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エピローグ

 あれから1年と約半年が過ぎた。

 彼女の故郷で告白した日のことは、いまでも忘れてはいない。


 あれから僕らは、欲するがまま愛しあった。

 時間という束縛にとらわれず、気持ちの思うがままに。

 それは正に夢のようなひとときだった。

 だが、次に目を覚ました時……なぜか僕は自宅にいた。



「なんで……」

 見覚えのある懐かしい自室の天井に、理解が追いつかなかった。

 彼女と一夜を共にしていた最後の記憶。リアルな彼女の柔肌を思い出し、なおさら頭が混乱した。

 ――どうして僕はここにいるんだ

 現実味が薄まるような感覚に怯えていると、見計らったように枕元のスマートフォンが鳴った。


「保子莉ちゃんの頼みで、こうすることに決めたんだ」

 長二郎と駅前で待ち合わせ、ファミレスであらためて話を聞けば……本人の承諾なしに、彼女の隣で寝ていた僕を地球へ戻したというのだ。

「ふざけんなっ!」

 納得できない理由に僕は激昂した。店内の客が、驚いて注目していたけど、そんなのはどうでもよかった。

「落ち着け、トオル。保子莉ちゃんが落ち着くまでの辛抱だ」

 義姉アガミと弟ノーグァの容態が回復するまで我慢しろというのか。

「今回の事件は根が深いんだから、しょうがないだろ。保子莉ちゃんだって、悩んだ末での判断だったんだよ」

 内紛を正す惑星ナァーの復興だということくらい僕だって重々承知している。でも、それならそれで一言くらい相談してくれてもよさそうじゃないか。

「だからと言って、はい、そうですね。じゃあ、ボク帰ります。って、言えるほど人間できてねぇだろ」

 少なくとも俺は言えないし、できねぇ。とふんぞり返る親友に、返す言葉がなかった。

「俺もエテルカと離されたことがあったから、お前の気持ちも分からんでもないけどよ……少なくとも、保子莉ちゃんがお前を思いやってのことだというのは間違いない」

 僕における家族の心配や、将来に関わる学業を案じてのことくらい、言われなくったって分かっているつもりだ。

「だったら、保子莉ちゃんを信じてやれ」

 頭で理解はできても、心が納得できなかった。

「……帰る」

「あぁ、そうしろ。んでもって、頭を冷やして、よーく考えろ」

「僕は冷静だ」

 そう言って、自分が飲んだドリンク代をテーブルに置いて席を立つと、長二郎が冷めきったコーヒーを飲み干して言う。

「言っとくけど、余計なことはすんなよ」

 僕は親友の忠告を無視し、店を後にした。



 翌日、僕は学校をサボって深月の生まれ故郷へ足を向けた。もちろん親には内緒である。もっとも、クレアに記憶操作をお願いすれば何の問題もないのだが……宇宙テクノロジーの通信端末を持っていないため、クレアと連絡を取ることができなかったのだ。

 ――せめて、もう一日、地球に滞在してほしかった

 昨日の長二郎の話では、僕らの身辺における長期無断外泊の記憶を改ざんした後、隣家の不動産売却の手続きをおこない、そのまま宇宙へと帰ってしまったらしいのだ。

 ――だからといって、長二郎に相談するわけにもいかないしなぁ

 昨日の今日だ。どんなに懇願したところで、彼女との約束を優先し、協力を渋るだろう。結局一晩考えた末、誰に頼ることなく自力で会いにいくことにしたのだ。

 不自由な交通機関を乗り継ぎ、冬の日本海を背中に名も無き山へと足を踏み入れた。枯れ葉の積もる獣道を歩き続け、そびえる大きな一枚岩でカモフラージュされた駐機場前で僕は密航の予習をした。地球を入出星するための端末も身分証IDもない状況。財布に入っている所持金は、心もとないお小遣いだけ。

 ――審査ゲートを振り切って、宇宙船シャトルに乗り込んでしまえばいい

 それから、あらためて惑星ナァーへの道のりを考えよう。……と大岩をすり抜け、出入審査ゲートへと向かった。

「なんですか、これ? って、ちょっと待って、地球人さん!」」

 学校へ通う定期券を差出し、困惑する審査官の制止を振り切り、ゲートを強行突破した。……が、数メートルも進まないうちに、黒づくめの男たちに追いかけられ……逃げまどううちに元来た山腹へと出てしまい、宇宙船に乗ることが叶わなかった。


