No.17 二人の関係
2011年8月11日
「足の……下半身の感覚が全く無くて……動かせないんです」
病室で浦議はそう、俺に悲しく告げた。そして、俺は少し躊躇いながら、浦議へと質問する。
「……治らない……のか?」
「神経ですからね……たぶん、無理です」
俺に苦笑いしながら、浦議は言った。そのまま、顔を俯けた浦議。
浦議は自分ひとりで体を起こすこともできない。
歩く事もできない。
走ることもできない。
立つこともできない。
そんな体にした――浦議を巻き込んだ原因は俺にあった。
「ごめん……俺のせいで……そんな体にさせてしまって……」
浦議に向かって深く頭を下げた。しかし、浦議は俺を罵りはしなかった。
「大貴のせいなんかじゃありませんよ! 僕が不注意だっただけですから。自業自得です」
「いや! 俺のせいだろ? だって、俺がいなかったら、浦議がこんなことにはならなかった!」
俺は浦議に罵って遠ざけてほしかった。
その方が今後の浦議のためにもいいんじゃないかと思った。
けど――違った。
「大貴はちゃんといるし、僕が大貴を助けたかったから助けたんです。大貴は僕にとっての――“大切な友達”ですから」
浦議は強かった。
俺より何百倍、何千倍も強かった。
「なんで……俺を責めない……?」
「友達を責めてどうします? 自分のせいなのに」
浦議は俺に向かって微笑んだ。
浦議が悪い事なんて一つもないのに、浦議は自分が悪いんだと言ってくれた。
それだけで俺の心は少し、楽になり、それと同時に決意した。
もう、誰も――こんな目には遭わせたくはない!
◇
その夜
俺は今日もまた、倉庫街を訪れた。そして、今日はタイミング良く、ヤクザによる麻薬取引が行われていた。
俺はその取引が終わり、帰っていく頃合を狙って、一人の男をワイヤーを用いて拉致した。
その男の口から発せられた情報を俺は確認する為に繰り返した。
「で、お前らの組や他の組の奴らは八月十五日に一緒の場所に集まるんだな?」
「あ……ああ」
首にワイヤーを巻かれた男は震える声で頷いた。
その男はあっさりと情報を吐き捨てた。その理由は多分、俺が犯罪者だからだろう。
警察には情報を漏らさないと断定できるし、何よりもこいつらから見て、俺はK事件の犯人なのだ。俺に殺されることの方が怖いのだろう。そして、その男から、もう一つの有力な情報を手に入れた。
“Personaはここ数日で東京の裏の首領にまで成り上がった”
こんな短時間にありえないほどのスピードでヤクザ、暴力団などの組織を手中に治めていったらしい。
その手中に治まった奴ら全員が集まる日――――それが八月十五日。
仮面の男――Personaが何を目論んでヤクザ、暴力団などを召集するのかは俺にも検討がつかない。
その男によると、招集される場所は各組、団などの長しか知らないらしい。
まあ、何にせよ。行くしかない。
俺は明日、この場所に来たヤクザか暴力団の尾行を決意した。それと同時にこの事と浦議の件を翔に連絡する事にした。
◆
今では珍しいものとなった公衆電話の中へと入り、ポケットの中から小銭を取り出して、入れようとしたときに俺はふと、気付いた。
そういえば……翔のケータイの番号……わかんねぇや……
俺は取り出した小銭をポケットに戻して公衆電話の中から出た。
事務所に戻れば分かるかなぁ……?
俺は頭を掻きながら、事務所の方へと足を進めた。
暗い夜道を点々と照らす街灯。人通りも少ないこの道にはこれくらいの街灯で十分なのだろう。
人通りの少ないせいか、あまりにも静かなので、耳が狂っているかのような感覚がする。
そんなことを気にしながら歩いていると、事務所にはあっという間に着いた。
さっきの公衆電話からの距離が然程、なかったということだろう。
そのまま、俺は階段を一段一段と上って行って、事務所の鍵を鍵穴に差し込んで回す。
いつの間にそんな鍵を持っていたのかというと、翔から助けてもらった後の事務所で浦議と一緒に貰ったものだった。
ドアノブに手を掛けて、中を窺いながら開けるが、そこには誰の姿もない。
中へと入り、ドアを閉めて鍵をする。その後、ケータイの番号がどこかの紙に書いていないか、翔のデスクを模索した。しかし、その模索している最中に見つけた紙が目に留まって思わず手に取る。
その内容を見た俺は一瞬、動きを止めた。
「これは……」
中森唯と書かれた資料。しかし、翔に見せてもらった唯の親の資料ではなく、それは正真正銘――唯の資料であった。
これって……依頼者から受け取る資料だよな……? けど、これを受け取ったんだったら、唯も依頼内容に入っていたのか……? ならなんで――翔は唯を殺していないんだ?
