第五章 クレハ・パレード3
「おい、ソミィ。まだ開かないのかよ?」
第一妃宮の離れの廊下。弓矢を背負ったパイナップルヘアの幼女が、扉の前で張り付いて作業するお団子頭の幼女を急かした。
「ファズちゃんが思ってるほど簡単じゃないんだから、焦らせないで」
ずり下がる暗視ゴーグルをおでこの上に押し上げ、端末でもって懸命に電子施錠の解錠コードを解析する幼女の泣き言に、ファズが容赦なく追い打ちをかける。
「とにかく早くしろよ。モタモタしてると、人が来ちゃうぞ」
すると、お団子頭のソミィがぷぅーと頬を膨らませた。
「だったら、ファズちゃんがやればいいじゃない!」
口をへの字にしてむくれるソミィに、ファズがなおも言う。
「なに、怒ってるんだよ? そもそも、そういう細かい仕事はソミィの得意分野だろ」
それにアタシらの仕事は見張り担当だ。と、用を為さなくなった暗視ゴーグルをいじくり回してはぐらかすファズに、ソミィが鼻をすすって涙ぐむ。
「いつもいつも……どうしてファズちゃんは、そうやってソミィにイジワルなことをいうのよぉ」
「ほら! そうやって、すぐ泣けばいいと思ってる」
昔っからそうなんだ。とファズが愚痴る。泣き虫ソミィと勝気のファズ。本当にこの二人の性格は対照的だと、ポニーテールの幼女は思った。
「ファズちゃんに出来ないことを、ソミィちゃんがやってくれているんだから、そういうこと言わないの」
「そんなこと、ケイニャに言われなくも分かってるよ」
と面白くなさそうに頬を膨らますファズ。まったく素直じゃないんだから。それに比べてソミィは無垢なほどに純真だ。
「ケイニャちゃん、ありがとう。ワタシ、頑張る!」
涙を拭いて、健気に電子施錠パネルに向き合うソミィ。うん、この子は頑張り屋さんだ。ディアさんが見込んだだけはある。
「……一緒に来て」
三ヶ月前。シアスを訪れたディアがケイニャに手を差し伸べた。
生後間もなくして生き別れたソミィとファズに会い、一緒に暮らし始めた生活。貧しくも三人で力を合わせ、楽しく過ごしていた矢先のことだった。もちろんケイニャにとって、ディアの誘いは嬉しかった。でも、ようやく会えた姉妹たちと、また離れ離れになるのかと思うと、そう簡単には頷けなかった。だけど……
「……三人まとめて、面倒を見る」
そう言って、ウチたちを引き取ってくれたディアさん。好奇心旺盛なファズは諸手を挙げて快諾し、臆病なソミィも迷いつつも納得し……三人揃ってディアさんのお世話になることになった。
宇宙海賊。
そんな仕事が務まるのかどうか。と、不安に思っていると、ディアさんが優しい言葉を差し伸べてくれた。
「……私の側にいて、働いてくれれば良い」と。
ディアさんのお役に立てるなら何だってやるつもりだった。
そんな中、真面目でおとなしいソミィの興味を引いたのは、故郷で触れることのなかった宇宙テクノロジーだった。興味本位で始めた独学が身を結び、今では暗号解析やハッキングなどで腕を振るうまでに上達した。一方、ファズは戦略思考に長けていて、対象となる宇宙船の行動の先を読み、必要最小限の労力で拿捕することを得意としていた。きっとシアスで培った狩りの経験が生かされたのだろう。ここぞとばかりに才能を開花させた二人とは対照的に、ケイニャひとりだけが取り残され、ディアの役に立てないことに引け目を感じていた。
「……ケイニャは二人をまとめて、私に伝えるだけで良い」
優しい配慮。もちろんソミィとファズの二人も同意してくれた。
そんな慣れぬ海賊暮らしを過ごしていた中、出どころ不明のメッセージがクロウディア号に届いた。ソミィも解析できなかった発信元。その謎のメッセージには、こう記されていた。
『ンカレッツア星のバブンメタル密輸容疑にて、シキジョウトオルが拘束されている』
場所は猫族52番惑星ナァーの首都プラール。しかもご丁寧に、第一妃宮の見取り図データまでもが用意されていたのだ。
「…………」
頭首ディアの判断を待つクルーたちを尻目に、ケイニャが不安な面持ちで沈んでいると
「……ケイニャはどうしたい?」
