第五章 クレハ・パレード4
『おい、若大将のお帰りだ! 全員、持ち場につけ!』
その艦内放送を合図に、クロウディア号のセカンドシップ内が慌ただしくなった
解放された格納庫のハッチ。その向こう側を覗く宇宙空間から一機の人の形をした大型ロボットが泳いでくる。勝手の効かない無重力空間。その中を誘導ビームを使わず、推進スラスターだけで格納庫へ着艦する人型機動兵器に艦内クルーたちが緊張した。
「よし、ハッチを閉じろ!」「アンカー固定作業始め!」「酸素供給、急げよ! 忠告しておくが、ドサクサに紛れて屁をぶっこいたヤツは、ケツの皮をひっ剥がして宇宙に放り出すからな!」
忙しなく飛び交う作業号令と注意事項。蜂の巣を突っついたような大騒ぎの末、わずか数秒で格納庫内に酸素が満たされた。
『若大将! 酸素濃度、グリーンになりやした!』
同時に人型機動兵器の胸部が開き、奥のコックピットからアイマスクを付けた男が現れた。
「若大将はよせと、何度言ったら分かるのだ」
ロック・フェイサーが不機嫌にボヤいていると、アロが無重力の中を泳いできて、コックピットに張り付いた。
「若大将。試運転の具合はどうだったYO?」
「問題ない。だが、もう少しスラスターの出力制御に遊びを持たせてくれると助かる」
「ゼロ速度で反応するのはキライですKA?」
「私の好みではないな」
「でも、わざわざタイムラグを発生させると、扱い辛くなるけDO、それでも良いですKA?」
「反応が早い分には越したことはないが……ちょっとした操作で、いちいち急制動されてはパイロットの身が持たんのだよ」
ムチウチになる前に、巧いこと調整してくれ。と、肩を揉みほぐすロック。そんな若大将を見やりながら、アロは端末診断器をコックピットパネルへと接続させる。
「いっそのこと機械の体か、強靭な体に変えてみてはどうYO?」
「面白い意見だな。考えておくとしよう」
じゃあ、あとは頼んだ。と、ロックはアロの肩を叩いてコックピットを離れた。
「義体や機械の体になんかにしちまったら、それこそトオルから白い目で見られちまう」
それだけはゴメンだ。と、苦笑いしながら脱いだヘルメットを後頭部へ押し下げる長二郎。そしてキャットウォークの手すりに掴まると、民族衣装のワンピースを着た幼女が両手を広げて彼を出迎えた。
「おかえりなさい。チョージロー」
「ただいま。エテルカ」
長二郎はそう応えると、幼女を抱き寄せて頬にキスをした。
「人型機動兵器の試運転はどうだったのですか?」
「アロのおかげで、至って順調だ」
ライドアームズの操縦席で調整作業を進めるアロを見下ろし、長二郎は満足気な笑みを浮かべた。
「これでまた、俺の夢がひとつ叶う」
「機械の体には、しないんですか?」
どうやらアロとの会話を聞いていたらしい。
「冗談はよしてくれ。第一、エテルカだって、俺が機械の体になんかなったらヤダろ?」
「親友に嫌われたくないからの間違いでは?」
「今日はいつになく、意地悪だな。それともヤキモチか?」
と、長二郎は人差し指でもって幼女の柔らかい頬をプニプニと突っついた。
「また、そうやって話をはぐらかす」
だが、エテルカは知っていた。
一見、自分のやりたいことだけを考え、いい加減な態度で振る舞う数々の言動。しかし本質は、困っている者に対し、力を貸すことを惜しまない仲間思いの性格の持ち主なのだ。妹を助けようとする親友を心配し、またピンチを救ってきた長二郎。エテルカはそんな彼が大好きだった。
「まぁ、良いです。その代わり、今日は存分に甘えさせて頂きますからね」
わずかに頬を染めて期待の目を向けるエテルカに、長二郎がアイマスクを外した。
「任せろ。今日はたっぷり時間をかけてサービスしてやっから」
と、スケベ顔でエテルカを抱き上げた時、気分を台無しにする艦内アナウンスが響き渡った。
『若大将。大至急、艦橋まで来てくれやすか?』
