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第六章 破滅の引き金1

「流石のわたくしも、あなたの行動には驚いたわ」

 机の向こう側から睨むトオルに、アガミは怯むことなく飄々(ひょうひょう)と言ってのけた。

 何者かの手引きで逃走を計ったシキジョウトオル。それが今、こうして自分の目の前に戻ってきたのだから、驚かないほうがどうかしていると言っていいだろう。

 だが、夜明けとともに第一妃宮の門前に現れたのは彼だけではなかった。

「それで、お姫さま。いくらであの二人を譲ってくれるのかしら?」

 下人引き取り交渉のために門の前に張り付いていた赤髪獣人が、トオルの入殿許可に合わせて押し入ってきたのだ。許可した覚えのない訪問客に、アガミはあからさまに不快な表情をしてみせた。

「ウーヴ。あなた、いったい何をしていたの?」

 トキンが背負う皮袋を見やりながら、アガミは黒髭の執事を睨みつけた。

「申し訳ございません」

 誰よりも先に入室してきたトキン。大方、召使いや警備の制止を振り切ってきたのだろう。そんな身勝手な相手に、アガミは呆れつつも冷静な対応をしてみせた。

「ひとり1億。合わせて2億ケピロンよ」

 莫大な提示額にトキンが言葉を失っていた。無理もない。普通に考えて、一個人が用意できる額面ではないのだから。

「あら。急に元気がなくなったけど、どうかして?」

 消沈するトキンを見て、アガミはクスッと笑った。

「その膨れ上がった袋の中に、いかほどのお金を詰めてきたのかしら? 500万ケピロン? いえ、1000万ほどかしら?」

「……3040万よ」

 悔しそうな表情をするトキンに対し、アガミは両手を合わせて喜悦した。

「あらあら、それは凄いわね。一晩でそれだけの大金を揃えてきたからには、さぞかし大変な苦労があったのでしょう」

 中古のくたびれたライドバンが辛うじて買える金額だけに、価値ある財産を手放したか、賭けの類で大当りでもしなければ用意できる額ではない。

「でも、おあいにくさま。残念だけど、その値段では譲れないわ」

 所詮は地位も名誉も無い一介の宇宙人。次期星王となるわたくしと肩を並べること自体、大間違いなのだ。

「そう言うことですので、お引き取り願います」

 商談の余地を残さず退室を促すウーヴに、トキンが歯噛みし……そして笑った。

「しょうがないなー。また出直すとするわ」

「期待して待ってるわ」

 もっとも星王就任後は、近寄ることすら許されないでしょうけど。

「あ、そうそう。祝意しゅくい代わりに忠告しておくけど、星民に愛想をつかされないよう頑張ってねえ」

 獣人召使いに見送られ、手を振って執務室を出ていくトキン。苦し紛れからくる負け惜しみか。それとも単なる当てつけなのか。どちらにしても、アガミにとってはしゃくに触る言葉だった。

「アガミさま、どうかされましたか?」

 案ずるウーヴの声に、アガミは「何でもないわ」と気を取り直した。

「さて、トオルさん。今度はあなたの番よ」

 棒立ちのトオルを見やりながら、アガミはソファに移動し、腰を下ろして足を組んだ。

「どうしたの? 座らないの?」

 お茶を出そうとする召使いも、タイミングが計れず困った表情でトオルを見ていた。

「ここで良い」

「見下ろすその態度。……礼儀がなっていないわね」

 これだから、立場の分からない下等種族は嫌いなのだ。

「まぁ、いいわ。それで、このわたくしに何の用?」

 と用意されたお茶に口を付ければ

「保子莉さんとの面会を希望したい」

 トオルの申し出に、アガミは思わず吹き出してしまった。予想はしていたけど……まさか、こんなにもストレートに言ってくるとは思わなかったからだ。

「そんなに、ホズリに会いたいの?」

「会いたいからこそ、こうして、ここに来たんだ」

「そう。でも、残念ね。昨夜の内ならともかく、今はそんな気分ではないわ」

 逃亡されて気分が削がれた以上、あなたを許すわけにはいかないのだから、それなりの罰を受けてもらわないと。

「そ、そう言われても……」

 そうそう。そうやって困った顔をして、わたくしを喜ばせなさい。わたくしの気分を晴らしなさい。そして最後に泣きながら乞いなさい。そうすれば考えてあげないこともないのだから。