「トオルさんを助けに行きたいです!」
ウチの強い思いに、ディアさんが静かに頷く。それをきっかけにファズが操舵手に行き先を告げ、ソミィも惑星ナァーにおける情報収集を始めたのは言うまでもない。
心の読める姉妹同士の連携プレーに、他のクルーたちも舌を巻いていた。緻密に練られていく救出計画。だが、いざ実行する段階において大きな問題が持ち上がった。『海賊』といった理由で、惑星ナァーへの入港が叶わず、しかも銀河パトロールの警備艇に追いかけられる羽目となったのだ。
「アタシたちは正義の海賊だぞ!」
それなのに、なんで追いかけられなきゃいけないんだよ! と地団駄を踏むファズに、ソミィも半べそをかきながら自らの行いを正当化していた。
「悪いことをしてる人たちを懲らしめているだけなのに、なんでなの」
罪のない宇宙人を攫う人身売買業者や、違法な密輸業者だけを狙った海賊行為。捕らえられた宇宙人たちを解放したり、不当な密輸を未然に防ぐ非合法な行い。決して良いことではないかもしれないけれど、他の人の迷惑になっていないし、むしろ感謝されても良いはずなのだ。
「……今までの経歴が仇になった」
これまで好き放題に海賊行為をしてきたことを悔やむディアさんに、ウチたちは黙り込んでしまった。セカンドシップで同じ志を持つロック・フェイサーに新たなる海賊信条を示され、心を入れ替えたディア。なのに、それを認めようとしない惑星世論。それだけにファズやソミィが悔しがるのも当然だった。
「大丈夫です。いつか、きっとディアさんの……いえ、ウチたちの功績は評価してもらえるはずです。だから、それまで頑張りましょう」
自分たちのやっていることは絶対に間違っていないはず。と、両こぶしを握って元気付けると、ディアさんの心の中の霧がスーッと晴れていった。嘘のつけない性格ゆえ、誰よりも心は澄んでいるといってもいいだろう。
そして討議の結果。
ディアとケイニャたちの4人で惑星ナァーの近星へと赴き、旅客用シャトルを使って目的の星へ入星することとなったのだ。
外で降り続く雨の中、また落雷の音が響いた。
「ひゃあっ!」と小さな悲鳴を上げ、ソミィの作業がおろそかになる。
「このくらいでビビるなよ」
「ビ、ビビってなんか、いないもん!」
煽るファズに、ソミィも強がりを言って鍵の解錠を続ける。
「早く終わらして、トットと帰ろうぜ」」
「言われなくたって、分かってるもん。ワタシだって、ケイニャちゃんの恩人さんを助けて、早くお船に帰りたいんだから」
第一妃宮殿内に侵入後、ここに来るまでかなり迷った道のり。それだけに臆病なソミィの精神力もそろそろ限界に達していた。
「ソミィちゃん、頑張って」
解除作業に集中するソミィを見守るケイニャ。どうか開きますように。するとケイニャの願いが届いたのか、施錠パネルに『入室許可』のメッセージが浮かんだ。
「やったじゃん! 流石、ソミィ!」
ファズに背中を叩かれ、ソミィも「えへへ」とはにかんだ。
「ありがとう、ソミィちゃん。あとはウチに任せて」
ケイニャは暗視ゴーグルをかけると、ドアを半分だけ開き、明かりの消えた室内を覗き込んだ。
「誰もいないね」と、ソミィも部屋を隈なく見渡す。
――そんなはずはない
戸口から部屋に眼を凝らしていると、ケイニャの脇の下から顔を突き出したファズが言う。
「ホントに、ここにケイニャのいう恩人が居るのか?」
訝しげに顔を上げるファズ。するとソミィがケイニャのワンピースの裾を引っ張った。
「いないなら、もう、お船に帰ろうよ」
長居はしたくないのだろう。だが、ケイニャは首を横に振った。トオルさんを救出するまでは絶対に帰らないと。すると微かながらに部屋の奥から沈んだ吐息が伝わってきた。
この感じ、間違いなくトオルさんだ。その弱り切った心の声を頼りに、足を踏み入れ、寝室と思われる隣室の扉を開けた。
「……トオルさん?」
懐かしい再会に、胸をドキドキさせてベッドに近づこうとした刹那
「トオルさまぁぁぁぁあ~!」
ケイニャたちを押し退け、見ず知らぬずの幼女がベッドへダイブした。
――敵!
