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第三章 それぞれの想い2

 ――こんな姿を、トオルに見られとうなかった……

 キャッツベル号の操舵室ブリッジで、自身に枷られた赤い首輪に触れる黒猫。服従する憐れな格好。弟ノーグァを盾に取られ、先祖返りの遺伝子ドライブを強要されたまでは我慢できた。だが……まさか、好きな人の前で生き恥を晒す形になるとは夢にも思わなかったのだ。

 ――変わり果てたわらわを、どう思っておるのじゃろうな

 彼の瞳には、退化した獣姿の自分が映っていたはず。

九斗こいつに非道いことされているのに、何で庇うんだよっ!」

 自分に対する哀れみからなのか、それとも九斗の行為が許せなかったのか。怒りの理由が定まらなかった。

 日頃からハッキリしない彼の性格。

 真意を汲み取れない彼の気持ち。

 そんな彼を好きになってしまったのは、いつからだろう。



 彼と出逢ったのは地球で仕事をしていた時だった。報酬がわりに受け取った廃棄品の猫缶を宇宙船に積み込んだ後、遊びがてらにライドマシンで峠道を走っていた。……が、あろうことか未熟な運転から、彼を事故に巻き込んでしまったのだ。

 ――どうして……どうして……

 現場に飛散した肉片に、足が震えた。目の前の現実に狼狽しながら、端末機で幼少の頃から仕えてくれている執事を呼んでいた。

「爺ぃ……爺ぃ。人を、原住民を跳ねてしまった……」

 頭の中が混乱し、何をどう話したのか覚えてはいない。とにかく一刻も早く来てほしかった。

『お気を確かに』『お怪我はありませんか?』『すぐ参ります』

 認識できた断片的な会話。何と答えたのか、記憶すら残ってない。

気づけば、光乏しい夜の峠道で、胴体から離れた彼の頭を抱え上げ……自分のしでかしたことを後悔していた。

 ――わらわは……何てことをしてしまったのじゃ……

 生気を失った原住民の頭を抱え、泣きながら謝った。

「すまぬ。すまぬ……」

 自身の軽率な行動を何度も何度も悔やみ、その場にへたり込んでいると、老人の手が肩に触れた。

「お嬢さま、お嬢さま。私の声が聞こえてますか?」

「爺ぃ……」

 かすれた声でもって老人に泣きついた。もう、何をどうして良いのか分からなかった。

「お嬢さま。どうか、お気を確かに」

 冷静に悟す老人に縋りつき、血の気の失せた頭を向けた。

「この者を……この者を、どうか助けてやってくれ」

 辺境惑星の原住民。星人によっては遺棄や隠滅をするところだろう。だが、わらわは違う。どんな姿形をしていようとも、自身の道楽ごときで儚き命を奪うことが許せなかったのだ。

「お任せください。お嬢さま」

 老人は上着を脱ぐと、路上に停車したトランスポーターから浮揚担架フローティング・ストレッチャーと医療キットを持ち出し、蘇生するための応急処置を施し始めた。腕まくりしたワイシャツの袖が血で汚れていくのを見て、取り乱すだけの自分を恥じた。

「爺ぃ。わらわにも何か手伝えることはないか?」

 すると、老人は原住民の首に延命処置の器具を埋め込みながら言った。

「お嬢さまの手を汚すわけにはいきません」

「そうはいかぬ。わらわにも何かさせよ!」

 自分が医療知識のない未熟な子供だとは分かっていた。それでも……いや、だからこそ何かを手伝いたかった。すると、その胸懐を汲み取った老人が明確な指示を出す。

「それでは、そこのストレッチャーに、この方の体を乗せてください」

 できますか? と問う老人に、強く頷いた。

「任せよ」

 ライドジャケットを脱ぎ捨てると、原住民の体を拾い集めてストレッチャーに乗せた。生暖かい体を触る度に、血の匂いが鼻にまとわりついた。だが、これでこの者の命が助かるならば、そんなものは苦にならなかった。

 ――指や手足など欠けてないだろうか?

