第二章 再会3
海賊バヤンテ団に捕らえられてから、いったいどれだけの日数が経過したのだろう。陽の差さない洞窟の牢屋。日付確認をしたくとも端末機を取り上げられてしまったため、今が昼なのか夜なのかさえ分からなかった。
――いてて……。寝すぎて体が痛い……
狭い獄中。床に横たわり続けた結果、体の節々が油の切れた機械のように軋みを上げていた。
――少しは、具合が悪くなったかな?
トオルは鈍った体を動かし、額に手を当てた。
――熱はないみたいだな
寒気も無く、咳き込む様子のない自身の体。適度な湿度と一定温度が保たれた牢獄で願っていたのは……病気になることだった。そのため連日のように出される食事には一切手を付けず、体を弱らせようとしたのだが、空腹を通り越して気力だけが衰えるだけだった。
――薄着になって、水を飲むのをやめてみようか
獄中、脱水症状を恐れ、口にしていた水。それも断ってダウンジャケットも脱げば病気への近道となるはず。そして熱を出し、風邪でも引けば海賊たちの対応も変わるだろう。
――その上で解放されるか、逃げ出せば……
現在地の惑星情報や詳細が分からないにせよ、何かしらのチャンスが生まれるはず。そうなると問題は体力面だ。果たして衰弱し切った体でどこまで逃げられるか。もし洞窟の外が砂漠や氷の世界だったらば、数日もしないうちに命を落とすことになるだろう。残るも地獄。逃げるも地獄。ならば、自由の可能性を含んだ後者を選択するしかなかった。
「ほれ、餌だぞ」
見張りの豚もどきが、鉄格子の隙間から何かを放り込んできた。いつもならば皿に盛られた見慣れぬ食べ物が運ばれてくるのだが、なぜか今日は小さな箱ひとつだけ。日本語表記のパッケージのそれは、トオルがコンビニで買った栄養調整食品だった。
「俺が用意した餌が口に合わないようだから、テメェが持っていた食いモンを、こうして持ってきてやった」
ありがたく思えよ。と、豚もどきは恩着せがましく言ってノソノソと長椅子へと戻ると、いつものようにくつろぎ始める。
――大した仕事もしてないのに、偉そうにしやがって
そもそも、この食品は僕が地球から持ってきたものじゃないか。と悪態を吐きながら、放置されたカロリー食品に目を向けた途端、息を潜めていたはずの食欲が疼き出した。
――どうする?
ゴクリと喉を鳴らし、小箱を手にして開封する。……が、すぐに思いとどまった。
――いや、今はまだ食べる時じゃない
トオルはアルミ箔で包まれた中身を取り出し、ダウンジャケットの内ポケットに押し込んだ。逃亡の際の非常食。心許ない量だが、無いよりはマシだろう。トオルは空箱を同じ場所に戻し、床に寝転ぶと先行く未来を模索した。
こんな監禁状態が、あと何日続くのか。
飢えに堪え、衰弱しきって病気になるのが先か。
それとも人買いに売られるのが先か。
どちらにしても、保子莉に逢わずして人生を終えるわけにはいかなかった。
「確かに、それは妙だな……」
訝しげに小首を傾げる金髪男に、水牛男も難渋を浮かべる。
「アンタも、そう思うザ?」
それで同種族であるアンタに相談に乗ってもらおうと思ったざぞ。と、テーブル越しに身を乗り出すバヤンテ団賊長。
「検査ミスではないのか?」
「再検査して同じ結果ザから、それはねえザぞ」
「そうなると、混血種か突然変異が濃厚だな」と、憶測を巡らす金髪男だったが
「俺もその線を疑ったザぞな。だが、それでも遺伝子塩基配列の辻褄が合わねぇんザぞ」
進化系とは異なる4つの人工塩基対に加え、猫族とクレハ星人の遺伝子が存在している。と、説明を重ねる水牛男。
「猫族とクレハ星人?」
「そうザな。しかも、その割合は1%未満で意図的に操作された痕跡も残ってるときたもんザ」
ふむ。と金髪男は思慮に耽り、隣に座る幼女に目配せする。
「人為的な手が加わったと見てもいいでしょう」
頷く幼女に、水牛男も同意した。
「そこでザ。非獣人であるアンタの見解を聞かせてもらおうと、来てもらったんザが……どうか、ひとつ診てもらえねぇザぞ?」
金髪男はアイマスク越しにこめかみに指を当てて思慮し
「とりあえず、その曰く付きの非獣人とやらを拝見しようか」
金髪男の申し出に、水牛男が頷いた。
「変わりはないかぞ?」
「へいっ! 問題なく生きてます!」
断食さながらの空腹を抱え、体力温存のため床で縮みこんでいるところへ誰かがやってきた。
――いよいよ、売られる時がきたのか?
