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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第1章― 神の子
21/72

No.20  二つの思い

 事務所


 大貴(だいき)にはやる気がなかった。

 どういうことなのかというと、(しょう)の事務所のゴミ箱に入っていたメモ用紙を見たからだった。

 否定したい事実の書いてあったそのメモ用紙。

 大貴はもう、完全にやる気をなくしていた。

 それともう一つ、彼のやる気をなくす要因となっているのは――

 ――警視庁・警視庁長官による北川高等学校を訪れる天皇の警護。

 九月十一日に行われるそこですべてを確かめればいいと思ったのであった。

 俺が……俺が奴を殺さなきゃ……

 全てを自分で背負う大貴。やはり、彼は全てを背負うことが無理だった。

 事務所のソファで横になって、額に右腕を押し当てる大貴。

 けど、俺はまた、躊躇(ためら)うんじゃないか?

 大貴の頭の中に映像として蘇る人形の姿。胸倉を掴まれて、持ち上げられた時、大貴は銃の引き金を引けなかった。

 それにあの浦議の時だって――

 大貴はその瞬間、事実から目を背ける為に考えを途中で止めた。

 俺は……臆病者だ……

 自分に嫌気がさし、同時に苛立ちを覚え始めた。

 静かな事務所には外の雨の音だけが響き渡っていた。


 ◇


 川沿いの道


 俺は右手に持った袋から、鞘に収まった刀を取り出して、袋を後ろへと放り投げた。そして、左手で鞘を持ち、右手で刀の柄を持ってゆっくりと刀を抜き出した。

 俺の目の前にいる男――龍雅(りゅうが)はもう準備は整っているらしく、何の素振りも見せることはなかった。ただ、不気味に微笑みながら、俺が鞘から刀を抜き出すのを待っているだけだった。

 俺は持っていても邪魔になるだけの鞘を左手から離す。鞘が地面に落ちる音は全て雨の音によってかき消された。

 刀を両手で握り締めて、龍雅を睨みつける。

 奴からは動こうとはしない。

 いや。奴にとって動く事などしなくてもいいのだ。相手が勝手に動いてくれれば、張り巡らされたワイヤーの餌食となる。しかし、こっちから動かなければ何も始まらないのだ。

 俺は瞬間に右足で地面を蹴って奴に向かって疾走する。

 龍雅はやはり、動こうともせずにその口元を歪ませているだけだった。

 間合いも十分なのところに来た時、俺は自らの刀を龍雅に向けて振るおうとした。だが、その瞬間、体が動かなくなった。いや――“動かなく”なったんじゃない、“動けなく”なったのだった。

 前にも体験したこの状況。

 俺の体には無数のワイヤーが巻きついており、俺の振るおうとした刀も途中で動きを静止させた。

「全然、成長していないようですね。少しは期待しましたがね……」

 笑顔を絶やすことなく呟く龍雅を見て俺は奥歯をギリッと噛み締めた。

「なんでだ……なんでお前は! 俺が(ゆい)の親を殺したことを言った!!」

 怒りを必死に堪えようにも大きすぎて制御しきれない。

 こいつを殺したい。

 こいつが憎い。

「それは真実でしょう? 君が唯の親を殺したんです。どのみち、知ることになるであろうことを言って何が悪いんですか?」

 龍雅の言葉は的を射ていた。しかし、俺は的を射ていたからこそ、怒りがもっと込み上げてきた。

 怒りを必死に堪えようとする俺を見て龍雅は笑う。

「そして、私は唯を護ろうとしただけです」

 俺はその言葉を聞いた瞬間に怒りが遠のき、疑問が溢れかえる。

 “唯を護ろうとした”だと……なんで? こいつは一体、何を言ってるんだ!

「……ふざけるな! 今、唯はどうなってる!? てめえが……てめえがいらねえことゆーから! あんな風に!」

「それは君のせいではないですか? ……まあ、これ以上の会話は望みませんよ。何時間、君と言葉を交わそうとも平行線でしょうからね。どのみち、私の言う事など君は信じようとはしないんですから」

 俺は目の前の龍雅を殴りたい気持ちを必死に押さえ込んだ。

 ――こいつはまだ、俺をなめきっている。そうだ……油断させるんだ。

 怒りを必死に心の奥底に押し殺し、感情が剥き出しの眼で奴の顔を見ることを俺はやめた。

 今は……状況を打破する事だけを考えろ! ワイヤーから抜け出せないほどに俺は成長していないわけじゃない!

