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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第1章― 神の子
24/72

No.23  アンフェアな交渉

 連絡が取れないって……

「もう生きてないんじゃ……」

 Persona(ペルソナ)が生きていたら、龍雅が生きている可能性はゼロに近い。奴は銃で心臓を撃ち抜かれても死ぬ事がなかった。

 俺が頭の中で考えをめぐらせる中、俺のベッドの横に立っている男は「いや」と俺の先の言葉を否定した。

「奴は生きてるだろ」

 そう言って男はベッドの下を手で探るように屈んで細長い袋を取り出した。

 細長い袋……それは(まさ)しく(ゆい)の使っていた刀――俺が龍雅との戦いで使用した刀だった。

「これが受付に預けられてた。ご丁寧に刀って分からないように何重にもダンボールで包んでな。まったく……ご苦労なこったよ」

 皮肉を漏らす男だったが、その表情には少しだけ心配の色が滲んでいた。

 だけどなんで、受付まで刀を届けたんだったら、男――藍堕に会わなかったのだろうか。

「あいつは何かしらの理由があって俺たちに連絡もよこさないのかもなぁ……それにこの刀を預けたのがあいつとも限らないしな」

 俺の気のせいかもしれなかったが、さっきよりも藍堕の心配の色が濃くなったような気がした。

 藍堕はそんな表情を隠すようにまた、外の風景へと目を向ける。

 俺は何をする事もなく、ただベッドでじっとしていることしかできなかった。

 寝てみようと瞼を閉じても意識は保たれたままで、寝る事は不可能そうだった。

 十数分の時が経つまで寝られずにベッドに横になっている状態が続いていた。

 藍堕はその十数分の間、ずっと窓の外を眺めているだけで動こうとはしない。

 こんな状態があと何分続くのだろうかと思っていたその時、藍堕がやっと、口を開いた。

「お前……父親の事についてはどのくらいまで知ってんだぁ?」

 そんな唐突な質問は外の景色から目を離すことのない藍堕によって紡がれた。

 どのくらいまで……とはどのくらいまでなのだろうか?

 曖昧すぎてよく分からなかったがそれ以前に俺は親父のことについて、殆ど知り得ていなかった。

 その問いに対して、俺は何も応えることなく黙って親父について必死に頭の中から記憶を引き出していると、外の景色を眺めていた藍堕はいつまでも応答がないので俺の方を向いてきた。

 「じゃあ、質問の内容を変えてみようか?」と藍堕は切り出すと、淡々とその質問の内容を告げた。

「お前がPersona(ペルソナ)の奴に生かされている理由、何だか分かるかぁ?」

 否定の動作で応えた俺は少し疑問を抱いた。

 生かされている……そうだ、あの龍雅が俺を殺そうとしたときも奴が――Persona(ペルソナ)が止めてきた……一体どういうことなんだ……?

「“復讐するため”――だろうなぁ……」

「……復讐を?」

 俺はPersona(ペルソナ)に恨みを買われるようなことをしたか? いや、した覚えがない……じゃあ、なんで俺が――

 その時、藍堕の一つ前の質問を思い出して、俺の脳裏にある人物の顔が過ぎ去った。そいつは――

「――親父……? 親父がPersona(ペルソナ)に何かしたのか?」

「そーゆーこと。その事については知ってた方がいいと思うが、お前の首を深く突っ込む事になる。それでも聞きたいかぁ?」

 俺が肯定の動作で応えると、藍堕は「よしっ!」と言わんばかりの表情を浮かべて話をし始めた。

「9.11は知ってるよなぁ……? あの二○○一年に起きたアメリカでの同時多発テロ事件――航空機をハイジャックすることによって行われた自爆テロ。あれは全てPersona(ペルソナ)によって仕組まれたものだったんだよ」

 俺は重大な事実を聞かされたような気がした。

 この話の前に言っていた藍堕の言葉を思い出す。

 “お前の首を深く突っ込む事になる”

 本当に首を深く突っ込む内容だった。

「本当はニューヨークに壊滅的な被害を与えるのが、Persona(ペルソナ)の目的だったんだけどよぉ……ある二人の人物によってその被害を最小限に抑えた」

 最小限に……

 全世界に衝撃を与えた事件が最小限ならば、それが抑えられていなかったらどうなっていたのだろうか?

