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第七章 落ちていく空4

「おい、ガキ! もしかして、今のはお前の仕業ちゃんか?」

 鼻先で形を変えたキャッツベル号の船首。それにより敵艦から放たれたはずのビームを弾いて相手を黙らせたのだから、ビヂャも黙っていられるはずはない。

「おい、聞いてんのか?」と訝しげに九斗を睨むビヂャに

「だったら、なんだよ? 言っとくけど、やめないからな」

 起き上がった重い照準スコープレバーを握りながら、九斗はコンソールパネルに刻まれるリアクター充填ゲージを見つめた。

 0・25……0・50…………0・66……。

 ――どうして、こんなにおそいんだよ!

 変化の乏しい数値。ポウから得た知識では、対象物を破壊に至らしめる最低照射数値は10%からだったからだ。

 そのせいか、1%未満で撃ち出した今の攻撃は、目の前で対峙する宇宙船を壊すまでには至らなかった。またゼロからのやり直し。そのエネルギー充填の遅さに、九斗はイライラした。

 ――こんなんじゃ、ダメじゃん……

 いつまた攻撃してくるか分からない敵を警戒しながら、姿を消した小動物を探していると

「別にやめろとはいわんちゃんよ。どこでそれを覚えたのかしらんちゃんけど、この星の連中に一泡食わせることができるなら、むしろ大歓迎ちゃん」

 と機嫌よく賛同するビヂャ。その意外な反応に九斗が驚いていると

「もっとも、大層たいそうな演出のわりには大したことないみたいちゃんね」と小馬鹿にするビヂャの態度に、九斗はムッとした。

「そんなことない!」

「だったら、早く目の前のクロウディア号を撃墜してみせろちゃん。そしたら信じてやるちゃん」

「おまえなんかにいわれなくったって、やっつけてやるさ!」

 そしてやっぱり凄いと、認めさせてやるんだ。

「ごめんちゃん。ワシらが悪かったちゃん」

 自分の足元で涙しながらひれ伏すビヂャを想像しながら「今にみてろよ」とレバーを握りしめていると

『おい、そっちで何しやがったぁん?』

 撃てなくなっちまったぞぉん! と艦橋内に響き渡るジャゲの声。その様子に、ビヂャが船体状況を確認しながら応答する。

「ガキが得体の知れない大砲を使ったから、主要動力メインエンジン以外のリアクターエネルギーの供給が落ちたみたいちゃんね。まぁ、そのうち戻るちゃんよ」

『ちょっと待てぇん。今、大砲といったかぁん?』

「そうちゃんよ。不発だったけど、ダンナが乗ってたセカンドシップを黙らせたちゃんよ」

『なにぃん、セカンドシップがいるのかぁん!』

「そうちゃん。ついでに知らないやつに上を押さえられて身動きできないちゃん」

 後ろの小物ばかりに気を取られてないで、もう少し周りをみてくれちゃん。とビヂャが愚痴をこぼした途端、ジャゲが不敵な笑い声をあげた。

『そうか、そうか……。セカンドシップが来てるのか……。そりゃぁん、ご大層なこってぇん』

 ディアが所有する二番艦。その元艦長だったジャゲが、狂ったようにわめき散らした。

『そんな腐れ船などぉん、この俺様がぶっ潰してやるぜぇん! いいかぁん、ビヂャ! 俺様がぁん、艦橋そっちに上がるまでぇん、それ以上、ガキに大砲をいじらせるんじゃねぇぞぉん!』

