03
入って来た美少女に少しだけため息を吐きながら、俺は視線をその美少女に向ける。
「……エカテリーナ様」
「ジル様? ギルドで私の事はなんて呼んで欲しいと?」
「……リーナ」
「はいっ!」
エカテリーナ・オーレンヴェルグ。此処、オーレンヴェルグ王国の第一王女にして、王位継承権第一位の、まがう事無き完璧なお姫様だ。
「……なにしに来たんだよ、リーナ」
「ジル様がお怪我を為されたと聞きましたので……心配で」
エカテリーナ様……リーナは、完全無欠なお嬢様の容姿とは裏腹、結構活発に活動するヤツだ。『リーナ』という偽名を使って冒険者ギルドに登録してるし、なんなら何度か一緒に魔宮に潜った事もある。王女様って知った時はたまげたが……ああ、そう云えば。
「……お前、いっつも俺の事を『優秀』って言ってくれてたもんな」
「ジル様は優秀ですから」
「冗談じゃなかったのか」
「私、本気で言っていましたのよ? なのにジル様はいつも『はいはい』って」
ぷくーっと頬を膨らませるリーナに苦笑。悪かったな、リーナ。
「……まあ、良いです。ジル様がご自身の評価を正当になされてくださるのであれば」
「……そうだな。役立たずじゃなくて良かったよ」
「役立たずなワケはありません! そもそも、ジル様が役立たずなら私は此処まで来ませんし!」
「此処まで来ない?」
「ええ。ジル様、龍の爪をお辞めになるのでしょう?」
「……どっから聞いてたんだよ、それ?」
「淑女の秘密です。それよりも……どうでしょう? ジル様、龍の爪を辞めるなら」
――王宮で働きませんか、と。
「ちょっと、リーナ!!」
「なんですか、アリス?」
「ジルは龍の爪のメンバーなの!! っていうかジルは冒険者なのよ!? なによ、王宮で働くって!!」
「ジル様程の能力があればどのお仕事をして頂いても問題無いでしょう? 街の物価相場を見る目は確かなので財務関係でも良いでしょうし、人当たりの良さもありますので外交も問題ない。教育も向いてそうですし……ああ! 忘れておりました! 宮廷料理人でも良いのではないですか!! むしろジル様、私の為に毎朝コーンスープを作って下さいまし……」
「ダメに決まってるでしょ!! ねえ、ジル!! 王宮なんて行かないよね? 私たちの側に、ずっと居てくれるよね!!」
頬を染めて嬉しそうに微笑むリーナと、涙目のアリス。カオス。
「おいおい、アリス。それはズルいんじゃねーか? ジルは手放さない、でも冒険には行かせないって……ジルを飼い殺しにでもするつもりかよ?」
「飼い殺しって! そんなワケ……か、飼う……? ジルを……? そうすれば、ずっと私と一緒に……」
「……戻って来い、アリス。ともかく! 流石にそれはズルいだろうが!」
「そうよ。アリス達ばっかりズルいわ」
「で、でも……でも!!」
「……お前ら。それぐらいにしとけ。エカテリーナ様もだ」
言い争っていた全員が、視線を声の方――ギルドの受付カウンターに向ける。そこには禿頭のずんぐりむっくりした男性が一人、面倒くさそうにこちらに視線を向けていた。王都ギルドのギルド長、リュックだ。
「リュック様……此処ではリーナと」
「ジルを引き抜きに来たんだろ? なら、今のアンタは冒険者じゃなく、『王城』の人間だぜ?」
「……なら、その言葉遣いは不敬ですよ?」
「冒険者なんて荒くれ者の集まりなんだね。勘弁して下さいな」
「っ! ……分かりました。それで? それぐらいにしておけ、とは?」
「全員、勝手な事ばかり言うなって話だ。お前ら……エカテリーナ様もだけど、ジルをなんだと思ってんだ? ジルは物じゃねーんだぞ? ジルの意思はどうなんだよ?」
呆れた様なリュックの物言いに、全員が息を呑んだのが分かった。
「……やっと分かったか、馬鹿ども。んで? ジル、お前はどうなんだよ? どうしたいんだよ?」
「……俺は」
俺はどうしたいか、か。
「……やっぱり、ずっと一緒に戦ってきたメンバーだ。皆が良いって言ってくれるんだったら……『龍の爪』でやって行きたい」
「ジル!!」
「信じてたよ、ジル!! そうだよね!! やっぱりボク達と一緒が良いよね!!」
「嬉しい……ジル、私は凄く嬉しい」
アリス、リリィ、セシリアの顔に喜色が浮かぶ。でも……
「……だけど、流石に冒険について行かずにってのは……それ、もう冒険者じゃなくないか?」
「だ、だよな! やっぱり冒険者は冒険に行ってこそだよな!!」
「そうだ! ジルも冒険に連れて行ってやらなくちゃ!」
「そうよ!」
今度はクラフト、カイザー、エヴァの顔に喜色が浮かぶ。対して、アリス、リリィ、セシリアの顔には渋面と……リーナ……
「……膨れんなよ」
「……私の所には来ていただけないのですか?」
「王宮なんて俺には無理だよ。料理が喰いたいんなら……たまに、遊びに来い」
「……宜しいので?」
「良いに決まってんだろ? お前は俺らの仲間だろ、『リーナ』?」
「っ!! は、はい!! 絶対、来ます!!」
「まあ、忙しいなら――」
「公務を放棄してでも来ます!!」
「――それはダメだろ、流石に」
何言ってんだ、コイツ。
「そこらへんにしとけ。それで……総合すると、龍の爪はジルを手放したくないが、冒険には連れて行きたくない。他のパーティーはジルを仲間に引き入れたい。ジル自身は、冒険に行きたい。これで良いか?」
「……まあ」
「……うん」
「……はい」
「ジルはどうだ?」
「俺は……そうだな。冒険に行きたくないって言ったら嘘になるけど……」
ただ……まあ、アリスの言う事も一理ある。魔宮は一般的に深く潜れば潜る程、出て来る魔獣は強くなるものだ。そんな中で、一般人と大差ない俺が戦えるかって言うと……うん。
「……冷静に考えれば厳しいかもな、確かに」
「んじゃ、アリスの言う通り、冒険前に注力すれば良いんじゃねーか?」
「でも、それで同じ報酬は……」
「お前の報酬を減らすか? 半分くらいに?」
「……流石に生活がカツカツになるぞ、それは」
まあ、贅沢はしていないから何とか暮らしていけると思うが……それでも報酬半分は普通に厳しい。悩ましい所と頭を抱える俺に、リュックはポンと手を打った。
「バイトでもしたらどうだ?」
「バイト?」
「ああ。魔宮に潜る時間が無くなれば、暇が出来るだろ? どうだ? バイトでもしねーか?」
そう言ってリュックはにっこりと笑って。
「ウチの食堂で料理作ってくれよ。お前の飯なら皆、喜ぶし」
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