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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第1章― 神の子
10/72

No.09  電話の相手

「で、お前は一体、仮面の男とどんな話をした!」

 スーツ姿から私服に着替えた三人。大貴(だいき)浦議(うらぎ)が自らの家から取ってきてくれた服に着替えていた。

 対峙するソファには大貴と浦議、(ゆい)(しょう)が隣同士で座っていた。

 勿論、大貴の目の前に座っているのは翔だった。

 大貴は顔を俯かせたまま、言葉を口にする。

「……血液を……採取された……」

「……それはお前の言っていた、『お前の血液が世界の人々を死に追いやる』ってことと関係があるのか?」

 少し躊躇いながらも、首を縦に振る大貴。

「仮面の奴は……俺の血液が他の人とは違うものだって……言ってた」

 区切り区切り、話をする大貴に何を言う事もなく完全に聞きの姿勢に入った三人。

 大貴はそのまま、言葉を続けた。

「俺の血には人とは違うあるものが含まれてる……それは人を死に至らしめる細菌になるって……そいつは言ったんだ……」

 三人とも目を見開かせて言葉を失い、そして、同時に疑った。

「嘘……だろ?」

 ON、OFFのスイッチの切り替えなど忘れて呟く浦議は驚愕していた。

 翔も同様に驚きを隠せない表情をしていた。しかし、唯だけは驚いた後、すぐにもとの真剣な表情へと戻った。

「けど、それが本当の事とは限らないだろ? もう少し、冷静に考えた方がいいんじゃない?」

 唯の言葉を聞いて黙りこくる大貴。

天谷(あまや)……」

 諭す様な翔の声を聞いてようやく大貴はその口を開いた。

「俺は……俺はもう、誰の言葉を信じていいのか……――分かりません」

 翔は厳しい言葉を大貴へと投げかける。

「現実から目を背けるな。それにお前の血が細菌ならば、お前を手当てした医者は死んでるはずだ」

 大貴は自らの折れた左腕を見た。

「分からない……本当に……本当に……分からないんだ……」


 ◇


 羽田空港


 空気を振動させて鳴り響くエンジンの轟音。

 鳥に似せた形の鉄の塊が離着陸を繰り返すその場所に一人の男が降り立った。

 元々は海であった場所を埋め立てて建設された空港の羽田空港。

 その場所に立っている男は少し嫌な気分にさせられる。

 飛行機に乗るには少しばかり目立つ、和服を着たその男。その風貌には似合わない物をその男は右手に持った鞄から取り出した。

 ――携帯電話。

 ボタンを押して誰かと連絡を取る和服の男。

「もしもし? 今、日本に着きました。それで、君のところに行けばいいのですね?」

 空港の中を携帯を右耳に当てながら、歩く男は急にその足を止めた。

「東口……ですか? 今向かってた方向と反対なのですが……」

 愚痴を零しながら、一八○度回転し、東口へと向かう男。

「分かりました、では」

 男は携帯電話を閉じて右手に持った鞄へと入れた。

 あの男……それでも尚、私を利用しようとしますか……

 内心で呟く男は東口から外へ出て、男を待っていた車を訝しげな表情で見つめた。

「少し、目立ちすぎじゃありませんか?」

 そう声を上げたのも無理はない。

 黒光りする車は高級車。

 その横にはスーツをその身に纏い、一礼する老人の姿があった。

「目立ったほうが分かりやすいと思いまして」

 老人によって開けられたドアから乗り込む男。

 老人はドアを閉めた後、運転席に腰を下ろした。

「何処へ行くのですか?」

 男は老人に向けて尋ねた。

 その尋ねに対し、老人は淡々と答えた。

「警視庁でございます」

 警視庁……相変わらず――

 苦笑する男はそっと窓の外へと目を向ける。

 これから、ですか……“唯”はどうしているのでしょうかね……成長している姿を見るのが待ち遠しいですよ。

 その苦笑は微笑へと変化した。


 ◇ 


 事務所


「大貴……」

 顔を上げようとしない大貴を浦議は横から慰めるような目で見つめていた。

 異様な空気に包まれる事務所内。

 その空気を全員、良く思っていなかった。

「天谷。そうやって俯いていたところで何も見えはしない」

 その言葉に反応してぴくりと体を動かした大貴はゆっくりとその顔を上げた。

「真実は自分で確かめろ。そして――」

 翔は大貴を睨んで、

「――ちゃんと礼を言え! 俺たちは危険を冒してまでお前を助けたんだからな」

「……あ、ありがとうございました……」

 慌てて一礼した大貴を見て溜息を吐いて立ち上がる翔。そして、コンロへと向かって熱湯を沸かし始めた。

 唯はというとデスクの椅子へと移動して腰を下ろす。

「お前も……ありがとな、浦議」

 横に座っている浦議に向けてお礼を言った大貴。

 その様子を見て浦議は微笑んだ。

「はい。大貴を信じてましたから。絶対に犯人じゃないって」

 俺は……ちゃんと信頼されてるんだ……

 内心、嬉しい大貴だった。

 それから、翔からコーヒーが出され、コーヒーの仄かな香りを楽しみながら、三人は飲んでいた。しかし、唯は一口でコーヒーを飲み終え、香りを楽しもうなどとは思っていないようであった。

「そう言えば、何で警視庁に潜入できたんだ?」

 大貴の唐突な質問だったため、浦議は目をぱちくりさせた。

「あ、えーと……何から話せばいいんでしょうか……」

 どれを話していいのか悩む浦議。しかし、そんな浦議の悩みなど気にせずに唯は軽はずみに告げた。

「俺と翔は殺し屋だからな。暗殺する為に潜入なんて日常茶飯事みたいなもん。それにお前、あんなに手際よく警察手帳の偽装とかできたってことは前にも警視庁に潜入した事があるんだろ?」