 了解したちゃん。とビヂャは通信を切った。

「そういうことちゃん。ダンナが戻ってくるまで、余計なことをしないでおとなしく待つちゃんよ」

 その一方的な言いつけに、九斗も反抗する。

「いやだ! これはぼくが使うんだ! 誰にも触らせるもんか!」

「何も知らないガキが使ったって、宝の持ち腐れちゃん! いいから、黙ってそこから離れるちゃんよ!」

「いやだ! 絶対に離れるもんか!」

 操舵席を離れて飛んでくるビヂャに対し、九斗はスコープレバーをギュッと握りしめた。



 ――私としたことが……

 有利だと踏んだ狭い通路での格闘。それが弟子の力に翻弄されるがまま、機関室まで追い込まれてしまったのだ。逃げる機会はあれど、ここで引くわけにはいかなかった。どうにかして、この愚か者の目を覚ますことができないものかと、情けをかけた矢先……腕を絡めとられてしまい、両腕をへし折られたのだ。隙を与えてしまった失態。私も彼のように若ければ、相手に温情をかけようなど微塵も思わなかったことだろう。

「大丈夫か、御仁ごじん

 弟子と対峙したまま、背中越しに安否を問う再生体の言葉に、マエストロは乱れた呼吸で答えた。

「不甲斐ないところを、お見せして申し訳ない……」

 甘すぎた自身の判断。

 その結果、両腕の自由を奪われ、弟子に首を締め上げられたところへ、唐突に現れた再生体に命を救われたのだ。

 ――老いた体では……もう勝てぬか

 孫娘のように共に生きてきた保子莉を救うためならば、この老いぼれた命など安いもの。と覚悟を決めて挑んだつもりだったのだが

 ――まさか、これほどまでに強くなっていたとは

 折れた肋骨とともに激痛が走る両腕。アスタイン陛下やウーヴを鍛え、保子莉を抱き上げた二本の腕が、こんなにも細くなっていたとは。

「出しゃばらず、おとなしく隠居されていれば良かったものを」

 あざけるウーヴの言葉に、余憤が湧き上がった。それを知ってか知らずか、再生体がウーヴを問い詰める。

「貴様。もし拙者が止めに入っていなければ、御仁をあやめるつもりだったのか?」

「それを答えたところでどうすると? 何も知らないあなたにとがめられるわれはないですよ」

「それはそうだが……」

 はぐらかされた返答に、再生体が言いよどんでいると

「そのご様子からして、納得がいってないようですね」とウーヴは笑い、そして付け加えた。

「あなたが、かばったその老人は私の師ですよ」

「それは誠か?」

 キツネにつままれたような顔で振り向く再生体に、匠は恥を忍んで頷いた。師を持たず……いや、仰ぐ師が持てなかった彼の生い立ちを知っているだけに、余計心が痛んだ。

 ――もし彼が私の弟子だったならば

 不意によぎるよこしまな気持ち。

 同時にかぶりを振って、自身の愚かさをさげすんだ。

 ――こんなことを思うようでは、私も修行が足りませんね

 師と名乗るのもおこがましい。と自身を卑下していると、再生体がウーヴに向き直っていう。

「師を倒して満足したか?」

「あなたの言わんとする意図がわかりませんね」

 訝しむウーヴに、再生体が語気を強めた。

「師を越えて、満足したのかと訊いている!」

「満足? ふっ、何をもって満足とするのやら」

 見れば、ウーヴの表情がよどんでいた。

「我が子同然に育ててくれた恩師を倒して、満足など得られるはずはないだろう」

 そして、壁にもたれて床に座り込んでいる匠に視線を移した。

「置かれた立場上、こうするしか生きる術がなかったのだよ」

 仕えるアガミに翻弄され、悩み続けてきたウーヴ。もし時間を巻き戻せるのであれば、しっかりと弟子と向き合い、一言一言に耳を傾けたかった。

「生きるためだったという貴様の言葉を信じよう。だが、拙者も御仁に世話になった身ゆえ、黙って見過ごすわけにはいかない」

 グッと弟子を見据える再生体に対し、ウーヴが嘲笑する。

「この私を倒すと?」

「少なくとも、腕の二本は頂くつもりだ」

 背負っていた魔剣ネーヴェルを床に下ろして拳を構える再生体に、匠は驚きを隠せなかった。

 ――まさか、ウーヴ相手に素手で闘おうというのか?