寸前まで、まったく気づかなかった第三者の存在にケイニャは『魔剣パンツァー』を腰から引き抜いた。もちろんファズも弓矢のツルをギリリッと構え、ソミィが背後で悲鳴にならない声を上げたのは言うまでもない。
が……
「トオルさまぁぁぁ! トオルさまぁぁぁあ~!」
見知らぬ幼女の心痛が、濁流の如くケイニャたちの心に流れ込んできた。ようやく逢えた想い。そして同時に心底心配していたのが手に取るように分かった。
トオルさんを案じていたこの子は敵じゃない。むしろウチと同じ、トオルさんを助けにきた人間だ。その心情を知り、ケイニャは『パンツァー』を腰の鞘に収め、ファズも構えていた弓矢を下ろす。
「その声……もしかしてクレア?」
「そうですよぉ! もしかしなくてもクレアですぅ!」
そう言って、上半身を起こすトオルの体を支える幼女。しかし気になるのは、ハッキリしないトオルさんの霞んだ思考だった。薄暗い中とは言え、幼女クレアの認識さえもおぼつかないみたい。
なんでなんだろう? こんな弱々しいトオルさんは見たことがない。と、不審に思っていると……
「おい、そこのおまえ! いったい、どこから湧いて出た!」
震えるソミィを抱き寄せながらファズが訊ねれば
「他に誰か連れてきたのかい?」
薄暗い中でケイニャたちに顔を向けるトオルに、クレアが言う。
「私の知らない子ですぅ。でもぉ、この子たちもトオルさまを助けにきたのは間違いないようですよぉ」
「ねっ」と同意を求める幼女。同時にクレアが同種族の星人であることをケイニャは悟った。心の読める宇宙人同士。ゆえに自己紹介をするまでもなかった。お互いの立場を理解したケイニャは一呼吸して、トオルに頭を下げた。
「お久しぶりです、トオルさん。あなたに命を助けてもらったケイニャです」
不安だった。数ヶ月振りの対面とは言え、忘れられていたらどうしようかと思ったからだ。だが、そんな心配はまったく必要がなかった。
「久しぶり、ケイニャ。元気そうで安心したよ」
「トオルさんもご無事でなによりです」
穏やかな笑顔と一緒に伝わってきたトオルさんの暖かい気持ち。ただ、少しだけ元気がないところが気になるけど。
「ところで後ろにいるのは、ケイニャの姉妹たちかい?」
「はい。そうです」
ほら、こっちにきて挨拶して。と、ウチは二人を手招いた。
「アタシはファズ。特技は狩猟で、シアスの村ではそこそこ名の通った狩人さ。で、こいつはソミィ。アタシと違って、ちょっとしたことでビビる泣き虫だ」
自慢の弓道具を見せびらかすファズの後ろで、ソミィが口を尖らした。
「ち、違うもん! 泣き虫じゃないもん! ちょっと怖がりなだけだもん!」
とは言え、ソワソワして辺りを警戒するソミィ。何しろ、夜中のトイレにひとりでは行けないのだから無理もない。ゆえに今も早く船に帰りたくてしょうがないみたい。
「今、電気を点けてあげるから、待ってて」
どっかに照明用のスイッチがあるはずだけど。と、トオルさんがベッドから降り、立ち上がろうとした。……が、すぐに膝を折り、床に手をついた。
「トオルさん!」「トオルさまぁ、大丈夫ですかぁ!」
咄嗟に寄り添い、トオルを支えるケイニャとクレア。
「大丈夫……大丈夫だから二人とも心配しないで」
――まさか病気?