「チッ。なんて、タイミングの悪いツノデメキンだ」
少しは空気を読めよ。と恨めしそうに天井を見上げる長二郎だったが
「これも艦長としての務めゆえ、仕方のないことです」
そう言って幼女は長二郎から離れると、床を蹴って通路を泳ぎ始めた。
「ほら。チョージロー、急ぎましょう」
「くそ。これでくだらねぇ相談だったら、ツノデメキンのヤツを水責めにしてやる」
と、悪態をつきながら長二郎はアイマスクを付け直し、エテルカと共に艦橋へと上がった。
「いったい何事だ?」
腰の銃に手を添え、不機嫌に尋ねるロック・フェイサーに対し、ツノデメキンが「遅いっすよ」と口をパクつかせた。
「バヤンテの団長から、若大将あてに緊急入電でっさ」
「ヤツから、緊急入電だと?」
さては惑星ナァーにいるトオルの存在を知り、ゾンビ病の嘘がバレたのか? もしそうだとすれば、貰った謝礼金の返金はもちろん、場合によってはバヤンテ団と一戦交える可能性もでてくるだろう。が……
「いや、ちょっと待てよ。もし、そうなったら……ライドアームズの力を試せるかも」
人型機動兵器の初陣。正直、負ける気はしねぇ。と、ひとりでほくそ笑んでいると
「若大将。ニヤケてねぇで、早く応答に出てくだせぇよ。ウシのヤツが『まだゾ、まだゾ?』って、うっせぇんすから」
ウンザリ顔のツノデメキンに、ロックが漆黒のマントを翻した。
「良いだろう。回線を繋いでくれ」
「了解しやした」とツノデメキンがバヤンテ団との通信回線を開く。同時に、大型スクリーンに片ツノを失った水牛男が……なぜか物陰に隠れてコソコソしていた。
「やぁ、久しぶりだな。団長」
『お、おぅ。その節は世話になったザな』
周囲を気にしながら小声で囁く水牛男に、ロックは友を向かえるような笑みを放った。
「団長自らの頼みだ。協力しないわけがない。それで今日はどうしたのだ? 見たところ、周りに乗組員がいないようだが……もしかして、かくれんぼの真っ最中かな?」
『ガキの遊びなら笑えるが、こちとら命がかかってんザぞ』
水牛男の顔に浮かぶ怯えの色に、ロックは訝しんだ。
「命? もしかして誰かに狙われているのか?」
『あぁ。航行中の旅客船を狙ったら、しくじっちまって、このザマざ』
「ふむ。良く分からんが……察するに銀河パトロールに追われている。といったところかな?」
すると水牛男がモニターに張り付いた。
『俺を見くびるなゾ。連中相手ならば、とっくに返り討ちにしてやってるザぞ! 俺が言ってんのは……』
聞けば、いつものように旅客船を襲ったのは良いが、どうやらその乗客の中にヤバい相手が乗船していたらしい。
『それも剣を持った非獣人の大男ザぞ。ナメてた俺もマヌケだが、それを差し引いてもアイツの腕はヤバすぎザぞ』
ここまで団長を追い詰めるとは、なかなかの手練れと見るべきか?
「なるほど。そちらの状況は理解できた。それで、この私にどうしろと?」
ここらで、もうひとつ貸しを作っておいて損はなさそうだ。ただ、気になるのは大男の存在だ。そんな相手と戦って、果たして勝算があるのかどうか。
『拙者との真剣勝負を放棄して、誰と喋っている?』
いきなり湧いた第三者の台詞と共に、鋭利な刃先が水牛男の首元へヌラリと伸びた。その見覚えのある剣の形状に、ロックの目つきが鋭く光った。
「もしかして、そこにいるのは再生体か?」
『ん? その声……まさか』
水牛男を脇に押し退け、モニタを覗き込む大男。そしてロック・フェイサーを見るなり、眉根をひそめた。
『貴様、何者だ?』
「おいおい。まさか、俺を忘れたわけじゃないよな」
そう言って、長二郎はアイマスクを外し、再生体に素顔を晒した。
『おぉ! 兄者の親友『愛の傭兵』殿ではないか!』
「そうだ。ついでにその二つ名は忘れてくれ」
語呂がカッコ悪すぎる上に、歯切れが悪いのだ。
『では、何と呼べば良い?』
「ロックだ。ロック・フェイサーと呼んでくれ」