 勝敗を決める力量。二人の差は定かではないが、格闘術を体得していない者では、ウーヴに勝てる見込みは、まずないと言っていいだろう。

 無理をして闘うことはない。剣を拾いなさい。と助言をしようとした矢先……再生体がウーヴに宣戦布告する。

「もし、拙者が勝ったら、貴様共々キャッツベル号を降ろさせてもらうから覚悟しろ」

「ふん、勝手にすればいい」

 私相手に勝てると思った自分の愚かさを後悔させてやる。とウーヴも不敵な笑みを浮かべた。

「いざ、参る!」

「のぞむところだ」

 再生体の掛け声に合わせ、ウーヴも床を蹴った。

 始まった真剣勝負。互いに譲らず、持てる力を余すことなくぶつけ合う二人。幾度となく衝突を繰り返す力と技。

 その闘いぶりに匠は嫉妬を覚えた。

 ――これが若さか

 と憧れの眼差しでもって、勝敗の行方を見守る老人であった。



「それで損傷具合は、どんな感じだ?」

 エテルカから手渡された飲料パックを口にしながら、カバもどきのメカニックマンに尋ねれば

「透過スキャンの診断を見る限り、装甲部における強度の問題はないゲフ。もちろん駆動部やフレーム配線ハーネスにおいても異常箇所は見当たらないでゲフよ」

 カバもどきの報告に、長二郎はライドアームズを見上げた。

「そうなると、問題はあっちだけか」

 そう言って、アダプター換装作業をしているアロたちを見やる長二郎。機体とは別に、ひび割れをおこしているエネルギーケーブル。特殊合金を使用し、アロが造り上げた強化皮膜。それが劣化破損しているのだから、マグネター砲の威力は相当ヤバいとみていいだろう。

「アロ。ちょっと、こっちにきてくれ」

 長二郎の手招きに、アロは他のメカニックマンに指示を残し、長二郎のもとへとやってきた。

「まだ13分しか、経ってないですYO」

「そうじゃない。今後において、お前の意見を聞きたいだけだ」

 立ち話での作戦会議。時間がないだけに、いちいちブリーフィングルームの椅子に腰掛けてなんかいられないのだ。

「キャッツベル号の側面から、マグネター砲に攻撃を仕掛けたいんだが、どう思う?」

 やるならば、正面から受ける攻撃リスクは避けたい。と両手を互いの船に見立てて相談すれば

「まぁ、悪くない提案だと思うYO。でも……」

 歯切れの悪いアロに、長二郎が訝しんでいると

「マグネター砲の威力を知っている敵が、わざわざお腹やお尻を向けるとは思えませんけど」

 隣から意見するエテルカに「言われてみりゃそうだな」と長二郎は自分の浅はかさを悟った。正直、アレとは真っ向から戦いたくなかった。もちろん怖じ気づいたわけではないし、アロの計算を疑っているわけではない。自分ひとりだけならばまだしも、エテルカや仲間たちの巻き添えを考えると、どうしても気乗りがしないのだ。

