第四章 玉座に座る者1
「それではぁ、これをもちましてぇキャッツベル号のぉ保険解約といたしますぅ」
「はい。お手間をお掛けしました」
解約手続きを終えたクレアは、白髪の老人とともに格納庫の作業監視室から、ドック入りしたキャッツベル号を見下ろした。
「古いとは言え、状態の良いお船だけにぃ、とてもぉ残念ですぅ」
全長200メートル弱の旧型宇宙船。数百年の時代に渡って受け継がれてきた中型貨物船は、まるで檻に入れられた動物のように沈黙していた。
「もしぃ、また保険が必要になりましたらぁ、是非ぃ当社までぇご連絡くださいなぁ」
「もちろん、その時はクレアさまにお願いいたします」
白髪の老人との締結を確認し、クレアはタブレット端末をハードケースの鞄に収め、電子錠を閉めた。
失った大口契約。それにもかかわらず満面の営業スマイルを絶やさない幼女。宇宙における保険案件を数多くこなし、いろんなクレームや解約に対応してきたクレアにとって、それは日常茶飯事のことだった。もちろん損失した利益分を取り戻そうと補てん営業も忘れない。
「それでぇ、長期契約して頂いているぅ惑星保険ですがぁ、新規オプションをお考え頂けるよう星王陛下にお伝え頂けますかぁ?」
300年以上、歴代星王を通して継続契約をしてきた惑星保険。その内容は猫族52番惑星全土における天災保険までだった。この従来の加入保険に対し、クレアは『惑星半壊保険と惑星消失保険』を先程、アスタイン陛下直々に薦めたのだが
「有難い申し出ではあるが、私の目が黒いうちは、惑星ナァーの消滅はありえない」
だが、もし必要となった場合は、迷うことなくそなたに相談に乗ってもらうとしよう。と、断られてしまったのだ。
引き際を見極め、一旦は引いたクレアだったが……それでも、やはり売り上げを落とすわけにもいかず、星王陛下と親しい老人へのセールスを欠かさなかった。
「分かりました。クレアさまのお薦めする商品です。今すぐとはいきませんが、この爺が必ず陛下を説得してみせましょう」
柔和な笑みを浮かべる老人に、幼女も「お願いしますですぅ」と頭を下げた。信用のおける老人だ。種を撒いておけば、必ず芽が出るはずである。抜かりなく取れた確約に、幼女は胸を撫で下ろし
「ところでぇ、お嬢さまのぉ姿を見ませんけどぉ、何かあったんですかぁ?」
仕事づくめで地球に戻れず、ここ最近、ろくに顔を会わせてない保子莉の話を口にした途端、沈着冷静だった老人の片眉がピクリと跳ね上がった。
「そうですか……。クレアさま相手では、隠し事もできないようですね」
沈鬱の表情をみせる老人に、クレアはあどけない笑顔で頷いてみせた。読心能力を持つクレハ星人。否が応でも相手の心の中が読めてしまうのだが、それでも例外もある。意識の弱い者、機械的な遮蔽物によって心が読めない者。そして目の前にいる老人のように精神力が強い者などが、それにあたる。
時雨保子莉こと、シーグレー・ホズリに仕える執事。その心が読めないのは、きっと長い人生経験による賜物なのかもしれない。
「星王陛下の心を、お読みになられたのですね」
その通りだった。先程、アスタイン星王に挨拶をしに行った時、妙な思念が頭の中に滑り込んできたのだ。2人の娘やひとり息子の身を案じ、同時に惑星ナァーにおける星民の行く末。ひとつの星を統括する者の思想は、限りないほど尊く、複雑だったのだ。
そのため、今起きているこの星の事情は、だいたい理解できた。が……
「それでも、私からお話することはできません」
口を硬く閉ざす老人に、クレアは立場をわきまえた。仕事柄、信用を得るため、契約における漏洩はもちろんのこと、顧客の私情に余計な口を挟まないことを心掛けている。行き過ぎた干渉は相手に不信感を与えるだけだからだ。それだけにクレアもそれ以上、踏み入ることはせず、黙って頷くだけだった。
「分かりましたですぅ。私でよければぁ、いつでも力をぉお貸ししますのでぇ、遠慮なくぅ言ってくださいなぁ」
鼻息を鳴らしてガッツポーズを決める幼女に「頼もしい限りです」と老人の表情が綻ぶ。