『ロック殿か……。了承した。これからは、そう呼ぶことにしよう』
「助かる。で……お前、何で宇宙にいるんだ?」
まさか、海賊を成敗するためとかじゃないよな? と、長二郎が訊ねれば
『兄者の後を追って、猫殿の星に向かっていたのだが……道中、悪事を働くこの者たちに足止めされたのだ』
水牛男の片ツノを掴んでグイッと持ち上げる再生体。正義感からくるものなのか、まるでゴミ袋を掴むような雑な扱いだった。
「まぁ、そんなこったろうと思ったよ」と、長二郎はアイマスクを付け直した。
「ふむ。だいたいの事情は飲み込めた。……と、言うことで、団長。そのヤバいのから手を引いてもらいたければ、出すもん出して頂こうか?」
相手の弱みにつけこんだ危険な金銭交渉。その恐喝まがいの対応に、水牛男が声を荒げた。
『テ、テメェ! さてはコイツとグルになって、俺様を罠にハメやがったゾ?』
バヤンテ団の長である俺様をコケにした代償は大きいゾ。と、カメラ越しに凄みを効かせる水牛男だったが、すぐに再生体の魔剣ネーヴェルに遮られた。
『言葉を慎め。この海賊風情が』
さもなくば、首を落として喋れなくしてやっても良いのだぞ。その脅し文句に、水牛男が両手を挙げて降参する。
『……わ、分かったザぞ。それで、いくら欲しいんザ?』
困惑を隠せない水牛男に対し、ロックは不敵の笑みを浮かべて人差し指を立てた。
『ひゃ、1000万ケピロンぞ?』
「フッ。寝ぼけてもらっては困るな、団長。私が言っているのは1億ケピロンだ」
『ふざけんなゾ! そんな金、あるわけがねぇザぞ!』
「バヤンテ団を率いる団長の命の評価額なのだから、仕方あるまい」
『それでも高すぎザぞ!』
盛るだけ盛った出血大サービスなのだから当然だ。
「イヤなら、そこで命を散らすか?」
首元でチラつく魔剣に、団長が冷や汗を流していた。
『し、しかし、だからと言って、簡単に用意できる金額ではないザゾ』
惑星国家相手にテロを起こして脅迫するか、もしくは大物要人を狙った身代金要求でもしない限り、用意できないことは誰しもが分かっていた。
「払えないか。ふむ。ならば、これではどうだろう」
第三の提案を持ち出すロックに、水牛男がゴクリと唾を飲んだ。
『きょ、協力するだけで良いのかゾ?』
「あぁ」と、ニヒルな笑いを浮かべるロック・フェイサーだった。
雨足が強まる闇の中。
プラール星王宮殿の外で、一台のライドバンが息を潜めるように停まっていた。
「…………お腹……空いた」
と運転席でひとり呟くカラス女。天板を叩く雨音に耳を傾け、目深に被ったローブから突き出たクチバシをおもむろに開いた。
「……炊飯器……持ってくれば良かった」
子供たちに止められ、選択から除外された手荷物を悔やみながら、お腹をさすっていると……後方ハッチが乱暴に開かれた。
「みんな、早く! 早く!」
真っ先に飛び込んできたのは、お団子頭のソミィだった。それに続き、少年を抱えたズブ濡れの成人女性が駆け込んできた。
「…………」
ルームミラーに映る少年を見て1ミリ頷くカラス女。子供たちだけでの救出作戦。どうやら対象者の保護を無事遂行させたようだ。……けど、それにしては宮殿内が騒がしいのはなぜなのだろうか。
「片付けは後にして、ファズちゃんも急いで!」
降りしきる雨の中に向かって、ケイニャが手招きする。
「道具は大事にしないと、あとで困るだろ」
城壁を乗り越えるために使用した鉤縄を、パイナップル頭のファズがあたふたしながら束ねていた。
「いいぞ! 出してくれ!」と、雨で湿った鉤縄を担いで車内に乗り込むファズ。ハッチを閉めたことを確認し、ケイニャが助手席へと移動する。
「ディアさん、お願いします!」
「……了解」
カラス女はエンジンを始動させると、ハンドレバーを握ってライドバンを走らせた。
「……トールは生きてるの?」
女性が抱える少年の気配が、担ぎ込まれた時からないのだ。もしかして死んでるのでは?