「ちなみにヤツはどうしてる?」と、キャッツベル号の様子を訊いてみた。

「依然として沈黙したままです。なので、第二射に備えてリアクターシールドを張らせています」

 マグネター砲が相手だけに、流石のエテルカもピリピリと神経を尖らせていた。

「沈黙か……。やることなすこと、不気味な相手だな」

 いつ火蓋が切られるかも分からない臨戦態勢。仮に後退を命じて戦線離脱をしようとしたところで、あっという間にマグネター砲の餌食になることだろう。

「さっきのヤツの本気度はどんなもんだ?」

 強力な破壊兵器だ。この程度のはずがない。

「たぶん、数パーセントの範囲だと思うYO」

「マジかよ!」

 段違いの威力に、思わず声がひっくり返っちまった。

「この距離で、この破壊力……。まったく、とんでもねぇシロモノだな」

「むしろ、この程度の被害で収まっていること自体、とても奇跡ミラクルNE」

 楽しそうに笑うアロ。肝が据わっているというか、単に好奇心が強いというか。平然と事を構えていられる神経が羨ましかった。と、そこへ……

『若大将、若大将ー!』

 格納庫に響き渡るツノデメキンの声に、エテルカが端末でもって応答する。

「どうしました?」

『へい、あねさん。実はですね、今しがた、星王から連絡がありまして』

「分かりました。こっちに繋いでください」

『いえいえ。姐さん方が忙しいかとおもいやして、あっしがケリをつけておきやした』

「はぁぁぁっ?」

 ドヤ顔をキメるツノデメキンに、幼女の表情が凍りついた。

「あ、あ、あなた! な、何、勝手なことをしてるんですかー?」

 惑星国家レベルの話に、あなたが受け答えできるはずないでしょ! と目くじらを立てるエテルカに、ツノデメキンが『心外だなぁ』と眉根を寄せた。

『単なる世間話をしただけなんですから、そんなに怒らんでくだせぇな』

「せ、せせ、世間話って……あなた、事の重大さが分かってますかぁ?」

『そのへんは、あっしだって、わきまえているつもりですから安心してくだせぇ』

「わきまえているのなら、なおのこと、こちらにひと声かけるべきでしょ!」

 ――こりゃ、終わらんな

 冷静さを失い、どんどん壊れていく幼女を見かね、長二郎が端末を取り上げた。

「それで、星王とはどんな話をしたんだ?」

 隣で頬をプンスカ膨らませて、自分の持ち物を求めるエテルカの頭を押さえながら問えば

『船を引けって、言ってきやしたぜぇ』

 きっと、先ほどの戦力差を見物した上での判断なのだろう。そうなると、娘はどうするつもりなのだろうか。星王の様子からして、とても見捨てるとは思えないのだが。

 って、いうか……人の手を噛むなよ、エテルカ。

「それで?」

『もちろん、若大将のメンツを保つため、こう言ってやりやしたぜ。「これは若大将の戦いだ。星王だかなんだか知らねぇが、余計な口出しをすんじゃねぇ」ってね』

 本来の自分を呼び覚ますような啖呵たんかに、長二郎は思わず大笑いした。

「いいじゃねぇか! サイコーだぜ、ツノデメキン!」

 この戦いに勝ったら、こいつのツノに金色のリボンをかけてやりたいくらいだ。

『それと、相手の搭乗員も聞いておきやした』と、ツノデメキンが星王から提供された情報を得意げに語った。


「なるほど、全部で6人か。想像してたよりも少ないな」

 保子莉ちゃんと乗り込んだ再生体を除けば、実質4人で船を運用していることになる。もうひとりの娘に仕えていた執事を筆頭に、ジャゲナッテ星人とビヂャヴゥロ星人。そして何より気になるのはクローン人間の存在だった。

