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第一章 囚われの身2

『夜、遅くにゴメンね』

 と一里塚深月から電話を受けたのは、家族と過ごしたクリスマスの翌日だった。

 最後に保子莉と顔を合わせたのは終業式の日。それ以来、保子莉からは何の音沙汰もなく、隣家に出向いても空き家同然の状態だったのだ。

 ――急用な仕事でも入ったのかな?

 だけど一言くらい連絡をくれても良いじゃないか。と、寂しく思っていたところへ深月からの連絡だった。

『変なこと訊くけど……敷常くん、ここ最近、保子莉さんと会った?』

 携帯電話から聞こえてくる深刻な声に、トオルは息を飲んだ。

「いや、終業式から会ってないよ」

 もちろん「あ、別にケンカとかしたわけじゃないから」と、誤解をされないように付け加えると

『そう。……うん。きっと、そうだと思った』

 しんみりとした深月の声を聞きながら、トオルは憶測を巡らせた。

 ――もしかして、保子莉さんは一里塚さんと一緒なのだろうか?

 もしそうならば、彼女の声を聞かせてもらいたいのだが。

『敷常くん。私の言うことを冷静に聞いてくれる?』

 妙な言い回し。だが深月のことだ。きっと何か彼女のことを知っているに違いない。

『実は昨夜、変な夢を見たの』

 マッドサイエンティストのリーン・プロットから与えられた予知夢を持つ深月だけに、何だか嫌な予感がした。

『多分なんだけれど……保子莉さん、今、地球には居ないと思う』

 そのことは言われなくても薄々気付いていた。だが問題は、その後に続く言葉だった。

『もしかしたら、保子莉さんの身辺で大変なことが起こるかもしれないの』

「大変なこと?」

 思わず、張り詰めた声が口から漏れた。それを察した深月は昨夜見た夢の内容を語り始めた。聞くところによれば、彼女はどこかの星の、とある部屋にて幽閉されており、猫に姿を変えられているらしいのだ。ただ、それらはあまりにも現実離れしたビジュアルだっただけに、深月本人も予知夢として確信が持てないとのことだった。

 だが保子莉がいなくなった今、強ち間違いではないだろう。しかし『猫の姿』と言う点が引っかかった。黒く長い尻尾と猫耳のことは深月も承知しているはず。それをあえて『猫』だと言い張っているのだ。

 ――そんなはずはないだろ

 以前、保子莉から聞いた進化論では、今の獣人姿になってからは、全身が猫のようになることはないと聞いている。


「地球人も猿に退化することはないじゃろ。ゆえに我ら猫族の進化も、それと同じことじゃ」と笑いを交えて説明をしていたはずなのだ。それだけに深月の夢を『予知夢』と解釈するには無理があった。

「他には?」

 彼女に繋がる情報がもっと欲しかった。食事は取れているのか。健康状態は。手錠や足枷、乱暴などされていないか。聞きたいことは山ほどあった。

『食事は与えられているし、病気や怪我もないみたいだったよ。ただ……』

 深月の言葉に、一拍の間が空いた。

「ただ?」

『ただ……手錠の代わりに首輪をされてた』

 そのキーワードにトオルは、以前リーンからかせられた再生体の首輪を思い出した。対象者の行動を束縛し、制限を課する拘束具。それだけに彼女の安否が気になって仕方がなかった。

 ――いったい保子莉さんの身に何が起きてるんだ?

 猫の姿での拘束。どんなに想像を膨らましても、確固たるイメージに繋がらなかった。

「何で、そんな目に保子莉さんはあったんだろう」

 せめて、そうなってしまった事の成り行きを知りたかった。しかし深月が見た夢は、幽閉された未来からであり、起因までは分からないとのことだった。『それから……』と、電話の向こうから信じられない言葉が告げられた。

『保子莉さんを拘束している人なんだけど……』

 思わず、手にしていたスマートフォンを握りしめた。

 ――いったい、誰なんだ?

 すると、信じられない返答が戻ってきた。

『敷常くんが……あなたが保子莉さんを拘束してたの』

 深月の言っていることが理解できず……一瞬にして混乱した頭に血が上った。

「どうして! どうして僕が保子莉さんに首輪を掛けてまで拘束しなきゃならないんだよ!」

 言われなき事実に、思わず立ち上がるトオル。

「何で僕が保子莉さんに、そんなことをしなきゃならないんだよ!」

 荒げた声が部屋中に響いた。きっと隣の部屋にいる智花や階下の両親に聞こえたかもしれない。

『落ち着いて、敷常くん!』

 耳元に、深月の宥める声が何度も何度も繰り返されていた。

『とにかく落ち着いて、敷常くん。夢だから、私もはっきりとは認識してないの』

 でも……私の知る限り、あれは敷常くんだった。と、曖昧に付け加える深月。意味が分からなかった。たとえそれが未来であろうと、夢であろうと信じ難かった。

 ――ありえない。どう考えたって、そんなこと絶対ありえないだろ!

