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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第1章― 神の子
19/72

No.18  前哨戦

『大きな邪魔者は消えたが、まだ、残ってはいるな……』

 そんな呟きを漏らしながら、廊下を歩くPersona(ペルソナ)。そして、何かを思いついたように自らの足を急に止めた。

『そうだな……まずは足下の掃除でも始めようか?』

 Persona(ペルソナ)は仮面の内で自らの口元を大きく歪めた。


 ◇


 警視庁捜査一課


 その一室で忙しそうにパソコンのディスプレイを見つめて、キーボードに指を走らせている人物がいた。その人物は(しょう)の恩人で、警視庁の中でも殺し屋の事を知っている数少ない人物――犬塚(いぬづか)尚一(なおひと)であった。

 そんな犬塚はパソコンのキーボードに指を走らせて、捜査の報告書をせっせと作っていた。

 一向にディスプレイから、目を離さない犬塚の机上に咄嗟にコーヒーカップが置かれる。

 そのことに気付いた犬塚は手を止めて、後ろを振り向いた。すると、そこには犬塚の後輩がいた。

「……ありがとな」

 犬塚は礼を言ってコーヒーカップを手にとって、それをゆっくりと口に運んだ。

「仕事大変そうですね……」

「そうか? おれぁ、いつもどおりにやってるつもりなんだが……」

 まだ、コーヒーが残っているカップを横に置いて犬塚はまた、指をキーボードへと走らせ始めた。

 犬塚はディスプレイに目を向けたまま、後ろにいる後輩へと問いかけた。

「お前の方は“あの件”、片付いたのか?」

「いえ、それが自分も手を焼いているんですよ。決定的な証拠が見つからなくて……“奴”を捕まえるのは雲を掴むような話なんです」

 その答えを聞いた途端に犬塚は訝しげな表情を浮かべて手を止め、後ろにいる後輩へと振り返る。

「けど、犯人と思われる人物の血痕は見つかったんだろ?」

「……はい。けど、調べているときに何者かによって盗まれて……」

 困った表情で答える犬塚の後輩。

「まだ、被害者は増えそうなのか?」

「いえ……何故かもう、止まったんですよ。K事件みたいにはならなくて良かったです。そう言えば、K事件は被害者がまた、増えて、五十五名ですもんねー……」

 ほっとした表情へと変わる後輩の様子を見て犬塚も微笑んだ。しかし、すぐに目をキリッとさせる。

 五十五名か……

 警察で未だに犯人の姿が掴めないK事件の事を少し、犬塚は不可解に感じ始めていた。そして、後輩の担当していた女性連続殺人事件――被害者は五名だったが、その死体の惨殺さから話題性はK事件とほぼ変わりなかった。

 犬塚が眉間にしわを寄せて考えていると、後輩が思い出したように言葉を紡いだ。

「そうそう。自分、異動命令が下ったんですよ。だから、その事件から、担当は降りるんです」

「……そうか」

 軽く受け流す犬塚に対して、後輩は続きを紡ぐ。

「でも、おかしいんですよね……異動する人数が多いし、その異動先も聞いたことのない事件の捜査なんですよねぇ……」

 特にその続きにも耳を貸さずに受け流した犬塚であったが、二人の前に一人の男が現れた。

「犬塚、ちょっといいか?」

 その男は犬塚よりも上の地位の者の口調で言い、犬塚に向かって書類を突き出した。

「なんだぁ、これ?」

「異動命令だ、犬塚」

 その書類を受け取った犬塚はその一言を聞いて、目を大きく見開かせた。そして、その書類を凝視した瞬間に犬塚は声を上げた。

「こんなの……出鱈目じゃねぇか!?」


 ◇


 “本日未明より○○勤務”


 犬塚が渡された書類の一番目立つ文面だった。そして今、犬塚とその後輩は警視庁の表へと出て、そこにあった車へと乗せられた。

「おい! この窓の黒いカーテンはなんだ?」

 犬塚が車を見て、さっき犬塚に書類を渡した男に尋ねかけた。だが、その男は犬塚の事を見る事もなく、答えた。

「お前が知る必要はない」

 そのまま、無理やりその車へと二人は乗せられて、本当に勤務場所に行っているのかも分からずにその車が高速道路を走っていることだけは分かった。

 車が信号で止まる事がないからだ。

 いつ、その場所に着くのかも分からず、黒いカーテンのせいで今の場所も把握できない。

 何時間も走る車に二人とも不安感を募らせ始めた。そして、唐突に車は止まり、エンジン音もしなくなった。

 着いた……のか?