「エテルカが読み取ったっていう子供の思念かな?」

「何とも言えませんが……私も同じことを考えてました」

 得体の知れない複製体がマグネター砲の引き金を握っている事実。もし、それが本当だとすれば、子供に核ミサイルのスイッチを持たせているのと何ら変わりはない。

「とりあえずご苦労だったな、ツノデメキン。それから、これからの応対はすべてお前に任すことにする」

『了解しやした、若大将』

 まぁ、見ててくださいな。と調子づくツノデメキンに

「ちょっ、チョージロー!」

 目を見開いて慌てふためく幼女。その小さな頭をナデナデしながら、釘も刺すことを忘れない。

「そのかし、何かあったら、ツノ切りの刑だからな。そうならないよう、しっかりやれよ」

 そう言って、長二郎は端末をエテルカに返した。

「そんな約束して、いいんですか?」

 不安と怒りを隠せない幼女に、長二郎は笑った。

「もしかしたら、アイツは鯉に化けるかも知れないぜ」

 と、ツノデメキンの大物っぷりを揶揄すると

「所詮、デメキンはデメキン。鯉なんかになれるはずはありません」

 フンッと、不満あらわに顔を背けるエテルカだった。



「……そう言うことだから、あっしが許可を出すまで、そこを動くんじゃねぇぞ」

 艦長席キャプテンシートで、ふんぞり返るツノデメキンに、通信相手の水牛男がわめき散らした。

『ふざけんザ! いいから、早くロックを出しやがれ!』

「だから、あっしが若大将代理だって、言ってんだろうが。何度も言わせんな、この牛野郎!」

 スクリーン越しで睨み合う魚類と有蹄類に、周りの乗組員クルーたちも肝を冷やしていた。

『チッ、お前のような小魚相手じゃ話にならねぇ』

 悪いが、この仕事、下ろさせてもらうからな。と見切りをつける水牛男。しかし……

「おいおい。1億ケピロン分の仕事もしてねぇうちに、逃げようってのか?」

 やれやれ。デカい図体のわりには根性のねぇヤツだなぁ。と鼻で笑うツノデメキンに、水牛男が片眉を吊り上げた。

『小魚ごときの分際で、ずいぶんとナメた口を叩いてくれるザねぇか。あぁん? じゃあ聞くがな、そもそも何でおまえらは、こんなヤバい船相手に戦いを挑んでんザ?』

 モニター越しで凄む水牛男に、ツノデメキンがいやらしく笑った。

「ふふん、知りたいか? どうしても知りたいってんなら、教えてやらないこともないけどよ……どうしよっかなぁ」

 焦らす態度に、水牛男のこめかみがヒクついた。

『もったいぶらずに教えろザぞ』

「しょうがねぇなぁ。じゃあ、特別に教えてやる。ここだけの話だが、大金が転がり込む可能性があるからさ。もっとも、あっしの裁量次第だけどな」

 同時に、水牛男の目の色が変わった。

『儲け話か?』

「ああ。さっきも、あっし自らこの星の星王と話をしてたところだ」

『星王と直接交渉したザと? と、いうことは……』

 身を乗り出す相手に対し、ツノデメキンがほくそ笑んだ。

「そう。つまり、うちの若大将の指示通りキッチリ働けば、星王からの謝礼もあるってことさ」

 分かったら、黙って俺の指示に従っておけ。と、水牛男をたしなめるツノデメキンだった。



 ――故障したのか?

 突然、攻撃をやめたキャッツベル号に、トオルは首を傾げた。執拗なまでに撃たれていた砲塔。それがピタリと静かになったのだから、疑わないほうがどうかしている。見知らぬ宇宙船が船体の上に乗っかったからなのか、それとも前方に現れたセカンドシップからの攻撃によるものなのか。

 ――まさか、油断させて誘い込むための罠か?

 仮にそうだとしても、今がチャンスなのは間違いないだろう。

 ――イチかバチか、やるしかない!

「クレア、今のうちに船を近づけて!」

 ハッチ下のコックピットに向けて指示を出せば、クレアの悲鳴が聞こえた。

「やってますですぅ。けどぉ、エンジン出力がぁ上がらずぅ、思うようにぃバランスを保てられないんですぅ!」

 船体後方で尾を引き続けている黒煙。たぶん、それらが船のコントロールに影響を与えているようだ。

 ――ちくしょう。どうして、こうもうまく事が運ばないんだ

 いつまた攻撃を仕掛けてくるか分からない状況。その油断ならない中で、上空を仰ぎ見れば……不安げな表情をした黒猫がこっちを見下ろしていた。ビル6階相当の高さ。どうにもならないその距離が、トオルの気持ちを焦らせた。

「あと少し! あと、もう少しだ、クレア!」

 ガラにもなく命令口調で吠えるトオル。その声に応えるように、フラフラとキャッツベル号との距離を詰めていくスペースクルーザー。

 ――いいぞ。この調子でキャッツベル号に横付けできれば

 ……が、不意に船の上昇が止まった。

「もう、これ以上ぉ高度が上がりませんですぅ!」

 泣きそうな声を耳にしながら、トオルは上空を見上げた。彼女との距離は、たぶん15メートルほど。建物で例えるなら1階と4階くらいの高さだ。

 ――どうする? どうしたらいい?

