第五章 クレハ・パレード1
2019/11/17
第五章における章題『仲間』から
『クレハ・パレード』に変更いたしました。
――どうして誰もいないんだろう?
何度も訪問した地球の保子莉宅。
人気もなく丸ちゃぶ台だけが残された居間で何をすることもなくボーッとしていると、背後から声がした。
「何とも、寂しい家になっちゃったね」
振り返れば、廊下へと通じる扉の前にリーンが立っていた。
――何で、こいつがここにいるんだ?
トオルにとって、この家は思い出の詰まった特別な部屋である。そんな場所に会いたくもない人間が現れるとは。
「やれやれ。そんなに嫌われているとは思わなかったよ」
リーンはトオルの横をすり抜けると、丸ちゃぶ台を前にして床に座り込んだ。
「その様子だと、かなり参ってるみたいだね」
図星だった。好きな相手の真意が汲み取れずにいるのだから。それでいて彼女の冤罪を晴らそうとした自身の行動。果たして、それにどんな意味があったのか。
自分の存在意義さえ見失いかねない過去の記憶。
どこまでが真実で、何が虚偽なのか。考えれば考えるほど、彼女に関する記憶が全て嘘に思えてきてならない。
最後に彼女を見たのは自分のクローンに連れられていた猫の姿。その直後、九斗に記憶を改変させられてしまったところまでは覚えているのだが……。
「記憶なんて、いい加減なものなんだからさ。全部忘れちゃえば?」
所詮は自己解釈なんだからさ。とリーンが笑った。
確かに、そうかもしれない。自分の捉え方や思い込みで記憶など、どうにでもなるのだから。それでも、この胸に残る想いは、いったい何なのか。
「キミが抱えているのは、単なる想い出による感情でしょ?」
もっともボクには、それ自体理解できないけどね。と、リーンは寝転がって横になった。200年以上生きているクレハ星人。なのに、この気持ちが分からないとは、どういうことなのか。
「確かに大昔は、そんな感情を抱いたこともあったよ。でも、ボクは相手の心が読めるクレハ星人だろ。付き合っているうちに、だんだん疲れてきちゃってさ……以来、ボクは余計な感情を排除するようにしたんだ」
――感情を捨てる? 生きている以上、そんなことができるはずがないだろ
「考えなきゃいいんだよ。他人から何を言われても放っておけばいい。実に簡単なことだよ」
――そんな単純じゃないんだよ……人間は……
リーンの冷めた考え方に、トオルが反発していると
「まぁ、キミのように若く未熟な者には理解し難いことではあるだろうけどね」
老いも若いも関係ない気がする。特に恋愛感情は。命を授かった以上、好きな人と恋をしたいし、一緒になりたいのだ。少なくとも地球上における生物は、そうやって子孫を残しているのだから。
「ボクも、キミの言いたいことは間違っているとは思わないよ。何しろボクも原始生物のひとりだからね」
「だったら、なぜ感情を捨てたんだ?」
「何をどうしようが、キミにとやかく言われる覚えはないし、ボクの勝手だろ」
「それなら、僕が保子莉さんをどう想おうが勝手だろ」
「そうだよ。でも、今、キミは迷っている。それだと正直、ボクがつまらないんだよ」
床に寝っ転がったまま不満を漏らすリーン。その横柄な態度に苛立ちを覚えた。
「以前、僕を見て『生物語』を見せてくれって言ってたよな? あれはどういう意味なんだ」
リーンの胸ぐらを掴みたい感情を抑え、訊いてみれば
「そうだね。せっかくだから、特別に教えてあげるよ」
ボクが見てきた予知が本物かどうか実証したいんだよ。とリーンは身を起こして胡座をかいた。
「予知?」
「そうだよ。誰もが羨む未来透視さ」
――もしかして、こいつも未来を見通すことができるのか?
深月に予知能力を授けたリーンだ。充分に考えられることだった。
――となると、僕や保子莉さんがこうなることも、前から分かっていたということか?