小刻みに震えているトオルさんの額に手を当ててみた。熱はないみたい。すると端末で生体検査したクレアが言う。
「血糖値が低いところをみると、ハンガーノックのようですねぇ。トオルさまぁ、つかぬことをお聞きしますけどぉ、ちゃんとぉご飯食べてますかぁ?」
「昨日の昼に、携帯食料を少し食べただけだよ」
その発言にケイニャたちも驚いた。
「はぁ? アンタ、バカだろ? おまんま食わなきゃ、死んじゃうんだぞ! いい大人が、そんなことも分かんないのかよ?」
「ファズちゃん、言い過ぎ!」
呆れるファズを、ピシャリと叱るケイニャ。恩人相手にバカなどと罵ったのだから怒るのも当然だ。
――もしかして、食事を与えてもらえなかったのだろうか?
トオルに対する宮殿側の扱いに疑問を感じていると
「食べなきゃ死んじゃうのは分かってるさ……」
同時にトオルの意地が思念として、ケイニャたちに伝わってきた。監禁した相手に屈服したくない意地。バカげたことだった。それでも貫き通したかったトオルの意思。それは呆れるほど頑固な我意だった。
「トオルさまのぉ気持ちはぁ分かりました。ですけどぉ、こんな不健康な状態ではぁ、良い考えも浮かびませんしぃ事態も好転しませんですよぉ」
空腹を抱えていては頭なんか、ほとんど働かない。今日を生き、明日に命をつなぐことだけを考え、幾度となくひもじい思いをしたことのあるケイニャたちだからこそ、クレアの言うことはもっともだと思った。
「とりあえずぅ、ここを出ましょう」
退室を促すクレアにトオルが「それはできない」と首を横に振った。どうやら今夜アガミという人物に会って、好きな人に会わせてもらうつもりらしい。それを知ってファズのヤル気が萎んでいく。
「なんだよ。せっかく助けに来たのに、本人が逃げたがらないんじゃ、話になんないぜ」
「ごめん……。でも、どうしても保子莉さんに会って、確かめなければならないことなんだ」
その強い意志に、反論できずに言葉を詰まらせるファズ。だが……
「お嬢さまに逢いたいお気持ちはぁ分からなくもないですよぉ。ですけどぉ、果たしてぇアガミさまが素直にトオルさまのぉ願いを聞き入れるでしょうかぁ?」
投げかけるクレアの疑問に、トオルさんの心が不安に揺れた。
「トオルさまの思考からぁ大体の成り行きは分かりましたです。でもぉお嬢さまを猫に変えた挙句、トオルさまを監禁した相手ですよぉ。次期星王となる方には失礼ではありますがぁ、そんな方とぉ、まともな取引が行えるとはぁ、ちょっと考えにくいですよぉ」
それから今朝ぁ、私の手元にぃこのような秘匿のメモがきました。そう言って一枚のメモを取り出すクレア。
「私の勝手な憶測ですがぁ、これってぇ、どなたかがぁトオルさまを救出するよう仕向けたんだと思いますですよぉ」
「ウチも、そう思います」
クロウディア号に届いた差出人不明のメッセージを思い出し、クレアの意見に同意するケイニャ。すると、当然とばかりにファズも後押しをする。
「部屋に鍵を掛けて閉じ込めるくらいだ。どう考えても普通じゃないだろ」
「じゃあ、どうしろってんだよっ! そんなこと言われなくったって、僕だって分かってるさ。それでも保子莉さんと逢うためには、相手の言うことを聞くしかないんだろ!」
入り乱れる切ない想いと悔しさ。その心の歯ぎしりに、ウチの胸がキュッと締め付けられた。トオルさんなりに判断した苦渋の選択。きっと、ひとりでもがき悩んでいたのだろう。
