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第七章 落ちていく空5

「そんな……」

 突然、虚空を見上げて絶望の色を浮かべた幼女に、バルブ換装作業を見守っていた長二郎が案じた。

「どうした、エテルカ? 具合でも悪いのか?」

 すると、その場でへたれ込んだ幼女が信じられない事実を口にした。

「二人が……落ちました……」

「ウソだろっ!」

 信じがたい出来事に目を見開く長二郎。エテルカの小さな両肩を揺らして真偽を確かめれども、彼女は力なく首を横に振るだけだった。

「エテルカを頼む!」

 そばにいた者に幼女を任せ、階段を駆け昇り、甲板上から浮遊するキャッツベル号を睨みつけた。しかし肉眼で識別できるのは、船首の口を開いた戦艦と米粒サイズのスペースクルーザーだけで、人の有無を確認するまでにはいたらなかった。

「ばかやろう……。あの高さじゃ、助からねぇじゃねぇか……」

 地上との距離を知り、長二郎は膝から崩れ落ちた。

「こんなことって、あるかよ……」

 ドン底へ突き落とされたやり切れない気持ちそのままに、甲板に拳を叩きつけた。

「くそっ! くそっ! くそ……」

 拳の皮がめくれる。だが手の痛みよりも親友を失ったほうが、何百倍も何千倍も痛かった。その混沌とした感情を、どうしていいのか分からないまま

「ちくしょぅ……」

 長二郎は悔し涙を流しながら親友の名を叫んだ。



「ホズリ……」

 スクリーンの中で落ちていく二匹の黒猫に、腕を伸ばすアスタイン。そして助からないことを知り、怒りを乗せた拳を乱暴に振り下ろした。

「なぜ、このようなことに……」

 取り返しのつかない出来事に、アスタインは力なくうなだれた。疎遠だった娘ホズリ。陰ながら気にかけていた娘が、自分より先にこの世を去ることになろうとは、誰が想像しえたであろうか。

 ――こんなことになるならば、私のそばに置いておくべきだった

 アガミに一任したンカレッツア事件の身元引受人。私が引き取っていれば、こんなことにはならなかっただろう。しかし、どんなに後悔しても時は戻らない。親の責任を果たせなかった重い罪。それを知り、何度も何度も悔やむアスタインだった。



 ガクガクとバランスを崩し始めたスペースクルーザー。

 同時に地上へと落ちていくトオルと保子莉に、クレアは青ざめた。

「くっ!」

 船から離れていく二人をモニター追尾しながら、クレアは制御のおぼつかない船を立て直す。

 ――死なせるもんですかぁ!

 鳴り響く警告音を無視し、操舵レバーを押し下げる。だが、不安定な船の挙動は一向に収まる気配をみせない。

「お願いですからぁ、いうこと聞いてくださいですぅ!」

 出会ったときから、ずーっと読み取っていた二人の心。やがてそれは恋心へと変化し、いつかは相思相愛になるだろうと信じていた。

 なのに……互いの気持ちが繋がったところで、グリーンマーメード号のエンジンがグズつきを起こしてしまったのだ。

 同時に、息が止まるようなトオルの思念がクレアに伝わった。

 予期せぬ転落。

 トオルたちの思念を読み取り、咄嗟に船を降下させるクレアだったが

『緊急不時着の提案をいたします。誘導手順に従い、速やかに実行してください。繰り返します。緊急不時着の……』

「なんでぇ、いうこと聞いてくれないんですかぁ!」

 制御の効かなくなった自船に苛立ちながら、各警告メッセージに目を走らせていると……不意に背後で誰かがよぎった。

 ――子供たちを、お願い

 後ろを振り向けば、1本の黒い羽根が宙を舞っていた。



 トオルの声に応えるように、キャッツベル号から飛び降りた黒猫保子莉。これで彼女と一緒になれる。と両腕を広げて受け止めようとした矢先、足爪を立てていた足下がガクンと大きく傾いた。同時にスペースクルーザーがキャッツベル号から遠ざかり、宙を舞っていた黒猫の表情が凍りついた。

「保子莉さん!」

 眼前に落ちてきた彼女を捕まえようと、足を踏み出して短い腕を伸ばす。……が、黒猫彼女の手に触れた瞬間、足場を失った。

「えっ?」

 見上げれば、さっきまで乗っていたスペースクルーザーが空へと落ちていく。

 文字通り、すべてが一瞬の出来事だった。

 実感のない墜落。

 どこでどう狂い、どう間違えたのか。

 その現実を事実として受け止めた瞬間、リーンの言葉を思い出した。

「キミと彼女のどちらかが死ぬ運命にあるから、気をつけてね」

 自分か、もしくは彼女の死を予言していたマッドサイエンスト。

 でも実際は違っていた。

 ――ざまぁみろ!

