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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第1章― 神の子
13/72

No.12  強がりな少女

 2011年7月26日


「次の犠牲者は警察官か……“平成の辻斬り”はよほどの目立ちたがり屋なのか?」

 (しょう)は今朝のニュースを見ながら、独りでに呟いた。

 今朝のニュースはどのチャンネルに変えようともその話題で持ちきりであった。“警察でも歯が立たない殺人鬼”という項目で視聴者を惹きつける番組が殆どをしめていた。

「誰なんだろうな、一体……」

 殺人は主に二つの種類に分類される。

 一つは動機があっての殺人。

 もう一つは自分を満たす為の殺人。俗に殺人快楽者と呼ばれる者。

 そして、この二種類とは異なる殺人が殺し屋であった。

 殺人をすることで報酬が貰える仕事――殺し屋。しかし、明らかに“平成の辻斬り”は殺し屋や動機があっての殺人とは違った。

 なら、殺人快楽者しか残っていないのだが、翔はそれだと少し納得のいかないような表情を浮かべていた。

 殺人快楽者……何かが引っ掛かる。快楽者にはたぶん、理性が殆どないだろう。けど、“平成の辻斬り”の場合、証拠が残るんじゃないか? だが、そんなものは報道されていない。ということは証拠は見つかっていない。

 思考を巡らせる翔の頭に過ぎるのは刀から連想される(ゆい)の姿であった。

 “辻斬り”――日本刀を持った犯人か……くそ、日本刀を持ってるってだけで何であいつの顔が、姿が頭に浮かぶんだ!

 必死にその可能性を消そうとする翔は瞬間、自嘲的な笑いをした。

「ハハ……唯を庇いたいのか? 俺は」

 肘をつき、その手を額に当てながら翔は自嘲的な笑みを尚も浮かべ続ける。

 唯が事務所に来なくなった日と辻斬りが現れた日は同じ。可能性は否定できないじゃないか……

 すると、その瞬間、唐突に電話が鳴り、翔は少し驚きながらもその受話器を手にとって耳に当てた。

「はい、もしもし?」

『俺だ……翔』

 その声は正しく、犬塚(いぬづか)であった。しかし、いつもとは様子が少し違うと翔はちゃんと感じとっていた。

 何を焦ってるんだろう……

『今日のニュースはもう見ただろ? 辻斬りの……あの殺された警察官……俺の部下だったんだよ!』

 段々と荒くなっていく声で言葉を紡いでいく犬塚。

 そこで翔はようやく気付いた。

 いや……犬塚さんは焦っていたんじゃない! 犬塚さんは――

『そいつなぁ……もうすぐ嫁が赤ちゃんを産むって仕事張り切っててよぉ……生意気だったが……俺を良く助けてくれた……なぁ……なんであいつが死ななきゃなんねえんだ? 教えてくれよ、翔。俺は何をすればいいんだ……?』

 ――そうだ……この人は泣いていたんだ。

 翔は奥歯を強く噛み締めて、歯軋りをした。

「待っていてください……今日中に俺が全ての片をつけますから……」

 静かにそう告げて、受話器を置いた翔は自らの内に込み上げてくる感情に気付いていた。

 なんだ? この感じ……感情が込み上げてくる……

 額に手を当てたままの状態で翔は自分に言い聞かせた。

 落ち着け……落ち着け落ち着け落ち着け――――感情的になるな……目的を見失うな! 復讐のためじゃない! 仕事だ! 割り切れ!

 急いでデスクの引き出しを開いて煙草を取り出す翔は震える手でライターを用いて煙草にやっとの思いで火を点けた。

 珍しくも窓を開けずに煙草を吸った翔はさっきよりも落ち着いた表情へと戻った。

 そして、自分へと言い聞かせるような口調で煙草を灰皿に突き刺して呟いた。

「今日の夜――全て分かるんだ……全て……」


 ◇


 久しぶりに昼の外の空気を吸った大貴(だいき)は少し、幸せな気分を味わった。

 大貴は今、一応、指名手配犯の立場にある。今は辻斬りの話題でニュースなどは持ちきりだが、その前までは大貴のことばかりが報道されていた。

 「少し話題も落ち着いたから、外へでも出たらどうだ?」という翔の助言により、大貴は指名手配されてから昼間に初めて外へと出た。

 翔に助言をされた時、大貴は「いやだなぁ」と内心で呟いていたが、彼の体――心は日の光を望んでいたようであった。

 久しぶりの日の光は眩しく感じられ、それと同時に表の世界に出ることはもうできないと思っていた大貴の心に希望を与えた。

 大貴は闇の中にも光がちゃんと存在していたことを確認することができたようだった。しかし、表の世界に出たといってもそこは大貴だけしかいない小さな細い道――路地裏であった。

