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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第1章― 神の子
11/72

No.10  君の過去

 2006年6月2日


 深夜の六月二日。

 (しょう)はそこで初めて彼女と対面し、その人形について初めて聞いた。

 彼女――――(ゆい)は日本刀を両手に持ち、人形の屍の上に立っていた。

 背景は暗く、月明かりがスポットライトのように唯を照らして、人形の血を紅く光らせた。

「教えてやるよ! こいつの正体!」

 翔の問いに対して、偉そぶって呟いた唯。

 こいつというのは勿論、彼女の下に転がっている肉塊と化した人形のことだった。

「……お前も殺し屋なのか――?」

 自らの首に手を当てながら質問した翔。しかし、唯はその質問を鼻で笑った。

「愚問だな……俺の正体よりもお前を襲った化物の正体の方が大事なんじゃない? 普通は」

 その言い分は決して間違っておらず、唯の言葉に納得した翔も改めて質問した。

「なら、これは一体……」

「お前も粗方の予想はついてると思うけど……こいつは人間じゃない」

 その答えに納得の表情を見せる翔。しかし、彼の中では何かが引っ掛かった。

 人間じゃない。それは俺も思ったが……けど、俺の首を絞めたこいつは人間じゃないけど、人間のような感じがする。

「けど……人間に近しいものを感じる……」

「そう、こいつは人間じゃないけど、人間でもある存在――――人形(ドール)なんだよ」

 ……人形?

 その単語を聞いた途端に翔は目を大きく見開かせ、訝しげな表情で唯を見る。

 そして、唯によって肉塊へとされた人形へと視線を移した。

「でも、俺の下に転がってる肉塊はただの人形じゃないんだ」

 言葉の続きを紡ぐ唯。

 そのとき、翔はごくりと息を呑んだ。

 その様子を見て唯はゆっくりと告げた。

「その人形はロシアで創られた」

「ロシア? ……なんで?」

 少し話が変わり、混乱しそうになる翔だったがどうにか押し止めた。

「目的は分からない。けど、ロシアはある計画を実行しようとしていたらしい」

 唯は少しの間を開けてその計画について紡ごうとした。

「その計画は――――」


 ◇


 2011年7月23日


「――――師匠!?」

 驚きの表情を浮かべる唯。しかし、その中には喜びと悲しみが入り混じっていた。

『憶えててくれましたか……君に話したいことがあるのですが……明日、時間空いていますか?』

「……はい」

 少し躊躇うように返答をした唯。

 唯によって師匠と呼ばれた人物もそれに気付いてはいたが、話を続けた。

『そうですか……では、新宿のXXと言うお店にお昼頃でいいですか?』

「……はい」

『では明日、久しぶりに会いましょう――――』

 唯によって師匠と呼ばれた人物が電話を切る。

 唯は少し、言い残した事があるような感じがしたが、気のせいだと自分に言い聞かせて携帯電話をソファの上に置いた。

「師匠……」

 唯は頭に繋がった一本の糸が切れた人形のようにソファに寝転んだ。

 彼女の頭に過ぎる思い出したくない過去。

 彼女はその師匠と呼ばれた人物と出会ってから、話し口調を男口調にしたのだった。


 ◇


 20XX年 春


 彼女は晴れて高校生となった。

 合格した高校は都内でも有数の頭の良い公立高校であった。

 制服もわりと可愛く、彼女にとって満足ではない部分は一つも無かった。

 平穏な学校生活を毎日、送っていく彼女。


 しかし、彼女――――唯の平穏で幸せな毎日は突然と消え去った。



 ◆


 同年 6月


 空に覆いかぶさる黒い雲は今にも雨粒を地面に落としそうであった。

「ちゃんと傘持って行きなさいよ!」

 玄関で靴を履いている唯に聞こえるような大きな声でリビングにいる母親は言った。

 それに大きな声で返答をし、

「行ってくる!」

 とリビングにいる母親に聞こえる声で唯は言うと、玄関を飛び出した。勿論、忠告どおり、傘をその手に携えて。しかし、この会話が母親と唯との最後の会話になろうとは唯自身も思ってもみないことであった。