 後日、長二郎にその話をしたところ

「そのまま、山を下りてきて正解だったな」

 あの得体の知れない人間は某大国の特殊エージェントだと長二郎に教えられて、肝が縮み上がった。

「地球規模における国家機密だからな。もし捕まっていたら、記憶消去されて冬空の下に放り出されてるか、人目の触れない施設で一生監禁されてたぞ」

 そして、さらに怖いことを言われた。

「ちなみにシャトルに乗ったら乗ったで、もっと酷いことになってただろうな」

 どうやら羅針盤代わりの端末なしでは、惑星ナァーどころか、永遠に星々を彷徨さまよったか、もしくは以前のように宇宙海賊に捕まって人身売買されてただろう。と脅されたのだ。

 結局、教訓話として落ち着いたのだが……その日を境に、得体の知れない怪しい者たちにつけ回されることとなり、何日も眠れぬ夜を過ごすこととなった。



 親友から忠告を受け、おとなしくしていたせいあってか、高校二年になる頃には黒づくめの男たちの監視も薄くなっていった。とは言え、尾行がなくなったわけではない。

「無茶言うなよ、トオル」

 ある日の夕方。

 週末ごとに星々を渡り歩いている長二郎の同行者として、僕を宇宙へ連れ出してくれと、コンビニの前で頼んだときのことだった。

「知ってっか? あそこで停まっている外車……例の連中だぜ」

 とぼけ顔をしてあごで指し示す方を見れば、非常点滅灯ハザードもつけないで路肩に停まっている黒塗りのSUV車があった。

「どこにでも走っている車のように見えるけど……それが、どうかしたの?」

「よーく考えてみ。田畑だけしかない場所で、コンビニの駐車場に停めるでもなく、あそこにいること自体おかしいだろ。逆にいえば、この辺りなら農作業用の軽トラがお似合いだ」

 言われてみれば、田舎道に不釣り合いな車だった。

「駐機場でやらかした今のお前は、要注意人物として監視マークされてるってことだ」

 つまり、そんなヤツを宇宙に連れていけるわけがないということらしく、同時に自分がしでかした事の重大さをあらためて知ったのだった。

 それ以来、僕は平穏を装うことに努めた。

 もちろん、黙って息を潜めて過ごしていたわけではない。


 自動二輪の免許取得。

 彼女を待つ間、打ち込める目標を定めてアルバイトを始めた。

 そして教習所へ通うだけの資金が貯まった頃、僕はあらためて両親にお願いした。勉強との両立をこなし、上がった成績を掲げた説得に、両親が根負けしたのはいうまでもない。

 かくして、僕は教習所へ通うことができた。

 だが、ライドマシンに乗っていた経験が仇となった。ライドマシン特有の浮力慣性に馴れきってしまった僕の体は、タイヤのついた慣性運動に戸惑い、慣れるまで時間がかかってしまったのだ。もちろんそれだけではない。クラッチのタイミングやギア変速、ブレーキ制動の感覚。それらすべてが別モノだった。五感をフルに使って乗りこなす乗り物。それがバイクだということを、あらためて体で知ることとなった。

 そして17歳となる秋。

 卒業検定を一発で合格し、念願の免許取得を果たした。

 また嬉しいことに、父親の知り合いから乗らなくなった250ccバイクを譲り受けることができた。ガレージで保管されていたクラッシクモデルのオートバイ。かなり年季は入っていたけど、マフラーが奏でるエンジン音は良好で、保管状態が良いことは素人目からしてもわかった。

「大事に乗ってくれよ」

 持ち主だったおじさんの言葉に、僕が元気よく返事をしたのは言うまでもないだろう。その後、名義変更などの書類を揃えて陸運局へ足を運び、バイクを所有することができた。

 そして、もうひとつ嬉しいサプライズがあった。誕生日のプレゼントとして、両親からヘルメットとプロテクター一式を貰ったのだ。理解力のある親に恵まれ、何もかも順風満帆だった。

