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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第1章― 神の子
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No.11  傷だらけの仔猫

「そう、人質です。君にはこの話を信じてもらえないかもしれないですからね」

 ごくりと唾を呑む唯の手から(したた)り落ちる血はとどまる事を知らない。

「その話というのは君の復讐についてのことです」

 その言葉を師匠という人物が口にした瞬間、唯の目の色が変わった。その目の色は怯えていた者の目から変貌した。

「その話……早く教えてください。それと……師匠が俺を動けないようにしてくれて助かりました。たぶん、そうしてなければ、俺は……――」

 唯はその先を告げようとはせずに師匠を睨む。

 瞳孔が開いているその眼は正しく、復讐に駆られる者の眼であった。


 ◇


「鍵が開いてるな」

 事務所へと入るための扉を開けながら翔は呟いた。

 「まぁいいか。どうせ唯だろ」と軽い気持ちでスルーする翔。

 いや、そこは気にするべきなんじゃ……と心中でつっこみをいれながら、俺も事務所の中へと入った。

 翔は入って早速、引き出しから煙草を取り出して、窓を開けて吸い始める。

 それに対して、俺と浦議はソファへと腰を下ろして、俺は目を閉じた。

 眠い……

 今の時刻は午前四時。寝ていないから本当に眠い。

「唯さんはどこに行ったんでしょうね」

 浦議は全然、眠くなさそうに敬語で告げた。

 だが、翔はその浦議の発言に対して注意する。

「唯“さん”はやめろ。そして、俺の名前も呼び捨てでいい。天谷(あまや)、お前もだ。唯のことは別に心配しなくてもすぐに帰ってくるだろ」

 ふぅーっと溜息でも吐くかのように煙草の煙を吐き出す翔。

 その煙は窓の方へと吸い込まれて外に舞い、薄れていった。しかし、唯という女の人はその日から事務所に姿を現すことはなかった。


 ◇


 その夜。

 空は暗く、月明かりしか光がない。音もしない静寂な夜。しかし、街には光が満ち溢れており、雑踏の音が絶え間なく続いていた。

 そんな街の光も雑踏の音も届きはしない路地の裏を一人の女性が歩いていた。

 その女性の右腕には包帯が巻かれており、左肩から細長いものが入っているであろう袋を提げていた。そんな女性に段々と前から近づいてくる影が四つ。それは四人のいかにも荒れていそうな男達の姿だった。しかし、その女性は前から近づいてくる男達の存在に気付いていないようで足を止める事はしない。

「おい、姉ちゃん! こんな人通りのすくーなくて、くらーいところを一人で歩くと危ないよ?」

 げらげらと笑いながら、男達の中の一人が言った。

 話しを掛けられて初めて男達の存在が分かった女性はただ一言、

「ご忠告どうもありがとう」

 と、言い、そのまま女性は男達を避けて前へと進もうとした。その女性が男達の横を通ろうとした時、さっき話した男が女性の前へと出て、道を阻んだ。

 男が阻んだ為に足を止めた女性は男達の顔を見ることなく告げた。

「……失せろ」

「あ?」

 さっきまでげらげらと笑っていた男達の表情が一瞬にして変貌し、その女性を壁へと追い込んだ。

「今、なんつった? てめえ、今の状況分かってそんなこと口走ってんのか? あぁん!?」

 手で壁を叩いて威嚇する男。だが、女性はそんな威嚇を驚きも怯えもしなかった。そして、未だに男達をその目で見ることはない。まるで、眼中にないとでも言いたいのかのように。

「『失せろ』って言ったんだ。莫迦(ばか)の耳には聞こえ難かったか? なら、もう一度言ってやるよ。失せろ……俺はもう、誰でもいいって感じなんだ」

 そして、初めて男達と眼を合わせた女性。

 その眼は正しく、肉食動物が獲物を狩る時の眼であった。しかし、その眼からは一粒の雫が流れ落ちた。

「調子に乗りやがって! 痛い目みせてやるよ! クソ野郎!!」

 男の中の一人が右腕を振り上げて、壁に追い詰められた女性目掛けて拳を振るおうとしたその刹那――男は気が付いた。

 ……腕が……無い……?