疑問がどんどん募っていく。
彼女の親だけを殺して、唯を殺さなかったんだ? 唯も一緒に殺していれば――
そんなことにまで考えが及んだ時に俺は思考を停止させた。
……駄目だ……そんなこと考えちゃいけない!
俺は首をぶるぶると振ってまた、デスクの上の模索に走った。
さっきの疑問の数々の答えは翔に質問しないと分からない。
だから、ケータイの番号を見つけるために手を動かす。しかし、ケータイの番号は一向に見つからなかった。
溜息を吐いて諦めかけていたそのとき、ふと、横にあるゴミ箱に目がいった。
その中を覗き込むと、ぐしゃぐしゃにされたメモ用紙が捨てられていた。
もしかして番号!?
咄嗟にそのぐしゃぐしゃにされたメモ用紙をゴミ箱の中から取り出した。
――なわけないか……
そう思って俺はゆっくりとメモ用紙を開いていく。
俺の予想通り、ぐしゃぐしゃのメモ用紙にはケータイの番号など書かれてはいなかった。
だが、その代わりに――
「……なんだよ……なんだよ、これ!?」
――メモ用紙には俺の目を疑うような衝撃な事実が記されていた。
◇
2011年8月12日
一つの扉を背に堂々とした面持ちで仁王立ちしている二人のスーツ姿の男達。
そんな二人のスーツ姿の男達の職業は所謂、SPやボディガードというもので背にある一つの扉を死守しなければならなかった。
何故、扉を死守しなければならないのかというと、その扉の奥にいる人物を守らなければならないからだ。
その人物――それは大貴や浦議と同じ高校に通っていた小堺甚の実の親でもあり、警視庁長官でもある存在――小堺允だった。そして、そんなスーツ姿の二人の前へと足を進めてきた人物がその二人の目の前で足を止めた。
咄嗟に二人の男達は銃を取り出し、足を進めてきた人物へと構えて、一人がその人物へと警告する。
「あと、一歩でも此方に近づいてくるようならば、射殺する。“仮面”を外して、手を上げて床に伏せろ!」
『射殺?』
そう、その銃を向けられた人物は仮面を付けており、ガスで変えられたような声でSPの男の言葉を嘲笑うかのように繰り返した。そして、何の躊躇いもなく、仮面を付けた人物は扉に向けて、足を一歩、踏み出した。
二つの銃声が空気を震わせ、その扉のある、廊下中に響き渡った。
二人の男達はほぼ同時に銃の引き金を引き、二つの銃弾は仮面の男の心臓、腹へと命中させた。
そのまま、床に倒れた仮面を付けた男。だが――
『痛いなぁ……まあ、一歩、踏み出した瞬間に銃の引き金を引いたのは流石と言うべきかな?』
「なっ……!?」
――その男――Personaは平然とその場から立ち上がって、何事もなかったかのように口を開いた。
心臓は確かに銃弾で撃ち抜いた。それでもPersonaは死なない。
その姿を見た二人のSPの男達は唖然と言葉を失っていた。しかし、Personaが起き上がって、もう一歩、足を踏み出そうとしたとき、男達は我に返った。
幾つもの銃声が廊下中に響き渡り、Personaの体を蜂の巣にする。しかし、Personaは尚も平然と立っていた。
『お前ら……そこまで死にたいのか? なら――』
そう言って、Personaは銃を取り出し、二人の中の一人に向けて引き金を引いた。が、銃弾は男の心臓辺りに当たったはずであったが、倒れはしなかった。
『チッ! 防弾チョッキか』
愚痴を漏らすPersonaだったが、そんな暇など与えんとばかりに二人のSPの男達が銃を乱射した。
Personaはその銃弾が自分に当たる直前に人とは思えぬような速さで壁側に避けて、そのまま男達の懐へと入った。
やばい!