檻の外で交わされる豚もどきと水牛男の会話を耳にして、フラつく体を起こせば
「ほぉ。確かに見た目はヒューマンのようだが」
鉄格子の向こうから覗き込むアイマスクの金髪男と連れ添う幼女の姿に、トオルは自分の目を疑った。
――長二郎? エテルカさん?
いや、そんなはずはない。きっと背格好が似ているだけの非獣人なのだろう。その証拠に声音も口調も別人だし、そもそも地球人である親友が、海賊が管理する牢屋前に現れるはずがない。
――ついに幻覚まで、見えるようになっちゃったか
どうやら無理な断食をしたため、見ず知らずの他人を親友と見間違うようになってしまったようだ。
――こんな状態じゃあ、逃げることもままならないぞ
極限状態により、病気よりも先に精神が参ってしまったようだ。今にして思えば、仮病を偽っても良かったのでは。と、後悔していると、金髪男がマスク越しに訝しんだ。
「少し痩せこけているようだが、何も食べさせてなかったのか?」
「大事な商品だから、そんなことはしねえザぞ。ちゃんとヒューマン用の餌を用意したざぞ。なのに、こいつときたら一口も口にしねぇんザ」
とりあえず、中に入って診てくれぞ。と、鉄扉の電子錠を解いて中に入ってくる面々。手を後ろに回され、豚もどきに手錠を掛けられた。
「ほら、口を開けろぞ!」
水牛男に顎を持ち上げられ、丸めた布切れを口に押し込まれ、その上からもう一枚のボロ切れで猿ぐつわをかまされた。首輪に猿ぐつわと手錠。これが人身売買における者へ対応なのか。だとすれば、あまりにも非人道的な扱いだ。
「これで噛みつかれることは、ないザぞ」
すると金髪男が水牛男と入れ替わり、興味深げにトオルの顔を覗き込む。
「想像していたよりも上玉なヒューマンだな」
「ひふぁひょるは!」
近寄るな! と足をバタつかせた途端、幼女に「静かにしなさい」と両足を押さえられてしまった。その身動きできない状況を楽しむかのように金髪男がニヤリとほくそ笑んだ。
「しかも活きも良い」
と金髪男が、トオルを観察する。
「ふむ。一見したところ変わったような様子はないようだな。せっかくなら舌の色を確認したいところだが、私も指を噛み千切られるのは遠慮したい」
そう言ってトオルの両瞼を開いて鼻を強く捻り……そして驚愕した。
「こ、これは……」
――な、何なんだ? どうしたんだ、こいつは? 僕の体を見て、急に顔色を変えたぞ
「このヒューマンは、いつから食事をしていない?」
「かれこれ30時間ほどザぞ」
もっとも捕らえたときから、水以外何も手を付けてねぇザぞ。と、言い訳がましく答える水牛男。すると金髪男の声が低くなった。
「そうなると発症するまで、あと10時間前後か……」
――発症?
金髪男が告げるタイムリミットに、トオルが目を見張っていると、水牛男も怪訝な表情をする。
「それはどういうことザぞ? ちゃんと説明してくれザぞ」
「おそらくだが、このヒューマンは大変な病に冒されている。私の見立てでは、たぶん……この者はすでにゾンビとなり始めている」
――この僕がゾンビ? 何言ってんだ、この男は?