 俺はワイヤーが張り巡らされている中でも、動かせる部位がないか確認する。すると、動かせる部位があった。

 ――指。

 右手と左手の各指は動かす事ができた。

 なら……

 俺は右手の指を器用に使って、人差し指、中指、親指で刀の柄を持って刀を半回転させた。

 刀は重い。その重みと刃の部分があれば、細いワイヤーを斬りさることなど容易いものだった。

 右腕部分の全てのワイヤーが切断され、俺の右腕は動かせるようになる。そして、俺は俺の体に巻きつく、全てのワイヤーを斬りさった。

 龍雅は一瞬、笑顔をなくし、動きも静止させた。

 俺はその一瞬が見えていた。

 怒りの感情が込み上げて、何も見えなかったあの時とは違う。

 俺は――成長している。

 龍雅の一瞬の隙に俺は自らの刀をそいつに向けて振るった。しかし、龍雅はその一撃を紙一重で後ろへと退いて、重傷を免れる。だが、龍雅に傷を与えることができた。

 胸から腹までを少し斬られた龍雅は服に血を滲ませていく。

 刀傷は少しのものでも血が吹き出す。そして、雨。龍雅の傷の血が固まることはないだろう。

 俺が龍雅の方向を一心に見て、構えていると、龍雅は右手を下から上に上げて、目の前に突き出した。

 その瞬間、俺の頬に一筋の傷が入る。

 くそ! こいつ――

「先の言葉は取り消しましょう。“少し”は成長しているようですね……翔」

 龍雅は初めて、俺に向けての殺意の篭った声でそう告げた。

 表情は苦笑い。その表情があったからこそ、俺は恐れて左足をじりじりと一歩退かせた。

 街灯の光でワイヤーが見えるのではないかと思っていた。けど、見えなかった。

 ――雨。

 雨も街灯の光を反射させる。

「君の手に持ったその刀……唯のですね? 私があげたんですよ、その古刀(ことう)


 ◇


 20XX年 秋


 時は夜。

 その男は今、持ち主がいなくなった一室に立ち尽くしていた。持ち主がいなくなったとはどういうことなのかというと、その立ち尽くしている男の床を窺えば分かる。

 その男の足下の横には――一人の男の首の取れた死体が転がっていた。

「さて……帰りましょうか」

 誰もいはしないその空間で男は独り言を呟くと、その一室の出口へと足を進めた。

 男――龍雅は殺し屋だ。

 依頼を受けて今、地べたで血を流すだけの男を殺したのだった。

 龍雅はドアノブに手袋をした手を掛けて回そうとした時、勝手にドアノブが回った。そして、勝手にドアが開かれる。

 そこには――仮面の男がいた。

 龍雅は殺しの目撃者を殺そうと、すぐさまワイヤーを取り出して手際よく仮面の男の首を切断した。

 首は鈍い音をたてながら床に落ち、首を失った体も鈍い音をたてながら、床に倒れ伏せた。

 ふぅ……

 安堵の息を吐く龍雅であったが、その吐いた息は一瞬の内にして恐怖の空気へと変貌する。

 龍雅の右足を誰かが突然、掴んだ。

 反射で足下を向いた龍雅の目に映ったものは――

 ――首のない人間が自分の右足を左手で掴んでいる光景だった。

 驚愕の事実に龍雅の足が動くことはない。いや、龍雅の体は凍りついたように動きを止めていた。そして、首のない人間は自らの体を起こして立ち上がる。その瞬間、その首のない人間の首から、脳ができ、骨ができ、筋肉ができ、皮膚ができ――

 ――最終的に元の人間に戻ったのだった。

 その仮面の男の正体を見た龍雅はまた、驚愕の事実を知り、体は凍りついたまま。

 床に在った首はその存在をなくしており、床には仮面しかなかった。

 その仮面を手にとって仮面を付けなおした男――Persona(ペルソナ)