 だが、トオルの行動はアガミの予想を裏切った。

「そこを何とか、お願いします」

 靴を脱いで正座をし、頭を床に押し付けたのだ。いわゆる土下座だ。その日本特有の礼儀作法に、アガミは面食らった。

「な、何のつもりかしら?」

「どうか、保子莉さんと会わせてください」

 顔を上げずに要求を繰り返すトオルに、アガミの表情がみるみる内に険しいものになっていく。虫唾の走る懇願。その姿にアガミの中に刻まれた過去が蘇った。



 5年前……。

「どうして、これが理解できないの?」

 12歳の誕生日を迎えたその年。アガミはノーグァの部屋で勉強を教えていた。

「まだ6さいだもん。こんなむずかしいがくじゅつ、ぼく、わかんないよ」

 茶虎模様の髪をクシャクシャと掻き上げる義弟に、アガミは腕組みを組んで言う。

「これは学術じゃなくって、君主論よ。って、先生から習わなかったの?」

 厳しく詰め寄るアガミに、ノーグァが小さくビクついた。

「まだ……ならってない」

 12歳のアガミでさえ君主論の勉強を始めたばかりなのだから、習っていないのは当然のことだった。だが……

「まったく、呑気なものね。あなたの先生は」

 と、先ほど部屋から追い出したばかりの教育係を非難するアガミ。

「だったら、今日から覚えなさい」

 早いうちに学んでおいて損はないのだ。シーグレー家唯一の男子ノーグァ。一族のため、そして何より星民のためにも教養は欠かせないのだから。


「この星の繁栄のためにも、ノーグァの力になっておくれ」

 12歳を祝う披露宴の席での星王に、アガミは頷いた。小さな使命感と役目。父の期待に応えれば、さらなる寵愛ちょうあいを受けることができると信じていた。

 では、どうすれば良いのか?

 わたくしが出来ることはなんなのか?

 考えた末、ノーグァを教育することが一番の近道だったのだ。

「これって、なんて読むの?」

 初代星王より受け継がれてきた君主論の書物に記された単語をなぞって困惑している6歳児に、アガミは眉根を寄せた。

威徳いとくも知らないんですの?」

 アガミが厳しい表情で蔑むと、またもノーグァが萎縮する。

 もう。なんなの、この子は? こんな調子ではお父さまの期待にそえられないじゃない!

 星王ちちうえに認められたい。だが、当の相手はまだ子供。それゆえアガミは早る気持ちをグッと堪えた。

「いとくってなに?」

 教えてあげるのは簡単だけれど、それではノーグァのためにはならないし、何より知識として身につかない。

「自分で調べるのも勉強よ」

 辞書を手渡し、あえて突き放す義姉に、ノーグァは不満を漏らすこともなく単語の意味を調べ始めた。その愚直な取り組みにアガミは「そうそう。いい子ね」とほくそ笑んだ。

 義弟思いの良き姉として、また星王の娘として、誰しもが賞賛することであろう。と、アガミは自身の振る舞いに自信を持っていた。


 そんなある日こと。

 いつものように勉強を教えようと、義弟の部屋を訪れたときだった。

「みてみて、アガミおねえさま」

 満面な笑みを浮かべて大小の紙細工を両手で差し出すノーグァ。その赤と黄色で折られた美しい造形物に、アガミも興味を示した。

「何ですの、コレ?」

「えーとねぇ、ツルって鳥を真似て作ったオリヅルっていうんだって」

 聞いたこともない動物と加工技術に、アガミは訝しんだ。

「オリヅル?」

「うん。これをプレゼントしてくれたホズリおねえちゃんが、そういってた」

「ホズリが?」

 宮殿を離れ、学校の寄宿舎に住まう義妹の存在に、アガミは片眉を吊り上げた。

「わたくしのところには、来ませんでしたけど?」

 聞けば、弟の7歳の誕生日を祝うため先日、ノーグァのもとに訪れたらしい。

「でね。このオリヅルって、チキュウの伝統的な技法なんだって」

 初めて耳にする惑星名に首を傾げた。そういえば学校の休みを利用して、専属の老執事と共に惑星旅行をしているとウーヴから聞いてはいたけど。

「その星に行ったときに、ホズリおねえちゃんがコレを作ったんだって」

 この大きいオリヅルはホズリおねえさまで、コッチの小さいのがボクなんだよ。と嬉しそうに瞳を輝かせるノーグァ。自分には見せたこともない笑顔。義弟の心が自分に向けられていない小さな裏切りを知った瞬間、アガミの中で淀んだ何かが弾けた。

