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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第1章― 神の子
26/72

No.25  9月11日

 はぁ……なんか久しぶりだな。この制服着るのって。

 事務所の玄関でまじまじと北川高校の制服を見た大貴。そして、その視線を次に翔へと向けた。

「なっ、なんだよ……」

 大貴から目を背ける翔。なんか……

「ヤンキーって感じ? シャツ入れたら?」

「うるせー! てめえも眼鏡とマスクって、痴漢か!」

 痴漢と結びつくのに疑問に思った大貴だったが、あえて詮索はせずに玄関のドアを開いた。

 だらんと出されたシャツをズボンの中へと押し込みながら、翔は恥ずかしそうにしていた。

 くそー……制服なんて、中学以来だ……

 

 ◆


 そのまま、大貴の事に気付く者はおらず、厄介事にならないでスムーズに事を終えることができた。

 眼鏡をかけ、マスクをした大貴と、二十代なのにも拘らず、制服を着ている翔。そんな二人は周囲からの注目の的だった。

 今日行われる式典はテレビでも大きく取り扱われたりした話題だった。その話題性に比例して、マスコミが詰め掛けるところなのだが、学校の半径一キロ圏内は規制されており、外部から入れるのは生徒と、紹介状のような紙を持った者だけだった。

 大通りの方から行くと、マスコミが張り込んでいるだろうと予想した翔と大貴は態々、回り道をして、細い路地から、一キロ圏内へと入った。

 マスコミはいなかったが、一人の警察官は警備の為にいた。

 抜け目無い奴め、と舌打ちをした翔を見ながら大貴は、

 イライラしてんなぁ……まぁ無理もないか。

 と少し勘違いをしていた。

「学校に入ったら、予定通り、体育館の屋根に行く」

「ああ。分かってる。俺は場所を知らないんだから、案内はちゃんと頼むぞ」

 大貴の肩を叩いた翔に向けて、大貴は頷いた。


 ◆


 何人もの生徒が門を通っていく中を俺と天谷は心臓をバクバクさせながら、北川高等学校へと踏み入った。

 無事、学校内に入れたため、俺と天谷が同時に安堵の息を吐いた瞬間、警備員と思っていたスーツ姿の白髪交じりの男が俺と天谷の足を阻んだ。

 やばい……!? 気付かれたのか!?

 そう思った俺はもう一度、心臓をバクバクさせながら、スーツ姿の男を見た。ごくりと唾を呑む天谷。

 その様子を横目で見た時、白髪交じりの男は口を開いた。

「お待ちしておりました。お二人様。他の皆さんは直接体育館に入られますが、あなた方二人には北校舎に入ってもらいます」

「……あんたは……誰なんだ?」

 恐る恐る尋ねた。

「私は警視庁長官より雇われた者です。では、此方へ」

 そう言って、俺と天谷はその男に誘導されるがまま、北校舎の入り口へと入っていった。


 ◆


 入り口横の階段は机がつまれて、閉鎖されていた。まあ、どこにPersona(ペルソナ)がいるのかも定かではない。だから、どちらにしろ、体育館の屋根へと行った後、全ての教室を回るつもりだった。

 土足で学校の廊下を歩いていくというのは、初めは少し抵抗があったが、すぐに慣れた。そして、北校舎の廊下の端へと辿り着き、角を右へと曲った中央校舎の廊下に俺はそれを目で捉えた。

 ……!? やはり、簡単には行かせてはくれないか……

 その目で捉えた人物との距離が五メートルくらいになったとき、俺と天谷は足を止めた。その瞬間、その人物は口を開く。

「待っていましたよ、天谷。そして……――」

 そう言って微笑んでいた表情が急に崩れ、俺の方を睨みつける男。

 その男は人形の女――麻奈(まな)と俺が真剣で斬り合いをしている際に人形の女の子と一緒に現れた紳士的な性格の人形の男だった。そう。俺が瞬時に毒の塗った刀で右腕を斬り落とした人形。

