2.世界の終わり確定みたいです
さて………家を出たは良いのですが、まず何をすべきでしょうか。
取り敢えず下に降りるか、もしくはご近所さんをインターホンで呼び出してみるという手もあります。
しかし、今が午前五時半だということを考えると、皆さんは寝ている可能性が高いでしょう。
何せここは地上三十階。しかもかなり高級なマンションなので、防音やセキュリティも完璧であり、窓や扉を開けない限りは、外のこの状況は分からないはずです。
それを考えると、ここよりも安全な場所というのも、中々ないのかもしれません。
私は多少腕に覚えがあるので、こうして外出を決意しましたが、大半の人は家に立てこもることを選ぶでしょう。このような、防御力が高い部屋を持っていれば尚更に。
それに、これが私の五感がおかしくなっているだけという可能性も捨てきれないのです。
ですから、私がここで皆さんを強制的に起こしてしまうというのは、少々気が引けます。
というわけで、私はそのまま下に降りることにしました。
エレベーターは使わない方が良いですね。途中で止まったりするかもしれませんし、階段で降りましょう。
階段を降りること二十五階分、五階に差し掛かった頃、何やら人の騒ぎ声が聞こえてきました。
ふむ………恐らく、外のこの状況に気がついた方々が集まっているのでしょう。もしくは、怪物達がセキュリティを突き破り、中に入り込んだのかもしれません。最も、これが現実ならば、ですが。
騒ぎのする階は………三階のようですね。取り敢えず行ってみましょう。
三階の扉を開けると、かなりの人数が集まっていました。
おそらく、誰かがこの状況を見て、インターホンを片端から鳴らして、皆さんを起こしたのでしょう。この時点で、あの光景を見ているのが私だけではない、ということが分かりました。
とにかく、色々と聞いてみる必要がありそうです。
「失礼、少々お話をお伺いしたいのですが」
「えっ?………き、君は?」
「申し遅れました。初めまして、3004号室の千影空と申します。現況についてなにかご存知ではありませんか?」
「あ、どうも、205号室の金子です………あ、ああ、今の状況だよな?大変なんだ、外に………」
「外に怪物が現れ、人や建物を襲っている、でしょうか?」
「え、ああ、うん」
「なるほど、やはりあれは、私の幻覚ではなかったのですね。………集団催眠という可能性も捨てきれませんか………」
いえ、集団催眠というのは、ナチス・ドイツのように、言葉によって一時的に人を洗脳状態に陥れるものでしたか。幻覚が見えるようになるとは考え辛いですね。
ということはやはり、あれは本物で、人が殺されているのも現実………という可能性が高いということになります。
「大変参考になるお話、ありがとうございました。それでは失礼致します」
「う、うん………」
(随分と礼儀正しい子だなあ………それにいやに落ち着いてるし………って、どこに行くんだ?)
「お、おい待ってくれ、どこへ行く気なんだ?部屋に戻るのか?」
「いえ、このままここにいても何も解決しませんし、一度外に出てみようかと」
「はああっ!?な、何を言ってるんだ!君のような小さな子が、今の状況で外に出るって言うのか!?」
「そうです。大丈夫です、こう見えて、多少の武術は齧っています」
「そんな次元の話じゃないだろ、化け物がウロウロしてるんだぞ!?まったく………親御さんは?こんな危なっかしい子から目を離すなんて………」
………さきほどからこの方、私を子供扱いしすぎでは?