 ――自らの右腕の肘から下が無く、その右腕の肘から下はマネキンの腕が取れたように地面へと転がっていた。

「ああぁぁぁあぁああぁああぁああぁぁああああぁぁあぁぁぁぁぁあああぁあぁぁぁ!!!!!」

 声を上げながら地面へと倒れこむ男。

 その周りにいた他の三人の男達はそんな男の姿を愕然と眺めてその後、恐る恐る女性のほうへと目を向けた。

 女性の左肩にあった筈の細長い袋はなくなっていた。しかし、何も持っていた無かった両手には右に刀、左に鞘を手に取っていた。

 刀から(したた)る真紅の雫は真実を物語っていた。

 刀を手にした女性は涙を流しながら、口元を儚く歪めた。

「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 叫びながら逃げ出そうとする三人に向けてその女性は倒れこんだ男と同様にその刀を振るった。

 男達の真紅の血は天へと舞い上がる。

 三人とも腕か足か腹が切り裂かれたが、辛うじて死んではいなかった。

 その状況を見ながら地べたを這いずり逃げようともがき苦しむのは初めに腕を斬られた男。

 女性は刀に付いた血を掃って、そのまま鞘に刀を収めて涙を拭った。そして、その女性はその場から立ち去った。


 ◇


 2011年7月25日 朝


「はあ? 辻斬りだとぉ!?」

 部下の話を聞きながら、その男は部下の言ったその言葉を繰り返した。

 その男――犬塚(いぬづか)尚一(なおひと)は現役の警視庁捜査一課の人間だ。歳は今年で五十三歳。そして、この人は翔の恩人――親と言っても過言ではない人物であり、今では敵でもある。人物であった。

 犬塚は翔が殺し屋だと言うことを知っている警視庁でただ一人の人間だ。しかし、翔を逮捕したりはしない。

 その理由(わけ)は――――


 ◆


 昼


 犬塚が向かったのは翔の事務所であった。

 階段を上がってドアをノックすると、翔はすぐに出てきた。

「どうしたんですか? 警察のあんたが来たらまずいって何度も何度も忠告してるじゃないですか」

「うるせい! 息子のように育ててきたんだ。様子を見に来るくらいのことをしてもいいだろがぁ!」

 しぶしぶ犬塚を事務所の中へと入れてソファへと手招きをした翔はコーヒーを淹れる為にポットのあるコンロへと向かった。

 犬塚がソファに座ろうとしたとき、そのソファの後ろに立っていた大貴のことを見て思わず、下ろそうとしていた腰を上げて犬塚は叫んだ。

「何でお前の事務所にK事件の犯人がいるんだ!」

 やばっ! 俺、指名手配犯だってことすっかり忘れてた!

 もう遅いというのに咄嗟に顔を後ろに背ける大貴。

 その犬塚の叫びに対して翔はあくまで冷静に言葉を紡ぐ。

「ああ、天谷(あまや)は犯人じゃないですから安心していいです」

「……まさか、お前が助けたんじゃないだろうな?」

 その問いに対してコーヒーカップにコーヒーを注ぐ翔は「はい、依頼を受けて助けました」と平然と答えた。

「お前……厄介ごとを増やしやがって……一先ず、こいつは逮捕させてもらう」

「いえ、本当に犯人じゃないですよ。K事件の現場に天谷がいたなんていう証拠はどこにもありませんよ」

 手錠を取り出して大貴を捕まえようとした犬塚だったが、その言葉を聞いて手を止め、ソファへと腰を下ろした。

「くっそぉぉぉ! ……お前と話してると頭が痛くなる!」

 犬塚は机に肘をつき、頭を抱える姿勢になった。そして、犬塚はその姿勢のまま、尋ねようとした。

「じゃあ、やっぱり犯人は――」

 そこで言葉を止めた犬塚だったが、翔は犬塚が言おうとしていたその先の言葉が分かっていたように答える。

「ええ。K事件の犯人は人形です」

 翔はソファの前の机に淹れたてのコーヒーを置いて犬塚の座ったソファと対峙するソファに座った。

「で、何の用ですか? 用もないのにあんたが来るはずはないでしょう?」

「ああ。今朝な、刀で斬られた男性四人の遺体が千代田区で見つかったんだ」

 翔は犬塚の用の内容に対して首を傾げた。

「刀?」

「そうだ。手か足を一本、それに四人全員が首を斬られて死んでいた。刀で斬られたなんて事件を扱うのは初めてでよぉ。警察内とメディアでは“平成の辻斬り”なんて呼ばれてらぁ」