「僕は天谷大貴と翔をこの先へと行かせるためにここにいる」

 俺は人形の言っている事が一部、納得いかなかった。

「なんで、俺と天谷を?」

「愚問ですね。それがPersona(ペルソナ)様の命令だからに決まっていますよ。『天谷と翔は殺さず、俺のところまで連れて来い』と、そう命令されたんです」

 Persona(ペルソナ)の計画を阻止しようとここまで来た俺と天谷を殺さずに、自分のとこまで連れて来いだと? 一体、Persona(ペルソナ)は何を企んでいるんだ……

 考えても疑問は募るばかりで、俺は考える事を放棄した。


 ――もう、既に戦いは始まっている事に俺は気付いていなかった。


 横の天谷がマスクを外し、伊達眼鏡をポケットの中へと入れた。その刹那のことだった。

 俺の首を鋭利な刃物が掠り、俺は咄嗟に自らの身を後ろへと退かせた。その刃物は俺の前を歩いていた人形が持っていたナイフだった。

「たとえ、君を殺す事がPersona(ペルソナ)様の命令に背いていたとしても、僕はそれを実行せざるを得ない。何故なら、僕の中でうごめく感情が君を『殺せ』と騒ぎ立てているのだから」

(しょう)!?」

 前から俺の元へと近寄って来ようとする天谷。しかし、それを俺は右手で制した。

「俺のことは気にするな……お前は先に行け! これは俺の問題であってお前が干渉していいものじゃない! けりをつけるんだろ? Persona(ペルソナ)の奴の事について! お前の中で!」

 天谷はその言葉を聞いた瞬間、少し顔を俯かせた様子を見せて、顔を上げ、

「……ありがとう。ちゃんと……ちゃんと追いついてこいよ!」

 と、言って人形の横を通り過ぎて、見えなくなった。

 ああ、必ずな……

 さっきの天谷への返答を心中で呟きながら俺はゆっくりと、人形へと目を移した。

 いつもそうだ。俺の目の前を阻むのは必ず、人形。

 右肩から提げていた細長い袋を右手に取り、袋を地面に投げ捨てる。そして、鞘を口に銜え、右手で刀の柄を握って刀を抜き取った。

 やはり、左手が無いと言うのは本当に不便だった。

「左腕……失ったのか?」

 目の前の人形が嘲笑うかのように尋ねてきた。

 それに対して、俺は迷う事無く頷いた。

「ああ。俺は先を急いでるんだ。会話なんてしてる時間さえ、今の俺にとっては惜しい。だから――」

 その瞬間、俺の言葉を遮るように人形は言葉を放つ。

「ふーん……僕は君にとっての通過点にしか過ぎないと、そう申しているんですね」

 人形は口元を歪ませて、俺の方を睨みながら、さらに言葉を口にする。

「実に滑稽な話です」

 その瞬間、人形は勢い良く地面を蹴り上げて、此方へと疾走してきた。

 俺は刀を右手で構えて間合いが十分になるまで迫り来る人形を凝視する。

 一秒もかからないほどで刀の間合いまでの距離に達して、俺は刀を振るった。だがしかし、人形が自分の身体へと刀が振り下ろされる前に俺の死角である左側へと跳んだ。

 すぐに左の方向へと体を回すが、時はすでに遅かった。

「くっ……そ!?」

 鋭利な刃物が俺の左脇下へと突き刺さる感触が分かった。いや、厳密に言うとそれは感触じゃない。痛みだった。

 人形はその鋭利な刃物を俺の左脇下から抜き取って、俺に追い討ちをかける事無く後方へと退いた。

 心臓よりも数センチ下の辺りを刺されていたようで、出血量は俺の想像を遥に超えていた。左目を失っても、そこまで危機感がなかった俺への罰とでも言うかのように。しかし、その罰を得て、俺は左目を失った、重大な危機感を覚えた。


 ◇


 八草病院


 二○一一年の八月下旬に翔が入院していた病院の五階。その階に(ゆい)の病室は存在する。その病室にはベッドで寝たきりの唯と窓から外の風景を眺める藍堕(あいだ)の姿があった。そして、扉の向こうにも二人の人物がいた。