 犬塚がそう思った瞬間に車のドアが開けられる。

 その瞬間に黒いカーテンも開けられ、二人とも眩しそうに目を細めた。

「降りろ」

 その指示に従って二人とも車から降りて、辺りを見回す。そこは人気の無い、ただの森の手前であった。

 そこにいるのは犬塚とその後輩、書類を渡してきた男と見たことのない男だけだった。

 その見たことのない男は助手席に乗り合わせていたのであろう。

 訝しげな表情で犬塚は書類を渡し、ここまで連れて来た男を見た。

 すると、男は口を開く。

「ここが○○勤務で担当してもらう事件の現場だ。一度見ていったほうがいいと思ってな」

 犬塚はまだ、納得のいかない表情でもう一度、辺りを見回して呟いた。

「ここが現場か? それにしては一般人も入れるようになってんだなぁ? 何の現場だ?」

「自分もそう疑問に思います」

 後輩も一緒に頷き、男二人を睨みつける。

「現場は森の少し奥だ。ここはあまり人が来ないところなんでな。だから、殺人事件があっても気付かれる可能性は低い」

「まぁ、気付かれにくいだろうな……」

 目を男からは離さない犬塚とその後輩。

 その瞬間、男たちは深い溜息を吐いて、あるモノを犬塚とその後輩に向けた。

「そう、たとえ君たちが死んでも――銃声が鳴ったとしても誰も気付く事はない」

 犬塚とその後輩に向けられたのは――銃だった。

 瞬間、犬塚とその後輩も銃を取り出して、目の前の男たちへと構えた。

「俺たちを……殺すのが目的だったのかぁ……?」

「そうだ。お前たちはこれからの警察にいらない存在だ」

 男が言葉を告げ終えた瞬間、二つの銃声が空気を振動させて、辺りに響き渡った。その鳴り響いた銃声は森の中にいた鳥たちを一斉に空へと羽ばたかせた。

 銃を握り締めたまま、犬塚は戸惑いの色を隠せない表情で辺りを見回した。

 今……どこから、銃弾が飛んできたんだ……?

 犬塚とその後輩の目の前で倒れた二人の男。しかし、二人の男を銃で撃ったのは犬塚ではなく、その後輩でもなかった。銃弾は唐突に森の中から飛んできたのだ。

「犬塚さん!」

 声を上げたのは後輩で、犬塚に地面に這い(つくば)るように促した。

「自分たちが狙われていない可能性はないんですよ!」

「ああ……ちょっと、驚き過ぎてた」

 地面に這い蹲った二人は小声で話した。

 犬塚は横目で倒れた二人の男の様子を窺う。その周りには血が地面を伝っており、気絶しているか死んでいる。そして、森の方から足音や草の葉のざわざわとして音が段々と近づいてきた。

 犬塚と後輩は起き上がり、車の元へと駆け寄って銃を手に持ち、森の方を窺った。その森の奥から出てきたのは数人の男女たちで、多種多様な服を纏っている。

 犬塚と後輩は銃をその数人の男女たちに向けて車の陰から姿を現した。

「誰だ……? お前ら」

「“誰だ”とは……命の恩人といっても過言ではないんですよ?」

 数人の男女たちは手を上げて、何の抵抗もしようとはしない。

「お前らが撃ったのか? こいつらを」

 犬塚は地面に転がっている二人の男を一瞥し、すぐに目を数人の男女たちに戻す。

「まあ、僕たちの中にはいませんがね……たぶん、もうすぐ来ます」

 さっきから言葉を告げている男は自らの口元を微笑ませた。

 次の瞬間、犬塚は背中に何か細い物が押し当てられた感覚がした。

 そっと後ろへと目を向けた犬塚。そこには――

「一度、銃を下ろしてもらおうか? 犬塚さん」

 ――スナイパーライフルを持った男が存在していた。

 犬塚はその男の顔を見た瞬間に目を大きく見開いて、構えていた銃を下ろした。それと同時に後輩も銃を下げる。

「お前……いつの間に……?」

「そんな事より、気になりませんか? 俺たちがあなたを助けた理由」

 男はゆっくりと犬塚に押し付けていたスナイパーライフルを下ろした。そして、スナイパーライフルを持った男は数人の男女のところへと歩み寄り、真ん中に立った。

「俺たちは秘密裏に動いている組織――天谷(あまや)大貴(だいき)を守り、仮面を付けた男――Persona(ペルソナ)の陰謀を阻止しようとしている組織です」


 ◇


 警視庁へと戻ってきたPersona(ペルソナ)は長官室の椅子へと腰を下ろした。

 前・警視庁長官の小堺(まこと)の死体とその血痕はもう既にそこには残っていなかった。そして、仮面を外して(くつろ)ごうとした時、扉のノックがPersona(ペルソナ)の仮面を外そうとする手を止めた。

