変貌を遂げる。
甚と一緒にK事件の第一現場へと行った時に同行してくれた刑事の人。俺を護る為に銃を渡してくれた人。
甚を護ろうと、俺を護ろうと……してくれていたのに――
俺の中に怒りの感情が溢れ出す。
「――なのになんで……なんで殺したんだ!!」
「殺すのに理由なんかなくていい。そいつを敵だと認識すれば殺す。さあ、大貴……お前の中で俺は敵の認識されたはずだ。お前にとっての敵は俺でPersonaなんだろ? だったら、その銃で――俺を撃ってみろ!!」
Personaだと、敵だと認めたくない。俺の親しい友達――親友なんだよ……それを敵としてなんて見れるわけがない。
――けど、駄目なんだ……
撃たなきゃ、俺が死ぬんだ。俺が死んだら、甚の……Personaの思う壺なんだ!!
だから……だから撃ってくれよ! 動いてくれよ! 俺の指!
引き金にかけた指を俺は動かす事ができない。
あの時みたいに……また……また、俺は銃の引き金が引けないのかよ!!
「くそぉぉぉぉおおおおお!!」
俺が叫んだ瞬間、二つの銃声が広い会館に鳴り響いた。
◇
俺は……撃たれたのか……?
大貴は教室の床を見ながら、そう思った。自分は銃で撃たれて倒れたのだ、と。
大貴の放った銃の弾丸は甚の脳天を貫いた。だが、甚は平然とその場に立ち尽くしていた。
地面に倒れ事もなく。
痛い……痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――
――――痛い
「あああああぁぁあぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
腹を銃で撃たれ、叫び声を上げる大貴をその目で見下ろしながら、甚は呟く。
「俺は死なねえよ。けど、脳天を撃ち抜くなんて酷すぎだろ。“元”友達に対して」
甚はもがき苦しむ大貴にゆっくりと歩み寄る。しかし、甚が大貴のすぐ近くに来る前にその人物が姿を現した。
「英雄の息子……白井」
そう告げた甚が見た人物は翔を負ぶっていた英雄の息子と言う男の姿だった。
その白井と呼ばれた、その男は自らの手に持った銃を甚へと向けて、引き金を引く。
「ふん……そんなものに意味は――」
そう言おうとした甚だったが白井と呼ばれた男の狙いは甚なんかではなかった。
甚の手にしていた拳銃だった。
拳銃は放たれた弾丸により、甚から遠いところへと飛ばされる。
「天谷は殺させない。ワクチンを創るためには天谷の血が必要だ」
「まあいい。お前も翔も大貴も皆、皆、一緒に葬り去ればいいだけの話だ」
甚はポケットからケータイを取り出して、三つの番号を打ち込むと、決定ボタンを押した。
その刹那――大きな轟音、爆発音と共に激しい地響きが教室と校舎内を襲った。
「まさか――爆発させたのか!?」
「少し早いが……まあいいだろ……死ねよ。英雄の息子――白井。哀れな殺し屋――翔。そして――――」
甚は大貴を見下ろしながら、告げる。
「――――殺人ウイルスの塊」