 その病室の扉の向こうにいる二人の人物の内の一人がコンコン、コンコンと病室の扉をノックをする。そのノック音を共に病室の扉が開かれた。しかし、中を確認するように突っ立ったままの男の目に藍堕の姿が映る事はない。

 そう、さっきまで窓の外の風景を眺めていた藍堕の姿はなく、ノックをした男は唯以外の誰もいないことを知り、病室へと一歩、足を踏み入れた。

 ――その刹那、

 足を踏み入れた男の首に一本のナイフが突きつけられた。

 そう。藍堕は扉のすぐ横にナイフを持って隠れていたのだった。

「何しに来た? てか、なにモンだよ、てめえら」

 その言葉に込められた意味は別にあった。

 “答えを誤れば、殺す”

 そういう意志や殺気が込められていた。

 男はそれを感じ取ったのか両手を上げて、

「怪しいモンじゃない。後ろにいる奴を見れば、分かる」

 と告げた。

 藍堕はナイフを男の首へと突きつけたまま、後ろのもう一人の人物の顔を窺った。その瞬間、藍堕の目は大きく見開かれた。

「お前は――――」

 藍堕は驚嘆した後にその表情を苦笑へと変えて、男へと突きつけていたナイフを持っていた腕を下ろした。

 その人物は犬塚(いぬづか)を助けた組織の中のスナイパーライフルを持っていた男であった。そして、藍堕もその男を知っているような、反応だった。

「……なんでお前がこんなとこに来たんだよ。もう一人の英雄の息子さんがぁ」

 皮肉を交えて言葉を発する藍堕に対してナイフの突きつけられていた男の後ろにいた人物は笑う。

「そんなふうに呼ぶな。俺にもちゃんとした名前があるんだ」

 藍堕はもう一度、ナイフを突きつけられていた男の後ろにいた人物を一瞥して、窓の方へと戻っていく。

「で、ここに何の用で来た?」

 後ろにいた人物はナイフの突きつけられていた男を後ろへと退かせて自分が前へと踏み出す。

「お前は北川高校に行っていいぞ。いや、行ってくれ。その唯って少女は俺が護っておいてやるから」

 英雄の息子だと言う男は唯を一瞥しながら、答えた。だが、藍堕は首を振って否定の意思を表す。

「お前が行きゃあいいだろうが。俺にはPersona(ペルソナ)とは無関係」

 しかし、それに対して英雄の息子だと言う男は嘲笑った。

「俺には役不足に決まってるだろ? “もう一人の英雄の息子――翔”を護るにはね。それに才能を開花させるためには千里眼を持っているお前の方が必要だと思うんだが?」

 藍堕は少し思案するような素振りを見せてから、英雄の息子だと言う男の方を見た。

 その目は揺るぎない意志が映っていた。

 深く溜息を吐いて藍堕は「分かったよ……」と病室の扉へと歩み始める。すると、英雄の息子だと言う男は付け加えるように呟いた。

「それと、一つだけ気をつけておいて欲しい事がある。天谷大貴(だいき)の行動には十分な注意を払っておいてくれ。Persona(ペルソナ)の奴と接触する可能性がある」

 藍堕は自らの足を止めてその言葉の意味に疑問を持った。

「接触するのは危険なのか?」

 藍堕は尋ねたが、英雄の息子だと言う男は答えることはなかった。しかし、藍堕に答えることはなかったが、応えてはくれた。英雄の息子だと言う男は少し微笑んだのだった。

 藍堕は首を傾げながら、その病室から出て行った。そして、藍堕の足音が段々と遠ざかっていく中、藍堕にナイフを突きつけられた男が呟く。

「あなたも行ってくればいいいのに……」

「そうだな……たぶん、奴――Persona(ペルソナ)の9.11の目的は此処じゃない。9.11の目的は二つ。証拠隠滅と“日本の象徴を殺す”のが目的みたいだからな……」