「あっ!」

 気づけば、折り鶴を払い退け、スカートをまくった足で踏み潰していた。

「ホズリおねえちゃんがくれた宝物なのに……」

 折紙を拾い上げてグズる義弟に、アガミの心に魔が差し込んだ。

「ふん。そんなのただの紙屑じゃない。そんなことより、早くお勉強をするわよ」

 微かに震える自身の声音。取り返しのつかない過ちからなのか。それとも苛立ちからくるものなのか。自分でも良く分からないでいると

「……イヤだ」

 今日まで一度たりとも反発したことのなかった義弟。その涙ながらの反抗的な態度に、怒りが込みあがった。

「こんな物があるから、勉強に集中できなくなるのよ!」

 潰れた紙細工を奪い取り、ノーグァの目の前でちぎり捨てた。こうでもしなければ、事が済まないし、何より自分の気が収まらないからだ。

「シーグーレー家の男子たる者、こんなくだらないことで泣いてどうするんですの? そんなことでは、この星の民を守っていけないわよ」

 義姉が唱えた道理に、大声で泣き出したい衝動をグッと堪えるノーグァ。

「ごめんなさい」

 頬をヒクつかせ、自身の置かれた立場を納得しようと両手で涙を拭う義弟の姿に、アガミはなんともいえぬ優越感を抱いた。

「素直な子は好きよ」

 鼻をすすりあげるノーグァの頭を優しく撫でてあげた。この調子で、今後も逆らうこともなく、わたくしの言うことだけを聞いていればいいのだ。

「それと今日のことを誰かに話したら、絶交よ。いい?」

 不意に思いついた口止め。大人ばかりの宮殿内で、歳の近い子供はわたくしとノーグァだけ。そんな中で、もし絶交をすれば口も聞いてもらえなくなることはノーグァも分かっているのだ。案の定、ノーグァは困った顔で渋々承知する。

「うん。……わかった」

 従順な義弟に、アガミは満足した。心無い仕打ちとなってしまった今回の一件だったけど、これだけ釘を刺しておけば星王の耳に入ることはないだろうし、今後も安泰な関係を築いていけるだろう。

「いい子ね。じゃあ、今日も頑張って勉強いたしましょう」

 と、アガミは優しく微笑んだ。……が、その目論見はすぐに外れた。

 なぜなら半年も経たないうちに身内にバレたからだ。


「ノーグァのことで、義姉ねえさまにお話があります」

 本来ならば、学校の寄宿舎で過ごしているはずのホズリ。それなのに、なぜか予告なしに第一妃宮に訪れたのだ。

 日頃より、人知れず星王が気にかけていた2つ歳下の義妹いもうと。口に出さぬとも、そうであることを子供の感性で読み取っていたアガミ。それゆえホズリの存在は、父親からの愛情を妨げる障壁とさえ感じていた。

「ノーグァに勉強を教えているみたいですね」

 いったい誰から聞いたのだろう。もしかしてノーグァの教育係から、義妹の執事に伝わったのだろうか?

「そうよ。それがどうかして?」

「そのことですけど、少し厳しすぎるのではないですか?」

 義妹の意見に、アガミは訝しげに眉根を寄せた。本来ならば、実姉のあなたが面倒を見るべき役目。それをわたくしが代わりに教育してあげているのだから、感謝されてもおかしくないはず。なのに、どうして突っかかってくるのかしら。