「……まあな。警視庁の人間の暗殺を引き受けたとき、いろいろと調べる為に潜入した」

 淡々と話をする翔と唯。

 その会話を大貴は唖然として聞いていた。

「……殺し……屋?」

 しかし、すぐに驚きは消え失せた。

 やっぱり、この人は殺し屋なのか……

 その横で浦議は大貴を安心させるべく、大貴の肩に手を乗せた。

 浦議の顔を「やっぱりか?」と告げている目でみつめる大貴。

 それを察してか浦議は首を縦に振った。

「殺し屋は……存在します」

 疑いの目で大貴は浦議を一瞥すると、その目をゆっくりとデスクの椅子に座っている唯と目の前でコーヒーを飲んでいる翔へと向ける。

 大貴はそのまま顔を俯かせ、暫くしてから顔を上げる。

「分かった……けど、なんで浦議は殺し屋のこの二人のいる場所を知ってたんだ?」

「僕が大貴の見舞いに行ったとき、翔……目の前の男性の殺し屋の人も一緒に来たのを覚えてますか?」

 ああ。鮮明に覚えてるさ。忘れたい事まで。

 大貴は浦議の質問に対して頷く。

「それの案内をした御礼にと住所の書かれた紙をくれたんです。『何かあったらいつでも来い。できる範囲で助けてやる』って」

「それで訪ねたのか? ここを」

 浦議は頷いた。

 その様子を見て、大貴は溜息を吐く。

「……で、代償は?」

 予想外の質問に少し驚きを見せる浦議。

 そんな浦議に大貴は説明を付け加えた。

「犯罪者を助ける為に警視庁へ潜り込むなんてタダではやらないだろ? ね、殺し屋さん?」

「……まあな」

 話を振られた翔は適当にそう応答した。

 表情を引きつらせた浦議。あまり、間を空ける事無く言葉を紡ぐ。

「……よくそこまで頭が回りますね」

「何故か今は回る。学校では全然、回らないけど」

 その話を聞いて浦議は苦笑いするが、次の瞬間、大貴にさっきの質問についての事を言われる。

「俺の質問に答えろよ」

「……えーと……」

 戸惑う浦議だったが、すぐに決意した眼差しで大貴を見た。

「僕が一億円を払うと言う代償です」

 それを聞いた瞬間、「やっぱりかぁ……」と溜息を吐いた大貴。

 そして、大貴は翔へと視線を向けた。

「エゴイスト……」

 それは軽蔑の視線。

「違うだろ。何かを得る為には犠牲が必要だ。浦議はお前を得る為に一億円を払うと決意した。それだけの事だ」

「そうです。僕が決めた事ですから、それは大貴に言われようとも覆せはしません」

 黙り込む大貴は納得のいかない表情を浮かべ、浦議に詰め寄る。

「じゃあ、お前それをどうやって払うんだよ! 親の金でも使う気か!」

「大丈夫です。僕はちゃんとお小遣いを貯めてますから」

 にやりと口を歪める浦議の表情を見て、大貴は溜息を吐いた。