 『入れ』と言ってPersona(ペルソナ)は仮面を外さないまま、手を椅子の肘掛においた。

 入ってきたのは真剣な面持ちをした女性だった。

「警視庁内の反乱分子に成り得る者達の排除についてですが……何者かに邪魔をされ、失敗しました」

『……失敗しただと? 何人だ?』

 その問いに対して少し、躊躇いの色を顔に浮かべる女性だったが、口を開いた。

「……全員です……」

 Persona(ペルソナ)は思わず、椅子から立ち上がろうとしたが、ギリギリのところでその行動を抑えた。

『全員……だと?』

「……はい」

 全員か……まさか“9.11のニコラスの息子”か?

 考えをめぐらせるPersona(ペルソナ)であったが、考えることをやめた。

『まあいい。あいつらが今更、動いたところで俺の計画が止められることはない。それよりも八月十五日のための下準備を進め始めようか?』


 ◇


 2011年8月15日


 俺は今、自分でもよく分からない場所にいる。しかし、そこは俺が行っていた倉庫街と雰囲気が近しかった。その倉庫街と雰囲気が近しいところを見下ろせる森の中の場所に俺はいた。

 どういうことかというと、八月十三日にあの倉庫街に来た暴力団をつけてここまで来たからだった。

 今の時刻はちょうど午後二時になったところで、段々と夏らしい暑さになってきた。夜に動くはずの日陰者な暴力団がこんな真昼間に集まっているというのもなんだか皮肉な感じがする。

 まだ、人数を増やしていく数々の暴力団。一体どのくらいまで集まるのだろうか、と思いながら眺めていると、いつの間にかに時間が過ぎて、二時半となっていた。しかし、暴力団はまだ、数を増やしていく。

 そのまま、刻々と時間が過ぎていって、時刻はもう、午後六時五十分となっていた。

 こんなに待つんだったら、なんで早く集まったりしていたのだろうか? 一辺に動くと、警察に感ずかれるからか?

 俺は疑問を募らせながら、左腕の時計で時刻を確認する。

「もうすぐ七時か……」

 俺は呑気に空を見上げて、首を回す。

 流石にずっと眺めているのには首も飽き飽きしたらしい。

 七時になる五分前になった時、暴力団達の動きが止まり、緊張感が走った。そして、七時に鳴った瞬間、スピーカーでガスで変えられたような声が響き渡った。

『時間だ、捕らえろ!』

 唐突に聞こえてきたその声に暴力団達の間で混乱が走る。俺も状況が全然、理解できずに頭の中は混乱していた。

 なんだ? 今の声……どこかで聞いたことのあるような――

 そして、俺はその声で俺に血液の入った試験管を向けてきた奴を思い出した。

「――Persona(ペルソナ)!?」

 俺が言葉を発した瞬間に暴力団達の中へと黒いスーツを着た人々が入った。

 空気を振るわせる嫌な音が何回も響き渡った。それは紛れも無く銃を撃った音。

 たぶん、黒いスーツの人々が撃ったに違いない。そして、その瞬間から暴力団達も同様に銃を取り出して、激しい銃撃戦が繰り広げられた。

 分からない――何が起こっているのか全然、分からない。

 Persona(ペルソナ)は暴力団達を殺したり、捕らえたりしてどうするつもりなんだ? まさか、Persona(ペルソナ)は初めから、捕まえるために暴力団達をここに集めたのか?

