第六章 破滅の引き金2
3年後……。
15歳の誕生日を迎えた年、アガミは星王宮殿にて社交界デビューを飾ることとなった。
各惑星の要人を招いてのパーティー。演奏される優雅な曲に耳を傾け、贅沢な食事とお酒に舌鼓を打つ紳士淑女たちに、アガミは丁寧に挨拶して回る。
この日のために新調させたドレスと装身具。もちろん高級素材を元に一流の職人が手掛けた仕立て品である。そう、すべてはわたくしのため。わたくしという高貴な存在をさらに引き立たせるための芸術品だ。
「目を見張るような美しさですな」
「同族であることが、誇らしく思えますわ」
「アガミさまの前では、どんな娘たちも霞んでしまうことでしょう」
ある者は嘆賞し、またある者は甘美の眼差しを向けていた。その賞賛を受けながら、そのへんの田舎娘と一緒にしないでほしいものね。とアガミは自身の存在に胸を張っていた。
品格と教養を兼ね備えた15歳。
執事をそそのかして男を知り、少女から女へと成長したシーグレー家の長女。ゆえに一度、美貌を振りまけば、世の男たち……いえ、同性もが自分に振り向き、酔いしれるのだ。
全てにおける主役はわたくし。
その証拠に、同席しているお父さまも客人に対し、得意げになってお話をされているもの。
だがしかし……ひとつだけ気に入らないことがあった。
会場の片隅にいる9歳の義弟。アガミのところに挨拶に来た客人たちが、次に向かったのはノーグァのところだったからだ。
何を話しているのかしら?
グラスを片手にしながら、幼い相手に頭を下げる来賓客。将来の星王と見越しての挨拶なのだろうか、緊張気味のノーグァに対し、にこやかな笑顔を向けていた。
無意味なことを。どんなに媚びたところで、彼は星王にはなれはしないのに。
他の惑星はどうであれ、我が猫族52番惑星での王位継承権において男尊女卑などはない。108代続いた過去の歴史の中で長きに渡って女王が君臨していた時代があるだけに、ノーグァが星王になれる保証などどこにもないのだ。
そんな義弟を取り巻く客人たちを横目で見やっていると……ひとりの青年がアガミに近付いてきた。
「初めまして、アガミさま。この度はこのような席にお招き頂き、ありがとうございます」
キジトラ模様の頭を下げる猫族の青年。その人当たりの良さそうな顔立ちと柔らかい物腰に、アガミの頬も自然と緩くなる。
「どちらさま?」
「申し遅れました。私はレギー・ハーメンという者です」
その名に、アガミはすぐに相手を理解した。猫族37番惑星オーヤンの現星王のご子息。確か……年齢はわたくしよりも10歳年上。ついでに政治や星権に疎い人物だと耳にしている。それらの素性を知った上で、アガミも礼式に則って挨拶を交わした。
「初めまして、ハーメンさま」
相手は惑星オーヤンを統治する一族だ。それだけに、アガミも言葉を慎む。
「今日のような晴れ舞台に、あなた様のような高貴な殿方にお会いできましたことを嬉しく思います」
すると青年は、まんざらでもなさそうに笑った。
「僕の方こそ、あなたのような美しい女性にお会いできて光栄です。特にその耳は類を見ないほど美しい」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
社交界デビュー初日から思ってもみなかった出会いに、アガミが胸を弾ませていると
「どうでしょう。もしよろしければ、お近づきの印に一曲、僕と踊って頂けませんか?」
「ええ、喜んで」とアガミは差し伸べられた手を取り、ハーメンとともにホール中央へと躍り出た。だが、お世辞にも彼のダンスは上手とはいえるものではなかった。女性を気遣うことのできない自分勝手なステップ。比べては何だけれど、ウーヴのリードの方が数倍も紳士的だった。すると、それを知ってか知らずか、彼が言う。
「不思議なことに、あなたとは初めて踊る相手だと思えない」
そして耳元で囁いた。
「僕たち相性が良いのかもしれませんね」
ハーメンの口説き文句に「そうですわね」と微笑むアガミだったが……口と腹は違っていた。
さり気なく相手に合わせる方の身になって欲しいと思っていた。レディへの気遣いや配慮の無さ。それだけに思い上がりも甚だしい。
それでもアガミは華麗なステップを刻んでハーメンに身を委ねる振りをし、最後まで笑顔を絶やすことはなかった。そして曲が終わると、一斉に称賛の拍手がホールに湧き上がった。