すると水牛男が訝しんだ。
「ゾンビ? なんザぞ、それは?」
「簡単に言えば、生きてる者の血肉を漁る死者といったところだな。もしそうなれば、殺すのも容易ではなく、噛まれた者もゾンビとなって徘徊し続ける奇病だ」
「なんザぞ! それは本当か?」と、水牛男がトオルを一瞥する。
「間違いない。これは私の推測だが、猫族とクレハ星人の遺伝子により、このような合併症を引き起こし、ゾンビになったと考えるべきだろう」
――何か……言ってることが無茶苦茶な気がするんだけど
そもそも猫族とクレハ星人の遺伝子って何だよ。ゾンビ、関係ないだろ。と不自由な口でもって、文句を呟いていると……幼女がトオルの耳元で囁いた。
「静かに。ここはチョージローに任せて」
――エテルカさん? やっぱり君はエテルカさんなのか?
だとすれば、目の前にいるマスクの男は長二郎なのか。するとトオルの心を読んだ幼女が小さく頷いた。その眼を見て、トオルは他人の空似ではないことを確信した。
「手遅れになる前に、何かしら手を打った方がいいだろう」
深刻な声で助言する金髪男に、水牛男は不安な面持ちをしてトオルから距離を置いた。
「なぁ、厚かましいお願いなんザが……このヒューマンを引き取ってくれねぇザな? もし、こいつに噛まれてゾンビなんかにされたら、俺たちも困るザぞ」
恐怖の色を浮かべる水牛男と豚もどきを見やりながら、暫し考える金髪男。そして……
「大事に至る前に対処することには、私も賛成だ。ふむ……まぁ良いだろう。私が責任を持って処分しよう」
「すまねぇ。ゾンビ病を熟知しているアンタなら扱いも慣れているだろうし、安心して任せられるザぞ」
そう言って、水牛男は腰袋からいくらかのケピロンの束を取り出した。
「こいつは相談に乗ってくれた礼ザぞ」
少ないが取ってくれ。と金髪男の手に握らせた。
「……つまり、そう言うことだ」
場所はクロウディア号のセカンドシップ。その艦長室のテーブルを挟んで、親友がキザったらしくほくそ笑んでいた。
「おかげで助かったよ」
海賊バヤンテ団から解放され、無事に保護されたトオルはエテルカが用意した二人前の食事を平らげ、再度礼を述べた。生死に関わる人生の岐路。もし長二郎たちと出会わなければ、今頃は死んでいたかもしれないのだ。それだけにいくら感謝を重ねても足りないくらいだ。が……
「私と貴殿の仲だ。礼などは不要だ」
声優顔負けの妙な言い回しに、トオルは眉をひそめた。
――今度は、いったい何のキャラを演じているんだろう?