『驚くのも無理はない。首を切断されて生きていた人間など、前例があるわけないからな』

 そのガスで変えられた声を聞いて、我に返った龍雅はその身を後ろに退かせて、ワイヤーを手に取った。

「君は……君は何者なんです?」

 殺意の篭った眼でPersona(ペルソナ)を睨みつけながら、龍雅は言った。しかし、Persona(ペルソナ)は一方的に言葉を放つ。

『一緒についてきてもらおうか? “日本で三番目に強い殺し屋”――龍雅』


 ◇


 龍雅はそのまま、Persona(ペルソナ)に警視庁へ連れて来られ、その警視庁の中の取調室のような部屋に入れられた。

 Persona(ペルソナ)も龍雅と一緒にその部屋に入った。

「何をするつもりですか? 警視庁にまで連れてきて、私を逮捕するつもりですか?」

『いや。そんなつもりは毛頭ない。ただ、俺は警視庁長官になって世界の人々を恐怖に落としたいだけだよ』

 龍雅にはPersona(ペルソナ)の言っていることが全然と言っていいほどに理解できなかった。

「意味が分からないのですが?」

『まあ、それは理解しなくてもいい。お前にとってはどうでもいいことだからな』

 訝しげな表情で龍雅はPersona(ペルソナ)を一瞥する。しかし、Persona(ペルソナ)はそんな龍雅の素振りを気にすることなく、話を勝手に進め始めた。

『俺は……裏の世界を占めているのは暴力団やヤクザじゃないと考えている』

「……?」

 話の内容も全然、関係ないものに変わっており、龍雅は一瞬、戸惑った。だが、龍雅はPersona(ペルソナ)に尋ねてみる。

「誰ですか、裏の世界を占めているのは?」

 Persona(ペルソナ)は一息、間を開けて、答えを告げた。

『それはお前ら――殺し屋だよ。お前を何故、ここに呼んだのか。それはお前が日本中の殺し屋の中で三番目に強いと分かったからだ。それで、手を組んで欲しいんだが、断るか?』

 龍雅は暫しの間、思案する素振りを見せてから答えを導き出した。

「断ります」

『……まあ、そうくるだろうと思っていたよ。だけど、お前の入院している妹を――』

 Persona(ペルソナ)がその先を言おうとした時、龍雅が机の上を叩いて続きを遮った。

「妹を……どうする気ですか?」

『いや、お前が手を組んでくれるのならば、手は出さん。で、もう一度問う。組むのか、組まないのか』

 龍雅はすぐに答えを吐き出した。

「……わかりました。組みますよ」

『いい答えが聞けて俺も嬉しいよ。それで、これからのことについて説明してもいいか?』

 その問いに対して龍雅は首を縦に振る。

『俺はこれから一宮(いちのみや)堆我(たいが)を殺しにいく。お前にはそれは荷が重過ぎるだろうからな』

「堆我を……殺すんですか? そんなの……無理に決まっていますよ。彼は“あれ”を持っているんですから」

 Persona(ペルソナ)の発言を完全に否定した龍雅。しかし、Persona(ペルソナ)は余裕な口ぶりで話す。

『ま、“千里眼”と言うのが人間じゃない俺にも通用するのか見ものだよ。どのみち奴は限界だ。俺が今、手を下さずとも勝手に死ぬだろうな』

「だったら、日本一の殺し屋――藍堕(あいだ)権介(けんすけ)を殺せばいいんじゃないですか?」

 Persona(ペルソナ)はその発言を鼻で笑った。

『俺は別に殺し屋を始末したいわけじゃない。俺が始末したいのは……“俺の邪魔をした”堆我だけだ』

 翔の父親――堆我の何にそこまで執着しているのか龍雅には理解できなかった。

 Persona(ペルソナ)は『それに……』と言葉を続ける。

『藍堕はとっておきの奴に殺させるつもりだからな』

 仮面の内でにやりと笑みを浮かべるPersona(ペルソナ)。しかし、その姿を龍雅は見ることができない。

 藍堕権介――それは殺し屋ならば、誰でもと言っていいほどに知っている人物の名前であった。

 藍堕と翔の父親の堆我は殺し屋の中でも別格で受けた依頼の全ての殺しを成功させていた。そして、龍雅は仕事で藍堕と一戦、交えた事があった。結果は圧敗。

 そのとき、龍雅は藍堕が人間ではないのではないかと感じるくらいであった。

「それで……私にやって欲しいこととは?」

『ああ。一人の少女の面倒を見て欲しいんだよ。詳細はあとで書類を渡す。もう、帰っていいぞ』

 そう言われた龍雅であったが、席を立てずにいた。

「一つ、あなたに質問してもいいですか?」

『別に構わないが?』

 と首を縦に振るPersona(ペルソナ)

 そんなPersona(ペルソナ)の仮面を見て龍雅は躊躇いながら口ずさむ。

「さっき、『人間じゃない』って言ってましたが、あなたは一体何者なんですか? 首を斬られても生きているあなたは……?」

 仮面の男――Persona(ペルソナ)は信じられない――冗談のような事実をあっさりと述べる。

『俺は――――神の子だよ』


 ◇


 ×日後


 龍雅は駅前を過ぎていく人々を見ながら、溜息を吐いた。

 ここにいると言っていましたが……本当にいるんですかね?