「素晴らしい」と声を漏らすゲストたち。
アガミはハーメンとともに会釈しつつ……この人たちの目は節穴かしら。とハーメンの踊りのセンスに気づけないゲストたちを蔑んだ。
「この度はおめでとうございます。義姉さま」
披露宴を終えた深夜。ドレスを脱いで第一妃宮の執務室に戻れば……正装した義妹がソファーに座っていた。
「ありがとう」
アガミは結った髪を解きながら執務椅子に腰掛けると、ペンを握った。
「いつから待っていたの?」
「義姉さまたちのダンスを見届けてから、こちらにきました」
「そう」
義妹が帰星していたことは知っていたけれど……まさか、あの場にいたとは。
「コソコソ隠れてないで、皆さまにご挨拶すれば良かったのに」
「気分がすぐれなかったので、遠慮させて頂きました」
「ふーん」と、アガミは要人たちに送る御礼の手紙を書きながら……しばらく見ないうちに嘘が上手になったようね。本当はその奇形の耳を皆さまに晒したくなかったからでしょ。と、心の中であざ笑った。
「まぁ、良いわ。それで、用件はそれだけかしら?」
「はい。それから、これは私からの贈呈品です」
机の上に差し出された木箱に、アガミはペンを止めた。
「お口に合うかどうか分かりませんが、お祝いの品として持って参りました。お時間のあるときにでも、お召し上がりください」
ペンを置き、木箱の中身を確認すれば、見たことのない缶が並んでいた。
「これは?」
手に取って、見慣れぬ文字と絵柄を眺めていると
「外惑星で製造された猫食缶詰です」
「あぁ。これが噂の……」
ウーヴから聞いていた義妹の仕事。老執事を通して星王から古びた宇宙船を譲り受け、辺境惑星の食料を転売しているとは聞いてはいたけれど……まさか、こんな物で商売していたとは。
「有りがたく頂くとするわ」
修学終了と同時に起業し、自立した義妹。執事の協力を得て成功を納めたとはいえ、その業績はアガミを羨ますには充分だった。
「その様子からして、仕事の方は順調のようね」
「はい。おかげさまで従業員に恵まれ、軌道に乗ることができました」
謙遜を交えた返答。なるほど。義妹は義妹なりに、成長しているみたいだけれども……所詮、あなたは日陰者の身。精々、頑張ると良いわ。
「そう。まぁ、何か困ったことがあれば、いつでも相談に乗るわ」
「その時は、お願いします」と頭を下げるホズリ。その大人びた態度に、アガミの心がささくれ立った。
その態度が生意気なのよ。みすぼらしい耳を持つ義妹の分際で、へりくだることもなく……かと言って、甘えることすらもしない。揺るがないその精神が気に入らず、何よりも許せなかった。アガミの中で微かに灯った苛立ちは次第に膨らみ、知らず知らず憎悪へと変化していく。
「義姉さまも疲れているでしょうから、私はこれで失礼します」
辞去しようとする義妹に「お待ちなさい」とアガミは呼び止めた。このまま返すのもつまらないし、何よりも義妹をやり込めたい気持ちが優っていた。
「何でしょうか?」と足を止めて振り返るホズリに、アガミは微笑んだ。
「昔、ノーグァにプレゼントした鳥の折り物……わたくしにも作ってくれないかしら?」
不意に口から出た言葉。もちろん、考えがあってのことだった。普通ならばノーグァに対する仕打ちを根に持ち、作ることはしないはず。それゆえ、どうやってこの依頼を断るのかしら。と、ほくそ笑んでいると
「分かりました。義姉さまのために折りましょう」
紙をください。と快く引き受けるホズリに、アガミは驚きながらも引き出しから一枚の白い紙を差し出した。ホズリは人差し指の爪を伸ばすと紙を正方形に整え、手際よく紙を折っていく。
「この折り鶴には、平和祈願など様々な意味があるそうです」
器用に指先を動かしながらの講釈に、アガミは上の空で相槌を打っていた。嫌な顔ひとつ浮かべず、自分の願いをすんなりと聞き入れた義妹に対し、アガミは強い妬みを感じていた。自身には到底、真似のできない度量。私に対して恨みを抱いていないのか、それとも眼中にないのか。もし、そうだとすれば……決して軽視できることはできない。
疑心を抱く義姉の前で作られていくオリヅルは次第に形を整え、そして最後の仕上げに息が吹きこまれた。
「どうぞ」と、アガミは差し出されたオリヅルを手に取った。繊細かつ美しい造形物は、今にも風に舞って羽ばたきそうだった。