「心配はありません。ちょっと気を失っているだけです」
後ろの貨物室のソミィからタオルを受け取って濡れた頭を拭くケイニャ。だいたい作戦通り。あとはこのままターミナル・ステーションへ直行して旅客船に乗れば、作戦は終了だ。と、そこへ……
「それはやめたほうがいいと思いますぅ。おそらくぅ宮殿側から手配が回ってぇ特別検問を敷かれてますからぁ、ターミナルには行かない方がいいですよぉ」
女性に心を読まれ、逃亡が無理なことを知らされた。
「……どういうこと?」
するとファズが運転席側へと身を乗り出した。
「それがさぁ、宮殿の連中に見つかっちゃってさぁ……」
なるほど。それで慌てて逃げてきたということか。どうりで宮殿内が騒がしかったわけだ。この調子ではターミナル・ステーションにおける出星審査は厳しくなり、惑星ナァーから離れることは難しいだろう。そうなると入星の際に活躍した光学偽装技術も、もう無用だ。
ディアは車を停めると、カラス女の造形顔を解いて、逃亡の経緯を子供たちに訊ねた。
「……でね、ファズちゃんがパンチして窓を壊したら、警報がなってね」
「なんだよ! ソミィだって開けられなかったじゃん!」
「だって、鍵が掛かってたんだもん!」
「もう! ファズちゃんも、ソミィちゃんもケンカしないで!」
声を張り上げて一斉に喋り出す子供たち。前後に飛ぶ話の流れから察するに、宮殿内の者たちや番犬を振り切ってきたのだろう。
良く分からないけど、だいたいの事情は分かった…………気がする。
「……それで、怪我は?」
「してない」「ソミィも」「ウチもないです」
元気良く手を挙げる三人。どうやら問題ないみたい。
「……クレアとトールは?」
ルームミラー越しで、面識のある女性とトールをチラ見すれば
「私たちもぉありませんですぅ。それよりもディアさん。先ほどもぉ言いましたけどぉ、この状況下でぇターミナル・ステーションに行ったらぁ、自ら捕まりにいくようなものですよぉ」
さて、どうしよう。成功すると思っていた救出作戦だったけど、出星間際でしくじることになるとは。予想してなかった計算違い。こうなったら審査ゲートを強行突破し、停泊中の宇宙船を強奪して星系を離脱するか、もしくは騒ぎが収まるまで身を隠すか。でも、宿泊施設など利用すれば即通報されるだろうから、ライドバンで野宿をすることは必然。私やクレアとトールだけならば、それでも構わないだろう。問題は食べ盛りでやんちゃな三姉妹だ。タッチアンドゴーの短期作戦を考えていただけに、食料などは用意していないし……だからと言って、これから街に出て調達するにはリスクが大きすぎる。
「……やっぱり、炊飯器を持ってくるべきだった」
今頃、シアスの村に植えてきた稲穂が首を垂れて私に刈られることを待ち望んでいるはず。と、金色に輝く田んぼに想いを馳せていると、クレアが運転席に身を乗り出してきた。
「ディアさん。お米のことを考えるのは後にしてください。それとぉゲートの強行突破もぉやめてくださいなぁ」
流石、クレハ星人最年長。易々と考えが読まれた。
「……宇宙船強奪は良い?」
「それもダメですぅ!」と、クレアが両腕でバッテンマークを作った。
「……じゃあ、どうすれば良い?」
残る選択は後者の車中泊しか、ないのだけれど。
「私にぃ任せてください」
不敵な笑みを浮かべるクレア。大きな胸を張るからには、きっと良い策があるのだろう。
「……あなたに任せる」
ディアは、そう言ってライドバンを再発進させた。
雨と風が荒ぶる天候の中……行き着いた先は、要人専用の駐機場だった。ポツンと停泊する一隻のスペースクルーザー。その隣に車を停めて、みんなで船に乗り込んだ。
「……お風呂を借りたい」
冷たい雨に打たれ、寒さで震える子供たちを見て、すぐにクレアが入浴室を提供してくれた。
「一番のりー!」「ファズちゃん、脱ぎ散らかさないで!」「待って、待って! ソミィも一番のりするの!」
服を脱ぎ捨て、張ったばかりの湯船に飛び込んでいく子供たち。その三人に続くように、ディアも服を脱いだ。地球の温泉文化を真似て改築したファーストシップの岩風呂とは異なり、ここの浴室は思いのほか小さかった。それでも、お風呂好きな子供たちにとっては楽しい入浴タイムである。