 リーンを嘲罵ちょうばし、負け惜しむトオル。

 ――なんでもかんでも、お前の言うとおりになると思ったら大間違いだ

 どちらか片方が死ぬ運命と言っていたリーンの予言を覆したのだ。その抱えていた悩みから解放され、満足していると……握られた右手が引かれ、彼女に抱きしめられた。

「トオル、トオル……」

 愛おしく名前を呼び続ける保子莉の胸の中で、トオルは彼女の顔を見上げた。

「保子莉さん……」

 すると、彼女は泣きながら笑った。

「なんで、この期に及んで、さん付けなのじゃ」

 そうだった。もう彼女は僕のものなのだから、他人行儀の必要はないのだ。

「保子莉、ごめん。君を助けることができなかったよ」

 込み上がる悔し涙を流しながら、彼女をギュッと抱きしめた。馬鹿なことをしたと、自身の行為を蔑んでいると、彼女が首を横に振った。

「謝ることなんかない……。むしろ、こうしてトオルと一緒になれたのじゃから、わらわは本望じゃ」

 翡翠色の瞳に映る自分に、トオルは思った。

 そうだ、もう遠慮などいらないのだと。

「保子莉」

「トオル」

 顔を見合わせて、抱きしめあう二匹の黒猫。

 キスの代わりに互いの顔を舐めあった。

 迫る地上に目もくれず、何度も何度も愛情を込めて舐めあった。

 生きていた証を求めるように、無我夢中で舐めあった。

 もう思い残すことは何もなかった。短い人生だったけど充実していた。もう少し早く彼女と出会えていたならば、もっと楽しかっただろう。

 ――生まれ変わったら、また一緒になりたい……

 と二人して死を受け入れようとした瞬間、不意に首根っこの皮をつままれ、急激に落下速度が減速した。

「えっ?」「何じゃ?」

 見上げれば、黒い翼を広げたディアが頭上にいた。

「……重ぃ」

 大きな羽を左右いっぱいに広げ、両腕に力を入れて踏ん張るディア。下を見下ろせば、地表面がすぐそこにあった。

「……んぐぐ」

 両翼でもって慣性重力を相殺させ、地上スレスレで滑空し

「……もぉ、ムリ」

 翼を羽ばたき、力を振り絞るようにしてトオルたちを放り投げるディア。同時に天地がひっくり返り、星王広場脇の土の上をゴロゴロと転がった。

 ――保子莉さん? 保子莉さんは無事なのか?

 すぐに起き上がって黒猫を探した。

 ――いた!

 数メートル先で倒れている彼女。トオルは揺れる平衡感覚のまま、彼女のもとへ駆け寄り、肩を抱き上げた。

「トオル……」

 緊張が解けたのか、保子莉が子供のように泣きだしはじめた。

「大丈夫。もう大丈夫だから」

 泣きじゃくる彼女を抱え、トオルが優しくなだめていると、ディアが歩み寄ってきた。

「……怪我はない?」

「うん、僕も保子莉さんも大丈夫」

 とは言え……トオル自身、体の浮遊感が抜けず、さっきまで死と隣り合わせだった事実を受け入れることができずにいた。

「ありがとう、ディアさん。本当に、ありがとう」

 死を覚悟した命をディアに救われたのだ。どんなに感謝しても、足りないくらいだ。

「……エテルカを助けてくれた借りを、返しただけ」

 だから問題ない。と言って翼をたたむディアの言葉に、一瞬、考えるトオル。もしかして、タルタル星でのエテルカ救出のことを言っているのだろうか。だとすると、相当律儀な海賊頭首だ。