 お小遣いだけで一億円も貯まるかよ……どんだけ金持ちなんだ。てめえは……

「だが、浦議の約束は天谷(あまや)。お前を助けるまでだ。ここに天谷を置いておくことはできない。それに天谷はもう、指名手配犯。表の世界では生きてはいけないだろうな」

 その翔の言葉は的を射ていた。そして、その発言を耳にしていた大貴と浦議もそのことを十分に理解していた。

 二人から表情が消え去った。

 その様子を目の前で窺っていた翔は眉をひそめた。

 嫌な気分だ……何か引っ掛かる……そうだ。うまく行き過ぎてないか? あの仮面を付けた奴が何か企んでるんじゃないのか?

 そう考える翔だったが、考えすぎかと自分に言い聞かせてこれ以上、そのことについて考えることをやめた。

 翔の発言から、事務所内は異様な空気に包まれる。

 その空気に耐え兼ねて口を開いたのは唯だった。

「あーもう! そんなに黙り込むなよ! それよりも、天谷。お前はこれからどうするんだよ?」

 急に問われた大貴は答えに(つまず)いた。

「自給自足。働いて金を払わなきゃお前を此処に置くつもりはないからな」

 厳しい発言をする翔。しかし、翔は大貴の目を見て一言、付け足した。

「ま、俺の下でお前も俺と唯のように殺し屋をやるって言うんなら置いてやってもいいがな」

 その言葉を聞いて呆けた表情をする大貴。

 この人は――本当はいい人なんじゃないだろうか?

 その考えが大貴の頭を過ぎる。しかし、殺し屋というものは人を殺す仕事だ。容易には決められない。

 思案する大貴。

「で、どうするんだ?」

 そんな大貴に答えを急がせる翔だった。

「……俺は――」

 決断しようとしたその時、浦議の家からの帰路のことが大貴の頭を過ぎった。

 俺は……銃の引き金を引くことができなかった。

「――俺に人は殺せません……」

 顔を俯かせる大貴。その横にいる浦議も顔を少し俯かせた。

 そんな二人の様子を見て翔は呟いた。

「いや、お前には人は殺させない」

「「へ?」」

 そう同時に発した大貴と浦議。

 その言葉を理解しているのは口にした翔と唯だけであった。

「お前らには人殺しとは少し違う依頼を片付けてもらう」

 浦議と大貴は同時に顔を見合わせて首を傾げた。

「今日の深夜から動き始めるぞ」


 ◇


 2011年7月24日


 何も知らされないまま俺は翔の後をついていった。しかし、そこには浦議の姿もある。俺は物凄く反対したのだが、浦議はついてきてしまった。

 名前はさっき、聞いたばかりでまだ、意識しずらい。

 日付が変わってから三十分ほどの時間が経った頃。昼間はもう夏のような暑さなのだが、夜はまだ肌寒ささえ感じる。昼と夜とで世界が一変したように思える景色には月の光しか明かりがなかった。