 猫目でもって暗い道路と、ストレッチャーに乗せた首無しの体を交互に見渡していると

「終わりましたら、ストレッチャーとこの方の乗り物をトランスポーターへ運んでください」

「了解じゃ」

 老人の指示通り、ストレッチャーをトランスポーターに収容し、コンテナ内に固定した。それからは教えられることもなく、自発的に行動していた。汗だくとなった額を拭い、バラバラにひしゃげた自転車を運び入れ、自分のライドマシンを乗せていた。何をするにも無我夢中で、頭の中が空っぽになっていた。


 気づけば……老人が手配した契約保険会社の宇宙船の中にいた。

「一命はとりとめましたからぁ、もぉご安心ですよぉ」

 治療を終えたクレハ星人の幼女が、血糊のついた白衣メディカルコートを脱いでニッコリと微笑んだ。液体が満たされた医療カプセルには原住民の体が漂い、頭部だけとなってしまった首には、かりそめの身体が装着されていた。

「これは、いったい……」

 あつらえたかのような体に驚いていると

「人工有機ボディですよぉ。被害者さんのあらゆる細胞情報を元にぃ肉体を再形成しているのでぇ、被害者であるご本人さんもぉ、ほとんど気付かないと思いますですよぉ」

 寸分違わぬ人工有機ボディの再現力。噂で義体のことは聞いていたが、実物を目の当たりにしたのは初めてだった。……が、同時に自身のしでかした過ちが、いかにとんでもないかを悟った。

 ――こんな大事になるとは思わんかった

「とりあえずぅ、保険の契約確認とぉ今後の段取りをお話ししたいと思うのですがぁ……」

 クレハ星人の問いかけに、老人が答えた。

「それでは、わたくしがお伺いいたしましょう」

 お嬢さまも、少し休まれてください。老人はそう言い残してクレハ星人とともに施術室を出ていった。

 ――わらわのような馬鹿者のために、こんな目に……

 医療ベットに横たわる原住民に寄り添い、心から詫びた。

 ――元の体に戻るまで不便を強いるやもしれんが、しばらくの間、辛抱しておくれ

 医療による回復頼みだけに、見守ることしかできない自分の無力さが悔しかった。


 その後、被害者の治療経過を監視するため、クレハ星人のクレアと共に地球の高校生活を送ることとなったのだが……被害者の性格を知って、ちょっとだけ情けなく思ってしまった。引っ込み思案で後ろ向き。好きな異性に気持ちを打ち明けることもできない不器用者で軟弱者。正直、女々しい男だと思った。

 だが、そんな彼が意外な一面を見せた。

 危険を顧みず、川で溺れるクレアを助けたのだ。

 わらわができなかったことを、後先考えずにやってのけた彼。

 その姿は、とても男らしく凛々しかった。

 ――事故のお詫びに、鍛えて本物の男にしてやりたい

 そうすることにより、深月に対して相応しい男になれるはず。ついでに治療中の体もパワーアップすれば自ずと自信もつくだろう。

 ほんのちょっとのオーバースペック。そのはずだったのに……わらわはまたやらかしてしまった。治療設定を変えた彼の体。あろうことか自我を持ち、深月を攫ってしまったのだ。想定外の事態。何としても深月を奪い戻し、彼の体を元に戻さなければならなかった。

 地上へ逃げる再生体を追いかけ、何とか深月を取り戻すことができた。……が、悪いことに今度はわらわが捕まり、気を失う羽目になってしまった。


 意識を取り戻した時には、彼は再生体と闘っていた。

 わらわの猫耳を褒めてくれた彼。

 あの意気地なしだった彼が、わらわのために体を張って闘っていた。

 不謹慎なことに、その姿を見て胸がキュンとした。

 してはならない恋心。

 決して彼に届かぬ想い。

 彼には射止めたい相手がいるのに……。


 直後、彼は深月に想いを打ち明け、恋を成就させることができたのだが……逃げる途中、深月からの他愛ない質問を宇宙規約に触れるものと勘違いしてしまったわらわは、その日における彼女の記憶を抹消してしまったのだ。