「……これで、ケイニャも喜ぶ」

 気のせいか、その表情は笑っているように見えた。



「助かった……のか……」

 スクリーンに映し出された星王広場の側道。そこで抱き合う二匹の黒猫に、アスタインは安堵の息を漏らした。

 小型船から落ちていく黒猫たちを、有翼種族の者が急降下して寸前のところですくい上げたのだ。それはまさに奇跡のような出来事であり、一部始終を見守っていた作戦司令部に歓喜の声があがったのはいうまでもない。

「救護班の手配を!」

 真っ先に下された参謀総括長の命令に、担当の者が即座に対応する。

 ――これで心おきなく、対処できる

 娘に対しておこなった無礼。キャッツベル号ともども、加担した者たちへの極刑を考える星王アスタイン。普段から持ち合わせていた慈悲の心。だが、今回ばかりは勘弁ならなかった。

 ――子供たちへ犯した罪は償ってもらうぞ、ウーヴ

「地上への安全を確保次第、ダストホールを発動させよ!」

 アスタインの命令に、オペレーターたちがダストホール発動の再計算を始めた。



「やったー!」

 諸手を挙げて飛び跳ねる三人の子供たち。そのはしゃぐ様子を見ながら、クレアも感涙していた。もう助からないと諦めた二人の命。地上激突のわずかな時間の中、クレアは二人の愛に涙していた。