 犬塚はそう言った後、机の上に置かれたコーヒーを(すす)った。

 そう、犬塚が翔を逮捕しない理由は息子同然に翔を育ててきたのと、情報を頼りにしているという点から翔を逮捕しないのであった。

「で、刀を所持している人達はもう調査済み。しかし、誰も犯人ではなかった。それで裏で刀を流した奴がいる。そう思ったんですね」

「ああ。俺はそう疑ってる。察しが良くて本当に助かるよ」

 犬塚は残ったコーヒーを全て喉に通して立ち上がった。

「邪魔したな。俺の用はこれだけだから、おれぁもう戻る。後はお前に任せてもいいか? 裏のことは裏の奴の方が動きやすいし、情報も手に入りやすいだろうからな」

「わかりました」

 翔がそう頷くのを見てから犬塚は大貴の事を最後に一瞥して、その事務所を後にした。

 刀か……

 ふぅーと溜息を吐いてデスクの椅子へと座る翔。

「誰なんですかね……“平成の辻斬り”って」

「さあな。調べてみない事には検討もつかない。けど、相当な手だれだろうな。首や腕、足を斬りおとすなんてのは並大抵の奴らじゃできない。お前は行かないでいい」

 そう言うと、翔はそのまま窓の外の空を見上げた。

 そういやぁ、唯も刀を使ってたな……事務所の部屋の角に立て掛けて――――

 そう心中で呟いた翔は事務所の角へと目を向ける。しかし、そこには立て掛けてあるはずの刀が――無かった。

 この件……犬塚さんの依頼だったから断らなかったのか? それとも、唯かどうかを確かめる為に俺は断らなかったのか?

 その答えは一生を使って考えても出てこないものだと翔も十分、承知していた。


 ◇


 その夜


「巡回なんてめんどいなぁ……」

 そんな愚痴を零しながら千代田区の路地裏や人通りの少ない通り、街灯のついていない場所などを巡回していた一人の警察官。

 巡回すると同時に一人で出歩いている者や塾帰りの学生などに声を掛けて、早く帰宅するように一人の警察官は促していった。

 暗い路地裏にも平気で踏み入って巡回するその警察官。しかし、自らの身が一番危ないと言う事に彼はまだ、気付いてはいなかった。

「きみ! こんなところで何をしているんだ! ニュースなどで聞いただろう! 殺人鬼がまだうろついているかもしれないからこんなところは危険だ。危ないから早く帰宅しなさい!」

 暗い路地に一人で立っていた女性に呼びかける警察官。

 しかし、警察官が立ち尽くしている女性の傍まで行く前に突然とその足を止めた。

 なんだ……? ……鉄の臭い?

 異臭を前にして口を塞ぎながら、ゆっくりと女性の元へと近づいて行く警察官。

 すると、警察官は何かに足をとられ、こけてしまった。

 地面に手をついた瞬間に水溜りに手をついた時のような音がして不可解に思う警察官。その地面についた手の感触を確かめると、ぬめぬめとしていることに警察官は気がついた。

 水……? じゃないな……

 そう予想した瞬間にこれの正体と思われるものが警察官の頭に過ぎる。

「まさか……これは……!?」

 そっと足をとられてこけた原因になったものの正体を見ようと自らの足下の方へと目を向ける警察官。

 すると、そこには腹を斬られた誰かの体があった。

 そう。警察官の手についたのはその腹を斬られた人物の血液であった。

 女性は自ら、警察官の元へと寄って行きながら、手に持った刀の鞘からスッと刀身を(あらわ)にし、警察官に向けて振りかざした。

 空へと舞い上がる無数の血の雫。

 警察官から流れ出た血は地面へと垂れ、異臭を放ちながら地面を伝って広がっていった。

 その女性の右腕には昨夜の辻斬り事件と同様に――――包帯が巻かれていた。

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