 ただし……

「任意保険の半分を出してやるから、父さんにも乗せてくれ」

 限られた高校生の懐事情を酌んでの条件。ちょっと不満はあったけど、高額な保険代の負担が軽くなるならやむを得ない。

 こうして僕は、親公認のもとでバイクに乗ることができるようになったのだ。


「カッコいいバイクだね」

 下校間際のこと。隣のクラスになった深月の感想に、僕の顔はほころんだ。

 恋人の再生体と離れて、元気のなかった一里塚さん。

「大丈夫。彼ならきっと戻ってくるから」と笑顔を作っていた深月。そんな彼女がバイク登校している僕の噂を聞きつけ、駐輪場にやってきたのだ。

「ふーん……そっか、こういうバイクに乗ってたんだ」

 そしてタンデムシートを撫でながら深月がいう。

「これ、二人乗りもできるんだね」

「うん。でも免許取得後1年は乗せられないけどね」

 すると、彼女は撫でる手を止めた。

「そうなんだ。……保子莉さんが羨ましい」

 儚げに沈む深月の表情が、僕の心にトゲを刺した

「なんだったら、今度、乗せてあげようか」

 少しでも元気づけてあげようと、交通違反を承知でいった僕の誘いに彼女が笑った。

「保子莉さんに悪いから遠慮するよ」

 じゃ、またね。そう言って深月は手を振って駐輪場を去っていった。

 彼女の予知夢は今なお健在だ。時間指定のない未来予知。それだけに、本人にとっては今が一番辛いはず。

 ――お互い、頑張ろうね。深月さん

 と僕はヘルメットをかぶり、バイクのエンジンをかけた。



 高校三年生となった年。

「わたし、先輩のことが好きです」

 春が過ぎた頃、新入生から告白を受けた。相手は妹が所属するテニス部の元先輩だ。

「中学のときから、先輩をみてました」

 緊張しながら一生懸命に話すその少女に、僕は面食らった。なにしろ生まれて初めて、女の子から告白されたのだから当然だ。

 しかし……

「ごめん」

 返事を濁して、この子の気持ちをもてあそぶような真似はしたくないと思った僕は、真摯に向き合いハッキリと断った。ちょっと、もったいない気もするけれど、僕には心に決めた人がいるのだ。浮気なんて、とてもできる心境ではなかった。



 高校生活最後の七夕の日。

 バイトもなく……かと言って、まっすぐ家に帰って受験勉強をする気分になれなかった僕は、バスケットコートを見下ろせる芝生の上で暇を潰していた。

 ――いい天気だな……

 放課後の校庭に響き渡る部活動の発声を耳にしながら、梅雨の中休みである青空を見上げた。

 ――元気にしてるかな……

 残念ながら、惑星ナァーにいる彼女からの連絡は、今もないままだ。

 その代わり、不定期ながらも長二郎から惑星ナァーにおける星内情勢を教えてもらっていた。ちなみについ最近、彼女の実弟が王位継承し、盛大に即位式典がおこなわれたらしい。

 一方、アガミと言えば……記憶障害の影響からなのか、人が変わったかのように星民と優しく接しているとかいないとか。もっともエテルカさんの見解によれば、惑星メディアのゴシップ記事なのでアテにならないらしいけど。

 それからケイニャたちだけど、あのテロリスト事件以来、世間から正義の海賊として一目おかれるようになり、胸を張って宇宙の悪党たちを懲らしめているとか。流石、正義の海賊。とは言え、あまり無茶なことはしないでほしいかな。

「そっか……もう15才か……」

 ふっと思い出したケイニャたちの年齢。智花と同い年の子供たちも、もう立派な大人だった。でも、クレハ星人だから、相変わらず見かけは子供なのだろう。

 同時に、宇宙を飛び回る保険屋さんの健康も気がかりだった。又聞きだが、仕事が忙しすぎて、長二郎との接触はほとんどないとのことらしい。それでも……

「トオルさまはぁ、元気にぃしてますかぁ?」

 とクレアから伝言を受けた長二郎のモノマネに、思わず大笑いしてしまった。

 そんな長二郎も、学校の出席単位をギリギリ保ちながら、海賊業と平行し、再生体の捜索とリーン・プロットの行方を追いかけている。もしリーンを先に見つけることができれば、ダストホールに吸い込まれた再生体と九斗やお爺さんの救出率は飛躍的に増すだろう。しかし惑星ナァーを最後に、一年半経った今でもリーンとポウの足取りはつかめていない。

 ――来年は大学生か……

 思えば、あっという間の高校生活だった。……と、感慨にふけり、飽きるまで時間を潰した。

「そろそろ、帰ろう……」

 お尻に根っこが生える前に重い腰を上げ、愛車バイクの鍵を片手に、校舎裏の駐輪場へ向かった。そして校舎の角を曲がったところで僕の足は止まった。

「保子莉?」

 ちょこんと、バイクのシートに腰掛けている彼女。艶やかな黒い髪は伸び、少し大人びてみえた。そんな彼女に見惚れていると、彼女もまた僕の存在に気づき……

「トオル!」

 懐かしい声とともに、バイクから飛び降りて走ってきた彼女を、僕は強く抱きしめた。一年半ぶりの感触。思いがけない再会に、何て声をかければいいのかわからなかった。

 逢いたかった。

 寂しかった。

 どうしてた? 

 元気だった? 

 いつ地球こっちに来たの? 

 訊きたいことや積もる話は山ほどあった。

 でも、彼女の温もりの前では、そんな言葉は必要なかった。

 これからも、ずーっと君を愛していたい

 それだけ……ただ、それだけを伝えたかった。

「おかえり、保子莉」

 足もとにいた小動物が、虫を追って茂みに消えたのも知らず、僕はいつまでも彼女を抱きしめ続けた。


 ~完~

■最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


2020年10月末日 わごはじめ


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