第一章 囚われの身3
見知らぬ異世界の街を当てもなく彷徨い歩いていた。
――いったい、どこにいってしまったんだ?
様々な宇宙人でごった返す雑踏の中、トオルは懸命になって彼女を探していた。
「保子莉さんを知りませんか?」
「猫族の女の子で、右耳が白く折れている黒猫の子なんですけど」
行き交う宇宙人に手当たり次第に声をかけ、彼女の行方を訊いてみても皆揃って怪訝な顔をし、首を横に振るだけだった。
――何で、誰も保子莉さんのことを知らないんだ
素っ気ない宇宙人たちの返答に辟易し……ひしめく人通りの中で、トオルは立ち尽くしてしまった。
――どこにいるんだよ……
すると、背後から聞き覚えのある声がした。
「トオルさん。誰を探しているんですか?」
振り向けば、見知った幼女がそこにいた。
「ケイニャ! ちょうど良かった。保子莉さんを見なかったかい?」
藁をもすがる思いで幼女の小さな両肩を掴んだ瞬間、右隣に立っていたクレアが小首を傾げた。
「もしかしてぇ、お嬢さまを探してるんですかぁ?」
「保子莉さんが、どこにいるのか知ってるのかい?」
クレアに訊ねると、今度はケイニャの左側にいたエテルカが答える。
「猫の人なら、あそこの塔のてっぺんに閉じ込められてますよ」
エテルカの指差す方向を見上げれば、強固な城壁に囲まれた古城が立っていた。今まで無かったはずの城と壁。特に壁にいたっては、まるで訪れる侵入者を拒むかのようにそびえ立っている。
――あの場所に、保子莉さんが幽閉されているのか
助けにいかなきゃ。とライドマシンのエンジンを始動させた途端、背中から虫唾の走る声がした。
「ふーん。キミみたいな無力な人間でも、躊躇無く行動を起こすことができるんだね」
恐る恐る背後へと目を向ければ、思い出したくもない子供がチョコンと座っていた。
――何で、こいつがここにいるんだ?
突然、現れた相手にトオルが訝しんでいると、リーンがほくそ笑んだ。
「ボクがどこに居ようと、キミには関係ないだろ」
見かけの容姿とはかけ離れた高慢な態度。相変わらず鼻につくその言動は、とても子供のものとは思えない。
リーン・プロット。
宇宙のマッドサイエンティスト。姿形こそクレアたちと同じ子供だが、200歳という年齢を重ねているため、思考や感情が他のクレハ星人と異なり逸脱しているのだ。そんな傲慢な相手と、誰が好んで行動しようと言うのだ。
「おやおや。ずいぶん嫌われているみたいだね。まぁ、ボクのことなど気にしないで、早く彼女を助けに行きなよ」
茶化すその口ぶりに、イラっとした。
冗談じゃない。人のことを平気で哀れみ笑うこの性悪リーンの前で、彼女を助けになんか行けるはずがない。
「早く行こうよ。そして、このボクにキミの『生物語』を見せておくれよ』
反吐が出るほどムカついた。こいつが後ろに現れてからは息苦しくさえ感じるほどだ。
――ちょっと危ないけど、振り落とすか
常人とは異なるリーンのことだ。たとえライドマシンを急発進させても怪我をするようなことはないだろう。
「良く分かってるじゃないか。もっとも、それ以前に落とされるような無様な真似はしないけれどもね」
そして小馬鹿にするようにクスクス笑い
「そうそう。キミの幼少期から現在までの経緯を拝見させてもらったよ。非常に面白かったね」
突然、わけの分からないことを言い始めたリーンに、トオルが戸惑っていると
「子供の頃は活発で元気な子供だったんだね。でも10歳の時、仲の良い友達に裏切られてふさぎ込むようになり、12歳の頃に学校で虐められるようになった。……けど、あの金髪の親友くんに救われた」
しかし感情の起伏が激しい子だったとは意外だったよ。と、リーンがいやらしく笑う。その赤裸々に語られる過去のプライバシー侵害に、トオルは眉をひそめて顔を背けた。
――クソッ。嫌なことを思い出させやがって
確かにそんな時代もあった。だが高校生になった今は違う。昔のように弱い自分ではないのだ。それだけに、人の心の中を面白半分に覗き見て、土足で踏み荒らすリーンに怒りを覚えた。
「そうやって過去を振り返ると、今のキミはずいぶん強くなったんだね」
余計なお世話だ。他人であるリーンに、メンタルを褒められても嬉しくも何ともない。それよりも、こっちは一刻も早く彼女を探しに行きたいのだ。
「どうでも良いから、僕の前から消えてくれないか?」
「イヤだね。と、言ったら?」
リーンの意地悪い発言に、トオルもブチ切れた。
「いい加減にしろよ!」
怒り任せの感情と共に、目を覚ませば……なぜかモフモフした生き物が顔を覆っていた。鼻に付く微かな獣の匂いと温もりに、微睡んでいた意識が現実へと引き戻された。
――ポウ?