「……ちゃんと、肩まで浸かって」
狭い浴槽の中、ソミィを抱えてお湯に浸かるディア。湯船に浮かべるお気に入りのオモチャがないせいか、ちょっとつまらなそう。一方、浴槽の外ではケイニャがファズの頭を洗っていた。
「シャンプーが目に入ったー!」
「目を開けてるからでしょ」
足をバタつかせて騒ぐファズに、シャワーヘッドを握ってファズの頭の泡を洗い流すケイニャ。一見すれば面倒見の良いケイニャがお姉さんのように見えるだろう。けれど、それは大きな誤解であり、むしろ同レベル。
以前、ソミィと一緒に先に上がったお風呂。
ソミィにパジャマを着せ、乾かした髪をブラッシングしながらソミィのお話を聞いていた時のこと。いつまで経っても二人が上がってこないことがあったのだ。ウォーターガンで遊んでいたケイニャとファズ。時計を見れば、そろそろ1時間が経つ。いい加減、遊び疲れてお風呂から上がってきても良さそうなのだけど。と、浴室を覗けば……飽きもせず、まだ遊んでいたのだ。
翌日。湯冷めした二人は仲良く風邪を引き、ソミィが看病したのは言うまでもない。
そんな子供たちを見て、三人同時に引き取ったのは正解だとディアは思った。もし一人でも欠けていたならば、きっとこんな楽しく賑やかな日々を過ごせなかっただろう。
それでも……いつかはこの子たちも成長し、エテルカのように自分の元を離れていくのだ。その日が来るまで、この子たちは私が守る。と陽気にはしゃぐ三姉妹に、強い母性を抱くディアだった。
お風呂を終えたディアたちは、幼女クレアが用意した食事を頂いた。暖かく美味しい料理でお腹を満たす子供たち。もしクレアがいなければ、今頃はターミナル・ステーションで捕まっているか、狭い車中で寒さに震えながら、ひもじい思いをしていたことだろう。
「「「クレアちゃん、ありがとう」」」
みんなでクレアに感謝の言葉を述べ、来客用の寝室に子供たちを寝かしつけた後、ディアは幼女に訊いた。
「……トールは?」
「隣でぇ、まだ寝てますですよぉ」
と言っても、起きているみたいなんですけどねぇ。と、クレアが隣室で寝ているトオルのことを気にかけていた。
「……何があったの?」
「実はぁ……」と眉をひそめ、これまでの経緯を語るクレア。
ざっくり聞いたところ……バブンメタル密輸容疑を着せられ、猫共々、捕らえられてしまったらしい。
「……それで、どうするつもり?」
「お嬢さまのこともありますしぃ、トオルさま次第ですかねぇ。いずれにしてもぉ、このままというわけにはいかないとぉ思いますですぅ」
保険の解約で訪星中のクレア。ナァー星府から監視されていないこの宇宙船ならば、搭乗者の確認をされることなくナァーから出星できるだろう。ただ……
「問題はトオルさまがぁ、応じてくれるかどうかですけどねぇ」
アガミたちの誘いに乗ろうとしていたトールだ。それだけに私たちの説得を素直に聞くとは到底思えないのだけど。
「……猫は後回しにするべき」
居場所がはっきりしない上に、九斗が一緒だというのだ。離れの部屋で隔離されていたトールの救出とは、それこそ勝手が違う。
「そうですよねぇ」
うん。と0・5ミリ頷くディア。話すのが苦手な者にとって、心の読めるクレハ星人は非常にありがたい。
「どうしたらぁ、良いものでしょうかねぇ」
と、ふわふわクッションを抱え、ソファにもたれる幼女。せめて宮殿内部に協力者でもいれば、策の立てようがあるのだけれども。と思案を巡らせた途端、クレアが立ち上がった。
「それですぅ!」
何がそれなのか、良く分からないのだけれど……。
「協力者ですよぉ、協力者ぁ!」
どうやら味方となる者に心当たりがあるようだ。
「……誰、それ?」
「お嬢さまのぉ、執事さんですよぉ」
猫に執事? あぁ、そう言えばンカレッツアの仕事の時に、一度会ったことがあったような、なかったような……。
「ディアさんはご存知ないかもしれませんがぁ、星王さまにも仕えていらっしゃるぅお爺さんなんですよぉ」