「そう……陰――裏の世界から抜けた訳じゃないんだ」

 自分に言い聞かせるようにそっと呟く大貴。

 そう。自由じゃないんだ……全てが制限されてるわけじゃないけど、制限の数はまだ、多すぎる。

 青く輝いて見える空を儚げな目で見ていた大貴に一つの影が近づいてきていた。

「君は……指名手配犯の天谷(あまや)大貴くんではないですか……?」

 咄嗟に後ろを振り向いてその人物を確認する大貴。

 気配も足音もいなかったのに……

「やっぱり……心配しなくてもいいですよ。私は君を通報したりはしません」

 そうか!? 俺は指名手配犯なんだ!

 大貴はその男に背を向けて走り去ろうとした時、足下のバランスが急に崩れ、地面へと倒れた込んだ。

 足下の方をそっと見ると、目では捉え難いような細い糸のようなものが大貴の右足に絡み付いていた。

「……糸?」

「その話は一先ず置いておきましょう。私は唯に殺しを教えた……えっと……師匠ですかね……?」

 この人が……唯の師匠?

 大貴は自らを唯の師匠と言う人物を見た瞬間に直感した。

 この人は危ない……

「フフ……君は私を見透かしているような眼をするんですね。唯と同じです。そして、同時に力を欲しているようです。あの時の唯と今の君は本当に――同じみたいですね」

「あなたはそこまでお人好しじゃない。何かの目的があって行動する人だ。そうでしょう?」

 大貴は自らが感じ取ったことをそのまま口にした。

 その瞬間、さっきまでの笑顔は消え去り、真剣な表情になる師匠という人物。

 師匠という人物が真剣な表情になった途端に周りの空気が殺気へと変貌を遂げた。

「本当に見透かされていたようですね……まあいいです。君に私の全ての力を授けてあげましょうか?」


 ◇


 夜


 夕方から怪しくなっていった雲行きは今では俺の予想通り、雨を降らせていた。

 俺はその雨の降る暗い外の道を傘も差さずに進んでいく。

 何度も何度も俺の身体(からだ)に落ちる雨粒はうざったいものであったのだが、傘を持つために手を塞ぐのは惜しい。

 雨に打たれながら、千代田区周辺の路地裏を俺は回った。警察によって封鎖されている場所がいくつかあったが、構わずに足を踏み入れて。

 勿論、巡回している警察官の目には触れないように厳重に警戒しながら動いた。そして、俺はその人物を見つけた。俺と同様に傘を持たずに雨に打たれ、右手に包帯を巻き、傘の替わりに鞘に収めた日本刀を持った――“傷だらけの仔猫”を。

「お前を待ってたよ……翔」

「俺はお前じゃないと信じたかったんだがな……――――」

 そう、日本刀を持った――


「――唯」


 ――唯がそこには立っていた。


 ◆


「お前が殺したのか? 千代田区で警察官一人と男五人を」

 俺は唯に向けてそう尋ねた。

「俺はそんな話に興味はない。問題は他にあるんだよ」

 問題だと……?

 突っ立ったまま動こうとしない唯。だが、俺も唯と同様に動こうとはしなかった。

「問題はお前だよ……翔」

「俺……だと……?」

 鞘に収めた刀を俺に向ける唯は続きを紡ぐ。

「そう……お前が全ていけないんだ。――――あの日もこんな風に雨が降ってた。そんな日に俺の両親は誰かに殺されたんだ。そして、俺はその両親を殺した奴に復讐する為に殺し屋になった。その標的――俺の両親を殺したのは今、俺の目の前にいる――――お前だ、翔」

「俺がお前の親を……? どこにそんな証拠が……」

 俺の言葉を聞いた瞬間、唯は溜息を吐いた。

「お前、依頼主から受け取った資料は全て取ってあるだろ? その資料を確かめればいいだけの話だ。お前のいない間にな……ま、お前はその証拠を自分の目で拝むことなく、俺に今日、殺されるけどな」