 自分の保身のため? いや……今思い起こすと、それは嘘だったのかもしれない。

 芽生えてしまった彼への想い。

 きっと心のどこかにそんな邪な隙があったから、このような結果を引き起こしたのだろう。己の馬鹿さ加減。それら全てを含む戒めとし、切り落とした自分の髪を代償として彼に謝罪した。

 噓偽りのない気持ち。

 彼の人生を狂わせた過ち。

 どうしょうもない自身の愚かさ。

 償いたい気持ちがいっぱいだった。


 結局、彼は深月にフラれてしまった。

 全ての原因はわらわのせいだ。それなのに彼はわらわを批難するどころか、自分たちと会えたことに感謝したのだ。

 その前向きな笑顔に心打たれ……そして心に決めた。

『代理カノジョ』

 彼に彼女ができるまで、わらわが彼の満たせぬ想いを全てを受け入れようと。

 それは自身に対しての罪滅ぼしだった。

 そうしないと、この先、胸を張って生きていくことはできないと思っていたし、何より自分を許せないわらわがいたからだ。

 ――思えば、わらわのほうが不器用じゃったのかもしれん……

 人に弱みを見せず、気を張って生きてきたせいで、勝気な性格になってしまった自身。もう少し肩の力を抜いて、楽に生きてみても良いのかもしれないと思った。


 数週間後。

 保険会社にて新しく培養してもらった体を移植し、彼は無事に元に戻ることができたのだが……今度はリハビリが必要となってしまった。これも全てわらわの責任だ。早速、体力回復のための旅行を計画し、一緒にタルタル星へと出かけたのだが……あろうことか、密入星した彼の妹が海賊の手に落ちてしまった。頼る者がいない不測の事態。海賊の交渉に応じ、わらわ自らが取引代償人となった。ライドガンナーレースに勝利さえすれば、問題なく収まるはずだったのだが……肝心なライドマシンがポンコツだったのだ。

 ――これでは、どんなに頑張ったところで優勝などできはしない

 勝つ見込みのない難局に、流石のわらわも気落ちしていると

「言っとくけど、僕は最後まで諦めないよ」

 そう言って、わらわの代わりにハンドルを握る彼。

 ――いつから、こんなに男らしくなったのじゃろう?

 すぐに弱音を吐き、諦めの早い男だったはず。……なのに、今は可能性のない勝利を目指して必死に頑張っている。

 妹のため?

 それともわらわのため?

 いや、天秤にかけること自体、愚問だった。貫き通す信念。その強い意志が天才メカニックマンのアロを導き、誰にも負けないマシンに仕上がった。だが、彼は勝てるはずのレースを放り出し、海賊チームのエテルカを救い……さらに宇宙船に取り残されたわらわを救おうと決死のダイブまでしたのだ。

 危険をかえりみない無謀な男。自身の力量をも考えず、人のために自己を犠牲にする性格。こう言うタイプはきっと他人に騙されて命を落とすと、誰もが思うだろう。だが、わらわはそうは思わない。人を陥れて喜ぶ人間より、人を救うために死力を尽くす大馬鹿の方が、わらわは好きだからだ。

 結局、智花の人質騒動は彼の人助けにより丸く収まった。

 ――思えば、あの頃から強くなったのだろうか

 男らしい決断と行動。その反面、まだ深月に未練を残す彼に、わずかな嫉妬を覚えた。


 夏のキャンプ騒動。

 再びわらわたちの前に現れた再生体。剣を手にし、知恵を手に入れた相手に怯むことなく仲間たちと闘った彼。そして死闘の末、勝利することができた。だが深月の心は再生体に奪われてしまった。結ばれた二人に対し、彼の心に醜い感情が浮かび上がっていた。

 二度の失恋で酷く落ち込んでいた。優しい言葉のひとつでも掛けようかと思った。しかし、それでは本人のためにはならないと思い、心を鬼にして現実を突きつけた。覚悟のある者と無い者の違いを。そして……