 俺の背筋に悪寒が走り、冷や汗まで垂れてきた。

 考えられない。考える事ができない。考えたくない。

 9.11はPersona(ペルソナ)の手によって仕組まれて、起こったものだって?

 信じられない。信じたくない。

「被害を最小限に抑えなければ、原子爆弾を落とされた広島や長崎のようになっていただろうよ。焼け野原にな。それを最小限にまで抑え込んだ二人。一人の名はニコラス・ファルマン。彼は対テロ対策部隊の隊員だった。そして、もう一人は――――お前の父親――一宮(いちのみや)堆我(たいが)だ」

 俺の……親父が……!?

 もう、何が何だかよく分からなくなってきた。

 9.11がPersona(ペルソナ)の手によって仕組まれていたものでそれを最小限にまで抑えたのが俺の親父だって?

 俺は思わず、横になっていた体を起こして、頭の上に手を置いた。

「まあ、信じてくれようがくれまいがどっちでもいい。問題はその後だ。Persona(ペルソナ)は9.11が失敗したからといって引き下がるような奴じゃない。全世界を恐怖に陥れようと、また、テロを遂行しようとした。二○○一年の十二月二十四日にな。けど、そのテロを遂行しようとしたときにお前の父親が交渉を持ちかけた」

 淡々と語っていく藍堕だったが、俺はその一つ一つを整理できなくなってきていた。

 そんな俺の状況を察してくれたのか藍堕は十分くらいの間、何も語らなかった。

 俺はその間、脳みそを最大限に働かせて項目の一つ一つを整理していき、理解して、受け入れていく。

 全ての事の整理と受け入れる事を終えた俺は深く溜息を吐いた。そして、その続きについて質問する。

「それで、俺の親父はPersona(ペルソナ)にどんな交渉を持ちかけたんだ?」

「ああ。“天谷(あまや)大貴(だいき)”の存在を教える代わりに二○一一年八月までテロをやめろと持ちかけた」

 天谷の存在を教える代わりに二○一一年八月までテロをやめろ……? なんでそんな交渉を持ちかけたんだ? 意味がないし、“天谷の存在を教える=殺人ウイルスを仮面の奴に渡す”って事だろ? 全然、吊りあってないじゃないか!

「なんの……ために……?」

「分からねぇ……“二○一一年八月まで”って言うのが何の意味を持つのか。そして、Persona(ペルソナ)は何故、天谷大貴をすぐに手中に治めなかったのか」

 天谷を手中に治めていなかった?

 疑問に思った俺はPersona(ペルソナ)の正体を思い浮かべて気がついた。

 いや! Persona(ペルソナ)は天谷を手中に治めていた!

「藍堕……さん。あんた、Persona(ペルソナ)の正体、知らないのか?」

「いいや……知らねぇけど?」


 ◇


 2011年9月1日


 昨日、俺は藍堕が去ろうとした時に呼び止めるように最後の質問をした。

 ――あんたはこれから、どうするつもりなんだ?

 病室から出ようと扉を開けようとした藍堕の手が止まり、振り向かずに答える。

 ――龍雅にはたんまりと金貰ったからなぁ……その分、唯って女の子を護らなきゃならない。

 そして、藍堕は俺のいるベッドの方へと振り返り、少しだけ口元を綻ばせた。

 藍堕は俺を安心させるようにそう呟いた。

 ――此処の病院に残るよ。俺は――全ての依頼を成功させてるからなぁ。

 すると、藍堕は逆に俺へとこう質問してきた。

 ――ところで、お前はこれからどーするつもりなんだ?