 だが、いち早く飛び出していったディアに命を拾われたのだ。

 ――お二人ともぉ、無事でぇ本当によかったですぅ

 できることなら、今すぐにでも二人を抱きしめたかった。そのためにも墜落寸前の船を安全に不時着させなければ。

地上したについたらぁ、みんなでぇ、トオルさまたちを迎えに行きましょう」

 クレアの提案に、ケイニャたちが手をつなぎ合って大はしゃぎしたのはいうまでもなかった。



「チョージロー、チョージロー!」

 甲板でひとり静かに鎮魂していた長二郎の背中に、幼女が飛びついた。

「頼むから、今はほっといてくれ……」

 むせび泣きながらあしらう長二郎を、エテルカが力任せに揺った。

「助かったんです! ディアさまが二人を助けたんですよ!」

 その知らせに、長二郎は振り返った。

「本当か?」

「今も三人の思念を感じとれてますから、間違いないです」

 すると長二郎の沈んだ顔が、一転してうれし泣きに変わった。

「くっそ……心配かけさせやがって」

「よかったですね」と、エテルカが男泣きする長二郎の頭をポンポンと叩いた。

「それで、どうしますか?」

 前方のキャッツベル号を指さす幼女に長二郎が顔を上げた。

「クローンだがなんだか知らねぇが、俺が最強だってことを教えてやるぜ」

 打倒、マグネター砲! と長二郎は垂れた鼻水を拭って立ち上がった。


換装作業バルブアダプターのほうは、どうだ?」

「今、仕上がったYO」

 格納庫に戻った長二郎に、電子ゴーグルを持ち上げながら、持ち場を離れるアロ。

「あとは甲板上にあるリアクター点検用バルブにケーブルを接続コネクトするだけNE」

 長二郎はエテルカからグローブとヘルメットを受け取りながら、アロに尋ねた。

「出力制御はどうすればいい?」

「ライドアームズ側からコントロールできるから、すべて若大将の自由NE!」

 なるほど。なら、最初から最大値マックスで勝負してやる。……というか、もう一気にケリをつけてやりたい気分だ。

「アロ。サポートのほうを頼む」

 掛けられたハシゴをよじ登り、コックピットに収まる長二郎。その出撃に合わせ、作業員たちが離れていく。

「出るぞ!」

 昇降エレベーターを使い、上甲板に上がる人型機動兵器。そのコックピットの中で、長二郎は各インジケータをチェックしながら通信を開いた。

「聞こえるか、団長」

 その声に応じるように、水牛男がモニターに現れた。

『連絡が遅ぇザぞ、ロック! ……って、お前、マスクはどうしたザ?』

「俺の中のロックは死んだよ。そんなことより団長、すぐにその場から退避しろ」

『おいおい、そりゃないザぞ。自分たちだけでこいつを沈めて、儲けを独り占めしようって腹か?』

 蹄の生やした親指らしき太い指を下に向け、鼻息を荒くする水牛男。儲け話のことは知らないが、くだらねぇ兵器を黙らせることには違いない。

『なら、このままオレさまのボーンバッファロー号で押さえつけておいてやるザぞ」

 加担することをあれだけ渋っていたはずの団長が、率先して協力を申し出てくるとは、いったいどういう風の吹き回しか。

『星王から謝礼を受け取れるんザからな、ここで帰れるわけがないザぞ』

 なるほど。どうやらツノデメキンがあらぬことを吹き込んだようだ。……が、こっちとしては好都合だ。

「勝手にしろ。そのかわり、何があっても保障はしねぇからな」

 長二郎は通信を切ると、甲板に設置されていたリアクターメンテナンスバルブを開き、背中リアクタージェネレータから伸びるケーブルを突き刺した。

「アロ、エネルギーを解放してくれ」

 長二郎の合図とともに、ジェネレターゲージがグンッと跳ね上がった。

 87……115……172……266……375……

 余裕のキャパシティ。さすがは天才メカニックマンだ……

「って、おいっ! 300超えてんぞ!」

 赤色レッドゾーンを優に越す円形ゲージ類。マックスで勝負すると言ったとはいえ、この数値はありえないだろ。

『設計上、1200%までは耐えられるから、オーバーフローして爆発ボンする危険はないNE』

 モニターを見れば、目の色を狂気に染めて笑うアロがいた。

 ――マジか、こいつ!

 しかし、ここまできた以上、アロを信じるしかなさそうだ。

 ――クソ、俺も男だ! やってやるぜ!

 出力を絞り、数値を500に留めてみれば、確かにアロの言うとおり安定していた。

 ――なるほど。これならヤツを仕留められるかもな

 手応えを得た長二郎は、傷ついた盾を構え、リアクターキャノンを差し込んだ。同時に目の前で展開していたリアクターシールドが解かれる。

『敵からの攻撃意思が感じられない今がチャンスです』

「サンキュー、エテルカ」

 至れり尽くせりのフォローに、照準スコープを覗き込む長二郎。狙いは、言わずもがなキャッツベル号の先端だ。

「俺を本気にさせたことを、死ぬほど後悔させてやるぜ」

 キュォォォォォォォオン!

 リアクターキャノンから打ち出された閃光。その一条のビームは、迷うことなくマグネター砲のコアへと伸びていく。……が、破壊には至らず、均衡を保つだけだった。

「このボスキャラ風情が、ナメんなよ!」

 眩しく光を放つパワーのせめぎ合い。300%を超えるエネルギーをものともしないキャッツベル号に、焦りを感じる長二郎。

 ――くそ。ここでヤツらが仕掛けてきたら、一巻の終わりだぞ

 とマグネター砲射出を警戒していると、ボーンバッファロー号から悲鳴のような通信が入ってきた。

『おい、何してやがる! エネルギー残留波ざんりゅうはが俺たちのほうにも飛んできてるザぞ!』

 顔色を変えて訴える水牛男。それもそのはず。戦艦クラスの主砲をも凌駕するリアクターキャノンなのだ。その放出されたエネルギーの余波を食らえば、誰だって悲鳴のひとつもあげたくなるだろう。

『おい、聞こえてんザか? 今、すぐやめろ! ザゃないと、俺たちの船まで壊れちまうザぞ!』

「ゴチャゴチャとうっせぇ! 文句があるなら、あとにしろ!」

 グイッとリアクターエネルギーの出力を上げる。均衡していた光が、さらにも増して眩しくなっていき、それに合わせ照準スコープ内に減光フィルターがかかる。

『殺す……きか……ロッ……ク……』

 雑音交じりの団長の声。直下からのエネルギー波の影響によるものなのだろう。そして、ついには……

『付き合……て、られね……ザぞ……』

 逃げるように緊急離脱するボーンバッファロー号。それを追うようにキャッツベル号も船首を持ち上げた。

「逃がすかよ!」

 照準をマグネター砲の球体に合わせたまま、エネルギー出力を限界まで上げる。それにともない急速に高度を上げるキャッツベル号。きっと、想像以上の威力に艦橋にいる操舵手も泡食っているのだろう。その証拠にマグネター砲の核である球体が真っ白に変化していく。