 それが一番、今の状況から理解しやすい答えであった。

 俺はここにも銃撃戦の火花が飛んでくるかもしれないと、森から抜けて走った。しかし、それは単なる言い訳に過ぎず、同時に嘘の理由だったのかもしれない。

 本当は翔の事務所で見た“あの事実”から逃れるためにあの場から逃げたのかもしれない。

「くそ……なんで……」

 俺は自らの拳を握力測定をするように強く握り締めた。


 ◇


 2011年8月16日


 昨日、そのまま翔の事務所に戻ってきた俺はソファでいつの間にか寝てしまっていた。

 目を覚ましてから、パーソナルコンピュータをつけて、ニュースを確認する。すると、朝のニュースはあることで持ちきりであった。


 “警察による暴力団の集団逮捕・殺害”


 やはり、あの黒いスーツの集団は警察だったのだ。そして、それと同時に動画のニュースキャスターによって告げられていたのが“八月二十一日の警視庁長官の記者会見”。

 その記者会見で長官から何が告げられるのかは分からない。

 だが、絶対にPersona(ペルソナ)が関わってくることは予想できていた。何故なら――Persona(ペルソナ)は警視庁の裏の首相(ドン)なのだから。

 二十一日まで下手に動く必要はなくなった俺はこのまま、その日まで翔の事務所で過ごすことにした。


 ◇


 2011年8月21日


 警視庁長官室の机の上で手を組んでいるPersona(ペルソナ)

 その姿は堂々としており、誰もいないのにも拘らず、仮面は付けたままであった。

 瞬間、長官室のドアがノックされた。そして、Persona(ペルソナ)は仮面の内で自らの口元をにやりと歪ませて告げた。

『さあ、始めようか? 前哨戦を』


 ◇


 午後七時前


 画面に映っている映像は今日の七時から行われる警視庁長官の記者会見の席であった。

 生放送をするらしく、二十分前くらいからその誰も座っていない席が映されている。しかし、誰も座っていないのにも拘らず、カメラのフラッシュは何回も放たれていた。

 それだけ、市民の興味が向けられていると言ってもいいのだろうか?

 後五分で記者会見が開始される時刻。

 番組の右斜めには大きく、生中継と示され、他の局でも同じように中継をしていた。

 俺は事務所のパーソナルコンピュータでその生中継を見ていた。

 何故、事務所にはテレビが置いていないのかと疑問に思うが、そこにはあまり触れていない。どうせ翔のことだ。答えてはくれないだろう。そして、五分後。

 記者会見を行うために警視庁長官が席に歩み寄って席に座ろうとしていた。しかし、その記者会見の席に座ったのは俺の知る警視庁長官ではなかった。

 俺は思わず立ち上がって、自分の目を疑った。

 顔に仮面を付けて、警察の服をその身に纏った男。

「こいつ……まさか……!?」

『殉職された元・警視庁長官――小堺允に代わって警視庁長官になることとなりました。Persona(ペルソナ)です。先日の暴力団・ヤクザを拘束した件の指揮官でした』

 仮面の男――Persona(ペルソナ)は俺の心情とは関係なくいつものようにガスで変えられたような声で淡々と告げる。

 こいつが……警視庁長官!?

 俺は背中に悪寒を感じ、頬へと冷や汗を垂らした。

 俺はパソコンのディスプレイを唖然と見つめることしかできない。

『そして、私は警視庁に新しい制度を設けようと思っています。本日はその発表のために記者会見という形をとらせていただきました』


 ◆


「なにあれ?」

「なに変な仮面つけてんだ?」

 大通りの大型スクリーンに映し出された記者会見の模様。

 それを立ち止まってみる多くの人々の反応は大きく三つに分かれた。

 唖然と大型スクリーンを見つめる者。

 冗談だと嘲笑う者。

 呆れてそんな話など聞く耳を持たずに無視する者。

 だが、人々はいつか思い知らされることとなるのであった。Persona(ペルソナ)が本当にやりたいことを。


 ◆


DOLL(ドール)――――私が警視庁内で集めた八人の有能な精鋭たちの組織の名前です。私はそれを警視庁の独立した組織にしようと思います。そして、その八人がいかに有能であるかを知ってもらうためにある任務を与えました。

 全国の暴力団とヤクザを排除することです。誰もが待ち望んだであろう暴力団とヤクザの排除を私はここに宣言いたします!』

 こいつは一体何がしたいというのだろうか。

 こんな挑発的な宣言をしてしまったら――

「――日本中の暴力団とヤクザが……黙っちゃいない」

 そう。東京の殆どの暴力団・ヤクザが捕まったことによって苛立ちを覚え始めていた全国の暴力団とヤクザが一斉に動き出してしまう。

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