 翔についていって着いた場所は街灯一つない倉庫街であった。そして、その倉庫街をそこにいる人物に見つからないよう、窺うとそこには黒い車がずらりと並んでいた。

「麻薬取引現場だ」

 驚愕の事実を告げる翔。

 その事実を聞いて、俺も浦議も目を大きく見開かせた。

「お前達はここで見てるだけでいい。俺、一人で片付ける」

 そう言って黒い車が並んだ方、麻薬取引現場へと翔は自らの身を投じた。

 麻薬取引現場と言う事は多数の暴力団の奴らと()りやうこととなる。だが、翔という男は一本のナイフを片手に持っただけでそこへと飛び込んだ。

 ――“飛んで火にいる夏の虫”と言うのは正にこの事だろうと思った。

 暗い景色を目を凝らして見ていると、幾つかの影が翔へと襲い掛かるのがわかった。

 次々と襲ってくる影をナイフ一本で薙ぎ払っていく翔。しかし、斬られた筈の影は立ち上がってまた、翔へと襲い掛かった。

「何で……斬られたはずなのに……」

 俺の隣でそんな声を上げた浦議。

 多分、浦議がその声を上げなければ、俺も同じ台詞を吐いていたことだろう。

 それぐらい凄まじい光景――非現実的な光景が俺の目の前の現実で起きていた。


 ◆


 数十分後。返り血を浴びた翔が此方へと歩み寄ってきた。どうやら、依頼を片付けた終えた様子であった。

「あの……翔が戦っていたあれって何なんですか?」

 翔へと質問をする浦議。

 俺も聞きたいことだったので黙って答えを待った。

 すると、翔は体の向きをまた、麻薬取引現場へと向けて、

「見るか?」

 そう告げた。

 歩き出す翔の後をついて行きながら、辺りを見回す。

 そして、翔のナイフで薙ぎ払ったそれを目撃した。

「これ……!?」

 翔は俺の驚いた様子を見て言葉を紡ぐ。

「お前は少し、悪い思い出があるだろ? そいつにその左腕やらを折られたりしたんだからな」

 そう。この左腕もその他の傷もこいつによってやられた。

 俺が入院する原因となった化物のような力の人の形をした――“何か”。翔はこれを人形と呼んでいた。

「翔……さん――これって……人形ってどういうことなんですか……?」

 少し答えるのに時間をかける翔。

 翔はふぅーと息を吐いて強い眼差しを俺と浦議に向けた。

「これについて……俺も唯から聞いたことなんだが、いいか?」

 俺と浦議は同時に頷いた。


 ◇


 2011年7月23日


「今日の深夜から動き始めるぞ」

 翔がそう呟いてから数分後、唯は事務所から出て行った。

 それはちょっとした用事からだった。

 その用事とやらを終えた唯は事務所へと戻ったのだが、そこに翔、大貴、浦議の姿はもう無かった。

 時は夕刻。

 橙色に染まった空は段々と青くなってきていた。

 ソファに寝転がり、手に持っていたバッグを無造作に放り投げる唯は「疲れたぁ」と溜息を吐いた。するとその瞬間、バッグの中に入れていた携帯電話が鳴り始める。

 唯はソファから体を起こして無造作に投げ捨てられたバッグを手に取った。

 バッグを開けて手を突っ込み、携帯電話を手探りで取り出した唯は液晶に映る番号を確認した。

 知らない番号……

 唯は携帯電話のオフフックボタン――電話に出るボタンを押してそれを耳に当ててお決まりの台詞。

「はい、もしもし?」

『久しぶりだね、唯。今日は夕焼けがとても綺麗な日だ』

「その声は――」

 唯は喜びと哀しさの入り混じった表情をしてその言葉を紡ぎ出した。

「――――師匠!?」

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