手探りをして顔の上で這いつくばっている小動物の首根っこをつまみ上げれば……やっぱりポウだった。
「もう勘弁してくれよ。君のせいで変な夢を見ちゃったじゃないか」
ため息交じりに愚痴ると、ポウが悪びれもせずに「みゅー」と可愛らしく鳴いた。
「ご飯かい? 今、何もないから、後で良いかな……」
と、枕の脇にハムスターもどきを退けた瞬間
――いや、そうじゃない!
ガバッと身を起こせば、小首を傾げてトオルを見つめるポウがいた。その愛らしい姿に寝ぼけた脳が一気に飛び起きた。
「何で、ここにいるんだ?」と頭を捻ってみる。記憶が確かなら、惑星ンカレッツアではぐれて見失ったはず。
――なのに、どうして地球に?
地球に帰って来る際、自分の手荷物に紛れ込んでいたのだろうか。もし仮にそうだとしても、入星の際、審査ゲートの荷物検査に引っかかりそうなものだが。
――地球外生物の密輸入なんてことになったら、それこそ一大事だぞ!
バブンメタルと同じ轍は踏みたくない。と、保子莉に相談を持ちかけようと考え……そして自嘲した。
――そうだ。保子莉さんは、居ないんだっけ
馬鹿だな。と、重いため息を吐いて項垂れ……おもむろに枕元の置き時計に目を向けた。
『AM05:09』
わずか3時間ほどの睡眠。窓の外に目を向ければ、まだ陽も昇っていない。トオルは冷え込む朝の寒さに震えながら、普段着に着替えると、ナップザックに必要な荷物を詰め込んだ。
スマートフォンに宇宙仕様の端末機。着替えは最低限のトランクスと靴下を二枚づつ。行きがけにコンビニで食料も買わなければならないから、荷物は極力少ないに限る。
「念のため、これも持っていこう」
机の引き出しに保管しておいた猫っ子になるアメ玉もナップザックに詰め込んだ。腹の足しになるとは思えなかったが、何かあった場合に備え、持っていくことにした。そして……
「キミも一緒に行くんだよ」
「みゅー」
ベッドの上でくつろいでいたポウを掴み上げ、ダウンジャケットの内ポケットに押し込んだ。
「忘れ物はないよな」
もう一度荷物を確認し、一晩中付けっ放しだった電気を消して自室のドアを静かに閉めた。そして暗がりの中、足音を立てないように階段を降り、居間へと忍び込んだ。
――父さん、母さん……嘘ついてゴメン
引き千切ったノートに綴ったメモ書き。長二郎との連泊を装った嘘の書き置きだ。嘘がバレる前に地球に帰って来なければ、きっと行方不明騒ぎとなることだろう。そうならないためにも数日のうちに保子莉の無実を晴らし、家に戻ってくる必要があった。
――よし。行くか
抜き足差し足で暗い廊下を歩き、玄関でスニーカーを履いていると、二階からパジャマ姿の智花が降りてきた。
「トオルにぃ……もう行っちゃうの?」
眠そうな目を擦りながら尋ねる妹。きっと荷造りしていた物音に目を覚ましてしまったのだろう。
「ゴメン。もしかして起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫。それよりも気をつけてね」
単身で宇宙に行くことは昨夜遅くに伝えてある。それだけに妹も取り乱すことなく落ち着いていた。
「うん。ありがとう」
じゃあ、行ってくる。と見送る妹に手を振って家を後にした。