「ふーん……良くできてるわね」
同時にオリヅルの件で床に這わされた屈辱がアガミの脳裏に蘇り……オリヅルをグシャリと握り潰した。
「でも、やっぱり大したものではないわね」
義妹に目を向ければ……予想通り、目を見開いて潰れたオリヅルを見つめていた。
さあ、どうする? お得意の合気道とやらで、わたくしに歯向かってくるのかしら? 言っておくけれど、以前とは違い、わたくしもあれから武道を身につけてきたから、同じようにはならないわよ。と、構えるアガミだったが
「普通の紙では、お気に召しませんでしたか?」
残念そうに笑う義妹に、紙屑となったオリヅルを放り返した。
「当たり前でしょ。こんなありきたりの紙で、わたくしが満足すると思って?」
「そうですね」とオリヅルをほぐし、紙を折りたたむホズリ。
「分かりました。では、今度は折り紙を持参してきましょう」
笑顔を崩すことなく、会釈をして部屋を出ていく義妹に、アガミは満足げに目を細めた。
「ふふ。いい気味」
きっと今頃、廊下を歩きながら泣いているに違いない。……いえ、もしかしたら怒っているかしら。と、ひとり哄笑するアガミだった。
数ヶ月後。
官僚たちが集う定例会議を終え、ウーヴとともに執務室に戻ってみると、獣人召使いのロナが木箱を持ってきた。
「アガミさま。先ほど、ホズリさまがいらっしゃいまして、これを預かっております」
「ホズリが?」
いったい何かしら? と、差し出された木箱の蓋を開けてみれば、真っ白なオリヅルと色彩豊かな色紙……そして他言語で書かれた本が入っていた。
「小癪なまねをするわね」と、アガミはイラスト入りの折紙の本を机に放った。
性懲りもなく、こんな物を寄こすなんて。よほど、この間のことが堪えたのか……それとも、わたくしに対しての当てこすりなのか?
「ロナ。ホズリはいつ、これを届けにきたの?」
義妹の本意を確かめたく、召使いに訊ねてみれば
「三時間ほど前です」
ロナの返答に、アガミは眉根をしかめた。丁度、会食をかねた定例会議を始めた時間だからだ。
「今、ホズリはどこにいるのかしら?」
「すみません。存じ上げておりません」
頭を下げる獣人召使いに、アガミは折紙の本を投げつけた。
「なんで分からないのよ! 言伝とかは受けてないの!」
「申し訳ございません。ホズリさまからは、これを渡すようにしか、仰せつかっておりませんので」
まったく、使えないったらありゃしない。と、苦々しく親指の爪を噛むアガミに、ウーヴが申し出る。
「アガミさま。私がホズリさまの所在を確認してきます」
「お願いするわ」
首に縄を付けてでも連れてくるよう命令するアガミだったが
「すでに出航したようです。一応、私の方から同行している匠に、立ち寄った際には第一妃宮へ来られるよう、打診しておきました」
結論を先延ばしされたウーヴの報告に、淀んだ感情がアガミの胸に溜まっていく。義妹を直接呼び出して問い詰めたかった。しかし、それではやり込めたい義妹に対し、気持ちを晴らすことはできないだろう。
「そうなると、次の帰星はノーグァの誕生日の時かしら」
今回のオリヅルの件。返答次第では、ただでは済まなくってよ。とアガミは窓辺から夕空を見上げ、瞳に冷たい炎を宿した。
翌年。
アガミの意に反し、ノーグァの誕生日に帰星したホズリは仕事上の理由により、第一妃宮に訪れることはなかった。
ウーヴに調べさせた寄港状況を聞けば、一時間も満たない滞在記録が審査ゲートに残っていたと言う。
「煙に巻かれた気分で、不愉快極まりないわね」
蔑ろにされ、アガミの中で苛立ちが募る。だが、公務に追われていたアガミは義妹にかまっている余裕などなく、次第にホズリのことなど忘れていった。
そして1年が過ぎた頃。
何の面識もないクレハ星人が、アガミの前に現れたのだ。
リーン・プロットから聞かされたホズリの身辺状況に、忘れかけていたアガミの焦燥感が再燃した。
わたくしが公務に時間を費やしている中、呑気にレースなどに参加して遊び呆けている義妹。許せない。どうにかして陥れてやりたいと思っていると、リーンから妙案を持ちかけられ、敷常トオルに興味が湧いたのだ。
「何でもしますから、保子莉さんに会わせてください」
お願いします! と、カーペットに頭を擦りつけて懇願するトオルに、アガミは焦らすように言う。