 ◇


 放課後


 雨は彼女が学校に着いてから降り始め、帰る頃合にはどしゃ降りとなっていた。

 傘を差していても制服はすぐにびしょ濡れとなり、もう少し雨の強さが治まるまで彼女は帰路にあるコンビニエンスストアの中で雨宿りをした。

 中の物を買う気もないのにぐるぐると商品を見回して唯は外へと出た。

 先よりかも雨脚がマシになったのを見計らって唯は傘を差してまた、帰路を歩き始めた。

 すると、唯はある男とすれ違った。

 その男はこんな酷い雨の中、傘も差さずに雨に打たれながら歩いていた。

 表情は顔を伏せている為、分からない。だが、すれ違い際に一瞬、男の鋭い眼が唯を睨みつけた。

 唯はその眼を見てゾッと背筋に悪寒が走った。

 こんな眼の人……見たことない……

 感情と言うものが一切ないような眼。いや、業を背負った眼。男はそんな眼をしていた。

 その男が“両親を殺した”犯人だと言う事を彼女は知る由も無かった。いや、想像するはずも無かった。


 ◇


 制服をびしょ濡れにしながらもやっと家の前に着いた唯は溜息を吐きながら傘を閉じて玄関のすぐ横にある傘立てへと置いた。

 そのまま彼女は玄関のドアを開けて「ただいま」とリビングにまで聞こえるように声を張り上げた。しかし、いつも返ってくるはずの母親の声が今日は返ってこない。

「いないのかな?」

 そう言って唯は洗面所へと向かってタオルで制服や足を拭き、着替え終えると、リビングへと向かう。

「おかあーさーん!」

 とリビングへと足を踏み入れた唯であったが、そこに待ち受けていたのは思いもよらない光景であった。

「――――……かあ……さん?」

 リビングに足を踏み入れた唯が最初に見たものは床を伝う真紅の液体。

 唯は恐る恐る足を進めてリビングへと踏み込んでいく。

 そして、段々とその姿が露になっていく。

 ――足

 ――赤く染まったスカート

 ――血の付いた服

 ――腕

 ――頭

 今の現状を理解できない唯は血の海に倒れている母親へと近づいてその顔を確認する。

「かあさん……ねえ……!?」

 その顔を確認した瞬間、唯は目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。そして、急いでその場から立ち上がって洗面所へと駆け込み、汚物を吐き出す。何度も、何度も。

 それが治まりを見せ始めた頃に彼女は心中で呟いた。

 顔が……グチャグチャにされてた……眼が出てて……脳が少し見えて……骨が――

 とあの映像を思い出そうとした瞬間にまた、汚物を吐く唯。

 息を荒げながら蛇口を捻った。

 洗面所の汚物を水で洗い流したところでさっきの映像が彼女の頭から流れ去ることは無かった。

 なんで……どうして……?