「いい加減に、くたばりやがれっ!」

 インジケータが限界値の1200%に達した瞬間、球体が粉のように砕け散った。同時に背負っていたリアクタージェネレータの安全装置が働き、ジェネレータダクトからオーバーフローで溜まっていた熱エネルギーが放出された。

「ふぅ……」

 照準スコープを後ろへと押し戻し、背中をシートに委ねる長二郎。TVゲームとは違う真剣勝負に、精神力が尽き果てていた。

 いまさらだか、もし相手がマグネター砲で押し返してきていたら……想像するだけでも背筋がゾッとする。

「まぁ、どのみち俺に勝てるわけがねぇけどな」

 長二郎は勝利の余韻にひたりながら、次なる指示を出した。

「エテルカ。ヤツの通常攻撃に備えてリアクターシールドの展開を」

『どうやら、その必要はないみたいですよ』

 エテルカに言われて上空を見れば、船首を持ち上げ、空域離脱を開始しているキャッツベル号があった。

「どう思う? エテルカ」

『どうやら宇宙そらへ逃亡するようですね』

 マグネター砲という絶対無敵の主力兵器を失い、残る通常兵器では、勝算がないと踏んだのだろう。とはいえ、再生体がキャッツベル号に残っている以上、このままおめおめと逃がすわけにもいかなかった。

「船はともかく、再生体だけでも回収してやらねぇとな」

 もう一仕事すっか。と腰を上げた矢先だった。キャッツベル号の真上の空間が歪み、暗黒の輪が出現した。そして渦を巻き始めると同時に、キャッツベル号の船体が細く伸び始め、暗黒の中心部へと吸い込まれていく。

「まさか、ダストホールか!」

 眼前でおこるブラックホール特有のスパゲッティ化現象に、長二郎は我が目を疑った。

「おいおい……聞いてねぇぞ、そんな話……」

 あの船には一里塚深月の恋人が乗ってるのだ。地球でひとり待つ深月の話を、再生体から聞かされていた長二郎は慌てて通信を開いた。

「やめろ、星王!」

 声を上げたときにはすでに遅く、キャッツベル号は雲とともにダストホールに飲み込まれてしまった。

「マジかよ……」

 跡形もなく消失したダストホールに、ただただ茫然とする長二郎だった。



 消えたキャッツベル号の代わりに、澄み切った青空が広がっていた。その晴れ渡る空の下で、トオルは泣き崩れる黒猫保子莉の肩を抱いていた。

「爺……爺……」

 嗚咽を漏らす彼女の気持ちは良く分かっていた。常に一緒だった執事。いつも優しく、そして最後まで保子莉のことを気遣っていた老人。彼女にとって身内のような存在だっただけに、トオルもやりきれない思いで胸がいっぱいだった。

「なんで、こんなことになるのじゃ……」

 背を丸めて咽び泣く彼女の声に、トオルは黙って耳を傾けていた。

「いつまでも一緒にいられると思っておったのに……。爺の最期は、わらわが看取ると決めておったのに……なのに、なのに、こんな形で爺を見届けることになるなんて……」

 激しく嗚咽を漏らす彼女。家族同然の人間を失ったのだから当然だ。だがしかし、まだ死んだと決まったわけではない。

「保子莉さん、聞いて。僕が思うに、お爺さんは大丈夫だよ」

 その言葉に、保子莉がネコ耳を振るわせて顔を上げた。

「再生体が地球に戻ってきた時のこと、覚えてる? 次元の狭間から帰ってきたでしょ。それと同じで、お爺さんも生きていると思うんだ」

 気休めかもしれないけど、お爺さんだっていつまでも悲しむ彼女を見たくはないだろう。

「だから元気をだして」

 トオルの励ましに、何度も何度も頷く保子莉。そして……

「そうじゃな……。いつまでもくよくよしておったら、爺に笑われてしまうかもしれん」

「そうだよ。僕らが信じていれば、お爺さんは必ず戻ってくる」

 鼻を啜って健気に頷く彼女の肩を抱き寄せながら、トオルは空を仰ぎ見た。

「だから、信じて待とうよ」

「うん……」

 と、いつまでも青空を見上げるふたりだった。

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