「お主は再生体の強い想いに負けたのじゃ」

 気付けば、傷口に塩を塗るような酷いことを言ってしまった。でも、こんなことでダメになるような男ではないと、信じていたからこそ言えたと思う。

 事実、彼は強くなった。

 惑星ンカレツッアにおいて、ケイニャを守るため一銭の得にもならない仕事を引き受け、再生体と共にワニ男を退いたと聞く。その様子からして、もう深月への未練も断ち切れ、再生体の恨みも無くなったようだ。

 ――もうわらわの出る幕はなさそうじゃのぉ

 日に日に成長していく彼の背中に頼もしさを感じた。真面目でいて、ちょっとエッチではあるけども、前向きに人のことを考えられる人間。人によっては冴えない凡人と思うだろう。


 それでも……

 そんな彼が好きだった。

 理屈抜きで好きだった。


 何度か、考えた愛の告白。

 頭に浮かぶ恋のシナリオ。

 小さな胸の中で募る想い。


 素直に口に出したい気持ち。だが……

 ――わらわに、そんな資格はない

 事故で彼を殺しかけた挙句、自身の手違いで生み出してしまった恋敵に好きな異性を奪われたのだ。ゆえに図々しく告白などできるはずがない。……が、その反面、彼の口から告白されることも望んでいた。

 彼に、この身を捧げることなどいとわない。

 彼が望むことなら、何でも応えたかった。


 そんな切ない想いを胸に秘めながら、クリスマスを迎えようとしていた矢先、ンカレッツア星府から出頭命令を受け、ナァー星府機関の捜査員に逮捕されてしまった。

 罪状は『バブンメタル密輸容疑』だった。

 ――トオルが、そんな危険な物を運んでいたとは

 母星での取り調べ室で聞かされた事の経緯に驚きながらも、当時の彼の行動心理を推測した。ケイニャの売買を目論んでいたガラとワニ男。確か、そんなことを言っていたはず。

 ――トオルのことじゃ。きっと、何かしらの取引をしたのかもしれない……

 何事にも真面目な彼のことだ。密輸など大それた真似などできるはずがないのだ。

「何かの間違いであろう」

「我々の捜査に間違いはありません」

 これを見てください。と、押収した物的証拠であるバブンメタルを差し出す捜査員。

「ンカレツッア星府の協力を得て、この荷物におけるバブンメタル反応と移動形跡を調べたところ、ホズリさまの会社がリースしたライドクローラーの移動履歴と一致しました」

 端末器から照射されたHUDヘッドアップディスプレイのトレース情報を見て愕然とした。『ルララケ』から『シアス』までの距離を1ミリもブレることなく、さらに彼の乗ったライドマシンの移動履歴をも追尾していていた。……が、不思議なことに単独事故を起こした現場から駐機場までの経緯が無かった。確か、ヒッチハイクをして移動したと聞いているのだが。

 ――妙じゃな……

 だが、今はバブンメタルを持ち歩いていたことが問題の焦点であり、疑問を投げかけたところで聞き入れてはしないだろう。

 ――誰かにハメられたか

 咄嗟に浮かんだ冤罪疑惑。しかし人に恨まれるような覚えはない。ならば、誰が得をするのかを考えてみた。

 ――思い当たる節が見当たらん

 それでも彼を騙して陥れた真犯人を見つけ出さなければならなかった。……が、容疑者として拘束されている以上、どうにもならなかった。


 そして三日後に開廷された審議の末。

 ナァー法令に基づき、無期限の執行猶予の判決を下され……しかも親族による保護観察を言い渡されたのだ。

「アガミさまの言いつけにより、お迎えにあがりました」

 身元引受人として留置場施設に現れたのは、後見人の老執事ではなく、幼少の頃、何度か顔を合わせたことのある異母姉に仕えるウーヴだった。

 ――なぜ義姉ねえさまに仕えるこの者が?