男達がそう思ったときにはもう既に遅かった。
Personaは自らの両拳で二人の男をプロボクサーのような速さと強さで殴り、そのまま床に寝そべらせた。
殴った瞬間にバキバキッと防弾チョッキが使いものにならなく音、肋骨が何本か折れた音が鳴った。
そして――
『お前らはこれからの警視庁には必要ない。俺は――死なないからな』
――PersonaはSPの男達の手から銃を奪って、二人のSPの男達の脳天を撃ち抜き、殺した。
合計で三つの銃を持つこととなったPersonaはその中の二つを懐へとしまう。床を伝う血を哀れみの眼でPersonaは一瞥し、扉の方へと目を向けた。
Personaはその扉の方へと近づいていき、扉をノックする。
扉の奥で「入っていいぞ」という声が響いた瞬間、Personaは仮面の内で自らの口元を大きく歪めた。
一つの銃を持ったまま、扉を開いて堂々と足を踏み出すPersona。そして、Personaは銃を扉の奥にいる人物へと向けた。
「なっ、何者だ!」
腰を抜かして驚愕の表情で声を荒げる警視庁長官。
地面に大きく尻餅をついたその姿はとても、警視庁長官とは思えず、見下ろしているPersonaの方がそれっぽかった。
Personaは銃を警視庁長官に向けたまま、口を開く。
『惚けんなよ。あんたは知ってるだろ? 俺が何のためにここにいるのか』
「俺を……俺を殺しに来たのか!? おまえの計画のために!」
警視庁長官はPersonaの存在を知っているような口ぶりであった。
それもそのはず、警視庁長官と裏で警察を動かしていた男だ。接触していても無理はない。そして、裏で警察を動かしていた男が警視庁長官に銃を向けているということは――
「表へ……その姿を晒すのか?」
――自らがその地位に立とうとしていると言っているようなものだった。
『察しが早いな。だから、あんたにはその席から降りてもらう。そして、その席は俺のものになるんだよ』
「そんな事をしても無駄だ! おまえの存在が気に食わない奴らなんて警視庁の中に山ほどいる。おまえはすぐにその座から降ろされるに決まっている!」
長官は「諦めろ!」と最後に付け加えた。しかし、長官の言葉に動じずにPersonaは嘲笑うかのように口を開いた。
『あんたはなんにもわかってない。あんたの後ろには人がいるって当たり前のように思ってるから、駄目なんだよ』
「……何が言いたい!?」
焦りの表情を見せる警視庁長官。
そんな彼を嘲るようにPersonaはゆっくりと告げた。
『警察はもう――俺の手の中だ』
その言葉を聞いた瞬間に警視庁長官の顔色は血色を失い、言葉も一緒に失われた。
「嘘……だろ?」
辛うじてその言葉だけを発する警視庁長官。しかし、その言葉もPersonaの言葉によって否定される。
『嘘? そんなわけないだろ? まあ、信じようが信じまいが、あんたはここでこの俺に殺されるがな』
Personaは警視庁長官へと近づいていき、その額に銃口を押し当てた。
銃口を押し当てられた警視庁長官は諦めたようで抵抗しようとはしない。
あとは引き金を引くのみだったこの状況でPersonaは何かを思い出したように引き金を引こうとする指を止めた。
『そうだ。あんたを殺す理由が表に立つ以外にもあったんだった』
死を覚悟していた表情から、訝しげな表情へと変える警視庁長官。
そんな警視庁長官の様子など気にすることもなく、Personaは淡々と続けた。
『あんたには俺に殺される正当な理由がある。それは……あんたが俺に何をしてきたのかで分かるだろ?』
銃を構える右手とは反対の左手でPersonaは自らの仮面に手を取り、外した。Personaのその正体が警視庁長官に露となる。
その顔を見て警視庁長官は大きく目を見開かせた。
「……お! お前は――」
「そうだよ――」
次の瞬間、室内に空気を振るわせる銃声が響き渡った。
警視庁長官は頭から大量の血を飛び散らせて、床に倒れた。
そんな警視庁長官の様子には目もくれずにPersonaは自らの左手にある仮面をつけなおして、背を向けながら言葉を漏らした。
『“The end of the world.”……いや、終わりなのは人類であって世界は終わらないのか……』
そして、扉の方へと向かって歩き始め、その扉を開いた。
一瞬だけPersonaは振り返って警視庁長官の無残な姿を見たが、すぐに前へと向きなおり、その部屋から出て行きながら呟いた。
『人間対人形……さあて、生き残るのはどちらかな?』