「だとしてもぉ、今のトオルさまを見てぇ、お嬢さまがぁ喜ぶと思いますかぁ? お嬢さまを助けることがぁできますかぁ?」
厳しく問い詰めるクレアに、言葉に詰まるトオル。クレアの言い分はもっともだ。自らの体力を消耗させては、彼女を助けるどころか、自分の足元さえ危ぶまれるのだから。と、そこへ……
「なぁ、恩人さん。アタシみたいな子供がいうのも生意気かもしれないんだけどさぁ、ここは一旦、逃げて、仕切り直すことも必要だと思うよ。考えてみなよ。恋人さんを救う以前に、恩人さんが倒れたら元も子もないだろ?」
ファズの説得に、不意にトオルの心に闇が落ちた。
「彼女と僕のどちらかが死ぬ……」
唐突に、不穏なイメージがケイニャたちに伝わった。
「夢の中のリーンに言われたんだ……」
二人の未来を語ったマッドサイエンストの影に動揺するトオルさん。早く彼女に会って事態を打開したい。功を焦る気持ちは痛いほど分かるけど、今の状況では到底好転するとは思えない。が、次の瞬間……
「だから何だって言うんですかぁ!」
クレアの小さな手がトオルの頬に炸裂し、壁際まで吹っ飛んだ。
「関係ない人の意見に振り回されてぇどうするんですかぁ? 自分の人生はぁ、自分でぇ決めるもんでしょぉ! じゃあ、その人に死ねって言われたらぁ、トオルさまはぁ死ぬんですかぁ? 少なくともぉ、私がぁお側にいる限り絶対にぃそんなことさせませんですぅ!」
怒りを爆発させるクレアに対し、ケイニャが慌てて間に入った。
「クレアさん! 気持ちはわかりますけど、もう少し力を抑えないと」
それでなくても、ウチたちは力が強いのだ。打たれたトオルさんも、たまったものじゃないはず。すると……
「おい、いくらなんでもやりすぎだろ! 見てみろ! 恩人さんが白目むいっちゃってんぞ!」
トオルの容態を気遣うファズの指摘に、クレアとケイニャとソミィが青ざめた。
「まぁ、一応、首の骨は折れてないようだけど」
心配するファズを押しのけて、グッタリしているトオルに寄り添うクレアとケイニャ。
「トオルさまぁ!」「トオルさん!」
「もしかして、死んじゃったの?」
悲しげに尋ねるソミィに、ファズが言う。
「息はしてるみたいだから、死んでないんじゃないかな」
つまり気を失ってるだけ。それでも……
「トオルさまぁ、ごめんなさい! ごめんなさい!」
トオルの体を揺さぶって、ひたすら謝り続けるクレア。とにかくこのままでは、当初考えていた救出計画が頓挫してしまう。
「どうするんだよ? 恩人さんがコレじゃあ、連れ出すこともできないぞ」
ファズがボヤくのも無理はない。トオルを連れ、第一妃宮を脱出する計画。……のはずが、トオル自身が体力を消耗し、挙句ノビてしまっては、どうすることもできないのだから。
「しょうがない。ここはみんなで担いでいくか」
と細腕に力こぶを作って作戦変更を提案するファズ。幸い、ここにいる4人は力自慢のクレハ星人だ。全員で担げば、何とかなるだろう。だが……
「その必要はありませんですぅ!」
気を取り直して涙を拭くクレアに、ケイニャたちが首を傾げた。
「私がぁ責任を持ってぇ、トオルさまを抱えていきますのでぇ、あなたたちにはぁ脱出ルートの先導をお願いしますですぅ」
なのでぇ、ちょっと下がっててもらえますかぁ。そう言って、クレアは端末を高々とかざした。
一体、何をしようというのだろう? と、ケイニャたちが不思議に思った瞬間……眩いピンクの閃光がクレアを包み込んだ。そして光が収束したと同時に、見知らぬ成人女性が目に映った。
――ク、クレア……さん?