同時に過去や未来を変えられる能力も兼ね備えていることを懸念していると
「残念だけど、その憶測は間違ってるね」
流石にこのボクも意図的に時間旅行のような真似はできないんでね。と、残念そうな表情を見せた。
「キミは全宇宙の歴史が刻まれている領域世界を知っているかい? キミたちの世界では『アカシックレコード』と言う名称で呼ばれているらしいんだけど」
初めて聞く単語に、トオルは首を傾げた。確か、祖父の家にプラスティックの円盤に溝が刻まれた物があったが……もしかしてそれのことを言っているのだろうか。するとリーンが「そんな物理的なものじゃないよ」と鼻で笑った。
「じゃあ、何なんだよ?」
「全宇宙の事象、想念、感情の情報が刻まれているアストラル領域のことだよ」
「アストラル?」
まったく意味が分からなかった。きっとこの手の分野においては、サブカルチャーを得意とする長二郎の方が詳しいだろう。
「うん。きっと金髪くんの方が良く知っているだろうから、後日、ゆっくり講釈してもらうといいかもね」
話が長くなりそうなので、それは遠慮したいところだ。
「その領域と予知能力に、どんな関係があるんだよ?」
「昔、そのアストラル領域で、たまたまキミたちの未来を発見してしまってね」
「僕たちの未来?」
聞き逃せない言葉に、トオルは息を飲んだ。
黙って耳を傾ければ……約100年ほど前、予知能力の研究によりアストラル領域、つまりアカシックレコードのリーディングに成功したらしいのだ。だが余計な感情を捨ててしまったリーンにとって、宇宙の事例はさほど面白いものではなかったらしい。
――未来の何もかもを見てしまったから、こういうひねくれた性格になったのか?
同時に自分に置き換えて想像してみた。高校を卒業し、どこの大学へ進学し、どんな相手と結婚するのか。どうせなら宝クジの当たり番号などが分かれば、この先の人生はバラ色だろう。などと、俗的なことを考えていると
「羨ましいと思うかい? でもね、キミが想像しているよりも、現実はつまらないものばかりだったよ」
しかも、ボクがリーディングしたアカシックレコードは不完全でね。とリーンが肩をすくめる。
「不完全?」
「そ。残念だけど、流石に全てを見ることはできなかったんだよ」
何しろ過去から未来に携わる膨大な宇宙の情報だからね。と、語り……そして、その中からリーン自身が関わる歴史だけをピックアップして未来を垣間見てきたというのだ。
「だけど、不思議なことにボクが見た未来の全ては、完全ではなかったんだ」
予知に対して、実際の出来事が異なってしまったというのだ。想定外のイレギュラー。それを完璧なものにするため10年前、地球で伝承されるスピリチュアルを求め、遥々宇宙から地球に飛来して来たというのだ。
「そこで、あのお嬢ちゃんに遭遇したんだよ」
幼少深月と偶然の出会い。だが、それがリーンの興味を惹き……何も知らない幼女に念動力と予知夢の能力を与えたのだという。
「彼女には何が見えるのか、知りたくてね。臨床実験は多いに越したことはないだろ」
どうやら、この調子では他の惑星の宇宙人種族に対しても同様のことをしてきているのかもしれない。
「まぁね。その辺りはキミには関係のないことだから割愛するよ。それでね、この間、ダストホールの次元域に入ったら、予知通りキミの分身と出会ったわけなんだ」
あとは語るまでもなく、今に至るわけ。と、リーンが意味深な顔でほくそ笑んだ。
――それで再生体が、地球に戻ってこれたのか
余計なことをしてくれたものだ。……が、もしリーンが介入しなければ、果たして自分の人生はどうなっていたのだろうか。
もしかして深月さんと結ばれていた?
じゃあ、保子莉さんとの関係は?
混乱する記憶と、あったであろう可能性に頭の中がおかしくなりそうだった。
「さて、ボクの話はここまでにして、キミの記憶だけど……どうする?」
ボクならキミの記憶を正しいものに戻すことができるけど? とリーンが真顔で言ってのけた。
――僕の本当の記憶を知っているのか?