 そう、俺は依頼主から受け取った資料は全て事務所に保管していた。しかし、そんな事を唯に話したことは無かった。

 俺が資料を引き出しの中へ入れるところを見ていたと推測できた。が、もう一つの場合も考えられる。

 それは――

「お前……誰かに情報を教えられたな?」

「黙れ。場所を移す。誰にも邪魔はさせたくないからな」


 ◇


 俺は唯に黙ってついていった結果、横に川のあり、その隣には雑木林のようなものがある道へと辿り着いた。

 その道には俺たち以外の人影はない。そして、車や自転車なども通りはしない街灯のない淋しい道であった。

 雨を降らせている雲が掛かった空に月はない。

 月明かりもないこの道は正に影の存在も許されない闇そのものであった。そして、唯の言うとおり、邪魔など入りはしない場所だった。

「おい、一つお前に質問してもいいか?」

 俺の問いに対して微妙に首を縦に動かした唯。

「お前も俺も同じ殺し屋。関係のない人々を何百人って殺してきたはずだ。そんなお前に復讐するなんて資格はあるのか? 俺はそうは思わない」

 俺を鋭い眼光で睨みつける唯。

「俺はお前とは違う。俺はあの人形以外を殺したことなんて一度もない」

「たとえそうだったとしても、お前は警察官一人と男五人を殺してるじゃないか?」

 唯は一時、口を開かないでいたが、その鋭い眼光は絶えず、俺を睨みつけていた。

「質問は一つって言ったはずだ」

 俺はチッと舌打ちをして唯の眼を見た。

 その眼はもう、復讐者の眼へと成り果てていた。

「まだ、始めていないのですか? 唯」

 唐突に背後から男の声が聞こえ、咄嗟に俺は振り向いた。

 何の気配もしなかった背後にはその声の主と思われる一人の長髪で眼鏡を掛けた男が立っていた。

 それよりも、気になったのは唯の名前をその男が呼んだことだった。

「そうか……お前が唯に情報を提供したのか……」

 俺はその長髪の男を睨みつけた。

「そうです。私が唯に情報を提供しました。それよりも、余所見をしていてもいいのですか? 唯はそこまでお人好しじゃないですよ」

 そう忠告されて前を見ると、唯は俺の目の前にまで迫っていた。勢いよく鞘から刀を抜き取りながら俺に向けて唯はその刃を振るった。

 俺はそれを紙一重のところで避け、そのまま後ろへと下がりながら唯との間合いをとる。

「なんで武器を取ろうとしない」

 唯に言われて初めて自分が武器を取っていない事に気が付いた。普通の俺なら、唯が目の前にいた時点で取っているはずなのに。

「次にお前がその刀を俺に向けて振った時、俺はお前を敵とみなし、ナイフを手に取る」

 忠告をした俺だったが、その発言は唯を逆撫でしたようだった。

「分かった……お前が俺をなめてるってことが!」

 俺に両手で持った日本刀の切っ先を向けて走ってくる唯。

 それで間合いを詰めた唯は勢いを弱めずに何度も何度も俺に向かってその刀を振るった。しかし、逆上している唯の太刀は俺には普通に避けられるものであった。

「ほら! ナイフを手に取るんじゃなかったのか!」

 俺は唯の言葉を鵜呑みにして今更、ナイフを手に取った。

 だが、そのナイフの切っ先を唯に向けようとした途端、俺は戸惑った。いや、唯の顔を見たら、ナイフを振るえなくなった。

 ……なんで?

 その隙を狙われて唯にナイフを日本刀で弾き飛ばされた。

「……ハハ……」

 その瞬間、唯は振り回していた刀の動きを止めて苦笑した。

「やっぱり、お前も俺と同じか…………お前に刀を向けると、手元が狂うんだ……何でなんだろうな……お前を殺したいのに、刀を、怒りを向けたいのに……お前は俺の追い続けた復讐相手なのに……殺せない……」

 雨で顔もずぶ濡れだったので分からなかったが、そのとき、唯は泣いていたのかもしれない。

「ねぇ……翔……私……もう、どうしたらいいのか分からないよ……」

 その時に初めて分かった。

 こいつは――唯は強がりなだけなんだと。本当はその心に背負いきれないほどの痛みを負っているいたいけ少女だった。

 唯は俺なんかより何百倍も強かった。

 そして、その言葉は唯の口から初めて聞いた男口調のものではない、ちゃんとした女口調の言葉だった。

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