第四章 玉座に座る者2
「そう。わたくしの睨んだとおり、大した情報は無かったようね」
第一妃宮のアガミ専用の浴場施設。贅の極みを施した大浴場で、白濁の湯に浸かりながら白き獣人が気抜けする表情を見せていた。
「アガミさまの洞察力に感服する次第です」
悩ましく美しい主人の全裸を前にしながら、ウーヴは湯を注ぎ出す彫刻物の脇に立って答えた。
二人の下人と、それを言い値で買い取ると申し出てきたトキン。主人の命に従って身元調査をしてみれば、ジャゲは海賊団の元一員であり、ビヂャに至っては何の取り柄の無い吸血宇宙人だったのだ。しかも二人とも利己的で、あろうことか雇い主の海賊頭首に謀反を起こし、大衆の目の前でミサイル騒動まで起こしていたのだ。またトキンにおいては、絶滅危惧種のソーモス星人と判明し……同時に災いを招き寄せる厄病神の噂まであったのだ。
「ゆえに、このまま二人を側に置いても、何の利益も得られないかと」
すると、アガミが湯気の立ちこもる天井をおもむろに見上げた。
「リーンとの約束もあるし……下人の二人は今まで通り、あなたに任せるわ」
反故しても差し使いのない約束を厳守するアガミ。一任すると言うからには、大した問題ではないという判断なのだろう。
「では、トキン・トキンの方はどういたしますか?」
また交渉にやって来るであろう赤髪の獣人。ウーヴとしては、むしろこちらの方が気がかりだった。
「そちらも、好きにさせなさい」
「しかし噂とはいえ、災いを被られては……」
「もし、その噂が本物なら是非あやかってみたいものね」
それに、その程度のジンクスで潰れるようなわたくしじゃなくてよ。と哄笑するアガミ。何事に対しても屈しない強靭な精神の持ち主。それがこの方の強みと言えよう。そうでなければ、星王のお膝元で違法マタタビの生育などはしないだろう。
「わたくしが星王になった暁には、収穫量を増やし、他の猫族惑星に流通させるつもりよ」
この計画を発足させる際に言ったアガミの言葉。惑星ナァーの収益の源は、主に観光資源と良質なマタタビだ。他の猫族惑星には到底真似のできない収穫物であり、ブランドとしての認知度も高い。だが、アガミの理想はそれだけではとどまることはなく、全惑星の猫族を支配下に収めようと、違法マタタビの貿易を思いついたのだ。
事実、これにより隣星の第37番猫族惑星オーヤンの政治家たちを抱き込み、骨抜きに至らしめたのだ。
全宇宙における猫族君主を目指す者。
惑星ナァーの歴史上において、第98代星王が成し遂げられなかった野望。それをシーグレー・アガミが実行に移し、現実のものにしようとしているのだ。それも武力行使や経済措置を使わず、猫族貿易協定に抵触する禁止薬物だけで。仮にこれらが蔓延すれば、猫族全種のほとんどを精神制圧できたと言って良いだろう。逆に、もし他惑星から批難を浴びるようなことになれば、たちまちこの星の信用は地に落ちることとなり、明日という未来を失うことになりかねない。
「星王即位後、半年以内に生産拠点を惑星オーヤンに移すわ」
とリスク回避も忘れないアガミ。違法マタタビの生育を自星から惑星オーヤンへ移し、そこを拠点に全惑星へ出荷しようというのだ。つまりは隠れ蓑をかねた踏み台。そうすることにより他の星の目を欺くことができるからだ。あとは、どれだけのスピードで流通を広められるかが勝負のカギとなるだろう。年端もいかない小娘相手に、踊らされる猫族たち。まったく哀れとしか言いようがない。
「ところで、あのボウヤの様子は?」
不意に投げかけてきた問い。アガミの言うボウヤとは、言わずもがな敷常トオルのことだ。
「用意した客室にて、就寝中です」
今頃は、夢の中で偽りの記憶に惑わされていることだろう。
「そうね……。ホズリとの思い出を残しながら、嫌悪感を植え付けるような仕掛けをお願いするわ」
仕える主人から、細かく指示された記憶操作プログラム。いっそのこと全ての記憶を消してホズリの存在自体を抹消してしまえばいいものを、なぜわざわざ残す必要があるのだろうか。
「辺境惑星から、遥々、ホズリを追いかけてこられたのよ。それを全て無きものとしては彼に失礼だし、何よりホズリもつまらないでしょ」
と、冷酷に嘲るアガミ。確かに、好意を持つ相手が嫌悪を示せば、大抵の者はショックを受けるだろう。
敷常トオルという男と、女であるホズリ。
次に顔を合わせた時、果たして二人はどのような反応を示すのだろうか。そして、それを見てアガミは満足を得られるのだろうか。
「人の不幸は蜜の味って言うでしょ」
ホズリの絶望する顔を見て、悦に浸りたいのだろう。だが、主人の思惑はウーヴの推測を超えていた。
「明日の夜、もし彼が落ち着いているようならば、わたくしの寝室へ案内するように」
湯船からの指示に、ウーヴはアガミの真意を汲み取った。記憶を改変しただけでは飽き足らず、男女の営みを結ぼうとしていることを。自身を満足させる性的快楽と、ホズリに与える絶対的絶望。そのサディズムな性癖にウーヴが言葉を失っていると、アガミが白濁した湯船の中で両脚を大きく広げ、男の淫欲を誘うように挑発する。
「もしかして、わたくしが他の雄を唆かすことが不満なのかしら?」
舌舐めずりをし、なまめく肢体と色めく声音でもって、淫猥な仕草をしてみせるアガミ。
「でも、こうなってしまったのも、全てあなたが悪いのよ」
分かってるでしょ? と、アガミは豊満な胸を持ち上げ、しなやかな裸体をくねらせた。
以前ならば、奉仕する意味でアガミの色欲に応えることができただろう。しかし、あいにく体が不自由となってしまった今のウーヴでは、決して情欲を唆られることはなかった。
「申し訳ありません」
頭を下げたウーヴの謝罪に、アガミの目元にわずかな陰りが落ちた。
「本当に、つまらない男になったわね」
アガミは不満気にそう呟くと、火照った身体を宥めるように裸体を弄り、浴室に淫声を響かせた。