 いや、もう考えてる時間はない。

「クレア! このまま、高度を維持してて!」

「頑張りますですぅ!」

 限界ギリギリ。たぶん、クレアも操縦で精一杯なのだろう。

 トオルは体を浮かせ、腰を持ち上げるとハッチの淵に腰掛けて叫んだ。

「保子莉さん! 聞こえる? これ以上、こっちの高度が上がらないんだ!」

 だが、黒猫からの返事はない。吹きつける風の音で聞こえないのだろうか。かと言って、のんびり説明している暇はない。

「だから、早くこっちへジャンプして!」

 危なく無茶な指示だと、自分でも分かっていた。だが、今はこうするしか方法がないのだ。

「さぁ、早く!」

 左手でもってハッチの淵を掴みながら、もう片方の手で手招く。だが、当の黒猫はその場から動こうとはしなかった。

 ――もしかして、体がすくんで動けないのか?

 この高低差だ。いきなり飛び降りろと言われても、ためらうのが普通だろう。

「迷っている時間はないんだ! だから、怖がらずに飛んで!」

 と、導くように手を差し伸べ

「さぁ、僕を信じ……」

 そこまで言いかけ、言葉を喉に詰まらせた。

「おぬしを信じる? なんでわらわが、そこまでしておぬしに助けられねばならんのじゃ」

 冷たくあしらわれる未来像が脳裏に浮かび、心が折れた。

「僕を……僕を……」

 力なくしぼんでいく声。出したくても、なぜか出てこない言葉。それに合わせ、伸ばしていた腕も萎れた草木のように縮んでいく。

 ――そんな嫌な思いをしてまで、何で僕は助けようとしてるんだ

 同級生だから?

 男だから、女の子を助けるのは当たり前のことだろ。

 何より、人として見過ごせるわけがない。

 頭に浮かぶ人道的な理由。いずれも間違ってはいない。それでも、心のどこかで納得できる明確な理由を求めていた。自身を奮い立たせる確かな動機が欲しかった。

 だが、考えれば考えるほど、彼女の否定する言葉がついてまわる。

 ――それでも……それでも助けなきゃ……

 ありもしない彼女の言動を払拭し、三度みたび顔を上げれば……戸惑うトオルの気持ちを察したかのように、保子莉も不安げな表情でトオルのことを見つめていた。その困惑の色を浮かべる翡翠色の眼に感化され、トオルも疑心暗鬼にとらわれていく。

 僕のことが信じられないのか? 

 どうして? なんで?

 もしかして彼女を安心させられる何かが欠けているのだろうか。しかし、いくら考えても彼女の気持ちが分からなかった。

 ――頼むから……頼むから、言うことをきいてくれ

 と歯がゆく思った矢先、黒猫の足下から一匹の小動物がひょっこりと顔を出した。

 ――なんで、あいつがいるんだ?

 突然、姿を見せたリーンの分身に、怒りが一気に湧き上がった。

 ――もしかして、邪魔しにきたのか

 目障りな疫病神に眉をひそめた瞬間、ポウがムササビのように四肢を広げ、キャッツベル号から飛び降りてきた。そしてひらりとトオルの左肩に着地するなり、邪悪な笑みを浮かべた。

「なにをモタモタしてるのさ? 早く、キミの『生物語いきものがたり』を見せておくれよ」

 ――こいつ!