 深月が見た夢は単なる幻だ。と、頭の片隅で否定しながら、予知夢の続きを促した。

「それで、そのあとは?」

 気になる結末。その未来を知れば、事の起こりの前後も見えてくるだろう。だが、深月は『ううん。……見てない』と濁していた。その滑舌の悪さに、トオルは眉根を寄せた。

「一里塚さん。何か隠してない?」

 きっと予知夢に続きがあるはずだ。そのことを強引に訊ねた途端、深月の震える声が耳に伝わってきた。

『あの人が……。あの人が……消えちゃうの』

「あの人が消える?」

 言うまでもなく、深月にとって『あの人』とは再生体のことだ。

 ――いったい、夢で何を見たんだ?

 すると深月が電話の向こうで鼻をすすった。

『闇が……大きな闇が、彼を飲み込んでいくの……。私の名前を呼びながら……闇に消えて……いく……の……」

 最後の方は泣きじゃくっていた。愛おしい人の死の予兆だけに、トオルも気休めに声を掛けることができなかった。

 ――どういうことだ? 僕らの未来に、何が起こるんだ?

 破滅しか見えてこない未来像。希望もなく絶望しかないのか。

 ――いや、そんなはずはない! そんなことが、あってたまるか!

 暗雲垂れ込める未来を否定するように、何度も何度も首を横に振り……

「一里塚さん、強く希望を持とう。そうすれば運命は変えられる!」

 何より再生体自身が、クレアの作り出したダストホールから生還してきたのだ。そう簡単に死ぬようなタマではないし、深月のためなら何度でも蘇るはずだ。

「あいつは、そう言うヤツだから大丈夫だよ」

 精一杯の作り笑いをして深月を励ました。そして再生体のことを気にかけながら、自分や保子莉の未来も知りたいと夢の続きを訊ねる。が、しかし……

『ゴメン。そこで目が覚めちゃって、その後のことは分からないの』

 その返答に、トオルはおもむろに頭を抱え、重いため息を漏らした。

『……ゴメンね』

 深月が悪いわけではない。制御できない予知夢なのだから、誰がそれを責められようか。ただ保子莉が失踪した現在、安穏ともしていられない。未来は着実に近付き、時を刻んでいるのだから。

「ありがとう、一里塚さん。後のことは心配しないでよ」

 必ず僕がみんなを何とかするから。そう慰め、トオルは二時間半に及ぶ通話を終えた。



「ダメだ。やっぱり誰も出ない……」

 トオルは惑星ンカレッアの仕事で使用していた宇宙端末機をベッドに放り投げた。

 地球にいる再生体を除いた登録者への総当たり。彼女の関係者はもちろん、クレアやディアたち、そして週末の度に宇宙に行っている親友長二郎にまで電話を掛けてみたのだが……一向に繋がる気配はなく、受話口から聞こえるのは空しく続く呼び出し音だけだった。

 もしかしたら自分は嫌われてしまい、その上で白髪の老人やダリアックたちも電話に出ないのか。

 ――だとしても、これではまったく情報が無さすぎる

 思うような手応えもなく、焦りだけが胸を急き立てていた。いったい、どうすれば良い? どうやって保子莉さんと連絡を取ればいいのか。

 そんなことを考えながら、ベッドで微睡んでいると不意に端末が鳴った。

 ――こんな時間に誰だよ?

 寝ぼけた思考で着信者を確認すれば『ダリアック』と表示された宇宙文字が。すぐにトオルは通信許可をオンにして銀河標準語で応答する。

「もしもし?」

『久しぶりだな、トオルさん』

 4ヶ月振りに耳にするハスキー獣人の声に、脳みそが一気に覚醒した。保子莉の経営する会社の中で一番頼れる従業員であり、白髪の老人に次いで彼女に近い人物だ。それだけに今回の保子莉失踪に関して、有力な情報を握っているに違いない。

『連絡が遅くなって、すまねぇ』

 ちょっと混み入った用件があってな。と詫びるダリアックに対し、トオルも挨拶をそこそこにして訊ねた。

「ダリアックさん、保子莉さんを知りませんか?」

『俺もそのことをトオルさんに知らせようと、こうやって連絡を取った次第なんだ』

 気になっていた彼女の行方。ようやくその手掛かりを知る人物と連絡が取れただけに、トオルはホッと安堵の息をついた。

「それで保子莉さんは今、どこにいるんですか?」

 もし行動を共にしているならば、彼女の近況だけでも知りたいところなのだが。

『残念だが、現在、お嬢は母星じっかに里帰り中で、ここにはいないんだ』

 同行していないことに、ちょっとだけガッカリした。だが彼女の所在を掴めただけでも大きな成果だった。故郷の星にいるならば身の安全も保証されているし、何より深月が見た予知夢のような非道な扱いを受けていることはないからだ。

 ――でも、どうしてこの時期タイミングで帰星なんかしたんだ?