あの執事が王に仕えていたとは。だが、果たしてそんな年寄りが協力者となりえるのだろうか。
「ディアさんがぁ考えているほどぉ、老いてはいませんですよぉ」
クレアの説明によれば、星王抜きで判断を下せる決定権を持っているらしい。
「……その老人と接触できる?」
「もちろん。お嬢さま救出のためですからぁ、明日、お爺さんに協力してもらうよう掛け合ってみますですぅ」
頼りとなる協力者の目処もつき、まずはこれで一安心といったところか。……と、そこへタイミング良くトールが起きてきた。
「大丈夫ですかぁ、トオルさまぁ?」
足もとがおぼつかないトールに肩を貸し、テーブルへと招く幼女。
「急いでぇ食事を用意しますからぁ、ちょっと待っててくださいなぁ」
そう言ってキッチンルームに入っていくクレア。そんな世話女房を買って出る幼女の背中を見やりながら、ディアは隣に座るトオルに声をかけた。
「……久しぶり」
「久しぶり、ディアさん」
やつれた表情とアザのできた顔で返された挨拶。声に張りがなく、覇気がまったくなかった。
「……今回は災難だった」
ディアの同情に、トオルは小さく頷き
「ところで、ここはどこなの? 何で、ディアさんがここにいるの?」
「……ここはクレアの船の中。私はケイニャたちと、あなたを助けにきただけ」
「あぁ……。そうだった、ケイニャたちが来たんだっけ……」
監禁されていたところを助けたのに、それを喜ぶこともせず、ボーッと虚空を見上げるだけのトール。正直何を考えているのか、さっぱり分からない。
「トオルさまぁ。とりあえずぅ食事ができるまでぇ、コレ飲んでてくださいなぁ」
ディアさんもぉ、お代わり、どうぞですぅ。と目の前に出されたホットココア。……うん、いい香り。
「それで、ケイニャたちは?」
熱いココアを口に付け、落ち着いた様子で訊ねてくるトール。ちょっと待って。私はまだ充分にココアを堪能してないのだから。
「…………寝室で寝てる」
「そうなんだ……」と、トールは握りしめたカップを見つめるだけだった。
「……明日になれば、ケイニャに会える」
きっとケイニャも喜ぶに違いない。
「……それよりも、トールに言っておかなければならないことがある」
現在置かれた状況を説明し、急いで惑星ナァーを発つことを伝えると
「保子莉さんと逢うまでは、僕はナァーからは出ない」
半分、予想できていた答えに、ディアは微かなため息を吐いた。
「……たぶん、そう言うと思った」
これで子供たちの努力が水の泡となった。きっとケイニャも悲しむだろうから、あとで慰めてあげないと。そこへトレーに乗せた食事が運ばれてきた。
「お待たせですぅ。お腹が空きすぎてぇ胃腸が弱ってるぅトオルさまにぃピッタリのお粥ですよぉ」
トールの前に出された米料理。まろやかな白い粥の中で散らばる卵に、私のお腹の虫が元気に疼いた。
「……私も同じのを食べたい」
「さっき、散々食べたじゃないですかぁ。それにぃ、これがぁ最後のお米ですのでぇ無理ですよぉ」
仕方ない。あとで作り方を教えてもらって、後日食すとしよう。
「ではぁ、どうしてもぉ行くつもりなんですねぇ」
再確認するクレアに、トールが頷く。これで私たちがやってきたことは、完全に無駄足となった。
「分かりましたですぅ。トオルさまがぁ、そう決めたならぁ、私もぉこれ以上ぉとやかく言いませんですよぉ」
トオルの意思を尊重し、そこで話は終わった。あとはトールの行動次第。何の考えも奇策も持たず、第一妃宮に乗り込んで白猫アガミに掛け合う段取り。果たして、それが吉となるか凶となるのか。いずれにしても明日になってみなければ分からない。
「……じゃあ、私たちはトールたちが戻るまで船で待ってる」
夜明けと共に、トールは白猫のところへ。クレアは星王宮殿に置いてきた荷物を回収し、執事に掛け合うこととなった。
ゆえに私たちの出る幕はなく……むしろ余計なことをしない方が良いだろう。
何よりこれ以上、子供たちを危険に晒すわけにはいかないのだ。
「……トール。間違っても、ケイニャを悲しませることだけはしないで」
ディアはそう言い残し、子供たちが眠る寝室へと姿を消した。