 怒りまかせにポウを追い払おうとすれば

「ほらほら。ボクよりも、先にやることがあるだろ」

 早くしないと、彼女が死んじゃうよ。と両肩の上をチョロチョロ逃げ回ってあおり立てるポウに、気持ちが荒れた。

「うるさいな! 黙ってろよ!」

 だが、彼女を決断させる決め手の言葉が浮かばないのも事実だった。

「どうしたの? もしかして迷ってるのかな? キミがそんな調子では、彼女も不安がるよ」

 見透かすポウの言葉。悔しいけど、何の反論もできなかった。

「だらしないなぁ。嘘の思い出に振り回されてどうするのさ?」

「うるさい! 横からゴチャゴチャ、勝手なことを言うな!」

「じゃあ、早くしなよ」

 ――そんなこと、言われなくったって分かってるさ

 でも、踏み切れない気持ちが心に引っかかっているのは、なぜなのか?

「どうやら、アガミに改変された記憶が邪魔してるみたいだね」

 しかたないなぁ。と、いきなりポウが顔面に張りついた。

「何すんだ、どけよ! 今は、おまえと遊んでいる場合じゃないんだ!」

 引き剥がそうと、両手でポウを鷲づかみにした瞬間……教室で初めて会ったときの彼女が鮮明に甦った。もちろん、それだけではない。一緒に登下校をし、ご飯を食べ、遊んだり、ふざけたり、泣いたり、笑ったり、怒ったり、悲しんだりする彼女が走馬灯のように蘇っていく。

 ――これは……

 呼び起こされる追懐ついかい。その本物の記憶には、彼女の忌み嫌う態度や言葉など微塵もなかった。アガミから受けた偽りの記憶。その足枷あしかせが消え去った瞬間

 ――保子莉さんを助けなきゃ!

 気づけば、ポウを放り投げ、両手を広げて声を張り上げていた。

「保子莉さん! 僕が受け止めるから、飛んで!」

 今の自分ならば、彼女を受け止める自信があった。……なのに、それでも彼女は実行しようとはしなかった。

 ――そんなにも、僕のことが信用できないのか

 ――どうしたら、信じてくれるんだよ

 このままだとリーンの言うように、本当に彼女は死んでしまうかもしれない。

 要因はともかく、この状況では外部からの攻撃や船の爆発の可能性も否めなくはない。不慮の事故死、もしくは転落死。それによって失う彼女の存在。胸が締め付けられるように苦しかった。その耐えがたく切ない想いに、トオルは初めて自身の気持ちに気づいた。

 ――くそ……。何で、僕はこんな大事なことに気づかなかったんだ

 蘇った正しい記憶を掘り起こせば、自分に対する彼女の気持ちが、溢れるように脳裏をよぎっていく。何気ない態度や言葉。そのひとつひとつすべてが、トオルを思いやってのことだった。そして……

「愛が足りんのじゃ、愛が」

 終業式の帰り道、子猫を助けるために言っていた言葉が唐突に蘇った。

 愛。

 それは命を授かった者にとって、尊くけがれのない言葉だった。分かっていても、男が口にするにはすごく気恥ずかしく、軽々しくそんな言葉を言えるはずがないと思っていた。

 それだけに、拒否されることが怖かった。

 だが、今なら自身を誤魔化すことなく言える。

「保子莉さん、聞いてくれ!」

 彼女の揺れ滲む瞳を見つめながら、深く息を吸って、勇気をふるった。

「君が好きだ!」

 考えなしに、ありのまま叫んだ告白。

 嘘偽りのない言葉。

 その告白に、彼女の瞳がわずかに揺らいだ。

 受け入れられたのか、それとも拒否されるのか。

 曖昧な彼女の態度。それでもトオルはフラれる恐怖を払い捨て、むず痒い感情を押しのけて心から叫んだ。

「僕には君が必要なんだ! 大好きな君を、僕は失いたくないんだ!」

 そして……

「だから、僕を信じてくれ!」

 その声に応えるかのように、一瞬だけ目を見開く彼女。……が、すぐに戸惑いの色を濃くする。

 ――もしかして、ちゃんと聞こえていないのか?