 英雄の息子だと言う男も藍堕と同様、病室を出ようと扉の方へ足を進め、

「此処はお前に任せる」

 と、藍堕にナイフを突きつけられた男がゆっくりと頷くのを確認してから、病室の扉を開けて出て行った。


 ◇


 藍堕が病室を出てから二十数分後 北川高校


 五階建ての南校舎の四階の教室の窓から、俯瞰風景を見る人物が一人いた。その俯瞰風景には体育館も含まれていた。

 Persona(ペルソナ)はその体育館の屋根にいる一つの影を見て、仮面の内の口を歪めて見せた。

 そんなPersona(ペルソナ)のいる教室に一人の人物が部屋の入り口に辿り着いた。

「窓の外の風景眺めて、ニヤニヤしてんじゃねえよ、Persona(ペルソナ)

 部屋の入り口から聞こえたその声に対して、瞬時に反応したPersona(ペルソナ)はその人物を目にするやいなや、目を大きく見開かせた。そして、殺意を()めてその名を口にする。

『藍堕権介……何しに来た!?』

 Persona(ペルソナ)のその尋ね掛けに対して藍堕は嘲笑った。

 そして、藍堕も同様に殺意を籠めて言葉を発した。

「てめえを殺しにだよ! 仮面を被った臆病者(チキン)野郎!!」


 ◇


 北校舎――一階――


 俺は何もせずにただ、そこに佇んでいた。

 人形の速い動きを自らの目で捉える事が叶わずにただ、そこに佇んでいるだけの俺の体はどんどん斬られていく。しかし、俺の体の斬傷は増えていくのだが、致命傷は避けられていた。

 止めを刺すのは(なぶ)った後で良いと言う人形の思考が丸見えだ。

 どうして、俺は何にもしようとしないんだ……応えろよ、俺……耳鳴りがして、目の前が見えなくなって、イライラして……


 ――目の前が真っ白に染まって……


 そして、突然、真っ白だった目の前が紅い紅い血の色へと変貌していく。

 “一緒に死んでちょうだい!!”

 誰なんだ……俺の頭の中で何度も何度もそう呼ぶのは――――誰なんだ!

 記憶の残照は確かに存在するのに思い出すことができない。

「どうしたんですか? 抵抗する気も失せましたか?」

 そう口にしながら、人形は俺の身体(からだ)を鋭利な刃物でどんどん傷つけていく。

 なんで俺は何もしようとしない……傷つくのを拒もうとしない。いや、違うのか?

 俺は気付いた。

 傷つく事が――罰が俺の救いになっているのか?

 人形の発言に対してそれでも何もしようとしない俺に人形は言葉を投げかける。

「早く抵抗しないと、大量出血で死んでしまいますよ?」

 俺の耳には人形の声など聞こえていなかった。

 頭の中で何かが引っ掛かる……

 ――こいつを殺せば、このイライラした感覚も耳鳴りも治まるのかな……?

 その考えに及んだ瞬間、俺の中に何かの感情が湧き上がった。


 それは――快楽だったのかもしれない。


 俺は刀を強く握りなおして、構える。

「やっとやる気になったようだね? でも、もう手遅れだよ」

 左目がない俺は目で敵を追っていてはいけない。

 目で追うんじゃなく、耳や鼻、勘を使って相手のいる場所を見極めるんだ。

 自分に言い聞かせる俺はまだ、続ける。

 目で見るものはただの補足にしか過ぎない。いつもそうだったじゃないか。殺し屋として暗殺する際は殆どが夜。暗闇の中で人の寝息、足音、気配で居場所を理解していたはずだ。

 ――俺は剣道のせいで目に頼りすぎていたんじゃないか?