 楽しみにしていたはずのクリスマスを放ったらかし、故郷に戻ったと言うことは、家族に何かしらの不幸でもあったのだろうか。と、改めてダリアックに詳細を尋ねれば……母星の検察機関からお咎めを受けているとのことだった。

「何で、また? どうして、保子莉さんが?」

 いきなりのことに、びっくりしていると

『まぁ、お嬢はお嬢で人様には言えない事情を抱えてるし、何より俺たち従業員の代表で色々あるんだ。それよりもトオルさん。ひとつ確認したいことがあるんだが……あんた、この前の仕事の時、何か余計な物を運んだりしなかったかい?』

 険しい声で問うダリアック。普段とは違うその声音に、トオルも嘘が吐けず、ガラから請け負った件を明かした。

 すると『それだ!』と、通信向こうでダリアックが嘆いた。

「隠してて、すいませんでした。でも、それがいったい、保子莉さんと何の関係が?」

 それが大ありだったんだ。と、事の顛末を説明するダリアック。

 どうやらトラプヤ駐機場の施設内に、ガラから預かった荷物が放置されていたらしく、その中身が星間問題に発展してしまったらしいのだ。ンカレッツア条約に触れる希少物質『バブンメタル』。少量と言えども、精製次第では惑星全土の生物を数日のうちに死滅させてしまうという恐ろしい物質らしく、しかもそれらが撒かれてしまうと数百年から数千年に渡り生命は誕生しないという研究レポートもあるとのことだった。

『つまり、早い話が細菌兵器の元となる原石だったんだ』

 ――そんな危険な物を、僕は知らずに運んでいたのか

 テロリスト。真っ先に思い浮かんだ単語に血の気が引いた。

「いや、でも僕は知らなかったんです!」

『それは分かってるさ。でも、知らないでは済まされないこともある』

 確かにその通りだ。こうなっては自分の非を認めざるえない。同時に受取人だった美しき白き獣人のことを思い出した。

「ちょっと待ってください! 僕は、ワーゼル……そう、ワーゼル・セイ・クラヴェルという女性に荷物を届けただけなんです!」

 冤罪を理由に、言い訳などしたくはなかった。ただ、どう言った経緯で荷物の中身が公になったのかを知りたかった。

『もし、それが本当ならばお嬢の濡れ衣を晴らすことも出来なくもない。それで、その時の受領証とかはあるかい?』

 ダリアックの問いかけに、トオルは言葉を詰まらせた。

「……ありません」

 何度目かのため息が端末の向こうから漏れてきた。身の潔白を証明するものが無ければ、いくら騒いだところで白にはならない。それはトオルにも分かっていた。

「指紋照合とかは、できないんでしょうか?」

『残念だが、それはできない。何しろ押収した証拠品はンカレツッアからナァー星府へと引き継がれ、俺たち民間人の手の届かない調査機関に保管されているはずだからな』

 だとすると、疑いのある白き獣人や自分にも捜査が及んでもおかしくはないのだが。

『トオルさんの星ではそうかもしれないが、少なくとも宇宙における犯罪調査の常識では、調べこそするが、末端までまで追いかけはしないだろう』

 つまり肝心な黒幕はお咎めなしということになり、保子莉は覚えのない罪を被せられたということか。

『まぁ、俺の見立てでは未遂ということで、いずれは釈放されるだろう』

「それはいつ頃ですか?」

『ナァー星府次第だけに、俺にも分からねぇ。別の惑星では死刑、もしくは数百年の禁固刑を言い渡される例もあると聞くが、ナァーではそのような条例はないらしいから、数ヶ月もしくは数年の内には釈放されるだろう』

 憶測混じりに説明するダリアックだったが、流石に声に張りがない。

 ――こんなことになるなら、あんな仕事、引き受けなければ良かった

『とりあえず、過ぎ去ってしまったことを悔やんでも仕方がない』

「すいません」と、トオルはもう一度詫びて、今後の成り行きをダリアックに訊いた。

『今、言ったとおりお嬢の方は当分、出星は無理だろうし、それと合わせて俺たちの船も動かせない』

「どうして、そんなことに?」と理由を訊ねれば、今回の事件により銀河運輸組合から営業停止処分を言い渡されたらしい。しかも商売道具であるキャッツベル号は惑星ナァー星府により出航停止の封印をされてしまったらしく、先ほどまでダリアックたちも荷造りをして退船してきたと言うのだ。

『よって、しばらくは収入ゼロだ』

 とダリアックが冗談交じりに嘆き笑った。だが、事の張本人であるトオルにとっては笑い事では済まされなかった。

 独断で請け負ったンカレツッアの仕事。そしてその失敗が会社に多大なる損失を与えた挙句、キャッツベル号の従業員たちを路頭に迷わせる結果となってしまったのだ。

 ――このままでは、みんなが生活できなくなってしまう

 自分の犯したミスで、ダリアックの子供たちを飢えさせるわけにはいかないのだ。

 惑星ナァーにおいて、今回の事件は軽犯罪なのか、それとも重罪なのか。どちらにしても彼女の無実を晴らさなければ気が済まなかった。

「ダリアックさん。惑星ナァーへの行き方を教えてください」

 トオルは端末片手にスクールバックをひっくり返すと、ペンとノートを用意した。

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