 何かの手違いではないのかと、眉をひそめていると

「どうぞ。こちらに、お乗りください」

 促されるまま無言でライドリムジンに乗車すると、ウーヴも運転席に乗込みハンドルを握った。

 星民や観光客で賑わう中央通りの凱旋門を潜ると、見慣れたプラール宮殿の城壁が見えてきた。そして中央門から敷地内へ入ると、星王宮廷には寄らず、なぜか第一妃宮だいいちひきゅうへと向かっていた。

 ――まさか、直接、義姉さまのところへ行くつもりなのか?

 対面座席の室内から、宮殿内の敷地を眺めながら憶測を巡らした。常識的に考えて、異母姉アガミとの対面よりも先に、まず父上に謝罪しなければならないのだが。

 ――道を間違えた。……と、いうわけでもなさそうじゃのぉ

 不確かな推量を巡らしながら、仕切りガラスを隔てた運転手を垣間見た。

 ――もしかして、すでに父上は義姉さまに次期星王としての全権を与えたのか?

 星王即位式典があることは、老執事から情報として知らされていたが……それでも星令上、権限を委ねるには時期尚早なのだ。

 ――父上や義姉さまの意図するところが、汲み取れん……

 最後に帰星したのは1年ほど前。弟の11回目の誕生日を祝う以外は、家にも帰らず、ひたすらの猫族惑星と地球の往復に時間を費やして猫缶転売していたのだ。それだけに、故郷の情勢変化など気づけるはずもなかった。

 ――ナァー(ここ)を離れているあいだに、わらわの知らない何かが起こっておるのじゃろうか

 それでも知りうる限りのナァー星法条例を元に憶測を働かせ続けた。……が、結論に結びつける間も無く、第一妃宮の玄関前に到着した。

「おかえりなさいませ」

 獣人召使いたちによる出迎えをよそに、ウーヴが後部座席の跳ね上げ式ドアを開けた。

「執務室でアガミさまがお待ちしております」

 数年ぶりに訪れる第一妃宮。しかし、執務室とはどういうことなのか。本来ならば来賓として応接間に通されるのが道理なはずなのだが。

 ――犯罪を犯した者への当てつけか?

 意図的な格差操作。その星王一族みうちとは違う扱いに、ホズリは眉を顰めた。

 ――もしかして、義姉さまの指示なのだろうか?

 アガミと最後に顔を合わせたのは約2年前。ピンッと整った猫耳と、毛並みが美しい真っ白な尻尾。加えて、艶やかな振舞いと優雅な仕草。それは義妹であるホズリからしても、羨むほど美しい猫娘であり、今もその美貌は変わりはないだろう。……が、外見とは裏腹に昔からの野心家でもあり、できれば、顔を合わせたくない相手だった。

 ――気が進まぬが、いたし難い

 今回の事件をきっかけに、弱みを握られたくなかった。だが、それでも対面を拒否するわけにもいかず、ホズリは気乗りしないままウーヴと共に執務室を訪れた。

「お久しぶりね、ホズリ」

 執務を中断して顔を上げる相手に、ホズリも腰を低くし、儀にのっとった挨拶を交わす。

「ご無沙汰しております。義姉さま」

 するとアガミは椅子から立ち上がり、ソファーへと移動した。

「元気そうで何よりだわ。まぁ、立ってないでお掛けなさいな」

 昔から変わらぬ上品な笑顔に促され、義姉の向かいに腰を下ろした。

「この度は、大変なご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 テーブル越しに頭を下げ、仕事における密輸未遂の件を詫びた。同時に大きな星間問題に発展しなかったのは本当に幸いであり、これも星王アスタインとアガミのおかげだと感謝を示した途端