 母親を失った悲しみから眼から流れ出てくる涙。しかし、その涙はすぐに怒りのものへと変貌する。

「……ごろしてやる…………絶対に……ころしてやる!!」

 彼女の怒りの目は自分自身の姿が映る鏡へと向けられた。

 その日、会社で仕事をしていた唯の父親も殺された。

 唯の父親はその会社の社長であった。

 殺される前日にライバル会社の社長と口論になったという情報を唯は関係者から得た。そして、唯は社会の『裏』へと足を踏み入れてもう一つの情報も手に入れた。

 『裏』というのは勿論、陰で動いている殺し屋も含まれる。

 口論になったライバル会社の社長は腹を立て殺し屋を雇い、家族全員を殺すように依頼した。しかし、その情報を聞いて彼女はふと疑問に思った。

 全員? なら、何で私も――

 彼女は途中でそれを心中で呟く事をやめた。

 何故なら、その続きがこうなるからだった。

 ――なら、何で私も一緒に殺さなかったの?――

 彼女の頬を伝って雫が零れ落ちた。何もできなかった悔しさ。一人になってしまったと言う淋しさ、悲しみ。ライバル会社の社長と殺し屋への怒り。

 感情の入り混じった涙は地に落ちて消え去った。


 ライバル会社の社長は唯の両親が殺された翌日に何者かによってその命を絶たれていた。


 ◇


 同年 12月


 唯はその日、偶然、唯が師匠と呼ぶ人物と出逢った。

「君は眼が死んでますよ」

 その師匠という人物は唯に向かってそう呟いた。

 そんな呟きを無視して立ち去ろうとする唯を師匠という人物が引き止めた。

「殺したいのでしょう? 自分の家族を殺した殺し屋を」

 その言葉を聞いて動きを止めた唯は振り返って師匠という人物を睨みつけた。

 その日から彼女は師匠という人物から殺しの作法を教わった。

 その殺しの仕方。それは――刀を使ったものであった。

「これを……私に?」

 唯が首を傾げながら受け取ったものは紙で包まれた細長いものであった。

 そして、包みを開けて出てきたものは――

「――刀!?」

「はい。あなたに差し上げます」

 唯は古刀(ことう)を師匠という人物から受け取った。

「唯、君に殺しの作法を教えてあげましょう。君の復讐の為に。しかし、復讐を達成するにはそれだけの代償が伴う」

 さっきまで笑顔だった師匠という人物の表情が真剣になり、唯も息を呑む。

「唯、女を捨てなさい」

「え?」

 思わず声が出てしまう唯。

 理解できていない唯に補足するように師匠という人物は言葉を紡ぐ。

「女を捨てるくらいの覚悟がないと殺しなんてものはやってはいけませんよ、唯。そうですねぇ……まずは口調から男にしてみてはどうでしょうか?」

 唯はその提案を受け入れた。これも復讐のためなんだ、と。しかし、口調を変えるのは予想以上に難しいもので唯は何度もいつもどおりの口調で多々、話してしまった。


 ◇


 2006年6月2日


 翔が彼女――唯を初めて出逢った夜。

「その計画は――」

 唯がロシアのある計画について話そうとした瞬間、翔はごくりと唾を呑み込む。

「――北極を壊す」

「は?」

 唯の発言に対して翔は驚きを通り越して眉をひそめた。

 何言ってるんだ、こいつは。

「北極なんて壊したらロシアにも被害が出るじゃないか!」

 その反応を唯は予測していたようで淡々と答える。

「そう。お前の言うとおり、北極を壊したら天変地異が起こり、人類の半分以上滅亡するだろうな。そして、ロシアにも被害がある」

 不敵な笑みを浮かべる唯に対して翔は言い寄る。

「だから、そんな事をしたってロシアには何のメリットも無いじゃないか!」

「そのメリットの為の“人形”。そうなんじゃない? 俺も良くは知らない」

 知らないのかよ……

 心中で突っ込みをいれながら翔は唯の話について考えた。

 納得がいかないな……

 結論はそれで翔は唯にもう一度、質問する。

「人形が何のメリットなんだ?」

「へ? 言ってなかったっけ? じゃあ、一番重要な部分を言い忘れてた。人形はな、人間を元に創られてるんだ」

 人間を……元に……?

 この事実に目を見開かせて驚く翔。

 唯はそんな翔の表情を見やり、続きを紡ぐ。

「人形を使って奴らは人間を不老不死にしようとしてるのかもな。ま、俺の推測だけど」

 不老不死……

 その単語を聞いてもそのときの翔にはいまいちピンと来なかった。

 だが、仮面の男――Persona(ペルソナ)と出逢ってからはその単語の意味を思い知らされる事となるのであった。

 「あっそうだ!」と何かを思い出した風に唯は声を張り上げた。

「北極を壊すのの他にもう一つ計画されてる事も聞いたな……細菌テロ」

「そっちの方が北極のよりも現実的だな」

「ああ、細菌をばら撒いてワクチンを使って世界中と取引をする。最終的に世界を牛耳りたいんだろ?」


 ◇


 2011年7月24日


「これが唯から聞いたことの全てだよ」

 唯から聞いた話を翔は大貴(だいき)浦議(うらぎ)に話し終えた。

 その話を聞いた大貴と浦議はというと愕然と目を見開かせていた。

 非現実的なものを受け入れるのには眼前で見て頭で理解するしか方法はない。

 北極を壊す。細菌テロ。人形。

 人形について大貴と浦議はもう、なんとなく納得していた。何故なら、大貴はその人形に襲われて今の左腕に包帯が巻かれているし、浦議と大貴はその目で人形とやらを見ていたからだ。しかし、あとの二つは信じる事ができない。そして、自らの血が殺人ウイルスだと言う事も。

 大貴と浦議は頭の中で思考を巡らせながら、翔と一緒に倉庫を後にした。


 ◇


 昼


 唯は師匠という人物から指定された店でその人物を待っていた。

 時刻は午後一時でもう来てもいい頃合だというのに師匠という人物はまだ、唯の前にその姿を現してはいなかった。

 「はぁー」と溜息を吐いた唯はバッグから携帯電話を取り出して適当にいじり始めた。

 それから十分後、やっと師匠という人物は唯の前に姿を現した。

「すまないね。少し遅れてしまいまして。東京は同じ高さの建物ばかりで道に迷います」

 その師匠という人物は長髪で、ひげの生やしていないその顔は三十代前半くらいであった。顔には伊達のような黒縁眼鏡をかけていた。

 唯はその顔を見て、全然変わってないなと感想を心中で抱いた。

 師匠という人物が言葉を発しても黙っていた唯。

 すると、師匠という人物からはそうみられたようであった。

「不機嫌のようですね……やはり、待ちました?」

 唯は首を縦に振って応えた。

「十分以上」

 唯は携帯電話をバッグへとしまう。

「すみませんでしたね。えっと、私が話したい内容というのはですね……とても重要なものなんです」

「重要……?」

 その言葉を聞いて唯に緊張感が走る。彼女も師匠という人物から呼ばれたということはただ事ではないと分かっていたのだが、改めて面と向かって言われると緊張感が増した。

 だが、そんな唯の様子とは裏腹に師匠という人物は瞬間、口元を唯に見られないくらいに歪めた。

 唯は緊張感を少し(ほぐ)そうとコーヒーカップへと手のばそうとした時、ある異変に気が付いた。

 ……血?

 そう、彼女の手の甲に刃物で斬られたような傷があった。そこから零れ落ちる血は店のテーブルへと落ちる。

 コーヒーカップに手をのばしただけなのに彼女の手には至るところに切傷があり、血がテーブルの上に零れ落ちていた。

 その様子を見た唯は血相を変え、師匠という人物を見た。

「師匠……? ……まさか!?」

 唯が気付いた頃にはもう遅かった。

「下手に動かない方がいいですよ? 皆さん!」

 店にいた全て人に聞こえる声で師匠という人物は言うと、その視線を唯へと戻した。

 皆さん? なら、師匠は――

 師匠という人物が行っている事の予想がついた唯は目の前の師匠という人物を睨みつけた。

「……何をする気なんですか……“店内の人々全員を人質にとって”……」

「そう、人質です。君にはこの話を信じてもらえないかもしれないですからね」

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