 疑問を募らせても意味がないと気付き、龍雅はそっと空を見上げた。

 澄んだ色の空は綺麗という言葉があっていた。そして、龍雅は自分と同様に駅前で立ち止まっている少女を見つけた。

 龍雅はゆっくりとその少女の元へと近づいて、その顔を確認した。

 間違いないですね……この子が唯……しかし、この眼は――

 龍雅は唯の眼を見た瞬間に目を背けそうになった。

「君は――眼が死んでますよ」

 そう呟いた龍雅に対して唯は無視して駅前から立ち去ろうとする。

 そんな唯を龍雅は引き止めて、言葉を紡ぐ。

「殺したいのでしょう? 自分の家族を殺した殺し屋を」

 唯はその眼を大きく見開かせた。その復讐にとりつかれたその眼を。


 ◇


 ×日後


 龍雅は唯に殺しを教えていくうちに段々と、好意が湧き始めた。

 それは龍雅に妹がいたからかもしれない。そして、龍雅と接していくうちに笑顔を見せ始めた唯。

 龍雅はその笑顔を見て決心する。

 ただの“償い”かもしれない……だが、この子だけは……“妹を護れなかった分”、この唯という女の子だけは護らなくては!

 龍雅はPersona(ペルソナ)に交渉を持ちかけた。いや、交渉と言うよりもそれは脅迫であった。

 “唯と妹に手を出すような事があれば、私があなたを殺します。決して冗談ではありませんよ? これは脅迫ですから”

 Persona(ペルソナ)に脅迫した時の龍雅の声色には今までには感じた事がないほどの殺意が込められていた。

 それだけ、龍雅も本気だった。

 殺気からそれを察したのかPersona(ペルソナ)はそれを了承した。いや、本当は了承してもいいほどの余裕がPersona(ペルソナ)にはあったのかもしれない。


 ◇


 殺しの作法を教え終えた龍雅が唯と別れてから×日後


 ――翔。

 堆我の息子ですか……

 龍雅は唯の復讐相手が翔だと知った。そして、翔が堆我の息子であるとも知った。

 子は親に似るとはよく言ったものですねぇ……殺し屋になんてなってしまうとは……

 その事実を聞いたとき、龍雅は皮肉に思ったが、次の瞬間にはそれは憎しみに変わっていた。

 龍雅は唯からいろいろな話を聞いていた。その中には親を殺された話もあった。

 ――龍雅は唯の親を亡くした痛みを理解していた。それと同時に復讐をしたいという気持ちも理解していた。

 だから、龍雅は唯に翔のことを話したのであった。翔を殺せば、唯が長年に(わた)って溜めていた痛みや復讐心から解放されると思って。


 しかし、唯は自らに刃を向けた。


 龍雅にとって「復讐を掲げて醜い殺し合いをするのを私は見たかった」と言うのは単なる翔への嘘にすぎなかった。


 ――唯ができないなら、私が殺さなくては。


 そう思った龍雅が思いついた咄嗟の嘘。しかし、その感情も唯の行動から考えた思いの前では消え失せた。

 唯は――もう、大事なものを失いたくないと思っていたに違いない。

 そう、龍雅は理解した。

 大事なものを失わせようと(そそのか)したのは龍雅。

 その責任を感じ、それなら、翔に殺されようと思ったのであった。だが、龍雅は気付く。

 “仮面の男が唯と妹を殺すかもしれない!”

 龍雅はそれだけで生きると決めた。生きなければならないと決めた。

 たとえそれが、翔を殺す結末になろうとも、唯と妹を護るという決心は揺るがなかった。


 ◇


 2011年8月28日


「さっきから何、黙ってんだよ」

 何も言葉を発さずに佇んでいる龍雅に俺は言葉を放った。

 その俺の声で我に返ったのか、龍雅は反応を見せる。

「いや……なんにも……」

 俯いていた顔を上げて、雨の音にかき消されないくらいの音量で言った。

 苦笑する龍雅。

 その姿は何かを背負っているような姿だった。

 街灯が点滅してみせた。――その刹那、龍雅は川の反対側にある林の中へとその身を投じた。

 俺もその瞬間に林の中へと入り、暗い木々の間を雨の音でかき消されそうな足音だけを頼りに龍雅を追いかけた。たとえそれが奴の罠であったとしても。


 ◆


 俺は龍雅を見失ってしまった。

 林の中は正に闇。何も見えはしなかった。そんな中、雨の音だけが鳴り止むことがない。耳がおかしくなってしまいそうだった。

 周りを何度も何度も見回しながら刀を構えるが、目に映るのは闇しかない。

 くそ……逃げたのか……?