「貴女も相変わらずね。哀れすぎて、見てられないくらいだわ」

 と、長く美しい脚を組み替え、嘲笑する義姉。

「可哀相だから、本当のことを教えてあげましょうか」

「アガミさま。お言葉ですが、その件は控えたほうが……」

 アガミの後ろで苦言を呈するウーヴだったが

「余計な口出しは無用よ」と、睨みを効かした。

 全て、わたくしが仕組んだことよ。と密輸事件の真相を語るアガミ。細菌兵器の元となる『バブンメタル』を、何も知らないトオルに届けさせた挙句、駐機場に放置したと言うのだ。その綿密に練られた計略にホズリの腰が持ち上がった。

「何をもってして、そのようなことを! 義姉さまの道楽のために、どれだけの者たちが迷惑を被っているのか、分かっておられるのですか!」

 するとアガミは、悪びれることもなく鼻で笑った。

「おかしなことを言うわね。言っておくけれど、わたくしはンカレツッアにもナァー星民にも迷惑をかけてないつもりよ」

 と、アガミは出されたお茶の香りを嗜み、口を付けた。

「もっとも、ノーグァには可哀想なことをしたけれど」

 紡がれた弟の名前に、ホズリの表情が硬直した。

「義姉さま……ノーグァに何を……」

「何もしてないわよ。ただ、ちょっとだけ気持ちよくなるお薬を飲んでもらっただけよ」

 ――ノーグァに薬物を盛ったじゃと?

 ここ1年ほど顔を合わせていない実弟。

 母上に任せておけば、弟の将来は心配ないだろうと、あえて自分から距離を取った家族関係。弟が生まれてしばらくした後、後見人である白髪の老人を従え、全寮制の学校に入学を決めたのは6歳の時。

 理由は……醜い猫耳をもつ実姉と一緒にいることが、弟の出世を妨げると考えたからだ。もちろん引け目も感じていた。両親や医者から見放された歪な猫耳。そんなコンプレックスを抱き、幼少の頃から公の場に出ることを避け、自ら疎遠し続けてきた生活。

 それでも一年に一度だけ、弟ノーグァの誕生日を祝うため第二妃宮には帰っていた。猫耳と尻尾を隠し、外惑星で仕入れた珍しい品々を持って。その度に屈託のない笑顔で「お姉ちゃん、大好き!」と抱きついてきたノーグァ。

 その可愛い実弟に対し、まさか異母姉がはかりごとをするとは夢夢思いもしなかったのだ。

星王ちちうえ注進ちゅうしんします!」と、感情任せに立ち上がった瞬間

「無駄よ。顔もろくに出さず、好き勝手に放浪していた挙句、密輸騒動を起こしたあなたの意見を、父上が耳を傾けると思って?」

 それにノーグァのことも心配でしょ? と、アガミが意味ありげに目を細め、ほくそ笑んだ。溺愛している実弟に、もしものことがあったら……きっとわらわも正気ではいられなくなるだろう。

「望みは何じゃ? 星王の地位か?」

 こうなれば義理姉でも何でもない。弟を守るためならば、たとえ相手が異母姉でも容赦しないつもりだった。が……

「約束された地位を取引材料に使われても困るわ。それよりも、もっと面白いことをあなたにしてもらいたいのだけど」

 弟のためなら、できるわよね? と、ほのめかすアガミ。どうやら選択の余地を与える気がないらしい。

「わらわに何をさせたいのじゃ?」

 星王の玉座以外に、何を望むのか。と、アガミの意図が読めずにいると

「命まで取ろうなんて思ってはいないから安心なさい。とりあえず、お茶でも呑んで気を楽にしなさいな」

 最高級の葉で淹れたお茶だから、味も香りも保証付きよ。と、優雅にお茶に口をつけるアガミ。その様子を見やりながらホズリは自身の前に出されたティーカップに視線を落とした。

 ――単なるお茶会では済まなそうじゃが

 雑談交じりの会合ならば「茶菓子はないのか?」と皮肉のひとつも言えただろう。だが、相手は年端もいかない弟をおとしいれたアガミだ。冗談や強がる余裕などありはしない。

 ――毒を盛ったか?