「将来をになう義弟のためなのだから、少しくらい厳しくなるのは当たり前でしょ」

「義姉さまのおっしゃることは、もっともだと思います」

 そうでしょ。いつだって、わたくしのやっていることに間違いはないのだもの。すると不意にホズリの目の色が変わった。

「でも、だからと言って、私があげた誕生祝いを壊す理由にはならないと思います」

「さぁ、何のことかしら?」と、トボけてみせるアガミ。何しろノーグァ自らが喋らない以上、誰一人あの時のことを知りはしないのだから。

「いったいどこの誰が、そんなデタラメを吹聴したのかしら」

「先日、執事から聞かされ、ノーグァに問いただしたところ、義姉さまに壊されたことを泣きながら話されました」

 突き刺すような翡翠色の瞳に、アガミはトボけることをやめた。

「だって、勉強に集中しないんだもの。壊されて当然でしょ」

 開き直った途端、ホズリの黒い尾が固まった。もっとも、わたくしの部屋に乗り込んできてから敵意むき出しだったから、いまさら動じるほどのこともないのだけども。

「また作ってあげればいいじゃない」

「そういう問題ではありません!」

 怒り任せにテーブルを叩くホズリに、アガミは愉快に笑い……そして睨み返した。

「簡単に壊れる紙細工だもの。その程度の問題よ」

 これ以上、義弟のことでゴチャゴチャと口出しされたくなかった。

「問題はどうであれ、とりあえずノーグァに謝ってください」

「何でわたくしが、あの子に謝らなくっちゃならないの」

 あの件は、もう終わったことなのだから。と、たたみ掛けた途端、ホズリが睥睨へいげいする。

 なに、やる気? とアガミも睨み返す。

 幼少の頃、一度だけしたことのある大喧嘩。もちろん体の大きいアガミの勝ちであり、今もその体格差は変わりはない。当然、負けるわけがないと踏んでいると……ホズリがソファーから腰を浮かせた。その挙動にアガミが身構えた瞬間、ホズリが床に触れ伏した。

「お願いです。ノーグァに謝ってください」

「何度言われようと、あなたの指示は受けないわ。そもそも、その無様な格好は何なの?」

 聞けば、チキュウにおけるニッポン流の直訴スタイルとのことだった。

「ふーん。面白い習わしね」

 みっともない耳を持つあなたにピッタリじゃない。と義妹を見下した瞬間、目の前の黒い尻尾が逆立った。

 よほど悔しかったのか、突如、牙をむいて飛びかかってくる義妹。だけど所詮は未成熟な子猫。出会い頭に平手のひとつでも打って怖気させれば、有無を言わさずわたくしの勝ち。もちろん幼少期の頃のように手加減などするつもりは毛頭もないし、二度と姉に歯向かえないように叩き込んであげるわ。と、ホズリの頬めがけて手を振り下ろした刹那……なぜか、わたくしの方が床に伏せられていた。

「くっ!」

 いったい何が起きたのか分からず……気づけば、髪を振り乱して義妹に襲いかかっていた。

 許せない。奇形な猫耳を持つ分際で、姉に楯突く行為が許せなかった。頭に血がのぼった勢いでもって、ホズリ目掛けて両爪を突き出した。……が、寸前のところで腕と共に体全体が持っていかれ、またもや天地がひっくり返った。

「爪を引いてください、義姉ねえさま」

 冷静に諭す義妹の言葉に、怒りで喉が鳴った。このまま終わってなるものですか。だが起き上がろうにも、うつ伏せ状態で首根っこを押さえられては身動みじろぐことすら許されなかった。

「わたくしは……謝らない。……絶対に謝らないわよ」

 自身の行いが間違っていない以上、負けを認めるわけにはいかないのだ。だが、気持ちとは裏腹に猫の本能を持つ体は正直に爪を収めていく。

「どうやら、これ以上の説得は無駄みたいですね。……分かりました。もう、義姉さまにはお願いいたしません」

 ホズリはそう言って関節技を解き外した。

「今後はノーグァを泣かせるようなことをしないでください」

 話はそれだけです。と、そう言い残し、部屋を出ていくホズリ。その背中を見やりながら、アガミは下唇を噛んだ。

「わたくしの方こそ……願い下げよ」

 渦を巻く憎悪と屈辱が止めどめもなく湧き出てきた。

「絶対に……絶対に許さない」

 たかだか10歳の義妹相手に腕力で負かされ、姉としてのプライドをズタズタにされたのだから、怒りが収まるはずはない。


「それは地球という星における合気道かと思われます」

 のちにウーヴから聞かされた武術。どうやら義妹に仕える老執事の手ほどきにより、そのような技を体得したのだろう。

「くだらないわね。そんなことを身につけて何の得になるのかしら?」

 ノーグァのような男子ならいざ知らず、女性は慎ましくあるべきだと常々考えていたアガミにとって、義妹のやっていることは時間の無駄だと思った。

「ふん。精々、そのアイキドウとやらを頑張ればいいわ」

 ノーグァに関わることなく、ホズリなど放っておけばいいのだ。と、アガミは気持ちを切り替えることに努め……代わりにも知れぬ野心を胸の内に宿らせる。

「次期星王の座は、わたくしが頂くわ」

 星王としての権限を獲れば、あの子も逆らえなくなるでしょう。

「目にもの見せてあげるわ」

 瞳に燃えるような野望を灯したその日以来、アガミは義弟と口をきくことをやめた。

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