 俺は右瞼も閉じて、目からの情報を完全に遮断した。そして、俺は音や気配によって分かった人形の行動――左の方から俺を斬りつけようとしていた人形に対して俺は刀を振るった。

「なっ!?」

 そんな声を上げた人形を見るべく、俺は右目を開く。

 俺は人形の刃物を持っていた右腕を斬り落としたようで、人形の右腕の場所には大量の血が滴り落ちていた。

「ここからが本番だ……Persona(ペルソナ)DOLL(操り人形)が!」

 人形は俺を睨みつけ、険しい表情を浮かべながら呟く。

「腕を一本斬ったくらいで……調子に乗らないでくださいよ、糞野郎」

 次の瞬間、斬ったはずの右腕の切り口から骨が飛び出し、肉がそれに巻きついていき、皮膚がそれを覆って、元の右腕に戻るのだった。


 ◇


 南校舎――四階――


 すまない、堆我(たいが)……あんたの息子を俺は素通りしてきちまった。

 藍堕は内心でそう今は亡き、翔の父親に謝りながら、教室へと入っていく。

 教室の中心には仮面を付けたPersona(ペルソナ)が佇んでおり、もう一人の人物がその部屋に隠れている事は藍堕の目には視えていた。

『……お前が来る事は別に想定していなかったわけじゃない。そして、お前の相手は――俺じゃない。お前の後ろにいる奴だ』

 千里眼を発動させていた藍堕はPersona(ペルソナ)のその言葉に驚く素振りを見せなかった。

 藍堕はゆっくりと後ろを振り向いてその人物を確認する。

 その人物は黒い布を纏い、大きな鎌を持った死神のような姿の人物だった。

「仮装パーティーでもやる気だったのかぁ? Persona(ペルソナ)

『そんなわけがないだろ? お前も何度も耳にした事があるはずだ。殺し屋――――“首斬り”の名は』

 ――!? 首斬りだと!?

 声を張り上げそうになった藍堕だったが、それを必死に堪えた。Persona(ペルソナ)の言葉に動揺させられてはいけないと分かっていたからだ。

 その首斬りという殺し屋は藍堕が二十歳くらいの頃に聞いた、ニュースになった殺し屋の名であった。大量殺人のみの依頼しか受け入れず、その全ての人間の残った屍の首が刎ねられていたという。

 たしか、五年前に行方を晦ましたと聞いてたがぁ……その首斬りが本当に俺の目の前に?

「ホラ吹いてんじゃねえよ……」

 藍堕はPersona(ペルソナ)の方を見ながら、そう告げる。

『嘘なんかじゃあない。首斬りの屍を用いて創った正真正銘、“首斬りの人形”だよ。いつも血に餓えてる奴だから、不意を突かれて殺されてしまうかもよ? その大きな鎌で』

 藍堕は息を呑んでもう一度、自分の後ろにいる人物を凝視した。

 藍堕の中に恐怖と言う感情が湧く。

 それは自分の目の前にいる首斬りという存在からではない。その首斬りの心が読めないのが恐かったのだ。

 なんでだぁ……? 千里眼でも心が読めない。何も考えていねえのか? いや……そんなのありえるはずがねえ……

『じゃあ、俺は退散させてもらおうかな?』

 そう言って、教室にある二つの出入り口の内の藍堕のいる出入り口とは違うの出入り口のほうへと向かうPersona(ペルソナ)