 しかし、命まで取らないとアガミは言っていたのだ。ここにきて毒薬など仕込むはずはない。とは言え……果たして、その言葉をどこまで信用して良いのだろうか。

「遠慮せずに飲んで頂戴」

 やんわりと促すアガミの言葉に、ホズリは疑心暗鬼のまま、震える手でティーカップを持ち上げた。

 ――たかが、お茶を飲むだけのはずなのに、命がけになるとは

 恐る恐る鼻を近づけてみれば、清涼感漂う強い香りが鼻腔の奥に広がった。

 ――この匂い……アロマティーか?

 嗅いだ瞬間から不思議な浮遊感を覚えた。リラックス効果のあるお茶なのか? と疑わしく対面に目を向ければ、アガミが微笑みながら献杯を誘っていた。

「この星の未来に乾杯」とティーカップに口を付けるアガミに合わせ、ホズリもお茶を口に含んだ次の瞬間……

 ――これはマタタビっ?

 いや、違う。この即効性は、たまに嗜むマタタビ酒とは別の類だ。脳を蕩けさす強い刺激に、正常だった意識が狂わされていく。

 ――お茶の香りで誤魔化されたか……

 そして、もう一口。

 ――あぁ、何て美味しいお茶なのだろう

 強い意志でもって拒絶するものの、頭が言うこと利かず、精神が支配されていく。

 ――ダメじゃ……これ以上呑んではアガミの思うツボじゃ……

 とは言え、口に含んだ液体が喉を通る度、どんどん気分が高揚していく。

「どう? 品種改良したマタタビのお味は?」

「ひんひゅはいりょ?」

 酒とは違うフワフワした陶酔に魅了され、呂律が回らなくなっていた。

「そうよ。わたくしが長年かけて、新種を作らせたのよ」

 法的管理の下で生産されるマタタビ栽培。本来、厳正なる規定値をクリアしたモノだけが市場に出回るのだが……これは違っていた。

 違法マタタビ。

 猫族にとってそれは、合成麻薬に等しいモノであり、精神崩壊を招く危険な代物だった。

 ――こんなモノに溺れてなるものか

 微かに残る正気を振り絞り、ティーカップをテーブルに叩きつけた。が……

 ――あぁ、何て、もったいない

 砕け散ったカップを名残惜しく見つめるホズリ。頭で分かっていても、欲する気持ちが優っていく。

 ――ダメじゃ……ダメなのは分かっておる……じゃが……

 薬物に溺れる欲望と、拒絶する精神の葛藤。そしてテーブルの上に広がる液体に口を付けようとした時、アガミの手でもって止められた。

「それ以上はダメよ」

「何でじゃ?」

 独り占めしないで、もっと飲ませよ! と求めれば……

「残念だけど、もう飲ませないわ」

 それよりも自分の姿をご覧なさいな。と、執務机の横に立つ姿見を指差すアガミ。言うことを聞けば、また呑ませてくれるものだと思い、ホズリは千鳥足でもって鏡の前に立った。

「?」

 鏡に写る服を着た黒い獣。その姿があまりにも滑稽すぎて、思わず笑いが溢れた。

「何じゃ、この獣人は? まるでわらわたちの祖先ではないか?」

 猫族のルーツである猫人間。地球人で例えるならば、その姿は類人猿と言っていいだろう。退化した人体。だが夢幻の境を彷徨う本人には、その事態が認識できなかった。

「どうして、古代猫獣人がここにおるのじゃ?」

 黒猫を指差し、陽気に訊ねるホズリにアガミが苦笑した。

「言葉になってないわよ、ホズリ」

 おかげで聞き取れやしないじゃない。と、背後に回り込むと、ホズリの両肩に手を置いて一緒に鏡を覗き込んだ。

「ほら。わたくしの他に誰がいるのか、良くご覧なさい」

 人を惑わすような笑顔を浮かべるアガミに、鏡に写る黒猫の表情が強張った。

 ――これが……わらわじゃと?

 猫の格好を見れば、トップスの上にガーディアンを羽織り、自分と同じデニムスカートを履いていた。トオルとクリスマスを過ごすために新調した冬服。……なのに、袖口からは黒い手足が伸び、首から上はヒゲを生やした猫が首を傾げている。

 ――何で猫になっておるのじゃ?