確かに私の身長は百四十四センチしかありませんから、中学生くらいに見えてしまうかもしれませんが、
「………私は一人暮らしです。高校入学を機に、こちらに入居させて頂きました」
「………………えっ、高校生!?」
「はい。中学生に見えてしまうかもしれませんが、れっきとした高校一年生です」
(小学生に見えてたなんて言えない………)
「い、いや、それでもダメだろう!?命を粗末にするものじゃないぞ、それに今、入口はバリケードで封鎖されていて、ここからは出られないぞ!」
「ほう、それは………重ねて、貴重なお話をありがとうございました。それでは」
「えっ、ちょ………お、おい!」
※※※
私を制止してくださった金子さんという方には申し訳なく思いますが、私はそのまま二階へ降りました。
このマンションの二階には、外に出られるスペースがあります。そこから飛び降りれば、下へ降りられるでしょう。
住民にのみ渡されている鍵を使って、二階から外へ出ます。
ふむ、あの怪物の大きさを考えると、ここから入ってくる可能性も有り得るのでは?
………いえ、それほどの大きさの怪物がここに来れば、そもそも一階からバリケードを破壊して侵入してくるでしょう。ですので、ここを封鎖する必要性は低いですね。
二階から飛び降りるというのは、意外と簡単です。多少の技術があれば、骨折どころか痛みも無く降りられます。
なので、その技術を持つ私にとって、一階に降りるのは造作もないことでした。
ふーむ、近くに大きな怪物はいませんね。
しかし、何匹か、完全に人外の類である者たちがいます。
「グギッ?………キシャアア!」
あれは………ゴブリン、なのでしょうか。
RPGゲームでは、スライムに次ぐ雑魚モンスターとして有名な、緑色の肌に人間の子供くらいの背の人型モンスターです。
それが三匹ほど、私に迫ってきます。
手には、二匹が荒削りの棍棒、一匹がどこから奪ったのか、包丁を持っています。
………どの武器にも、血がべっとりと付いていますね。恐らく、人を殺めたのでしょう。
「グギギギ!グギギギ!」
「ギャッギャッギャッ!」
「グギッ!グギッ!」
………なんと言っているのかは分かりませんが、表情から、何となく笑っているように思えます。
そういえば、作品によりますが、ゴブリンは人間の女性を苗床として繁殖する機能を持つモンスターでしたね。私を苗床として利用する気なのでしょうか。
だとしたら―――少々、不愉快です。
「グギャアアアア!」
一匹、私に向かってきました。
目線、動作、構え、どれをとっても素人以下ですね。
リーチの差を考えても、避ける必要がありません。
「千影流〝流体術〟『弓形露』」
ですので、普通に応戦しました。
中指を親指で押え、相手の眉間に合わせて弾く、千影流の『弓形露』。簡単に言うならば、デコピンが近いかもしれません。
すると、そのゴブリン(仮定)の頭は爆散しました。
………えー。
脆い。脆すぎます。
今の私では、通常の人間が相手ですら、この技は頭蓋骨を砕き割るのが限界だというのに、このゴブリン(推定)は頭が吹き飛びました。
頭部の強度は、推定で、平均的な成人男性の十分の一以下です。
これならば、一般的な………それこそ、布団叩きを持った主婦の方などでも、簡単に倒せてしまうでしょう。
このゴブリン(多分)に付いている血は………恐らく、彼らの醜悪な姿に戦意をそがれてしまった方のものでしょう。
落ち着いて対処すれば、どうにでも出来る相手です。
「グギャッ………!?」
「ギイッ!ギイッ!」
残る二匹が騒いでいますね。
仲間が殺されたことで焦っているのでしょうか。
「千影流『破田水車』」
横薙ぎの蹴りを近いものとするこの技で攻撃してみると、大した抵抗もなく首から上が吹き飛びました。それも二体ともまとめて。
この技も未熟な私では、せいぜい首の骨を粉砕する程度の威力しかない筈なのですが。
………しかし、ここで漸く、私は認めることが出来ました。
頭部を破壊する感触、かかる返り血。その感覚が私に告げてきます。これはもう、完全に現実です。
どうやら、世界は終末を迎えたようですね。
武術の家系に産まれ、幼い頃から多少の技術をしこまれたこと以外は、至って普通の女子高生である私としては、まだまだやりたいことなどもありますし、出来れば死んだりするのは勘弁していただきたいところです。
まあせいぜい、抗ってみるとしましょう。