「ところでクレアさま。もし、ご都合がよろしければ4日後に行われる星王即位式典をご覧になっていかれませんか? お部屋と食事はもちろん、VIP席もご用意いたしますよ」
老人の誘いに、幼女は少しだけ躊躇した。幸いなことに今のところ、次の仕事の予定はない。この空いたスケジュールを利用して、地球に帰るつもりだったのだが。
さてさて、どうしましょう。
星王即位式典の招待。星を挙げての国家行事だけに、一介の部外者が参列できることは滅多に……いや、ほとんどないと言っていいだろう。結局、老人の強い薦めもあって、クレアは惑星ナァーに留まることとなった。
「なんだかぁ、妙ですねぇ……」
用意された星王宮殿の客室。夕食とシャワーを終え、豪華なダブルベッドの上で幼女は端末片手に首を傾げた。本来ならば、星を挙げての祭り事なのに、惑星ナァーのメディアはアガミよりも、第二夫人の息子に関心を寄せていたからだ。
『薬物による狂乱』やら『廃人説』など、根も葉もない根拠と憶測が記事として書き連ねられていたのだ。
昼にお会いした星王の心を読んだ限りでは、そこまで酷い状態ではなく、回復に向けて第二妃宮にて療養中のはず。だが、幼きノーグァは精神的ダメージにより、即位継承の戴冠を受けることができないのが現状なのだ。
そうなると、継承者として最も有力なのは第一夫人の娘であるシーグレー・アガミなのだが……星王自身が決断に迷っており、場合によっては即位式典自体の見送りも考えているようだった。
――ずいぶん、おやつれになられてましたですねぇ
心労を抱えたアスタインの背中は、初めてお会いした頃に比べ、弱々しいものだった。
前任者からの引き継ぎで、クレアがこの星の担当を請け負ったのが15歳の時。保険会社であるコスモ・ダイレクト社からのスカウトを機に、故郷を離れ、初めて任されたお仕事。それだけに当時のことは昨日のことのように覚えている。
ふわふわしたお髭と、風格あるグレーの猫耳と太く長い尻尾。そして逞しく大きい体と百獣の王のような眼力。そんな猛獣のような顧客相手に、幼女クレアがプルプル震えていると
「そんなに怯えぬとも良い」
微笑む星王の大きな手が、優しく幼女の頭を撫でた。緊張を解いて心を覗いてみれば、相手の暖かく寛大な気持ちが伝わってきた。信用のおける相手。それを示すかのように、星王アスタインの目尻は下がりっぱなしだった。
「これも何かの縁だ。どれ、ここはひとつ、おじさんの妙技を特別に披露して進ぜよう」
自分のことを、あえて「おじさん」と称する星王に驚きを隠せなかった。確かに星王からすれば、15歳のクレアなどまだ子供だろうし、ましてや背格好が幼女ではそう見られるのも不思議ではないのだから。
星王はティーカップのお茶を飲み干し、静かに受け皿に置いて立ち上がると、右手の爪を伸ばしてティーカップを睨んだ。何をするんだろう? と息を呑む幼女の前で、星王は深く呼吸を整え、そして……
「フンッ!」
手刀による居合抜き。その目にも留まらぬ動作に、クレアは目をパチクリさせた。
「いったい、何をされたんですかぁ?」
テーブル上の陶磁器を注視して首を傾げていると、星王がこれ見よがしに笑った。
「直に触って、確かめてみると良い」
言われるがまま、クレアは指先でもってティーカップを突っついた。だがカップに変化はなく、代わりに下の受け皿が真っ二つに割れ、ティーカップがコロンっとテーブルに転がった。
「凄い! 凄い! とってもぉ凄いですぅ!」
目を丸くし、声を張り上げて拍手喝采するクレア。ティーカップに傷ひとつ付けることなく、受け皿だけを切り裂いたのだ。それはもう奇術のような神技だった。
「そうだろう、そうだろう」
得意げになって無邪気に笑う星王に、クレアも気兼ねなく存分に笑うことができたのだ。
――今にして思えばぁ、お嬢さまの性格はぁお父さま譲りだったのかもしれませんねぇ
星王の人柄とそっくりな第二夫人の娘。少しおっちょこちょいで、目を離すと何かしらやらかす猫娘。それでいて人一倍強い責任感も持ち合わせていたりするのだから、親子としか言いようがない。
――それにしてもぉお嬢さまはぁいったいどちらにぃ、いらっしゃるのですかねぇ?