 手を見れば白く細い指は縮み、代わりに手のひらには無いはずの肉球があった。変わり果てた自身の姿。薬物による幻覚症状に違いない。すると鏡の中のアガミが卑しい者を見るような眼を向けた。

「どう? 先祖返りした気分は?」

 もし正常な判断ができたならば、きっと怒り狂ってアガミに襲いかかっていただろう。だが、現実と幻覚の区別がつかなくなった今のホズリの思考力では、それもおぼつかなかった。

「時には、このようなコスプレをするのも悪くないのぉ」

 自分でも何が面白いのか分からないまま、クスクス笑っていた。薬物に支配されていることも頭の中から消え、何もかもが楽しく思えた。


 あとはアガミのなすがままだった。

 着ていた服を脱がされて薬物緩和剤を打たれ、強制的に夢現ゆめうつつから覚まされた。何の制約も受けなかった爽快な思考能力。それが一気に鈍いものへと変わり、鉛を詰められたかのように頭が重くなった。同時に羽毛のように軽かった体も、濡れた衣類を着ているかのように余分な重力を感じた。


 体の重さが酷く憂鬱だった。

 脳にのし掛かってくる負担が鬱陶しかった。

 現実を直視することが辛かった。


「彼のペットに、おなりなさい」

 頭の良いあなたのことだから、拒めばどうなるか分かるわよね? と投げかけるアガミに逆らえるはずもなく……引き合わされた九斗の言いなりとなった。


 ――この姿を見て、トオルはどう思ったじゃろうか?

 心を寄せる相手に見られた獣姿。こうなっては、もう異性として見てはくれないだろう。叶わぬ恋に、切ない想いが黒猫の胸を焦がす。

 ――それでも、もう一度、トオルに逢いたい……

 もしかしたら口を聞いてくれないかもしれないし、眼を合わせてくれないかもしれない。それでも……

 ――一言だけ……一言だけトオルに詫びたい……

 シーグレー家のお家騒動に巻き込んでしまったことへの謝罪。もし、その願いが叶うのなら、今おかれているこの忍従にんじゅうも甘んじて受けよう。と架せられた赤い首輪に触れて涙を堪えていると

「ねぇ、保子莉お姉ちゃん。ねぇってばぁ」

 キャッツベル号の船長席キャプテンシートに座って操舵室を眺める九斗に問われ、黒猫は我に返った。

「ぼくの話、聞いてる?」

 トオルと同じ顔を持つ相手に、黒猫は笑うこともなく応えた。

「あぁ、聞いておる」

「この宇宙船おふね、ぼくでも動かせる?」

「反重力リアクターエンジンを始動させれば、動かせるぞ」

 すると、九斗は艦長席から操舵席に移り、無通電の計器パネルやレバーをいじりだした。

「ねぇねぇ。別の星に行きたいときは、操舵席ここで運転すればいいの?」

 瞳を輝かせる大きな子供に、黒猫は無感情のまま概要を説明した。

「あぁ。恒星座標地を入力すれば、好きな所へ行けるぞ」

 誰でも運航できるフルオートパイロットシステム。いわゆる自動運転だ。ただし惑星の質量変化や障害物などが多い小惑星帯アステロイドにおいての運航は手動が主であり、操舵手パイロットの技量が求められるのだが……きっと教えても理解できないであろう。

「ふーん……。だったらさぁ、ぼくといっしょに宇宙船これで、いろんな星を見に行こうよ」

 無垢な笑顔を向けて恒星間旅行を誘う九斗に、黒猫は密かに思いを巡らした。

 ――それも、ひとつの選択かもしれん

 どのみち、もうトオルに会うこともなくなるだろう。それならば、いっそのこと彼の居ない遠い星へ行って、何もかも忘れるのも良いかもしれない。

「あぁ、そうじゃな」と、トオルへの未練を断ち切るように答える黒猫だった。

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