「うん。キミの体験してきた記憶は、深層意識で見せてもらったからね。半年足らずの記憶修復なんか、ボクにとっては造作もないよ。あ、もちろん見返りなど求めないから安心してよ」
リーンからの無償の申し出。本来ならば喜んでお願いするところだが……相手は信用のおけないリーンだ。正しい記憶がどんなものなのか、知れたものではない。
「ずいぶんと疑い深いんだね」
当たり前だ。他人の人生を覗き見て『生物語』などと笑うヤツを、どう信用しろというのだ。
「お前に改変されるくらいなら、このままでいたほうがマシだ」
吐き捨てるトオルに、リーンが愉快に笑った。
「ボクが救出した分身の彼もそうだったけど、キミも負けず劣らず、頑固だね」
同じ遺伝子を持っているのだから当然だろう。ついでに言えば、再生体よりも僕のほうが頑固だ。
「でも、そのままの記憶だと、彼女に対する想いがデタラメのままだよ?」
「だったら、保子莉さんに直接聞くまでだ」
「えっ?」
即答した瞬間、常に上から目線だったリーンの表情が固まった。
「僕の知っている記憶を、保子莉さんに正してもらう」
彼女本人と話をし、何が本当で何が間違っているのかを照らし合わせれば良いだけ。真面目な彼女のことだ。きっと本物の記憶を拾って修正してくれるに違いない。
「ふーん……ちょっと当てが外れちゃったかな」
小首を傾げて虚空を見上げるリーン。その様子からして、また未来予知とズレが生じたのだろうか。
「それはキミの想像にお任せするよ。それはともかくとして、ボクが睨んだとおり、やっぱりキミは面白いね」
こっちは不愉快なことばかりで、ちっとも面白くないのだが。
「さて、そろそろ目覚める時間が近づいてきたから、この辺でボクは退出させてもらうよ」
――目覚める? こいつはいったい何を言っているんだ?
立ち上がってドアに向かうリーンに、トオルが訝しんでいると
「あ、そうそう。ひとつだけ忠告しておくけど、キミと彼女のどちらかが死ぬ運命にあるから気をつけてね」
――死ぬ? 何で?
生死を分ける言葉を聞いた瞬間、トオルの顔面で何かが蠢いた。
「みゅー」
視界を覆う獣の匂いと重みに、トオルの意識が現実に引き戻された。
――ポウ?
すぐに顔からポウを引き剥がし、身を起こす。
――ここは、どこだ?
視野を遮る腫れ上がった左瞼が酷く痛かった。
――くそ。九斗に蹴られたりおかげで身体中が痛い
熱を帯びた打撲箇所を気にしながら、ベッドの上で見慣れぬ部屋を見回し、冴えない脳みそで気を失う直前の記憶を呼び起こした。そして最後に見た黒猫保子莉の姿を思い出す。
――僕は何のために、ここまで来たんだっけ
彼女の冤罪を晴らすためだ。しかし、なんで? 散々、保子莉から心無い言葉を浴びせられてきたはずなのに、なぜ自分は危険を冒してまで宇宙に来ているのだろうか。
矛盾する彼女の態度に苦悩し……そして夢の中でリーンと交わした会話を思い出す。どれが正しい記憶なのかを、彼女に正してもらおうと決めた自分がいたことを。
――早く、保子莉さんを探さなきゃ
こうしちゃいられない。とトオルはコートスタンドに掛けてあったダウンジャケットとナップザックをひっ掴み、ベッドの上に目を向けた。
――あれ? ポウがいない?
つい先ほどまで、そこにいたはずの小動物。それが煙のように消えていたのだ。
「おーい、ポウ?」
枕を持ち上げたり、毛布を剥がしてみる。もちろんベッドの下を覗いてみた。しかし鳴き声はおろか気配すらなかった。
――置いていくわけにもいかないし……困ったなぁ……
ケイニャが可愛がっていた小動物。できることなら、はぐれることなく連れて行きたいところだ。……が、そこで不意にある疑問が脳裏に浮かぶ。
――そういえば、ポウはどうしていつも僕のそばにいるんだ?
姿が見えなくなったと思えば、忘れた頃に現れる小動物。特に夢の中でリーンと会った後は、必ずと言って良いほど現れている。偶然なのか? それにしてはタイミングが良過ぎるのだが。
――まさか、リーンが関与しているんじゃ?
でも、そんなことがありえるのだろうか。いや、リーンのことだ。ポウと意識を共有していても何ら不思議ではない。同時にリーンと共に行動していた白衣男の存在を思い出した。意識を同調させて操っていた有機生命体。もしかすると、ポウもそういった可能性を秘めたとしてもおかしくはない。
――だとすると、全てあいつに見られてたのか
キミの生物語を見せておくれよ。と、楽しげに語っていたリーン。その小憎らしい表情を思い出し、「くそっ」と苦々しく呟いた。
――ケイニャには申し訳ないけど、もし、ポウがまた現れたら関わるのはやめよう
憶測の域ではあるが、夢の中までリーンが現れる以上、なるべく距離を置くべきだと思った。トオルはポウとの決別をきめると、重厚な造りのドアに歩み寄ってハンドルを握った。が……
――鍵を掛けられてる?