「待っ――――」

 Persona(ペルソナ)に向けて言葉を言おうとしたその刹那の出来事であった。

 そう、正に刹那。

 藍堕の右腕の右肩から先が斬り落とされていた。

 そんな藍堕の様子を一瞥したPersona(ペルソナ)は仮面の内で口元を大きく歪めた。

『だから、言ったじゃないか。“いつも血に餓えてる奴だから、不意を突かれて殺されてしまうかもよ?”ってね』

 藍堕は千里眼によって首斬りが藍堕の右腕を斬り落とそうとしたのは分かった。だが、体が首斬りのスピードに反応できなかったのだ。

 首斬りの鎌を振るうスピードは人形だけに人間技ではなかった。 

「くそ……出鱈目な人形め……!?」

 首斬りの動きが千里眼で読めたとしても反応できないのでは意味がない。

 そのとき、藍堕の中にある推測が過ぎる。


 ――俺はこいつに……殺されるかもしれねえなぁ……


 ◇


 北校舎――一階――


 俺は右腕が再生したところで驚く事などなかった。もう、そんなことは承知して理解しているからだ。すると、そんな俺の様子を見ていた人形は口を開く。

「僕の中には爆弾が埋め込まれています」

 急に何を言い出すかと思えば……

「だからどうした? その爆弾って奴は自動車が爆発する程度の威力しかないんだろ?」

 そう尋ねた俺だったが、人形は俺を嘲笑うように告げる。

「フフ……“普通”はね。けど、僕の中の爆弾は少し威力が大きいのを入れてもらいましたよ。飛行機が爆発するくらいの威力の大きい爆弾をね。それが僕の中に入っている」

 飛行機が爆発するくらいの威力だと……?

 俺はその表現から被害の規模を想像する事ができなかった。しかし、一つだけ理解できる事がある。

 そんな爆弾が爆発したりしたら、俺の想像する以上の被害者が出る事を俺は理解していた。

「どうしてお前のだけ、威力が大きいんだよ……」

「そんな事……言わなくても察する事ぐらいできるでしょう? 君に復讐するためですよ」

 そういえばこいつ……そんなこと言ってたな。復讐か……心や感情がある人形を創るからこういう事になるんだよ、Persona(ペルソナ)

 復讐に捕らわれて、目的を失う。まるで俺みたいだな。

「お前は悲しい奴だよ……一つ、忠告しておくが復讐なんてやめてとけ。何もかも失う事になるぞ」

「君が僕に命令ですか? ……実に腹立たしい!!」

 俺の先の発言により、人形の怒りは最高潮に達したようだった。

 瞬間、人形は勢い良く地面を蹴り上げて、俺の方に向かってきた。

 冷静な判断が取り柄だったそいつの動きが直線的なものへと変わる。

 人形の動きが直線的になった事により、さっきよりも人形の動きに反応できる。

 俺を斬りつけようとする刃を避けて、反対に俺が人形を刀で斬っていく。しかし、俺が刀でつけた人形の斬傷は瞬く間に無くなっていくのだった。

 俺はそんな事、気にする事無く、何度も何度も斬りつけていく。すると、何百回と斬りつけていく内に俺はある事に気が付いた。


 ――段々と傷の再生が遅くなってきてる! 


 それは明らかな事実だった。

 さっきまでは五秒も掛からずに傷が消えていたのにも拘らず、今では二十秒ほどの時間を要するほどになっていた。

 再生能力が衰えてきてるのか? だったら――


 ――人形は不死身じゃない!?


 そう思った瞬間、人形の斬傷の回復が止まった。それは何千回と斬った結果だった。そして、それと同時に人形は自らの動きを止めた。

「……!? もう、再生できないのですか……不完全な不死。だから、所詮、私たちは“不死の人間”なんかではなく、“不完全な人形”なんですね。Persona(ペルソナ)様」

 人形は変な呟きを漏らして口元を大きく歪めた。そして、人形は言葉を吐き捨てる。

「僕と君は――ここで終わりです」


 ◇


 北校舎―三階―


 どこにいる……? Persona(ペルソナ)……

 一つ一つの教室をこまめに確認しながら走り回っていた大貴(だいき)Persona(ペルソナ)の姿を探していた。だが、一向に見つけることはかなわない。

 しかし、明らかに時間と今の大貴のいる場所は比例しなかった。

 俺はたぶん、逃げてる……真実から逃げようとしてる……だから、俺はいるはずも無い棚の中まで探してるんだ……

 自分のことを分析する大貴は自分に言い聞かせた。

 真実から、目を背けようとするな!

 そうして顔を俯けながら、歩いていた大貴は瞬間、顔を上げた。

 すると、あるものの存在が大貴の目に映った。

「……銃?」

 そう、教室の教卓の上にその黒い銃が置かれていた。

 大貴はその銃を手にとって本物かどうかを確認しようとした。

 手にとって重さを感じる大貴はその銃の引き金に手を掛けて、机目掛けて銃の引き金を引いた。

 銃弾は勢い良く発射され、撃たれた跡も机にちゃんと刻まれていた。

 銃の発射した反動で後ろへと尻餅をついた大貴は目を丸くした。

 本物……!?