 届かない告白に、心が折れそうになった。

 ――いったい、どうすればこの気持ちを伝えることができるんだ

 拡声器でも使って言わなきゃ伝わらないのか。と悩むトオルだったが、先祖返りしてしまった彼女の姿をみて、別の考えが頭をかすめた。本来、猫というのは警戒心が強い生き物だ。ならば……

 ――僕も猫になれば、きっと分かってくれるはず!

 トオルはすぐに操縦室コックピットへと身を降ろし、操縦しているクレアに訊ねた。

「クレア! 僕のナップザックは?」

「寝室に置いたままですぅ!」

 部屋は分かりますかぁ? と、問うクレアに「分かる!」とだけ答えて、操縦室を飛び出した。

 ――アレを飲んで猫になれば、きっと僕の気持ちを分かってくれるはず!

 全速力で通路を駆け抜け、階下につながる階段を踏まず、ジャンプして一気に下の階へと飛び降りる。着地と同時に痛みが走る足首。それでも気合いを入れて走り続けていると、寝室につながるリビングの前で、ソミィとファズが待っていた。

「ケイニャちゃん、恩人さんが来たよ!」

「急げ、ケイニャ!」

 とピョンピョン跳ねながらリビングに向かって手招きする二人の幼女。同時に奥の寝室からケイニャが飛び出してきた。

「トオルさん。はい、コレ!」

 ケイニャから手渡されたナップザック。肩で息をする様子から、自分の考えを読み、みんなで先回りして荷物を取りにきたのだろう。

「ありがとう、ケイニャ」

 そう言って、その場でナップザックをひっくり返し、中身をぶちまけた。

 ――あった!

 衣類に紛れていた小瓶を見つけるや否や、蓋を開けてアメ玉をバラ撒いた。

 ――これを食べれば……このアメを食べれば

 片っ端から包み紙をむいて口に放り込んだ。その数3つ。これだけ食べれば効果は、すぐに表れるはず。するとトオルの思惑どおり、体に異変が表れていく。だが……

 ――これで、もし保子莉さんに伝わらなかったら、どうしよう

 背が縮み始め、体中に毛が生えていく中で不安を感じていると

「大丈夫です。きっとトオルさんの想いは届きます」

 励ますケイニャの隣で、ソミィも両拳を作ってうんうんと力強く頷いていた。

「そうだよ! だから頑張れよ。恩人さん!」とファズもニッと笑う。

 そして三人の後ろで、ディアもトオルのことをジーッと見つめていた。

「…………」

 たぶん、頷いているんだろう。声を発しなくても、そんな気がした。

「うん、行ってくる!」

 脱皮するようにダボダボになった服を脱ぎ捨てた。そして、みんなの声援を背に受けながら、四本足で元来た通路をダッシュした。

「急いで、トオルさまぁ!」

 コックピットに戻ったと同時に、クレアから船の制御が限界だと知らされた。

 ――もうちょっと。あと、もうちょっとだけ!

 木を登る獣のようにハシゴを駆け上り、ハッチをくぐって外へと躍り出た。不安定に揺らぐ足下。それでもトオルはかまわず、頭上にいる彼女に向かって幼い声を張り上げた。

「心から君を愛してる! だから、僕を信じて飛べ!」

 魂の叫び。フラれるとか、これでダメならとか、そんなことはどうでもよかった。欲しいのは自分に対する彼女の愛だけ。

 すると、それに応えるように黒猫の翡翠色の瞳が濡れた。

 あふれ出る彼女の感情。

 語らずとも理解できた意思。

 もう迷うことはない。

「来いっ! 保子莉!」と力強く両腕を広げてみせた瞬間、黒猫彼女が空へと踏み出した。

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