キャッツベル号の出航停止に合わせ、保険解約にも姿を見せない船の責任者。端末で連絡を試みても、一向に応答がないだけに余計な不安が募る一方だ。
――これはぁ、間違いなくぅお嬢さまの身に何かありましたですねぇ
それなのに、白髪の老人は狼狽えるわけでもなく、保険解約の代行人を務めていた。しかも、それだけではない。先日、トオルから受けた通知。仕事が忙しくて受けることができず、先程、あらためて折り返したのだが……こちらも、なぜか応答することがなかったのだ。
「もぉ! 謎だらけでぇモヤモヤしっぱなしですぅ! こうなったらぁ、長二郎さんに電話するですぅ!」
学校の夏休みが終わった後、しつこくせがまれた連絡先交換。クレアはアドレス帳から『長二郎さん』を検索してダイレクトコールした。
『やぁ、久しぶりだな。クレハ・クリス・クレア』
衛星通信を使用した端末画面に知らない人物が映った。低い声音と目元を隠すアイマスクの男に、幼女の眉根が歪んだ。
「何の冗談ですかぁ?」
トオルと保子莉の情報を知りたくて電話した相手。それが呑気にコスプレなどして遊んでいるのだから、幼女のこめかみに苛立ちが浮かぶのも無理はなかった。
『このロック・フェイサーである私に対して、コスプレとは手厳しいな』
フッとニヒルに笑うアイマスクの男。なまじ演技力があるだけに、なんだか別人と話しているようだった。
「そんなことはぁ、今はどうでもいいんですぅ」
ベッドから飛び降りて息巻く幼女に、マスク男の口元がムッとした。
『いや、そこは私への敬意を評し、経緯や素性を訊ねて、私というキャラクターを深掘りして引き立てて欲しいのだが』
「面倒ですねぇ、分かりましたですぅ」
聞きましょう。とベッドの上に昇って正座する幼女。姿勢を正して耳を傾ければ、クレアが産まれる以前、地球で放送されたアニメキャラだというのが分かった。
『……と、言うことで、今後は宇宙海賊ロック・フェイサーと呼んでもらって構わない』
あくびの出るような長いキャラ歴史を聞き終えた後、クレアはあらためてトオルの所在を訊ねた。
「それでぇ、長二郎さん。トオルさまを知らないですかぁ?」
「長二郎ではない。ロック・フェイサーだ」
とマスク越しに凄みを効かせて強要する長二郎だったが
『HEY、若大将! 脚はどうするYO? 二本付けるんですKA?』
何やら聞き覚えのある声が、画面横から割り込んできた。
『勿論だ。脚を付けずにして人型機動兵器は語れん』
『それもそうNE。オッケー、了解したYO』
変な発音と訛りから察するに、タルタル星で活躍したメカニックマンのアロが側にいるようだった。
「それでぇ、長二郎さん。トオルさまを……」
『HEY、若大将! リアクターキャノンへの接続ハーネスはどうするNE? 固定すRU? それともフリーケーブルにして遊ばせておくKA?』
『アロに任せる。それからその若大将はやめろ』
『若大将が、そう言うなら仕方ないNE。了解したNE』
顔の見えない外野に会話を中断され、クレアの声も自然と低くなる。
「それでぇ、若大将さん。トオルさまを知らないですかぁ?」
『いや、だから、私はロック・フェイ……』
「トオルさまを知、り、ま、せ、ん、か?」
いつまでもコスプレごっこに付き合うつもりのなかったクレアは、牙を剥いてマスク男を睨みつけた。その気迫に圧され、若大将が渋々、アイマスクを外した。
『えーと……今日のクレアたん……何だか怖ぇんだけど?」