 大貴はその銃をそっと自らのポケットへとしまいこんだ。それは大貴の中で銃を持っていた方が良いと何かが告げていたからだった。

 少しその場に立ち止まった大貴だったが、教室の出入り口へと足を進め、廊下に足を踏み入れて、再度、仮面の男――Persona(ペルソナ)の姿を捜し始めたのだった。


 ◇


 北校舎――一階――


「何故だ……何故、爆発しないんだ!!」

 人形は急にそう叫び始めた。そいつの発言からすると、自分の中の爆弾を爆発させようと試みていたらしい。

 だが、爆発する事はなかった。

 今がこいつを壊す最大の好機と見た俺は瞬間、人形との間合いを急速に詰めた。そして、そいつの首を斬り落とした。

 頭と体が分断され、地面に倒れる体と落ちる頭。しかし、そいつは首を切断されて、大量の血を流していても辛うじて生きていた。

「終わりですよ……君たちの現実と言う名の……夢はね……」

 その瞬間、人形は死んだ。いや、壊れた。

 俺はもう倒れそうな体を辛うじて立たせていた。足下がふらつく。

 それでも俺は天谷の元へと行かなければならない。天谷の「ちゃんと追いついてこいよ」の言葉に心の中で「必ず」と応えたから。

 重たい体を引き摺りながら、俺は北校舎の廊下を進んでいった。


 ◇


 南校舎――四階――


 天皇皇后両陛下の遺体がある部屋から出て行ったPersona(ペルソナ)は廊下を歩きながら、独りでに告げる。

『お前だけのために俺の復讐をパーにさせてたまるかよ。爆弾は偽物、本物は他の人形に埋め込まれている』

 そして、Persona(ペルソナ)はもう一度階段を上って、南校舎の建物の五階へと辿り着いた。

『五階か……』

 懐かしい物でも見るかのように呟いて、五階の教室からの景色を見回すPersona(ペルソナ)は、入り口から奥の方へと進んで行く。そして、Persona(ペルソナ)が教室の奥へと辿り着いたのと同時に教室の入り口に一人の人物の足音が飛び込んだ。

 仮面の男――Persona(ペルソナ)はゆっくりと後ろを振り返り、ガスで変えられたその声でその入ってきた人物へと告げる。



『やっと来たか――――大貴(だいき)


 ◇


 藍堕は大貴がこの教室の横を走り去ったのには目もくれずにただ、首斬りという名の人形を凝視していた。

 藍堕の右の肩から指先まではその教室の床に転がっており、大量の血を床、机、窓にほとばしらせていた。そして、腹も深くその首斬りという名の人形によって抉られており、大量の血を床へと伝わせる。

 駄目だ……こいつはぁ……強すぎる……

 その瞬間、藍堕は大量の紅い血液を口から吐き出した。

「くそ……もう……終わり……かぁ……?」

 膝を床に着いて俯く藍堕。

 ちっ……くしょう……このまま、無抵抗で終わるのかぁ……? ハハ……それも良いだろうけどなぁ、男ならやっぱ……最後まで抵抗しないといけねえだろ?

 藍堕はゆっくりと口元を歪ませ、微笑みながら、ゆっくりと立ち上がる。

 ――有終の美を飾らねえとな……

「来い! 首斬りぃ!!」

 藍堕は手に小さな一本のナイフを構え、そして、心には一本の大きな刃を立てた。

 それと同時に首斬りという名の人形はその大きな鎌を上に振り上げる。

「うおおおおおぉぉぉぉぁぁあああああ!!」

 意味の無い叫びを発しながら、藍堕はその傷だらけの体を引き摺り、人形へと飛び込んでいった。

 その瞬間、首斬りの鎌は藍堕へと振り下ろされた。

 その刹那――




 ――――藍堕の首は宙を刎ねた。

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