 しかし、その考えは次の瞬間に跡形も無く打ち消された。

 龍雅は何の躊躇いも無く、俺の前へと姿を現したのだった。

「私は唯と妹のために生きなければなりません。だから、君が私を殺すと言うのなら――――私が君を殺します」

 何を語りだすのかと思えば……!

「なに……なに言ってんだよ……“唯のために”? ふざけるな! お前の行動はただ、唯を傷つけただけだったじゃねえか! それに! お前は“復讐を掲げて醜い殺し合いをするのを私は見たかった”って言ったじゃねえか!」

 俺の叫びに対して、龍雅は「無知ですねぇ……」と苦笑する。

「私の言葉を信じるんですか? 君は」

 くっ!

 俺は犬歯をむき出しにしてギリッと奥歯を噛み締めて音を鳴らした。

「それに君の言っていることは的を射ていますよ。私は唯を傷つけました。だから、私の死をもって償おうと思いました。けれど、私が死ねば、唯は……死んでしまう。だから、私は生きなければならないのです! 唯のために!」

 もはや、龍雅の声など俺の耳には届いていなかった。

「俺はお前を殺す! ただ――――それだけだ!」

 俺は胸から腹にかけて血を流す龍雅に向けて、真っすぐ突っ込んだ。

「無闇に飛び込んではワイヤーの餌食になりますよ」

 龍雅が呟いた瞬間に右足の太股が深く切り裂かれた。

「痛ッ!?」

 雨のしみこんだ地面に勢い良く倒れこむ。

「もう――手加減はしませんよ」

 瞬間、上から鋭いワイヤーが数本、降りてくるのがわかり、俺は地面を転がってそれを避けた。

 右足の太股を押さえながら、必死に立ち上がる。

 俺は目の前に何もありはしないのに刀を振るった。すると、刀によって何かが斬られた。

 ワイヤーが張り巡らせてある!?

 奴が逃げていたのはこのためだったのだ。時間稼ぎは――このワイヤーを張り巡らせるために。

 俺はまた、龍雅の姿を見失った。

 くそ……また暗闇に!?

 五感を尖らせて龍雅を見つけようとするが、雨の音しか聞こえはしないし、目の前は闇。しかし、その瞬間、右の草むら葉がガサガサと音を立てた。

 奴か!?

 瞬時に右を振り向いたが奴の姿はない。

「こっちですよ」

 その龍雅の声は左側から聞こえた。

 左へと振り向いて、その遠心力で刀を振るう。が、しかし、龍雅は俺と五十センチ以内の距離に存在していた。

 次の瞬間、龍雅の振るった何かによって俺の左目が斬られ、その視界を完全に閉ざした。

 俺は後ろへと退いて、奴の手に持ったものを目を凝らして確認する。

「ナイ……フ……?」

「このナイフ、君のですよ? ワイヤーを使って君の懐から取りました。さっきの葉を動かしたのもワイヤーです」

 龍雅はご丁寧に説明をした後、また、その身を闇に投じた。


 ――強い。


 武器の使い方を知っている。武器を思いのままに操っている。

 それに比べて俺は――――扱いきれていない。

 龍雅との明確な差だった。

 俺は左手で左目を触り、右目でその左手を確認した。

 左手には雨で流れていく赤い液体が存在していた。深く斬られた左目はもう見えないだろう。

 俺はすぐに刀を構えた。

 そんなこと、気にしてる場合じゃない。左目を失ったくらいどうってことなんてない!

 周りを何度も何度も見回していく。

 その瞬間、右の方で草むらの葉がガサガサと音を立てた。だが、次の瞬間には左。次の瞬間には前。後ろ、前、前、右前、左後ろ、右、右後ろ……

 鳴り止む事のない葉のガサガサと言う音が辺りを包み込んだ。

 どこだ……どこに奴は――

 その刹那―― 

「貰います……君の左腕」

 ――左から唐突に奴の声が響き渡った。

 左が死角に!?

 両手で構えた刀を右手だけで握り、龍雅に向けて振るおうとしたときにはもう、既に遅かった。



 ――何かが斬れる音がした。



 龍雅が自分の右手に持ったワイヤーを退いた瞬間に何かが斬れる音がした。

 理解できなかった。


 ――なんで、俺の左腕が空を舞っているのだろうか?


 踊るように空へと舞い上がり、回転しながら落ちていく。

 俺の左腕は――




 ――――二の腕の真ん中から龍雅のワイヤーによって切断されていた。

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