押しても引いても開かないドア。肩でタックルをしても、足で蹴ってもビクともしない扉にトオルは焦りを感じた。
――閉じ込められた? でも、何で?
理由が思いつかなかった。少なくとも、良くない状況なのは確かだ。トオルはすぐに窓辺に踵を返し、窓を開けようとした。……が、こちらも目に見えない施錠をされており、開閉できなかった。
――早く、ここから逃げなきゃダメだ
そばにあった木製の椅子を掴み、窓ガラスに向かって振り上げた瞬間、背後でガチャリとドアが開く音がした。
「そんなことをしても、無駄ですよ」
振り返れば、獣人召使いを引き連れた黒髭男がドアの前に立っていた。
「こんなところに僕を閉じ込めて、いったいどうするつもりだっ!」
声を荒げるトオルとは対照的に、ウーヴが穏やかに応える。
「とりあえず、その椅子を下ろして頂きましょうか? 話を聞くのは、それからです」
「僕の記憶をいじくり回しといて、ふざけたことを言うなっ!」
叫ぶや否や、椅子をウーヴに向かってぶん投げた。当たって怪我を負ったとしても、もう知ったことではない。
――こっちは何としても、保子莉さんに逢わなきゃいけないんだ!
同時に出口に向かって床を蹴った。体当たり同然の突進。……が、ウーヴは軽く椅子を弾き、なおかつトオルの腕を掴み、合気道のような技でもってトオルをねじ伏せた。
「残念ですが、あなたの逃亡を許すわけにはいきません」
息も乱さぬ相手を、トオルは組み伏せられたまま睨みつけた。
「おとなしくしていれば危害は加えません。ですが、それでも抵抗するのであれば、拘束具でもってあなたの自由を奪うまでですよ」
どうされますか? と二択を突きつけるウーヴ。大人と子供のような格の違いを見せつけられてしまった後では、もはや反抗すること自体無意味だった。
「賢明な判断ですね」
そう言って立ち上がり、襟を正すウーヴ。どうやら相手が悪かったようだ。トオルはウーヴを睨めつけながら、体を起こした。
「とりあえず、今日のところはこちらでお過ごしください」
ウーヴがパチンッと指を鳴らすと、獣人召使いが配膳カートを寄せ、テーブルに料理を並べていく。その様子を見ながらトオルは保子莉の身を案じた。
食事はきちんと取っているのだろうか?
ちゃんと睡眠は取れているのか?
九斗に無理強いなどされていないだろうか?
考えれば考えるほど、見えぬ彼女のことが気になっていく。
「保子莉さんに逢いたいんだけど」
「私の一存では判断しかねます。ですが、今夜、アガミさまとお会いする機会がありましょうから、その際にホズリさま面会の有無をお尋ねされてみてはいかがでしょうか」
アガミを引合いに出す曖昧な答え。保子莉と自分を陥れたアガミのことだ。きっとタダと言うわけにはいかないだろう。
――どうする?
味方のいない敵陣。しかも腕力においてウーヴが相手では敵うはずもない。それゆえ、ここはおとなしく従うのが得策だろう。
「賢明な判断ですね」
では、今晩お迎えに参ります。と、獣人召使と共に退室するウーヴ。ガチャリと閉められるドアの鍵音に、トオルは途方に暮れた。強いられた行動制限。これでは拘束首輪をされているのと何ら変わりはない。
――とりあえず、食事でもするか
宮殿の外で口にした簡素な食事以来、何も食べていないお腹。用意された暖かい食べ物の匂いに誘われるように、胃袋に潜んでいた腹の虫が騒ぎ始めた。トオルは投げた椅子を戻してテーブルに向き合い、喉を鳴らした。が……
――もしかして、これを食べたら相手の思い通りなのでは?
自分や保子莉を陥れた憎っくき相手。この食事を口にした瞬間から、アガミたちに屈したことになりはしないだろうか。
――あんな連中に負けてたまるか!
トオルは手にしていたフォークをテーブルの上に叩きつけた。
――こうなったら意地でも食べないでやる
アガミやウーヴが思っているほど自分は弱くない。と反逆の意味も含め、断食を決意するトオルだった。