「さて、どうしましょう」
応じることは容易いけれども、それではわたくしの気が済まないし、何よりつまらない。では、どうすれば良いのか。義妹を絶望の淵に立たせた上で、トオルを自分の手の内に収める最良の方法を考えた。
「まったく……内も外も陰気臭いわね」
灰色に染まる空から落ちてくる雨が窓を叩いていた。アガミはその雨粒をしばらく眺めた末
「いいでしょう。あなたのその態度に免じて、ホズリを呼んであげる」
「本当ですか?」と顔を上げるトオルに、アガミは「嘘を言ったところで何も始まらないでしょ」と笑って見せた。そして九斗を呼んでくるよう獣人召使いに使いを走らせた。
「良かった……」と肩の荷を降ろして安堵するトオル。その様子を見やりながらアガミはほくそ笑み、ウーヴを側に寄せて耳打ちした。
「例の物を使って、もう一度、彼の記憶に細工なさい」
「どのように、いたしましょうか?」
「そうね……。記憶を元に戻した上で、ホズリとの思い出全てをわたくしと差し替えて頂戴。もちろん、わたくしを求め狂うほど強烈な印象でね」
できるわよね? と念を押すアガミに、ウーヴが頷く。
「少々の時間を頂ければ可能です」
「九斗たちが来るまで時間がないのだから、そんなに待てなくてよ」
「お任せください」
別室にて作業をして参ります。と、頭を下げて足早に執務室を出ていくウーヴ。その背中を見送りながらアガミは胸の内で哄笑した。
ホズリの目の前でトオルを魅惑し、義妹を絶望のどん底へと叩き落とすことができるのだから、これほど愉快なことはない。
長きに渡る悪縁も、これで決着がつく。
果たして、あの子はどんな顔をして泣くのかしら?
もしかしたら怒り狂って、わたくしに襲ってくるかもしれない。
どちらにしても冷静ではいられないでしょうけど。
取り乱すホズリの姿を想像しただけでもゾクゾクするわ。
もう居ても立ってもいられない。とアガミは湧き上がる高揚を必死でこらえ続けた。
「九斗さまとホズリさまが、おいでになられました」
ウーヴが扉を開けて、二人の入室を促した途端、アガミの心は踊り、その一方でトオルも腰を浮かせていた。
「なんだよ。また、トオルにいちゃんがいるのかよ」
いつにも増して不満顔でトオルを見下す九斗。それに連なり、冴えない黒猫ホズリの眉間に皺が寄る。
「何しに来たんだよ?」
「保子莉さんと話がしたくって来たんだ」
するとトオルに保子莉を奪われまいとばかりに、九斗が首紐でもって黒猫を引き寄せる。
「保子莉おねえちゃんは渡さないよ」
「お前にそんな権限はない。それから保子莉さんに対して、そういう扱いはやめろ!」
「うるさいな! 保子莉おねえちゃんはオレのだから、何をしようと勝手だろ!」
声を荒げて睨み合う同じ顔。人道的に相手を嗜めるトオルと、自己主張を貫き通す九斗。その諍いを見やりながら、なんて楽しい光景かしら。と喜悦するアガミ。ひとりの女を巡って、言い争う男が二人。その醜い人間模様がアガミの心を絶頂へと押し上げる。
そして頃合いを見計らって、両者の間に立ち入った。
「九斗、その辺にしなさい。それからトオルさん。あなた、先ほど、何でもすると言っていたわね?」
「二言はないさ」
揺るがないトオルの態度。義妹を垣間見れば、不安な表情をして彼の背中を見つめている。
「そう」
アガミは高ぶる気持ちを抑え、ソファーに腰掛けて微笑んだ。
「男らしくて素敵ね」
愚かね。これから何がおこなわれるかも知らないくせに。気付いた時には後の祭り。その取り返しのつかない人間関係が義妹の心を砕くのだ。それを想像しただけで体の芯が疼いてしょうがない。
「では、約束どおり、わたくしに従ってもらうわ。ウーヴ、やって頂戴」
「かしこまりました」と背後に立つウーヴが応える。
さて、ホズリ。あなたの愛する男がわたくしに溺れていく様を、ちゃんと目に焼き付けておくのよ。とアガミが勝ち誇った瞬間……トオルとホズリや九斗、そして召使いまでもが驚きの表情を見せた。
「どうかしたの?」
周りの視線に釣られて振り返れば……トランスフォームした拳銃型端末の銃口が眼前にあった。
「ウーヴ?」
予期しなかった執事の行動に、アガミが我が目を疑っていると
「あなたの人生を灰にさせてもらいます」
冷酷な眼を向けたまま、ウーヴはアガミの額に端末銃を押し付けた。