伝わってくる思考が、先ほどの幼女クレアと変わっていないところをみると、目の前のお姉さんは同一人物に違いない。出産のために活性化する女性ホルモン。大人の体への変幻。それに関して、ディアさんやエテルカさんから聞いたことはあったけど……。
「基礎体力のホルモンバランスが整っていないうちは、変幻は無理ですよ」
エテルカから教えられたクレハ星人特有の生理学。12歳足らずのケイニャたちにとって、それは憧れでもあり、いつしかエテルカさんのような大人に変身できることを夢見ていたのだが……まさか目の前の幼女が大人になるとは。
「私は18歳ですからぁ、変幻できて当然ですよぉ」
それよりもぉ、早くここを出ましょう。と、綺麗なお姉さんがポヨンと大きな胸を揺らした瞬間……ファズがクレアの胸に飛びつき、ソミィもクレアの腰をギュッと抱きしめた。
「き、急になんですかぁ?」
突然のことにびっくりしたクレアさんだったけど、すぐに二人の気持ちを汲んで優しく抱きとめていた。
赤ん坊だった頃、蛇族に引き取られたファズとソミィ。
だが5歳の時、育ての母が狩りに出かけたまま帰って来なかったと聞く。幼き二人を残しての失踪。一週間後……母がバブニアンに襲われ、命を落とした知らせを聞いて泣いたらしい。遺体無き母を弔うこともできず、空腹を満たさんと道端の草を食んでいたところへ、通りすがりのシアス人に拾われたとのことだった。以来、二人は力を合わせ、今日まで生き抜いてきたのだ。それだけにクレアを同族の母と錯覚し、甘えたい思いが一気に溢れでたのだろう。
「……辛かったんですねぇ」
ディアさんとは違う温もりの中で、小さく頷くファズちゃんとソミィちゃん。ウチの場合、存分にパルチおばさんに甘えてたし、ディアさんにも良くしてもらった分、二人のように愛情を求める特質感情は湧かなかった。だけど、二人の本能的衝動は手に取るように分かる。
「さぁさぁ。泣くのは後にしてぇ、早くぅ、ここからぁ逃げますですよぉ」
二人をなだめてトオルを抱えるクレアの指示に、ソミィが涙を拭いた。
「ワタシに任せて!」
いつまでも抱きついて離れないファズちゃんとは違い、健気に頷くソミィちゃん。普段は臆病で泣き虫だけど、やらなきゃいけない時はやる子だ。
ソミィは張り切って部屋のドアを開けると「早く、早く!」とみんなを急かした。
「じゃあ、ウチはトオルさんの荷物を持っていきます」
とベッドに放られていたダウンジャケットとナップザックを抱えた。
「ほら、ファズちゃんもクレハさんから離れて」
ファズに上着を預け、ウチがナップザックを背負うと
「ケ、ケイニャに言われなくったって、分かってるよ」
タレた鼻水を啜って強がるファズちゃん。クレアさんに、もっと甘えていたいのも分かるけど、ここはひとつ我慢して。
「行くぞ!」「うん! 早く帰ろ!」
部屋を出て先陣を切って廊下を走り出すソミィ。その背中をファズとトオルを抱えたクレア、そしてケイニャが続く。……が、角を曲がった瞬間、ソミィが血相を変えて引き返してきた。
誰かが来る!
ソミィの焦りが、心の読める者たちに伝わった。相手は二人。召使いを連れた黒髭の男だ。目視するまでもなく、それらの視覚情報はソミィの認識イメージから掴み取れた。ここで見つかったら元も子もない。だが、退路をふさがれた以上、部屋へ引き返すしかなかった。
「ねぇねぇ。この窓、どうやっても開かないんだけど」
元の部屋に逃げ込み、ケイニャが音を立てずにドアを閉めていると、ソミィが大窓の縁を掴んでいた。ギギギッと軋みを上げる窓枠。どうやら見えない鍵がかけられているようだ。
「どいてろ! ソミィ!」
扉の向こう側から近づく人の気配。もう時間の猶予はない。ファズは羽織っていたトオルのダウンジャケットを脱いで拳に巻きつけた。
「こんな窓、ブチ破っちゃえばいいんだよ!」
事は急を要するのだ。窓を開けるよりも窓ガラスを壊した方が手っ取り早い。でも、この胸騒ぎはなんだろう。心なしか嫌な予感がする。でも、ここから逃げ出すことの方が先決だ。
ファズちゃんが拳を振り上げた瞬間、クレアさんが制止の声を上げた。
「ファズちゃん! ちょっと、待つですぅ!」
手を伸ばし、ファズを止めようとするクレア。……が時すでに遅く、硬質ガラスはファズの一撃によって跡形もなく粉砕された。
「ヘヘン! どんなモンだい!」
とファズが鼻を鳴らしてガッツポーズを決めた途端、警報がやかましく鳴り響いた。