何しろトオルさまと連絡が取れず、イライラしているんですから、当たり前です。すると……
『トオルなら、今頃、惑星ナァーにいるはずだぞ』
「えっ? 本当ですか?」
ビックリするような事実。あらためて聞けば、バブンメタル密輸の容疑で捕まった保子莉の冤罪を晴らそうと、単身でナァーへ向かったとのことらしい。もしそれが本当ならば、無謀としか言いようがない。
――そうですかぁ。お嬢さまのためにぃ、ひとりで宇宙に出てこられましたかぁ
同時に、保子莉に対するトオルの想いを確信した。
――認めたくないですけどぉ、トオルさまがぁお嬢さまを選んだのならぁ仕方がないですねぇ
以前よりチラチラ垣間見えていたトオルの恋心。それが行動となって現れたのでは、他者が入る余地はもう無いだろう。
『どうした、クレアたん?』
「いえ、なんでもないですぅ」
年下の可愛い男の子。その彼が、今、保子莉を救おうとして自発的に動き出したのだ。ならば、せめて今後は頼りになるお姉さんとして、彼の役に立ちたかった。
「ちなみにぃいつ頃ぉ、そちらを出発しましたですかぁ?」
『確か……5、60時間くらい前だったかな?』
だから昨日くらいには、ナァーに到着しているはずぜ。と答える長二郎。もしそうだとすれば、すでにプラール市内のどこかにいるはずなのだが。
――でもぉ、いったいどこにぃ?
クレアでさえ保子莉の居どころを掴めずにいるのだ。それだけに土地勘のないトオルだけでは迷子どころの話ではない。しかも道中、海賊に捕まったというのだから、それこそ危なっかしい。
――もぉ、世話のかかる子供みたいですぅ
入り混じる不安と苛立ちの中で、窓の外を見れば、すでに夜の帳が下りていた。
――今から探しにいくにはぁ、ちょっと遅すぎる時間ですねぇ
しかも、ここは星王宮殿内だ。夜遅くに、ウロウロしようものなら、速攻で宮廷警備員に捕らえられ、不審者扱いされることだろう。
「長二郎さん。もしぃ、トオルさまから連絡があったらぁ、私に一報くださいなぁ。そしたらぁ、すぐにぃ保護しますのでぇ」
完璧な段取りと連携プレー。の、はずだったのだが……
『あっ。そう言えば、あいつ、バヤンテ団に端末売られて、連絡着かねえんだったわ』
後頭部を掻いて苦笑いする長二郎に、三度驚くクレア。
「何でぇ、そんな大事なことぉ、早く教えてくれないんですかぁ!」
――どうりで連絡が取れないわけですぅ
通信機器を所持していない軽装備。RPGなら、アイテム無しでダンジョンに飛び込むようなものだ。それだけに、きっと今頃は街のどこかを彷徨い、困っているに違いない。
『まぁ、金は持たせたから、きっと、どこかで宿を取ってるだろう』
もう子供じゃないんだから。と呑気に構える長二郎に、クレアはほとほと呆れ返った。
――まったくぅ、何でぇ男の子ってぇ、こうもがさつなんでしょう
とは言え、日々成長を重ねていくトオル。確かに今の彼ならば、多少の困難にあっても、臨機応変に対処することもできるだろう。
――こうなるとぉ、明日は市内のホテルとかもぉ含めてぇ探さなきゃいけなくなっちゃいましたですねぇ。やれやれですぅ
と幼女は広がった捜索範囲を考慮し
「分かりましたですぅ。もしぃトオルさまがぁ、見つかったらぁ、またぁ連絡しますですぅ」
するとアイマスクを付け直した長二郎が『貴殿の健闘を祈る』とニヤッと口角を持ち上げた。
――まったくぅ、面倒なキャラ設定ですねぇ
とボヤきながらも「了解しましたですぅ」と律儀に敬礼する幼女だった。