 俺は真っすぐな視線を藍堕に向けながら、考える事なく即答した。

 ――俺は――――

 そんな昨日の藍堕との会話を思い出しながら、俺は白い天井を見つめる事をやめ、ベッドから体を起こした。

 ベッドの横の台に置かれた花瓶の横にある時計を確認すると、今の時刻は午前八時だった。

 床に置かれたスリッパへと足を入れ、ベッドの上から床へと足を着ける。

 俺は右手で点滴を引きながら、窓の開いた病室を出た。

「唯のところに行ってみるか……」

 誰も通っていない廊下で俺は一人、呟いた。

 藍堕がいるかもしれないし、唯のところに行く気もしなかったが、ちゃんと伝えておかなければならない事があった。

 “眠っているのだから伝わるわけがない”と普通はそう思うのだろうが、俺には眠っていてもちゃんと伝わっているような気がするのだ。

 俺の病室は三階で唯の病室は五階にある。

 エレベーターで二階上がると、すぐに五階へと着いた。

 エレベーターを降りた後、唯の病室までゆっくりと進んで行き、一応ノックした。

 病室の扉の向こうからの返事はなく、藍堕がいないという事が確認できた。

 俺は唯の病室の扉を開けた。やはり、病室には藍堕はおらず、病室はベッドに寝ている唯の姿だけがあった。

 屋上から千里眼で視ているのか? と言う推測をするが俺は否定した。命を削るというのにそんなに長い時間、使いたくはないはずだ。そうすると、俺は一つの答えに行き着いた。

 俺の心を読んだのか……

 チッと舌打ちをしながら、俺は病室へと入り、唯の寝ているベッドの横で立ち止まった。そして、俺は少し躊躇いながらも、言葉を呟いた。

「お前のおかげでいろいろな事に気付けた……俺の方こそ、『ありがとう』だったんだ。お前が目覚めるその時まで、俺は――待ち続ける。けど、やらなきゃならない事が俺にはあるんだ」

 そう。藍堕にお前はどうするのかと問われたときに答えたことを俺はしなければならない。

「――Persona(ペルソナ)がやろうとしている事を阻止する。そして、俺に剣道を教えてくれた人形の女――麻奈(まな)Persona(ペルソナ)から救い出す。それが終わるまで……お前も俺を待っていてくれ」

 唯は当然、何も応えはしなかった。

 当たり前で、当然の事だったのだが、俺の中には少し寂しさが滲んだ。いや、本当は少しどころではない。寂しさが溢れ出しそうだった。

 俺は耐えられなくなって病室から出て行こうとべッドから目を背けた。そして、病室を出るために扉を開ける際、もう一度、唯の顔を見た。

 俺の錯覚だったのかもしれなったが、その表情はさっきとは違って微笑んでいるように見えた。


 ◇


 2011年9月4日


 その後、何かをしたといえば一日くらいだけで今日まで何もせずにただ、寝ていたりだとか軽い筋トレなんかをしたりして過ごした。

 やっと今日、医師からの退院の許可が下り、俺はその準備(藍堕が事務所まで取ってきてくれた服に着替えたり、など)をしている最中だった。そして、いろいろと準備が終わった後、ベッドの下に隠した細長い袋を右肩に提げて、病室を後にした。

 唯にはもう特に伝える事もなかったので病室に行ったりはしなかった。

 エレベーターに乗って一階のロビーへと行き、病院を出た。その瞬間に俺は息を大きく吸って深呼吸した。

 ゆっくりと息を吐き終えて、気持ちの切り替える。

 9.11……その日まで何かをしないといけない。けど、こんな短い時間で一体何を……?

 自問自答するがそんなことはもう決まっていた。

 俺に剣道を教えてくれた女の人形――麻奈を助け出す。そして、9.11の事についてでき得る限りの情報を集める。

 行動しようと足を一歩、前に踏み出したが――

「っと……忘れてた」

 ――ある事を思い出して俺は足を止めた。

 天谷と浦議(うらぎ)と別行動をしようとしたときに俺が告げた一言を俺は思い出したのだった。

 “ある程度の情報が集まったら、此処に戻ってくるんだ”

 ふぅーと深く溜息を吐く。

 溜息を吐いた理由は天谷と浦議が俺を待っているかもしれないと思ったからだ。

 待っていたなら、機嫌が悪いだろうな……

 もう一度、溜息を吐いて俺は呟いた。

「さて、戻るかぁ……事務所に」

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