サブカルチャー好きな親友だ。今更、驚くことではない。だが、せめて自分と話す時ぐらいは、その仮面を外して欲しいのだけど。すると「これは失礼」と、おもむろにアイマスクを外す長二郎。そして本来の人格に戻り……
「ほら、昔のアニメでこんなキャラがいたじゃん。だから、ちょっとマネしたまでよ」
カッコよくねぇ? と、足を組んでソファーのアームレストに肘をついて気取る親友。まさかと思うが、宇宙のどこかで開催されているコスプレイベントに参加するつもりなのだろうか。が、しかし……
「見ての通り本物の海賊だが?」
「はぁぁあ?」
真顔で返された親友の冗談に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。もし、これが厨二病を拗らせた行く末なら、脳外科の医者も匙を投げるほどの重症だろう。
「もしかして……海賊ごっこ?」
「おいおい、バカにすんなよ。これでも宇宙では海賊も立派な職業だぞ」
アニメの設定を貫き通すならば、せめてアイマスクを付け直してから言って欲しいのだが。
「その顔……もしかして、信じてねぇだろ?」
当たり前だ。地球人の、しかも普通の高校一年生が宇宙海賊をしてるなど誰が信じるものか。
すると「しょうがねぇ。後学のために教えてやるぜ」と長二郎は宇宙における海賊業を嬉々として語り始めた。
どうやら『賊』と称するものには善と悪の流儀があるらしく、親友の掲げる賊的行為は前者を理念として活動を行なっている。と、主張するのだが、どこまで本当のことなのか怪しいものだ。
「チョージローがセカンドシップの艦長になってから、私たちは生まれ変わったのですよ」
補足する幼女エテルカの話に耳を傾ければ、理にそぐわない窃盗団や、法の秩序を乱す密輸入業者を狙って利益を得ているとのことらしいのだが
「でも、犯罪だよね?」
もっともらしいことを言ってはいるものの、やっていることは窃盗と何ら変わらないのだ。
「何と思われようと構いません。何しろ、この宇宙では成功した者が勝者かつ正義であり、愚かな弱者は淘汰されて当然の世界。ゆえに貴方が暮らす辺境惑星の価値観で物事を捉えてはいけない」
大義名分を掲げる幼女。地球における倫理など一切通用しない世界……それが宇宙における絶対理念のようだ。とは言え、地球人の高校生が命を賭けてまですることだろうか。
「カッコよく生きて、カッコよく死ねることの何がおかしいんだ?」
真顔で言い返す親友に、呆れてしまった。こうなっては厨二病という熱が冷めるのを待つしかないのだろうか。
「まぁ、とにかく無茶はしないでよね」
死んでからでは遅いのだ。と、トオルは一日も早く、親友が海賊業から足を洗うよう願うだけだった。
「俺たちのことはともかくとして、お前が宇宙に出てきた理由だが……また、ずいぶんと思い切ったことをしたもんだな」
考えなしに突っ走った行動だとは、自分でも分かっている。しかも海賊に捕まって身売りされそうになったのだから、マヌケとしか言いようがない。
「笑いたければ、笑えばいいさ」
全ては彼女のためだ。腹を抱えてバカ笑いされようが、恥ずかしくも何ともない。が、しかし……
「誰が笑うかよ。もし、そんなヤツがいるなら、ぶん殴ってやるぜ」
笑顔で親指を立てる親友に、胸がジーンっと熱くなった。
「って……何、いきなり泣いてんだよ、トオル?」
ついさっきまで彼女に逢うこともできず、地球に戻れないと思っていたのだ。そんな無様な自分を笑うこともなく励ましてくれれば、誰だって男泣きする決まってる。
「涙を拭け、トオル。それで、これからどうすんだ? 保子莉ちゃんの星に行くんだろ?」
もちろんそのつもりだ。そのために危険を冒して遥々宇宙に出てきたのだから。
「だったら、俺たちが連れていってやるよ」
ただし、近隣惑星までしか送り届けることしかできないけどな。と、送迎を買って出る親友。どうせなら甘えついでに惑星ナァーまで連れて行ってくれると助かるのだが……残念ながら、それはできません。とエテルカに断られてしまった。
「約300時間前に更新された星間情報によれば、現在、猫族52番惑星には厳戒令が敷かれ、入星規制がかかっているからです」
「厳戒令?」と、トオルは垂れた鼻水をすすって眉をひそめた。
「そうです。150時間後に星王即位式典が行われるため、我々のような外惑星からの来星者に対し、厳重な入星審査を実施しているそうです」
「それでも一般の来星者はウェルカム状態らしいけどな。だが生憎、俺たちはお尋ね者の海賊だ。近付こうものなら、銀河パトロールに通報されて即撃沈だ」
立てた親指を下に向ける親友。テキトーを絵に描いたような長二郎の顔が、いつになく真剣だった。選択を間違えれば『死』に直結する行動。それだけにトオルもそれ以上要求することができず
「それで良い」と強く頷くと、長二郎がアイマスクを装着して言った。
「良い眼をするようになったな。トオル」
と、宇宙海賊がニヒルに笑った。





